弓矢の競争
◇登場人物紹介◇(※主要人物以外を略称にしております)
◆セシリア・フィリス・リル・マースデン
……クレイモント大公令嬢
◆ジョージ・マースデン……クレイモント大公
◆アレックス・セイム・インダム……士爵位授与の元軍人
◆エリス・スミス……16歳になったばかりの貴族令嬢
◆マイケル・ダント……アレックスと暮らす孤児。9歳
◆ミカエル・ダント…… アレックスと暮らす孤児。9歳
◆マリー・ダント…… アレックスと暮らす孤児。6歳
◆フィン・ヴェルハイム…… アレックスと暮らす孤児。5歳
◆ソフィア・モントレー…… アレックスと暮らす孤児。4歳
◆シャビリエラ・トルドー…アレックスの部下の子供。3歳
◆カーク・ソーフォーン……ラトリッジ伯爵。元中佐。
◆ロゼッタ・マドウィック
……ダリントン子爵夫人。カークの妹。セシリアの友人
◆ヴィンセント・マドウィック……ダリントン子爵。
◆ティナ・ロッド……セシリアの側仕えの1人。
◆メリー・デニー……アレックスのマナーハウスの使用人。
黄金色のスイセン畑の中で、女の子達は花冠を作ったり、四葉のクローバーを探しだした。
私とティナが女の子達の方へ行こうとすると、
「先生!先生はこっち!」
とミカエルに大声で呼ばれた。
見ると、男の子達は大木のそびえる方にいて、全員弓を持っている。
「ぼく達 競争しますから!先生は記録して下さい!」
マイケルが走ってきて、私に石板とチョークを渡してきた。どうやら、弓の点数をつけてほしいようだ。
後ろからエリスの声がした。
「先生は是非そっちを見てあげて下さい。男の子達がやる気を出しますから。女の子達は私とティナが見ていますよ。」
振り返ると、ティナも大きくうなずいている。
それなら…………
「むこうに いってくるわね。」
マイケルについて歩きながら、ようやく気がついた。
────男の子達側には、サー・インダムもいるんだ。
◇◆
私が大木の方に到着した頃には、彼はもうフィンに弓の構え方と扱い方を教えていた。
「この弓だと中央が半分の厚さに削られているから、番えて真っ直ぐ狙いを定めるだけでいい。まずはとにかく思い切り弦を引くこと。その方が狙いが定め易いし、自分の飛距離の限界を知れる」
私には、マイケルとミカエルがルールを説明してくれた。
「僕らは40歩離れたところから的を狙うから、刺さった矢の的の点数を書いてください。
フィンは今日が初めてだから、20歩のところから挑戦して、木に当たったら10点にするって、サー・インダムが」
名前が出たからか、彼がこちらを向いた。軽く会釈する。
私もうなずくような頭だけの礼をして、……あとは下を向いた。
「ではマイケルからだ」
サー・インダムに促されて、マイケルが40歩の印が置いてあるところに立った。少年は矢を番えると弦を真っ直ぐ後ろに引いて、それを放った。
ヒュン!と風を切り、矢はトッという音と共に的に刺さった。
「やったぁ!」
マイケルはジャンプして、弓を持たない右手を振り上げた。
私も思わず拍手した。こういうのは見たことが無い。
マイケルが私に向かって手を振り、──ウインクしたので笑ってしまった。忘れずに記録もしなければ。
大木に打ち付けられたダーツの点数板のような的。その端に刺さっているマイケルの矢は10点だ。中心の赤丸が最高点で、それは200と書いてあった。
次はミカエルが出てきたけれど、彼は一度構えてから、それを解いた。
私が不思議に思っていると、ミカエルは私に向かってこんな提案をしてきた。
「なんだか気持ちがのらないんです、先生。例えばですよ。例えば、男同士の戦いなら勝者には女性の祝福が付き物じゃないですか。その……」
ミカエルは一度言葉を切った。私が見つめていると、彼は再び少し頬を赤らめながら話し出した。
「終わった時には1番点数が高い者には、祝福に、おでこにキス……なんて、駄目ですかね?」
言い終わる頃にはミカエルは真っ赤になっていたので、私は彼が可愛らしくなってしまった。
「いいわよ。では、優勝者1人にだけね。」
そう返事をすると、男の子達は声を上げて喜んでくれた。
「ぜったい やくそくだよ!レディ・マースデン!」
フィンまで力強く言った。
それから男の子達は順番に打ち合いを続け、5巡目になった頃だった────
フィンは、打とうとしていた弓と矢を降ろした。
「なんだか、このままじゃ ぜんぜん うまくいかないきがする」
そして後ろを振り返って、そこに立っていたサー・インダムを見上げた。
「サー・インダムに みほんを みせてほしい」
彼が驚いた表情になったのが分かった。
「いいね、ぼくも見たい。久しぶりに」
と、マイケル。
「やってよ、サー・インダム。ビシッと決めて!」
と、ミカエルだ。
マイケルは草原に置かれていた一回り大きい弓を持って、サー・インダムに渡しに行く。彼は受け取ったが、顔は困惑しているかのようだった。
いつの間にかフィンが目の前に来ていた。
フィンは、その黒い瞳で私を見つめながら言った。
「みていて、レディ・マースデン。アレックスは、いつも100ぽも はなれたところからでも はずさないんだ。すごく、かっこいいよ」
それは、予想がついていた気がした。マイケルとミカエルと、彼は100までを数えながら離れていく。弓矢を持った後ろ姿だけでも精悍で、これまでとは違うゾクゾクするような感覚に襲われた。
やがて、3人の足は止まり、マイケルとミカエルは離れた。
サー・インダムが滑らかな動きで矢を番える。
私の瞳は彼に釘付けだったけれど、下からのフィンの声は聞こえた。
「アレックスは ぜったい 200てん とる」
頭の中で、さっき石板に暗算して書き入れた子供達の点数が浮かんだ。
フィン 20点
ミカエル 90点
マイケル 110点
ん?200点ということは…………
多分、その瞬間 私の瞳孔は広がったと思う。
サー・インダムの 手から 矢は放たれた。




