札幌駅前喫茶店
六話目、アップしました。
最後まで読んでいただけたら幸いです。
札幌駅の改札を抜けた弥生と霞は、人の波に紛れるようにして北口へと向かった。構内を出ると、冷たい外気が頬を鋭く刺す。
二人は足を止めることなく駅前広場を背にし、小さなコーヒーショップのドアを押し開けた。
霞は目だけを動かして店内を確認する。中は暖房の効いた落ち着いた空間で、客はまばら。焙煎豆の香ばしい匂いが漂っていた。
「義姉さん、店内は大丈夫」
霞が、周囲に気取られないように、弥生にだけ聞こえる声で囁く。
弥生は静かに微笑んで頷いた。
カウンターに立つ女性店員が「お二人様ですか?」と笑顔で声をかけてくる。
弥生は、やや低く落ち着いた声で応じた。
「二人、煙草は吸わない。いちばん奥の席をお願い」
店員が頷いて、奥の壁際のテーブルへと案内する。突き当たりの窓際――店内を一望でき、しかも死角になる絶好の席だった。
弥生に続いて霞も無言で席につき、改めて店内の状況を確認する。
(逃走経路……大丈夫)
弥生はジャケットを脱いで壁際の席に腰を下ろし、霞は向かいの椅子に静かに座った。二人でメニューに目を通し、ネルドリップのブレンドを選ぶ。
やがて先ほどの店員が水を運んでくる。弥生が視線を上げて、簡潔に告げた。
「ネルドリップのブレンドを、ふたつ」
店員が離れると、弥生はバッグからノートパソコンとスマートフォンを取り出した。迷いのない手つきでテザリングを起動し、VPN接続を確立する。
店のWi-Fiは使わない。痕跡を残さないための措置だった。
霞が静かに話しかける。
「さっきの男、探せる?」
「ええ。旧都市監視システムの裏ルートがまだ生きていればね」
弥生の指がキーボードの上を滑る。淡々と、だが確実な動き。古い地下回線、甘いセキュリティのノード、いくつもの経路を辿りながら、情報の迷路に入り込んでいく。
「あの男の名前は?」
「確か……クロウって呼ばれてた。コードネームでしょうけど。所長と話してて、命令してたから、上の立場なのは間違いない」
「じゃあ、なおさら情報が欲しいね」
「ええ」
弥生は短く頷いた。目の奥に、一瞬だけ郷が燃え落ちる記憶がよぎる。
「郷を壊滅させた理由。私をさらった目的。その組織の正体も──全部、知っておきたい」
「うん」
弥生はディスプレイから目を離さず、話しながらパソコンの操作を続けた。
タッチパッドをなぞり、膨大な映像ログの中から手がかりを探していく。
旧テレビ塔跡近くの地下映像は、特に整然としていた。あまりにも整いすぎたその映像が、逆に弥生の警戒心を刺激する。
(編集されてる。……かなり巧妙に)
彼女の目が一瞬細まる。数秒の沈黙。だが、次の瞬間、彼女の指が止まりかけた――そこで見つけた。
ノイズ混じりの1フレームだけ。旧テレビ塔跡近くの雑居ビル、その入り口から現れる長身の男。コートが風に揺れていた。
その姿は、他の映像には一切映っていない。
「これだわ」
霞が身を乗り出し、画面を覗き込む。
「見つけたね」
「ええ、もう少し追ってみる」
そのまま弥生はようやく、冷めきったコーヒーカップに口をつけた。温もりはとうに失われていたが、その苦味は思考を冷静に保ってくれる。
「場所が特定できた、霞。クロウが出入りしていた場所に、潜入できる?」
「もちろん。追われるだけじゃ、終わらせられないよ」
「……ありがとう」
「なに言ってるの。自分が研究所を吹っ飛ばしたんだし」
霞が笑う。
弥生も、ふっと笑った。「そうだったわね」
二人は冷めたコーヒーを飲み干し、これからの計画について静かに言葉を交わした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
七話、がんばります。
(遅筆で、もう少し書くの早くなりたいですね)