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その瞳を知れたなら〜令嬢と孤高の騎士〜  作者: シロクマシロウ子


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22/43

黄金色のスイセンの中で

 


 翌日、いつも通り午前10時にサー・インダムのマナーハウスに着いた。


 私は、彼に玄関先で会うのではないかとビクビクしていたけれど、その心配は無用のものだった。

馬車が止まるか否かの時には玄関からもうメリーが出てきて


「皆様もうピクニックに出かけたんです。レディ・マースデンがおいでになったら、伝えるように言われました。

 東にある小川の傍の、スイセンの咲いてる場所に向かって下さい。この時期は鋪道からスイセンの黄金色が見えますから、行かれたら分かりますよ」


 と教えてくれたのだ。

 御者は場所に思い当たりもあるようだ。大きくうなずいてすぐに馬に鞭を入れる。

 私とティナはメリーに窓から手を振って、マナーハウスを後にした。




           ◇◆◇◆





 東側に向かうと、すぐに緑の草原の中に鮮やかに彩る黄金色の群が見えだした。春のスイセンが見事なまでに咲き誇っているのだ。

 私とティナは止まった馬車を降りて、スイセン畑の方向へと丘を下っていく。


 キャ──という子供特有の楽しそうな声がして、私は日差しに目を細めながら その方向に視線を向けた。


 降りた先には小川が流れていて、陽の光にキラキラと輝きを放っている。見たことのない小さな女の子が、元気に駆け回っていて、その後を大人の男性が追いかけていた。


 サー・インダムだ。


 心臓がドクンと鳴った。


 次の瞬間女の子がつまずき、転びそうになった。その時長い腕が伸びてきて女の子の体が持ち上げられる。彼は小さな少女をその胸に抱えたが、自分の体勢は戻せずに、草原にゴロゴロと勢いよく転がった。

 私は思わず口に手をあててしまっていた。


 サー・インダムは、少しの間横たわったままだった。だが背中が小刻みに震え出し、やがて寝返りを打って仰向けなに寝そべった。コアラのように彼の胸にしがみついていた女の子は、そのまま彼のお腹の上に乗っていて、2人は笑い合っている。


 彼のこの上ない笑顔を見て、どうしてか ひどく胸が締め付けられるような気がした。

 とても美しくて愛らしくて尊い────絵画のような光景。


 何故だか直感的に、その小さな女の子こそがシャビリエラ……" シャビー " なのだとわかった。

 気になっていた相手が、サー・インダムに釣り合うような大人の女性などではないことに……ホッとする自分がいた。そして、ただただあの人の笑う姿に、切ないほどに幸せになる自分がいた。


 …………ああ、気づきたくなんかなかった。



 私はアレックス・インダムが好きなんだ。



 その時、彼と女の子のさらに後方から、エリスやフィン、マイケル達が走って来るのが視界に入った。


「せんせーい!!」


 フィンの大きな声に、サー・インダムが、ハッとするのが分かった。笑みは消える。上半身を起こして、彼がこちらを見つめているのを感じた。

 …………私は瞳をそらした。





           ◇◇◇◇





 お互いに歩み寄って、ちょうど小川の近くで挨拶を交わした。


「レディ・マースデン、今日は……来て下さって本当にありがとうございます。先日は失礼を致しました」


 彼は深いお辞儀をしてくれた。とても礼儀正しく。私はこの人に " セシリア " と呼ばれることなんて────きっと一生ないのだろう。

 悲しみを隠して笑みを浮かべて言葉を繋ぐ。


「どうか、気になさらないで下さい。こんな素敵な場所があるなんて知りませんでした。

 ハニージンジャービスケットとスモークチーズを持って来ました。お受け取り下さい」


 ティナが進み出た。サー・インダムが女の子を抱いていたので、エリスがバスケットを受け取ってくれた。子供達の視線はバスケットに釘付けだ。

 前に出たエリスは、そのまま私に言った。 


「先生、初めてだと思いますが、シャビリエラ・トルドーです。サー・インダムの部下のお子さんなんだそうです。その部下の方が……戦地で亡くなってしまって、今は祖父母がシャビーを育てているんです。だけど、まだ3歳だから大変みたいで。私達はよく一緒に遊んでいるんです」


 そう言うことなんだ。いろいろ勘繰っていた私は少し恥ずかしい。


「出産の時に奥方も亡くなっているのです。彼の遺言が娘を見てくれだったので、つい」


 サー・インダムが、まるで何かの言い訳のように言った。


「立派で、お優しいことだと思います。先程見てました。まるで本当の親子のようでした」


 彼の頬がかすかにだが、赤らんだ。表情も固くなった。

 怒ったのかしら?何かまたやってしまった?私ときたら……


 そのとき、シャビリエラが挨拶をくれた。


「あたし しゃび()えら。".しゃびー"でいいよ。あたし いつか さー・いんだむと けっこんするの!」


 小さな女の子は元気に輝く笑顔で言った。

 ソフィーはブーイングの声を下から出していた。

 私はみんなと笑った。


 間違えても、この小さな女の子を憎んだり、(ねた)ましく思ったりはしない。



 けれど────

 なんの憂いも迷いもなくその言葉を言えることが、

 今日の私には、とても(うらや)ましかった。




 私にはその言葉は


 あまりにも 遠すぎたから










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― 新着の感想 ―
シャビーの正体判明しましたね(^^) お互いに素直に気持ちを伝えれないところが心苦しいですね^^;
 このお話に登場した子どもたちの中ではシャビーが最年少でしょうか。幼い子どもならではちょこまかとした素早い動きも、思ったことをすぐ口にするところもとても可愛らしいですね。実は仔犬か仔猫なのではないかと…
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