明日に向けて
翌日は休みだった。最近はすっかり午前中から起きる日々だったけれども、今日は昼が過ぎてもベッドの中にいて ため息ばかりついていた。
よりにもよって、あんな場面を見られるなんて────
パン屋に愛嬌を振り撒いて安価で買えたことに歓喜する女
……馬鹿みたいだと思われた?卑しいとか?
礼儀作法を教えにきているのに、礼儀も何もなかった。 本当にみっともなかった。
もう、何も考えたくはない。また毛布の中に潜り込む。
あの時 サー・インダムは追ってきてくれた。なのに 何
も言ってはくれなかった。
────どうして?
あのスカイブルーの瞳に問いかけたけれど、彼はその瞳をそらしてしまった……
セシリアはベッドから身を起こしたけれど、しばしその姿勢のままでボゥっとし、そして、また ため息をつく。
わからない。結局……言おうとする言葉は無かったの ね。伝えたかった気持ちも。
そんなもの、彼の中にあるわけが無いんだ。
私への気持ち なんか。
涙が滲んできて、慌てておさえる。
この前まで、ただ瞳の色が知れたらそれでいいと、それでいいんだと言っていたのに。
いつの間に欲張りになったんだろう
もっと話せたら
もっと知ることができたら
もっと近くにいれたなら
際限なく彼に望むことばかりが増えていく
気持ちが大きく膨らんでいく
一体なんの気持ちが?
…………その答えを、出してはいけない気がしていた。
◇◇◆◆
午後、やっと起きてから少量の食事をとった。
食べ物を胃に流し込んでも、活力は湧いてこない。
明日はマナーレッスンの日だけれど、休ませてもらおうと思った。どうしても……いく気になれない。
2階にあがり、自室で手紙を書きだした。
エリスへ
本当にごめんなさい。
体調が優れなくて、明日はレッスンをお休みしたいの
です。私が行かなくても、これまでやったことを繰り
返しておけば、あなたならきっと乗り越えられます。
宮廷で使う礼儀作法は、あとはダンスくらいですが、
ダンスは強制参加ではない上に、男性からの申し入
れが必要なものも多いのです。
例え申し込まれても
『社交界デビューをしておらず、ほとんど分かりません
ので、今日は皆様のお姿を拝見して勉強していきます』
と、丁寧にお断りしてお父様の隣りにいれば問題ない
はずです。
この先私が────
コンコン
とノックの音がして、私は振り返った。
「はい?」
返事をすると、ティナが入ってきた。
「失礼致します。お嬢様、先程エリス様が玄関先にいらっしゃいまして、こちらを渡してほしいと」
「エリスが?」
エリスに手紙を書いていたのに、エリスから先に手紙をもらってしまった……。
戸惑いながらも、差し出された封筒を受け取る。
白い封筒の背には、確かにエリスの字で
" ピクニックへの招待状 "
とあった。
"レディ・マースデン様
明日、私達はピクニックを計画しております。
メリーも、美味しいサンドイッチやマフィンを
作ってくれると約束してくれています。
あなたを招待したいです。是非、お越しください。
シャビリエラも呼ぶ予定でおります。
来て 会って頂けたら、私達も嬉しいです。
エリス・マイケル・ミカエル
マリー・フィン・そふぃ より"
最後の署名は1人1人の自筆のようだった。その字に思わず顔がほころぶ。だけれど、参加を迷った。
手紙を書いていたのだ。明日は休むと伝える手紙を。
あれに手を加えて、ピクニックも断ることはすぐにでもできる。
もう一度招待状を読み返す私を、固唾を飲んでティナが見ていた。
文面の中の " シャビリエラ "に目が留まる。
きっと、これが "シャビー" ね。
招待状から目を上げてティナに伝える。
「明日は朝から起こして。サー・インダムのところの子供達とピクニックに行きます!」
「はい!!!」
ティナは私に、力強く返事をしてくれた。




