希望の手紙
フィッシュ&チップスの失敗以来、私はすっかり落ち込んでいた。
母様は、王都の社交シーズンへの準備を始めている。
「セシリアは何もする必要はありませんよ。あなたが動かずとも、周りは顔色を伺い、殿方は平伏しますからね。ただ風格に見合った装いは必要よ。ドレスが女王を作るのです」
母様そう言って、今年もまた、すでに何十着ものドレスを私に作っている。私が
「お母様、着る機会の方が少なそうだから、もう作らなくていいのではないでしょうか」
と申し出ても、
「セシリア、伝統的なファッションも貴族は重んじるけれども、若いあなたは流行にも敏感でなければね。どこかの子爵令嬢やら男爵令嬢程度が、そういう装いで注目を浴びようとしてくるの。だけれど、トップはあなた。何においても、私たちマースデン家は頂点にいなければいけません」
と、全く聞く耳などは持たない。
私なら大公家の尊厳と、ファッションリーダーに立つことを同立にすることに引っかかるが、母様にはそこは気にならないらしい。
そして、ここでは大公夫人の言葉が世界を創る。
こうして、私のドレスは増えていく。
喜ぶべきことなのだろう。
慈善事業はロゼッタと共に少女の頃から参加してきた。
世の中には食べる物にも困る人々もいて、ドレス1着を夢見る女の子達もいることを 私も知っている。
お金を持っている貴族が贅沢をし、浪費することで、それはむしろ還元され、経済が循環する。
だけれど ……息苦しい
私がしなければいけない役割は
本当にそれしかないの?
何かもっと他に
生き方があるのではないだろうか
ただ 私が 知らないでいるだけで
私は大広間の大きな出窓から外を見た。
今日は雨だった。
サー・インダムのマナーハウスの工事もお休みかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◆◆◆◆◆
その日の夕方、小間使いをティナが私の部屋に連れてきた。
ノックの音も小さくて、2人はコソコソしている。
「どうしたの?何かあったの?」
私まで、ひそめた声になった。
「お嬢様、先程裏口にラバに乗った少年が2人来たんです。 "お姫様に渡して"って」
小間使いはそう言って私に、四つ折りたたまれた、何かの切れ端のような紙を渡した。
私は少し事態に戸惑った。するとティナが
「お嬢様、私もたまたま見たんです。サー・インダム様のところで見た子供達だったんです。みんなは子供のいたずらだろうから捨てた方が良いと言ったんですが、私はお嬢様に一度は目を通してほしくて連れて参りました」
そう言って頭を下げた。
「ありがとう、ティナ」
私はそう言った。心から。
少し湿り気のある用紙を、慎重に広げるとそこには たどたどしい お世辞にも上手とは言えない文章があった。
"おひめさまへ
フィッシュアンドチップスはメリーばあちゃんも
つくれるから
ぼくらはあまいものが もっとうれしいな
さとうや くりぃむが たくさんはいっている
やつです
あなたがほんもののなら どうかおねがい"
少しつづりに間違いもあって、私は微笑んだ。
今は寄宿学校に行ってしまっている弟を思い出した。
貴族子息達は、13歳になると男子寮のある寄宿学校に入るのだ。カイルも昨年から行くようになり、年に数回手紙がくるだけになっていた。6歳下の弟を私は可愛がっていた。カイルも、本邸であるクレイモント城で家庭教師から習っていた頃には、つづりを間違えてばかりいた。
私は、なんだか楽しくなってきて、手紙を持ったまま立ち上がった。
「ティナ、ミスター・ポルテに伝言をお願いできる?明日の午前中に、お砂糖やクリームを沢山使ったお菓子を用意してほしいって」
「はい、お嬢様!」
ティナは元気な返事をして、小間使いと共に一礼すると部屋を出ていった。
私は、雨を降らせる灰色の雲に覆われた空を 窓から見上げた。
何故か、明日は晴れる気がした。




