達成!
私の言葉に、サー・インダムは期待した表情になった。
「まず、エリスの後見人にラトリッジ伯爵になって頂くのです。そしてその上でラトリッジ伯爵に、エリスの御目付け役を、どなたか紹介してほしいとお願いして下さい。
ラトリッジ伯爵のような戦績があって歴史も古い家柄の貴族がつくのは、それだけでエリスの評判を上げます。
このマナーハウスは伯爵家のものだったのですから、懐かしがって泊まりたがる親戚の老婦人がきっといるはずです。
御目付け役が、付けば醜聞の心配もなくなり、それがラトリッジ伯爵の親族なら尚更エリスは箔が付きます。これが、最も良い方法かと存じます」
彼は大きくうなずいた。その明るい顔に私は少し嬉しくなったけれど、話をまだ続けなければいけなかった。
やっぱり、こうるさい女だと思われてしまうだろう……。
「それから、エリスの立ち振る舞いが少し……気になりました」
「立ち振る舞い?」
サー・インダムが聞き返す。
「サー・インダム、私は、エリスのお父上は軍関係者の方かと想像しました」
これを聞いて彼は瞬時に険しい顔になった。警戒しているのだろう、私を。
「こちらについては解答はいりません。私も知りたくもありません。
ただ仮に、戦争が終わったからとエリスのお父上が帰還されるとします。何か業績をあげていれば、そのお父上は宮廷にも召されるかもしれません。16歳にもなったからとエリスも連れて。────でも今のエリスでは、宮廷で恥をかいてしまうかもしれません。……最悪、非難されてしまうかも」
私の声も暗く沈んだ。
「どういうことですか?」
「王族へのお辞儀の仕方が脚の高さが左右逆でした。間違えています。それに、菓子のフォークの使い方も違っていました。
マナー違反が露骨だと、不敬罪になってしまうこともあります。それが国王陛下へのものとみなされれば、罰せられてしまう」
私達の間には、重苦しい沈黙が流れた。
「エリスは母親もいないと聞いております。しっかりとした娘なのに、ちゃんとした方から教わる機会が無かったのでしょう。それもきっと、ラトリッジ伯爵ならどなたかを……」
私が言い終わる前に、彼は一歩踏み出した。
「レディ・マースデン」
長い脚だ。あっという間に距離が縮まっている。
名前を呼ばれて、私は顔を上げた。
そこに、彼の顔があった。
「あなたからエリスに教えてもらうことはできませんか?」
背の高い彼に 覗き込むように見られて、私は目が離せなくなった。その瞳を見つめ返して、返事はひとりでに口から出ていた。
「はい。……私でよろしければ」
彼の美しいスカイブルーの瞳がせばめられ、凛とした顔はたちまち優しい笑顔になった。
「あなた以上はいないでしょう。なんとか、よろしくお願い致します」
彼はそうして深々としたお辞儀をした。
◇◇◇◇◇◆◆◆◆◆◆
帰りの馬車に揺られながら、私はボゥっとして、サー・インダムとのやりとりを思い出していた。
エリスのお父上は、いつ帰還するか分からないものの、近いうちが見込まれているようだった。私自身も、ほどなく社交シーズンのために王都へと向かうだろう。
それまでの期間で平日の週三回、午前中にした。そうすれば、お父様やお母様には気づかれないはずだから。
思わぬ形で、アレックス・インダムの館に私は通うことになったのだ。彼に頼まれた。あんなに強い方に──
何もしない、できない大公令嬢が "お願い" を された!
だんだんと喜びが湧き上がってきた。
彼が私に言ったんだ…………私に!彼が!
"あなた以上はいないでしょう" だなんて!!
後ろの壁をドンドンと叩いて御者に言った。
「お願い!少し止まって!」
「分かりました、お嬢様!」
返事があって、馬車はすぐに速度を落とした。
そして止まり、扉が開かれる。
御者は、
「何かありましたか?お嬢様」
と聞いてくれたが、私は
「たいしたことじゃないの、でも少し外に出させて」と
言うが早いか もうタラップに足を出していた。御者は慌てて手を差し伸べる。
雨上がりの午前はまだ土は柔らかく草花には水がついていた。
でも、私は構わず、草花の揺れる草原へと駆け出した。
御者は驚いていたようだけど、ティナは笑顔で追ってきてくれている。
遠くには、まだ雪のかぶっている高い山々が見える。
駆けてきた足を止めて、息を整える。
私は口に両手を添えて、思いっきり叫んだ。
「私以上はいない!!!」
後ろから来たティナが歓声のような声をあげ、笑い出していた。
私も笑い出した。
それから、2人で抱き合った。
「やったわ、ティナ!私、やった!」
「ええ、お嬢様、やりました!さすがです!やっぱり、あなた以上はいません!」
ティナの最後の一言で、私達はまた身体がよじれるくらい笑った。
そして……そして、手を繋いで馬車へと戻りはじめた。
少女達のように、私達は大きく繋いだ手を揺らし、クスクス笑いは続く。
スカートの裾は朝露で濡れて重かったが、そんなものも気にならない。
御者はこちらを眺めて呆れていたが、微笑んでくれていた。
空にはまだ灰色の雲が沢山残っていたけれども、切れ間から確かに明るい水色の空が見えてきていた。
それだけで充分だった。
深い紺の瞳孔に金を帯びた光彩、それに鮮やかなスカイブルー……彼の瞳がそんな美しい色だったから。
だから もう それだけで 充分だったんだ




