矢とご褒美の行方
サー・インダムの 手から 矢は放たれた。
瞬く間に 一直線に 的のある大木へ向かう────
ドッッ
と、次の瞬間には刺さる音がした。
「やったぁ!」「さっすが!」
マイケルとミカエルの双子がそろって飛び上がり、喜んだ。
でも、サー・インダムは首を横にふった。
「当たっていない」
私とフィンは的まで見に行った。すると、確かに中心の赤い200点エリアに矢は無い。
「赤いエリアには……矢は当たっていません」
私は、近づいてくるサー・インダムとマイケルとミカエルに教えた。落胆が、声に出ないようにしなければならなかった。
「でも つぎの あおい わくには ささっているよ。アレックス」
フィンは背が低いので、つま先立って的を見上げながら言った。
「青だって100点だろう?」
サー・インダムは言ったが、
「昨日変えたんです。いつも一緒だと面白くないので」
「青は150点に書きかえました」
マイケルとミカエルは声を繋げて反論した。
フィンが、私の両手に持つ石板を覗き込みながら言う。
「あ、いまってオレが20てん、ミカエルが90てんで、マイケルが110てんなんだ。それじゃあ、サー・インダムが150てんで トップだね」
「何を…………!」
サー・インダムは前に出て確かめたが、実際、矢は青い150点部分にしっかりと刺さっていた。
私は咄嗟に両手で口を抑えてしまった。石板はフィンが素早く受け止めてくれた。
フィンは石板を持ったままミカエルのところに行き、ミカエルに石板を渡し、子供用の弓を同時に受け取った。
振り返って彼は笑顔で言った。
「これで、オレが あかか あおに あてたら オレのかちだね。レディ・マースデン やくそく まもってね。
────アレックスそこ、はやく どいてくれないかなぁ?」
◆◇
フィンは当然(?)赤い部分にも青い部分にも矢は届かなかった。
私は────いくらなんでも気づいてしまった。
サー・インダムはわざと青い部分を狙ったんだ。
青を100点だと思っていたから。
彼は……負ける気だった。
それが何を意味するかを考えるとどうしても気落ちする。
例え、それが子供との競争への大人の対応でも。
あるいは……
「じゃ、サー・インダムが跪いたらいいんじゃないですか?そのままだと先生が届かないから」
「まあまあまあまあ、おでこが厳しければ、しゃがんでほっぺにキスなんかでも どうでしょう?」
マイケルとミカエルは囃し立てたが、サー・インダムの表情は硬かった。
「お前たち、大人を からかうのも いい加減にしろよ」
「あの、じゃあ "ワルツ" なんかはどうですか?」
後方から声がして、振り返るとエリスとマリー、シャビーが来ていた。
「なんだって?」
サー・インダムは 信じられないというような顔でエリスに聞き返した。
「先生とのレッスンで残っている課題なんです。他のダンスは私でもなんとなく想像がつくけれど、ワルツは最近の流行だから分からないんです。男女ペアだと言うし、サー・インダムと先生で、見せてもらえたら助かるなと思って」
そして、エリスは私と彼を交互に見た。
「これも "ご褒美" になりませんか?」
フィンや、他の子供達の視線も感じた。私は、エリスが必死に考えてくれているのを感じた。それに、ワルツのレッスンに男性は本当に必要だった。
「いいわ……」
「踊れない」
私の返事にかぶせるかのように彼の声が響いた。
「ダンスは踊らないし、ワルツなんか全然知らない」
沈黙が広がったが、フィンが歩みでて
「アレックス、じゃあ おでこにキスで いこうよ」
と軽い感じに笑みを浮かべて言った。
「からかうなと言っただろうが!!」
怒鳴り声で返されてフィンが萎縮するのが分かった。私は黙っていられなくなった。ありとあらゆる意味で──
「子供達を怒らないで下さい、サー・インダム。みんな、遊びに来てふざけているだけです。心配なさらなくても、あなたとダンスもキスもしません」
言った途端に後悔が湧く。
自分にとっても彼にとっても良くない言葉だ。
その日初めてしっかりと見つめ合ったスカイブルーの瞳には、動揺が映っていた。
自分の瞳は何を映しているんだろう?
願うだけだった。
────どうか、彼に この傷ついた心が見透かされませんように
重苦しい空気の中 誰もが動けないでいた。
が、遠くからの声がそれを破った。
「お嬢様!!サー・インダム!!」
ティナの声だ。スイセンを踏み荒らしながら、ティナがこちらに駆けてくる。息を切らしながらも。
「どうしたの?ティナ!」
その様子に何かを感じて、まだ距離があっても私は大声で聞いた。
ティナは切れ切れの息の中でも叫んだ。
「ソフィー様が……ソフィー様が どこにも見当りません!」




