自己紹介と過去
"サー・インダムはどちらにいるのでしょうか?"
私はエリスに話したつもりだったが、返事は向かい側の子供達のほうから返ってきた。
「サー・インダムは 大工たちといっしょ」
「森に、たりない木を切りにいったんだ」
「わたしたちにブランコつくってくれるのよ」
「アレックス足がはやいよ」
「シャビーいっつも さー・いんだなむ に なげキッスしてかえるの」
シャビー?シャビーって誰?
「みんな、もぐもぐしながら喋らないで。自己紹介もまだなのに」
エリスの声で、5人の子供達は顔を見合わせると、すごすごとスプーンを置いた。1番小さな女の子は持ったままだったが。
右端の双子達の方から、自己紹介が始まった。
「マイケル・ダントです。こいつの兄。9歳です」
「ミカエル・ダントです。こいつの弟。9歳です」
双子はそれぞれを指差した。
「マリー・ダント。6さいなの。ふたごのいもうと」
「フィン・ヴェルハイム5さい。オレが てがみ かいたの。きてくれてありがとう、プリンセス」
あの綴りの まちがえた手紙を思いだして、私はフィンに微笑んだ。
「ソフィア・……モントレ。……ソフィってよんでいいにょよ、……おひめさま」
ソフィーはトライフルを食べながら教えてくれた。待ちきれなかったようだ。ほっぺには白いクリームをつけている。
見かねたように、エリスが言葉を加える。
「申し訳ありませんレディ・マースデン。まだ4歳になったばかりなんです。ソフィアの名字はモントレーです。
私は、今年で16歳になります」
エリスがもう16歳ときいて、私は少し驚いた。エリスは確かにしっかりしているけれど、痩せて小柄でもう少し年齢がいかないかのように見えていた。ただ、それは全て顔には出さなかった。
「みんな自己紹介をありがとう。私はセシリア・マースデンよ。名前は分かったけれど……あなた達はどうしてここに暮らしているの?」
素朴な疑問だった。これには、メリーが答えてくれた。
「簡単に言ったら"戦災孤児"ですよ。それぞれに事情はありますけどね。だいたいが、亡くなった兵士のお子様みたいです。死に際に頼まれると、アレックス様は断れなかったようなんです。戦地からの手紙と、使われ人がきて、私と主人と、アレックス様のお母様で面倒をみていました」
この話には、私は少し困惑した。
「では、あなたは……彼の親戚……なのでしょうか?彼は平民ときいています。召使いは家にいないのですよね」
メリーは皺だらけの顔の口の端を少し上げた。笑っているようだ。
「レディ・マースデン、平民の中にもまた階級があるのですよ。王室御用達棟梁のインダム家はいわゆる"中流家庭"です。私と主人はさらに下の"下流"になります。私はインダム家が必要な時は手伝いにいき、夫はインダム家の大工仕事を手伝うことで収入を得て、それで暮らしていたんです」
ああ、私は何も知らなかった。自分の世界以外のことなど。
「教えて下さってありがとうございます。私は無知でした」
私の言葉にメリーは驚いて、それからちゃんとした微笑みを、今度は浮かべた。
「あなたのような素直で正直な貴族様もいるのですね、レディ・マースデン。それは、素敵なことですよ。
アレックス様のお母様も素敵な方でした。牧師の娘さんだったんです。それで、アレックス様と弟達にはちゃんと読み書きの学があります」
サー・インダムの話になり、私は思わず尋ねる。
「サー・インダムには弟さん達もいらっしゃる?」
すると、メリーは首を横に振った。
「今はもういないのです。2年前アレックス様が出征中に、弟2人と棟梁は工事中の事故で────3人共が亡くなりました。悲しんだ奥様がアレックス様に戻るように当時手紙を送りましたが、返信には 今は戻れない、と。そして、身代わりのようにダント兄弟達が使われ人と共に来たんです」
私はただうなずいた。
彼はどんな気持ちだったのだろう。
生きるか死ぬかの戦場で、平和なところにいるはずの肉親の訃報を受取る────
だけれど目の前で死んでいく仲間もいて、帰還もできない。
彼が、ダント兄弟を救い実家へと送った気持ちも、なんとなく……分かるような気がした。私が軽々しく、"分かるような" なんて言ってはいけないのかもしれないけれど。
「それからエリス様が来て、ご帰還少し前にソフィーやフィンが来ました。
奥様は肺を患っていて今は養生所に移られているんです。お屋敷が完成したら、きっと呼びたいと思ってらっしゃいますよ、アレックス様は」
私とメリーは微笑み合った。
今日お菓子を持ってきて、本当に良かったと思った。
サー・インダムには会えなかったけれども、彼のことをいろいろと知れた。それは私にはとても、貴重なことだった。
ロイヤルミンスパイを食べ終えたエリスも、口を開いた。
「サー・インダムの祖父は木こりで狩人だったそうです。
それで、彼は獣を狩るために弓矢やナイフ使いを教えてもらったんですって」
この、サー・インダム情報を皮切りに、子供達も"自分達も知っているよ" と言わんばかりに発言しだした。
「サー・インダムは力持ちだよ!」
「アレックス様はお腹が出てないの!沢山食べるのに、肉屋のドムみたいじゃない」
「サー・インダムは幽霊は嫌だって。あと、辛いの苦手。ピーマンもよけるんです。けっこう情けなくないですか?マイレディ」
「アレックス寝ぞうが悪い」
「シャビーが さー・いんだむ のほっぺにキスしていくの。あれ、くさいんじゃないかと あたしはおもってるの」
重要なサー・インダム情報は追加された。
そして、シャビーは一体どこの誰?
私がソフィーに聞こうとした時だった。
「誰が けっこう情けないって?」
子供達が扉を開けたままにしていたダイニングルームの入り口に、大きな影がもたれかかっていた。
「「サー・インダム!!」」
「アレックス!」
「おかえりなさい!」
「いんだむ!」
子供達は各々叫んで椅子から駆け出し、彼に飛びついていく。見た時には怒ったような顔をしていたその人は、すぐに優しい笑顔になって、大きな手を広げて受け止めた。
とても喜ばしい素敵な場面なのに、何故だろう?
私はその初めて見る笑顔に、胸が苦しくなるような気がした。




