再挑戦
翌日は、残念ながら晴天とは言い難かった。雨は上がっているが、雲はだいぶ残っていて日差しは遮られている。
「かえって、工事がお休みで御在宅かもしれませんよ」
ティナは、天気を確認する私にそう言ってくれた。
私は
「大丈夫よ。今日は子供達の方がいてくれたらいいのだもの」
と答えた。──本心だった。
どういう子供達かは分からないが、彼らは館内にいるのだ。サー・インダムは外で職人達と作業をするだろう。
それでも 子供達にちゃんと届けられたら、今度こそ彼と面と向かって挨拶や、お礼が交わせるかもしれない……!
ミスター・ポルテはリクエストどおり、素晴らしいお菓子を用意してくれた。
ジャムを はさんだスポンジ生地を下に敷いて、カスタードクリーム、生クリームを順に上に重ね、イチゴ、ラズベリー、バナナやブドウを のせて飾ったトライフル。
それからタルト生地に牛脂とスパイス、リンゴやドライフルーツを詰めて、上にお砂糖たっぷりのメレンゲをこんもりと乗せて焼いたロイヤルミンスパイだ。
馬車でまた行くつもりだが、道がまだ ぬかるんでいる。
ティナがトライフルのボールの包みを、私がロイヤルミンスパイの包みを一つずつ膝の上に乗せて、抱くように持った。
今回は、御者とも打ち合わせをした。
万が一職人達がいてもつかまらないように、回り込んで正面扉をノックする作戦だ。
気温の低い朝だったので、窓は開けなかった。ガタゴトと揺れる馬車はやがて速度を落とし、そして止まった。
何に対する緊張か分からないけれど、大きく息を吐いて馬車を降りた。降り際に御者にパイを持ってもらい玄関扉に向かう。
ドアノッカーを鳴らすと、バタバタと誰かが来る足音がすぐして、なんだかホッとした。
扉が開くと顔をのぞかせたのは、白髪の老婆だった。腰が曲がっているからか、背がとても低い。
「どちら様ですかい?」
老婆の問いかけには、御者が答えてくれた。
「クレイモント大公閣下のご令嬢、レディ・セシリア・フィリス・リル・マースデン様だ。こちらにいる子供達のための菓子を届けに来ましたが、館の主人は御在宅かな?」
「クレイモント大公の……!まあ、し、失礼をしました……」
老婆は恐縮してか、低い背をさらに縮めた。
すると、その後ろから若い女性の声がかかった。
「どうしたのメリー?お客様?」
14、15歳くらいの少女だ。子供達と一緒にいた。
メリーと呼ばれた老婆は振り返って、少女に、御者が言ったように私を紹介した。
少女は私を見ると、慌てて目を伏せて、膝を曲げてお辞儀をした。
私は驚いた。────この少女は貴族の娘なのだ。
◇◇◇◇◇◆◆◆◆◆
少女の名前はエリス・スミスと言った。
「私、母は幼少の頃に死んでいて、父が……少し変わった仕事をしているんです。サー・インダムと父がその仕事上の知り合いで、私のことを自分がいない間お願いしていったそうです。それで、こちらにご厄介になっているんです」
なんとなくだが、分かった気がした。サー・インダムと知り合いの貴族と言うことは、おそらく軍関係者なのだ。機密的な仕事に携わっていて、素性を公にできないのだろう。
だとしても、私は会ったばかりのこの少女が気の毒になった。彼女は両親がいないも同然だ。
2ヶ月前までこの国は戦時下だった。領土は無事で国境の小競り合いでなんとか済んだけれど、一体どんな思いで日々を暮らしていたのだろう。
聞きたいことは山ほど浮かんだけれど、なんとか飲み込んで、笑顔で少女にうなずく。
会ったばかりだし、相手の方が言いたくなさそうなのは明白だったから。
「素晴らしいトライフルとミンスパイですね、レディ・マースデン!」
テーブルで包みを広げたメリーが、興奮して声をあげた。
「あの子達は大喜びしますよ、きっと。呼んで来ますね」
メリーは曲がった腰でシャクシャクと歩き出したが、エリスは慌てて止めた。
「メリー、貴族の方々は子供と一緒には食事をしない人もいるの。大勢の子供達なら、なおさらだわ。切り分けてあちらに運びましょう!」
「そうなんですか?すみません、あたしは何にも分からないもんだから。レディ・マースデンは喜ぶ子供達の顔を見たいかと思ったんですよ。申し訳ありません……」
メリーはすごすごと頭を下げた。
私は本心から言った。
「全然かまわないわ。子供達も一緒に食べましょう。実は、そのつもりで持ってきたの」
メリーとエリスは笑顔になり、呼ばれた子供達も大はしゃぎだった。それでも、エリスに
「お客様もいらしてるんだから、行儀よくしなさい。うるさくしたり、汚くしたら、あげないわよ」
と言われると、5人全員が兵隊のようにすぐ整列した。
私は思わず微笑んでいた。
1番小さいのが女の子で、次に、一回り大きい男の子。また少し大きい女の子がその隣で、奥には10歳くらいの男の子の双子が並んでいる。
馬車で待っていてくれている御者の分も切り分けて、みんなで簡単なお祈りをして、" いただきます " をした。
私はトライフルをすくって、ひと匙口に入れた。
ふわふわのスポンジと、カスタードクリームと生クリームが合わさって、間違いなく 美味しい!
エリスと目が合うと、彼女もニッコリと微笑んでくれた。
それで、私はなんだか勇気が出て聞くことができた。
「あのう……サー・インダムはどちらにいるのでしょうか?」




