日常はワンダフル
コジーの触れた唇が熱い…頭がくらくらして何も考えられない
「どったの?二人とも…パフエぜんぜん食べてないけど…」
心配そうにのぞき込むまいまいに気付いて唯は慌ててパフェを掬って口に運んだ
ミルキーで濃厚な甘さが口いっぱいにひろがっていく…
「美味しい…」
唯につられてコジーもパクパクと食べだした
「でしょでしょ? 箱根牧場で大切に育てられている安藤牛のミルクだから濃厚さが違うのよ~♪
バナナも完熟して甘いでそ」
「ほんとね! 甘くてとろけちゃいそう…とろける…さっきの口づけは甘くて熱くて本当にとろけてしまいそうになった…」
パフエのスプーンをくわえながらうっとりしている唯にまいまいは片手を広げてバサバサする
「お~い、ゆいち~ん、お~い…」
コジーはコジーでパフェに顔を突っ込んだまま動かない
「ちょっと…あんた達、どうしたの?? マジ様子がおかしいんですけどぉ…」
まいまいの言葉に我に返った唯がコジーを見るとパフエの器に鼻を突っ込んだまま微動だにしない
「コジー、ねぇ、コジー?? どうしたの?」
慌てて抱き起すとコジーは虚ろな瞳でぼんやり唯を見つめる
唯は慌ててコジーを抱きかかえると「ごめん~まいまい。この子、身体が熱っぽいから少し二階で休ませるね」
「あらら、風邪かな? 山ちゃんに診てもらう? 家庭医学ならしっかりしてるよ?」
「ううん、大丈夫? ちょっと熱、測ってくるね」
慌てたようにコジーを抱っこして二階に走る唯をまいは呆然と見ていた
熱測るってさ…犬用の体温計、持って来てあるんだ…流石…ハスキーのママカノ…
そっか、ゆいちんって面倒見が異常にいいママカノなのかぁ
※
「鍵かけたから大丈夫よ。コジー、具合悪いの?」
心配する唯の目の前で人間の姿に変身したコジーは唯の両手首を握りながらいきなりの壁ドン
「ちょ…」
「誰も来ないんだろう?」
ふたつの唇が合わさり重なり合い熱く深く絡み合った
どれだけ時がたったのか…気付くと二人は生まれたままの姿で愛し合い熱い吐息を散りばめながら互いの名を呼び合っていた
コチコチコチ…
「泣かないで…唯…」
「後悔は…してない…でもっ…でも私が幸せを感じたらあなたは魔界に帰っちゃうでしょ…
私、私ね…あなたに抱かれている間…このままどうなってもいいってくらいに幸福だったの…だから…」
「初めてだったんだね…俺もだ…」
純白のシーツに散る真紅の花びらのような跡が唯の純血を物語っていた
「唯…俺は…」
コジーが次の言葉を続けようとした途端…濃い霧が部屋中を包み込んできたので唯は怯えたようにコジーにしがみついた
「やだ…いかないで…」
「お前を…愛している…」
熱い舌が強引に唯の口の中に滑り込みしっとりと愛し気に愛でながら二人はその瞬間を忘れるかのように激しく唇を求め合った
「お前と暮らせて…幸せだった…忘れない…!何があっても…」
「コジー……いかないで…」
霧はますます濃くなり視界を遮る中に大きな人影が佇んでいる
『迎えに来たぞ…コジー…』
ゆうに190cmはあろうか…艶やかな腰まで届く美しい銀髪を細いチェーンで後ろに束ねた見目麗しい美丈夫が漆黒のマントを着て優しい眼差しでコジーを見ている
『公爵様…』
公爵…この人か…コジーを下界に堕とした…
『よくやったな…初めまして。唯殿…我が名はローズ公爵・それなるコジーの主人だ…』
な、なによ…自分の都合でコジーを下界によこしておいて突然現れて偉そうに…
なんか…腹立ってきた…
「はじめましてローズ公爵。我が名は唯…中野唯と申します…ちょっとよろしいですか?」
『唯? どうした?』
常日頃から見慣れているコジーですらローズ公爵の高貴で迫力ある佇まいとオーラにはドキリとするのに少しもひるまぬどころか今にも食ってかかりそうな
唯の剣幕にコジーはギョっとした
『おや、これはこれは…可愛らしいお嬢さん…私が怖くはないのですか?』
「怖くありません! あのですね…人間風情に言われるのはお腹立ちとは思いますが…公爵様はとんだ身勝手なお方と思います!」
『ほぉ…私が勝手だと?』
『やめろ唯! 公爵様、この者は気立ての良い娘ですが証書、その…浅はかなところがございます…どうかこの者の無礼はわたくしに免じてお許しを…』
『お前には…聞いていない…』
「ちょっと!公爵様だかなんだか知らないけどコジーに威張るな! この銀髪ジジィ!!」
な、なんて…ことを…唯…お前…死にたいのか?
「あなたがどれだけ奥様を愛していらっしゃるのかは存じませんが…聞けばコジーに非はないと思います!
