対話のとき
◇登場人物紹介◇(※主要人物以外を略称にしております)
◆セシリア・フィリス・リル・マースデン
……クレイモント大公令嬢
◆ジョージ・マースデン……クレイモント大公
◆アレックス・セイム・インダム……士爵位授与の元軍人
◆エリス・スミス……16歳になったばかりの貴族令嬢
◆マイケル・ダント……アレックスと暮らす孤児。9歳
◆ミカエル・ダント…… アレックスと暮らす孤児。9歳
◆マリー・ダント…… アレックスと暮らす孤児。6歳
◆フィン・ヴェルハイム…… アレックスと暮らす孤児。5歳
◆ソフィア・モントレー…… アレックスと暮らす孤児。4歳
◆シャビリエラ・トルドー…アレックスの部下の子供。3歳
◆カーク・ソーフォーン……ラトリッジ伯爵。元中佐。
◆ロゼッタ・マドウィック
……ダリントン子爵夫人。カークの妹。セシリアの友人
◆ヴィンセント・マドウィック……ダリントン子爵。
◆ティナ・ロッド……セシリアの側仕えの1人。
◆メリー・デニー……アレックスのマナーハウスの使用人。
サー・アレックス・インダムは子供達1人1人の頭を撫でて話を聞いていたが、彼らが "お姫様が来てくれた" と言うと、ハッとして顔を上げた。
────私を見る。
一瞬だけ 目が合ったけれども、私は下を向いてしまった。
とても見続けるなんてできない。
どうしてだか 絶対にできない。多分 心臓がもたないから。
彼の瞳は、ハッキリとは分からないけれど、青みがかっていたと思う。それが分かっただけで、充分。充分よ。
うつむいていた私は、目の前に大きなブーツが立ち止まっていることに気がついた。
「レディ・マースデン、子供達のために菓子をわざわざ持ってきて頂いて、本当に申し訳ありません」
私は顔をあげたけれど、彼の顔は見れなかった。
近い──今度は、近過ぎて見上げれない。
「気になさらないで下さい。先日のは職人達だけになってしまったようでしたから、子供達にもと、思っただけです」
彼は無言だった。
そっけない言葉になってしまった。冷たい感じがしただろうか?
私は全っ然、駄目だ。この人の前だと、社交術も会話術も消え去ってしまう。
これ以上会話するのが怖い。それで、思わず次の言葉が出た。
「そろそろ失礼します、サー・インダム。まだ残っていますから、あなたもどうぞ。では、ご機嫌よう」
そうして、席まで立った。
馬鹿みたい、私。やっと、彼が近くに来てくれたのに。また、逃げるなんて。
ティナがトライフルを食べた器をテーブルに置いて、慌てて追いかけてきてくれた。
扉を開けた時、横から
「さようなら、おひめさま!ありがとう!」
と声をかけられた。見ると、フィンが黒い瞳をキラキラさせていた。そして、他の子供達からも
「レディ・マースデンありがとうございました」
「ごちそうさまでした」
「おいしかったです」
「つぎは れもんぱい にして」
と声がかかった。
エリスは私に近づいてきて、
「ありがとうございました。またいらして下さい、是非。レモンパイは無しでも」
と言ってくれた。洒落の効いた会話もできる。エリスは素晴らしいレディになれるかもしれない。
でも、問題点もある────
子供達とエリスに手を振って、メリーに会釈をして部屋を出る。
後ろからブーツの足音が追ってきているのは分かっていた。客人を、主人が見送ろうとしてくれている。
形式なことであっても、それすらも、本来はきっと嬉しくてたまらないことだったはず。
────でも私の心は沈んでいた。
言わなくてはいけないことができてしまった。私が。多分、他の誰も彼の周りでは気づかないから。
玄関扉までくると、サー・アレックスが扉を開けてくれた。距離は近いけれども、彼の顔は私の頭の上にある。
私は
「サー・インダム、外で少しだけお話しをさせて下さい」
と囁いた。彼は
「はい」
と返事をくれたけれど、明らかに不思議に感じている響きがそこにはあった。そして、喜びは微塵も無かった。
◆◆◆◆
「お話というのはエリス・スミスについてです。今しがた、本人から16歳だと聞きました」
玄関口から少し離れた木の下で、私は彼に切り出した。
「確かに。エリスは先日16歳になりました。みんなで誕生日会もやりましたよ」
やっぱり、彼は何も気づいていなかった。
私は、振り返って身体を彼に向けた。だが、顔は見れない。そのまま話しだす。
「サー・インダム、我が国の社交界では16歳女性は、国王謁見やデビューの認められている年齢です。つまり、大人の女性として世間は 見ているということです。貴族社会では未婚のレディは──」
息を吸って話を続ける。
「若い男性と同じ館に住んでいては不適切だとみなされます。子供や住み込みの使用人がいるとしても、それは社交界では証人には数えません。
今のままの暮らし方ですと、いずれあなたやエリスに……不名誉な噂が立つ可能性があります。
たとえ今大丈夫であっても、やがてエリスが社交界に出てから、独身男性と共に暮らした時期がある判明すれば────内容如何でなく その事実だけで女性は傷物とされます。そうなれば、エリスは貴族の中では結婚相手が望めなくなるのです」
サー・インダムの顔が衝撃に曇るのが分かった。
私は、厳しい言葉でこの内容を彼に伝えなければいけないことに胸が痛んだ。……何故こんな内容なんだろう。
初めての会話は、笑顔が出るようなものにしたかったのに。
だが、エリスのためにも彼のためにも必要な話だった。
色めきだった噂があっても男性には社交界は寛容だ。既婚になり、後継ぎを産めば女性も自由恋愛が暗黙の了解となる。だが、特に未婚のレディ達には、醜聞は最も恐ろしい敵なのだ。
預かっている貴族の娘がそのようなトラブルになれば、サー・インダムも苦しむだろうと思った。
少し笑顔を作って、私は彼に力強く言った。
「大丈夫です。手立てはあります」
登場人物紹介を付け加えました。
登場人物の多いエピソードの際は載せたいと思っております。よろしくお願い致します。




