始まりの日
◇登場人物紹介◇(※主要人物以外を略称にしております)
◆セシリア・フィリス・リル・マースデン
……クレイモント大公令嬢
◆ジョージ・マースデン……クレイモント大公
◆アレックス・セイム・インダム……士爵位授与の元軍人
◆エリス・スミス……16歳になったばかりの貴族令嬢
◆マイケル・ダント……アレックスと暮らす孤児。9歳
◆ミカエル・ダント…… アレックスと暮らす孤児。9歳
◆マリー・ダント…… アレックスと暮らす孤児。6歳
◆フィン・ヴェルハイム…… アレックスと暮らす孤児。5歳
◆ソフィア・モントレー…… アレックスと暮らす孤児。4歳
◆シャビリエラ・トルドー…アレックスの部下の子供。3歳
◆カーク・ソーフォーン……ラトリッジ伯爵。元中佐。
◆ロゼッタ・マドウィック
……ダリントン子爵夫人。カークの妹。セシリアの友人
◆ヴィンセント・マドウィック……ダリントン子爵。
◆ティナ・ロッド……セシリアの側仕えの1人。
◆メリー・デニー……アレックスのマナーハウスの使用人。
2日後────
私はちゃんとティナとレモンパイを持って、マナーハウスを訪れた。
ドアノッカーを鳴らすと、今日はすぐに賑やかな声が中から聞こえた。
扉が開かれ、メリーの皺だらけの顔が現れる。その背後から沢山の声が飛んできた。
「やった!本当に来た!」
「お姫様がまた来てくれた!」
「来るに決まってるだろ。オレは分かってた」
「れもんぱい」「れもんぱい」
私はメリーと顔を見合わせて微笑みあった。
エリスが小走りに走ってきて、簡単な挨拶を交わすと すぐに 興奮しながら話し出した。
「ありがとうございますレディ・マースデン!サー・インダムから、私のためにあなたが来てくれると聞いてはいたんです。でも、とても信じられませんでした。ああ、だって、あなたが私のために来て下さるなんて…………」
「あたしは信じていましたよ。レモンパイを持ったレディ・マースデンにまた会えるのを」
ティナからレモンパイを受けとったメリーが、それを掲げながら言ったので、私達はみんなが笑った。子供達も笑っていた。
そして、中に入ろうとした時────
「レディ・マースデン」
その声に呼び止められた。
振り返ると、玄関の階段の下にサー・インダムが来ていた。
修繕作業中なのに、挨拶に来てくれたんだ……!
私の胸は高鳴った。
────分かってる。彼は、ただ子供達への菓子や、エリスのことへの感謝で、そうしているだけなのだと。
それでも、嬉しかった。とても嬉しい。
「おはようございます」
彼は一礼して挨拶をしてくれた。
私も
「おはようございます。サー・インダム」
と階段の上から返した。上からな分、なんだか偉そうで嫌だけれど。
「エリスのために来て下さって本当にありがとうございます。どうかよろしくお願い致します。」
彼は、スカイブルーの瞳で真っ直ぐ私を見つめて言った。
……これを断われる女性なんているのかしら?いいえ、存在しない!
「心配なさらないで下さい。エリスは基本はできていますから、改善点のアドバイスで すぐ変われると思います。」
これを聞いて、エリスは明るい顔になって言った。
「最高の先生に教えて頂けるんですもの。私、頑張ります!」
"最高の先生"────
"大公令嬢"でも "マイレディ"でもない呼び方だ。私は、胸の奥がほんのりと温まるような気がした。
振り返ってサー・インダムに言った。
「私も頑張ると約束致します」
そして、私達はマナーハウスの中に入った。
◆◆◆◆◆◆◇◇◇◇◇◇
玄関扉が閉まっても その場にたたずんでいるアレックスに、棟梁が声をかけた。
「見惚れて動けなくなってるんじゃないですか?サー・インダム」
彼は棟梁をジロリと見た。
「そんなんじゃない。ああいう笑顔もするんだと、驚いたんだ」
棟梁は怯まず、むしろニヤニヤとしている。
「可愛い笑顔だったからでしょうが。レディ・マースデンはサー・インダムと言えど高嶺の花ですからね。いやぁ、残念ですよね」
「だから、そう言うんじゃなくて。……いつも作ったような笑い顔をする人だと思っていたから、さっきみたいな顔は……意外だったってだけだ。」
アレックスは頑なに否定した。
「けど、可愛い笑顔だったんでしょう?」
「……………………」
否定の言葉は出てこなかった。
棟梁はガハハハと豪快に笑い出す。
アレックスはその笑い声に背を向けて、付き合ってられないと歩き出した。作業途中だった、ブランコの支柱部分のカンナがけに戻る。
ああ、可愛い笑顔 だったとも
輝かんばかりに 美しくて
だが、それが一体どうした?
可愛い子犬
美しい夕日
そんなもの達と同じなだけだ
特別なものは何もない
特別なものなど あってはいけないのだから──




