それぞれの想い
子供達用のブランコは、マナーハウス南棟の空き地に順調に出来上がってきていた。
ブランコ本体を支える支柱が両端に組まれ、その上に加工した丸太を橋のようにかけて固定しておく。そこに、4台のブランコが吊るされることになっていた。
他に小さな家のような休憩所や、砂場も作られる予定になっている。
完成したら 子供達は身体を動かしたり、ままごとをしたりして 楽しく遊ぶだろう。
ブランコの座席部分にヤスリをかけながら、アレックスは午前中のあのセシリアの潤んだ瞳を思いだした────
彼女のことは、ただ気位の高い貴族のお姫様だとばかりに最初の頃は思っていた。
自分のような身分の男のことは嫌っているだろうし、軽蔑しているのだろう と。
だが、彼女は職人達にフィッシュ&チップスを届け、子供達には菓子を持ってきてくれた。
そして、今はエリスのことを助けてくれている。
ブランコの座席用の板は、ヤスリをかけられて四隅が丸みを帯びてきた。次は、紙ヤスリをかけて仕上げをする。
エリスのマナーレッスンをレディ・マースデンに頼めた時には、この上なく良い案だと思った。
だが、今は本当に良かったのかは……分からなくなってきてる。
アレックスは大きくため息をもらした。
エリスにとっては最高の先生だ。それは間違いない。
子供達もなついて、とても喜んでいる。
だが、自分にとっては──── ?
答えは分かっている。
良すぎる人だ。何もかも。血筋、家柄、地位、財産……それから性格や頭脳、外見や振る舞いも。
だから考えるな、何も。
人形のように整ったスタイルも、細く美しい指先も。黄金の流れるような髪も、子供達といる時のあの屈託のない輝かしい笑顔も。それから愛らしいチョコレート色と焦茶色の瞳………いや、違う違う違う違う違う!
彼の、紙ヤスリを動かす手は一際大きく、激しくなった。
考えず、何も言わず、距離をとって、近づくな!
近づいたところで、どうにもならない相手だ。
アレックスの紙ヤスリをかける手を見ていて、棟梁は たまらず声をかけた。
「サー・インダム。そんなにヤスリかけましたら、ブランコの座席がツンツルテンになって、子供達がみんな落ちちまいますって」
◇◇◇◇◇◆◆◆◆◆◆◆
その頃子供達もまた、子供部屋でセシリアについて話し合っていた。
「せんしぇが 来なくなっちゃったら どうする?」
ソフィーは、ソファに座るエリスの膝の上にいたが、もう泣きそうだ。
「大丈夫だろ。あれくらいで来なくなるなんて、まさか」
ミカエルは明るく言ったが、妹のマリーに反論された。
「レディ・マースデンは青ざめていたわ。サー・インダムに笑われて悲しかったのよ。来れないと思っているのかも」
「大公令嬢 だからな」
マイケルがポツリと言った。フィンは
「たいこうれいじょうって、おとなの おとこに わらわれたら だめなの?」
とエリスに向かって聞く。
みんながエリスをじぃっと見つめた。ソフィも首をそり返して真後ろにいるエリスを逆さまに見ている。
エリスは、悩みながら答えた。
「笑われたら駄目って決まりはないと思う。だけれど大切なのはレディ・マースデンがどう思ったかじゃない?逃げるように帰ってしまわれたから……サー・インダムに笑われて嫌だったことは確かよ」
そして、エリスは一息ついて 言った。
「もう来ないかも。嫌なことがあったんだもん」
ええ────っ という声と共に、落胆のため息が重なっていく。
ソフィーはほとんど泣きながら言った。
「せんしぇは あれっくすが いやなの?」
「貴族の中じゃあ、ほとんど貴族とみなされていない低い爵位だからな」
「あんなデカい体で幽霊怖がってるし」
「辛いの苦手だし。ピーマンよけてるもの」
みんなの言葉で、ついにソフィーは泣き出してしまった。
「ピーマンの せいで あれっくす モテない〜〜〜っ」
うぇぇええんと、泣き声は続く。エリスが後ろからソフィーを抱きしめる。
少しの間、泣き声だけで、誰も何も言わなくなった。
やがて頬杖をついて考えこんでいたフィンが、腕組みに姿勢を変えて言った。
「オレはアレックス カッコイイとおもうけど」
それから、彼は続けた。
「だから すきになってもらおう、アレックスを。たいこうれいじょうに」
フィンは満面の笑みだった。
ソフィーはそれを見て、とりあえず泣き止んだ。




