マナーレッスン 1
◇登場人物紹介◇(※主要人物以外を略称にしております)
◆セシリア・フィリス・リル・マースデン
……クレイモント大公令嬢
◆ジョージ・マースデン……クレイモント大公
◆アレックス・セイム・インダム……士爵位授与の元軍人
◆エリス・スミス……16歳になったばかりの貴族令嬢
◆マイケル・ダント……アレックスと暮らす孤児。9歳
◆ミカエル・ダント…… アレックスと暮らす孤児。9歳
◆マリー・ダント…… アレックスと暮らす孤児。6歳
◆フィン・ヴェルハイム…… アレックスと暮らす孤児。5歳
◆ソフィア・モントレー…… アレックスと暮らす孤児。4歳
◆シャビリエラ・トルドー…アレックスの部下の子供。3歳
◆カーク・ソーフォーン……ラトリッジ伯爵。元中佐。
◆ロゼッタ・マドウィック
……ダリントン子爵夫人。カークの妹。セシリアの友人
◆ヴィンセント・マドウィック……ダリントン子爵。
◆ティナ・ロッド……セシリアの側仕えの1人。
◆メリー・デニー……アレックスのマナーハウスの使用人。
その日は、小さな子供達も交えて食事のマナーについてをレッスンしていた。
本当の食事は置かず、食器だけでの練習にした。実は一度、食べ物を実際に用意してレッスンを試みたのだが、みんなが食べたがってしまって 全く集中出来なかったのだ。
「いい?椅子にもたれず、背筋は伸ばしたままです。ナプキンは、首からかけたりはせず、膝の上に置きます」
早速4、5歳チームからは文句があがる。
「オレ、くちから たべもの こぼれることよくあるよ」
「ソフィ おようふく よごしちゃう」
私はフィンとソフィーの方を向いた。
「分かったわ。2人は首からかけてよろしい。ただし、口から食べ物を落とさず、服を汚さないようにちゃんと心がけること」
2人は
「はい、せんせい」
「はい せんしぇ」
と 返事をくれる。頬をゆるめないように、厳しい顔をなんとか維持しながら、私は続けた。
「それでは、前菜が来たことにします。今日はグレープフルーツとエビ、ホタテのサラダよ」
「わたしホタテ食べたことないかも」
今度はマリーが呟くように言った。
「それじゃあ、カキやムール貝でもいいのよ。カットされてパセリとフルーツビネガーで和えてある前菜なの。だから、貝ならなんでも大丈夫」
「じゃあ僕はマテ貝にします」
マイケルが空のお皿を見ながら言った。マテ貝は棒状の中身の取り出しにくい貝だ。私は細さを気にしながらも とにかく話を進める。
「それでは、ナイフとフォークをみんな持って。1番外側に配置されているものをそれぞれ取るのよ。フォークの背に食材をのせます。背中を曲げずに、視線だけは落としても良いです。次は…………」
面倒そうにしながらも、子供達はなんとか付き合ってくれている。エリスは真剣に取り組んでいる。
それで良いと思った。
私達はスープのすくい方や、肉や魚の切り方、そしてデザートの食べ方をレッスンした。それから、食後のフォークとナイフ、ナプキンの置き方までを私は教えた。
◇◇◆◆
ひと通り終わると、ミカエルが私に聞いてきた。
「先生、フィンガーボールの水は飲んじゃ駄目なの?」
「飲まないわね。指を洗うためのものだから」
ミカエルは、フィンガーボールのステム(脚)部分を持ち上げながら言った。
「丸い形ならグラスと間違えないけれど、ステムがついていたら、ステムグラスと間違えそう。フィンガーボールの水をゴクゴク飲んじゃうよ」
子供達はミカエルの水を飲む真似に笑った。エリスも。
私もドナルテ子爵を思いだして、つい微笑んでしまった。
「確かにそうしてしまう方もいるの。でも、それを馬鹿にしたり、指摘して恥をかかせてはいけません。それも、マナーなの」
「でも、いわなくちゃ のみつづけちゃうんじゃないの?なくなるまで」
フィンの言葉にもう大笑いしたいのを、なんとか こらえる。
「そういう時には、その人にだけ聞こえるようにして教えてあげるの。相手や周りに嫌な思いをさせないことが、マナーを身につける意味だから」
するとエリスが
「私、マナーって堅苦しくて大変って 思っていました。だけどそう聞いたら やる気が出ます。綺麗なお辞儀や綺麗な食べ方ができたら、確かに汚いより 相手や周りが 気持ち良いですね」
私はエリスと微笑み合った。
「ねぇ、わたしたちも せんしぇに なにか おしえてあげよう」
ソフィーがフォークを右手に持って言い出した。
「いいね!何にする?ただ挨拶とかよりも、役に立つようなのがいいよ。知ってて得するようなの」
マイケルが提案したが、マリーは
「そんなのむずかしい。得するってなに?レディ・マースデンはもう充分キレイだから、微笑んだだけでみんな優しくしてくれそう」
と言った。するとソフィーは右手を高くあげて
「ニッコリして ねきる!」
と嬉しそうに叫んだ。
私は
「ソフィー、フォークは左手なの。それで、"ねきる" は何?」
と聞いた。
これにはミカエルが答えた。
「分かった!"値切る"だ!先生に、微笑みながら パンをうまく値切る方法を僕たちが教えようよ!」
"値切る"?パンの切り方かしら?
私はちっとも分からなくなってエリスに助けを求めて振り返った。エリスはすごすごと説明をする。
「あの……パンを安く買うための交渉術です。その……レディ・マースデンには、必要ないかもしれませんが」
なるほど。でも滅多にない機会に違いないわ。
私は体を戻して子供達を見る。みんな瞳をキラキラさせていた。
「教えてちょうだい。パンをできるだけ安く買う方法を」
子供達から歓声が上がった。