嫌がるのを無理やりお風呂に入れようとした奥様は悪くないんですか? 不公平だわ!」
『なん…と…我妻、愛しのフローラが悪いと申すか…』
「ええ。その通りですわ…だいたい魔性犬だろうがなんだろうが犬は風呂ギライなんです! そんな事も知らないで無理やりお風呂に入れようとするなんて
パワハラじゃないっ!!」
コジーは押し黙ってじっと聞いている公爵にハラハラした
どうすれば…このままでは唯が処罰されてしまう…俺の命と引き換えにどうにか怒りを解く方法は…
プッ…クックック…あーっはっはっはは…あはははは
今にも怒り出すかと思いきや公爵は腹を抱えて笑い出す
「ちょっと! あんた、何がおかしいのよ!!人が真剣に話してるのに!!
だいたいねぇ…フローラはあの子は昔っからお節介焼きなの!!」
『…!! …なっ…唯、お前…』
『クックック…いや、失礼。相変わらず血の気が多いな。ミント姫…』
『え…公爵…何をおっしゃっているのですか?』
「ミント? ミントならうちのベランダに鉢植えの子がいるけど名前はキントっていうのよ…ジュール公爵…」
『ジュール公爵様…もう説明されたほうがよろしいかと…』
コジーが声のする方にふと目をやると…漆黒のフードを被ったまいまいと山下が立っていた
『これは…どういうことなんだよ…』
『あなた…いい加減にもうコジーを許してあげて…』
あっけに取られているコジーの前に今度はフローラが姿を現し…コジーは大混乱…
『フローラ様、お約束通りに任務は遂行いたしました』
『ご苦労様でした…ありがとうマリアンヌにジョージ…』
『訳が分からない…一体どういうことですか? わかるように説明してくれ!』
『ごめんなさいね…コジー…まいまいと名乗っていたこの子達は私の推さない頃から使えてくれている使い魔の夫婦なの。
そして…唯さんは…あなたの婚約者よ…』
唯が…婚約者?
『そうだ…お前の婚約者のミント姫だよ…ハーブを司る魔女…お前たちは愛し合っていたんだがある日、天界との戦いに駆り出され…傷を負ったお前が戻って来ると
知らせを受けたミント姫はよろこび勇んで馬を走らせ、お前を迎えに逝く途中で運悪く…落馬して頭を打ち儚くなってしまった…
お前は変わり果てたミントを見て正気を失い…毎日暴れて手が付けられなかった…仕方なく兄の私はお前を魔性犬の姿に変え再びミント姫が転生するまで
待っていたというわけさ…』
「私は…ミント…そして…フローラ…ああ…妹のフローラね!」
『お姉さま…やっと…やっと思い出してくださったのね?』
「公爵の憎まれ口を聞いているうちにだんだんと思い出したの…よくああしてからかわれていたことも…
そして…コジー…あなたはジュール公爵の弟なのよ…」
俺は…
次の瞬間…コジーは頭を抱え気を失ってしまった
※
「ジュール、大丈夫なの? あれから半日以上も目を覚まさないわ…」
「心配ない…眠りながら失っていた記憶の糸をたどっているのさ…じきに目覚めるだろう…
ミント、傍についていてやってくれ」
「お姉さま、大丈夫よ。ショックが大きかったのでしょう…公爵様はなんとか彼の記憶を取り戻そうと既に結婚していた私を人間に恋をした、という設定で
妻に向かえる一芝居をうってまであなたの事を思い出さそうとしたんですもの…」
「ああ、現にお前は人間として転生していたからな…コジーを下界にやれば自然とお前に惹かれて飼い主に選ぶと踏んだんだが…
いささかやり方が乱暴だったかもしれんな」
「そうでもないよ…兄貴…とんだショック療法だがな…」
「おお…我が弟よ…目が覚めたか…」
「コジー!! 気が付いたのね…どこか痛いところはないの?」
「あるよ…」
「なんですって? どこ?どこが痛いの?」
青ざめた顔で取り乱すミントに妹のフローラを優しく宥めた
「お姉さま、落ち着いて…」
コジーはミントの手首をグイと掴むと強引に引き寄せて唇を奪いながら手を握りしめると 自分の心臓の上にそっと置いた
「痛いんだ…ここが…お前のせいでな…」
「え…あなた…心臓が悪いの?」
「あ? バカ…恋の病だよ…ったく…ミント…気付くのが遅くなって悪かった…思い出したよ…何もかも…
兄貴、フローラ姉さん、ありがとう…マリアンヌにジョージにも世話になったな…」
「勿体ないお言葉でございます。コジー様…ミント姫と貴方様がいつお目覚めになられるかと主人と気をもんでおりました」
「お二人が心配でしたので我々が下界に転生されたミント姫の親友とその執事という名目でお傍で見守らせていただきたいとフローラ様に
お頼みしお許しを頂いたのでございます」
「ありがとう…ジョージ…いや、山下(笑) ステーキもパフェも美味かったぞ」
「本当ね…まいまい。優しくて素敵な親友だったわ…あなた達が大好きよ!」
「ミント姫、コジー様、わたくしもお慕いしております。心から…」
「それにしても目覚めるのに時間がかかったものだな…愛し合ってようやっとか?」
「よせよ、兄貴…魔性犬生活が長かったんだ…仕方ないじゃないか…」
「コジー…下界であなたとお別れの時が来たって思った時…心臓が凍りそうになったわ…これからは…ずっと…一緒ね?」
「もちろんさ。ミント…今日から日常がワンダフルさ…」
「ハスキー犬じゃないけどね…あ…」
ミントは唇を塞がれながら背中に手をまわして何の戸惑いもなくコジーにキスを返すのだった