旭川駅にて(後半)
三話後半投稿しました。
最後まで読んでいただけたら幸いです。
雪は静かに降り続け、白く世界を覆っていた。
それでも二人の足取りは確かで、駅北口を出てまっすぐタクシー乗り場へ向かう。
待機中のタクシーがあり、弥生は手を振り運転手がそれに気づいた。
ドアが開き、弥生、霞が乗り込みドアが閉まる。
落ち着いた声で弥生が訊く。
「このあたりに大きなアウトドア用品店ってありますか?」
ミラー越し、運転手が一瞬だけ視線を上げ、弥生の美貌に気づき、
「、、、。ゼビオがいい。なんでも揃ってる」
「そこへ行ってください」
車がゆっくりと発進する。
後部座席で弥生はシートに身を沈めふっと息を吐く。脱出してから来ている服が肌にまとわりつき、靴の中ではサイズの違う靴が落ち着かない。
(早く脱ぎたいわ、、、コンビニで買った下着も変えたい)
霞はというと無言のまま外を見つめている。車窓に映る自分の姿に、目立っている気がして。
(追跡者はいないか。服も変えて目立たないように、、、必要なものを買わないと――揃える必要があるな)
ゼビオに15分ほどで到着した。
霞が降り、目立たぬよう顔を動かさないように周囲の状況を瞬間に把握する。大丈夫だ。
弥生は料金を支払い、車を降りる。
その姿を運転手は仕事を忘れ、じっと見つめていた。
店内に入ると、二人は何も言わず二人はカートを引き、それぞれ別のセクションへ向かった。
弥生は素早く確認しながら、必要なものを次々とカートに放り込む。高品質のダウンコート、フリース、ウールのソックス、ゴアテックスの靴など。
どれも機能重視で、見た目よりも行動しやすく目立たない色を優先して選んでいく。
――あと何が必要だっけ? あ、絶対靴。そう、靴。
棚にあるメレルの靴を手に取り、弥生は「これなら、走れそうね」
これからのことを考えて、そんなこともあるよね、と。
霞もまた、別のセクションで冷静に商品を見極めていく。ダウン、登山用パンツ、リュック、防寒キャップ、GPS非対応のアナログ時計――彼の中では、いくつかの"想定外"が計算に入っている。
二人はそれぞれ会計して、試着室を借りて素早く着替え、脱いだ服は買い物袋に詰めた。
入口で合流した二人。
霞は「義姉さん何着ても似合うよね」と言って、弥生は「そう、ありがと」といたずらをした子供のようにわらう。
タクシーを拾うまで5分ほどかかり、旭川駅へ戻る。
駅の西改札口の右手にあるコインロッカー。
霞はカメラの死角を意識しながら動き、黙々と着替えた脱いだ服をまとめた買い物袋を弥生の分も中型ロッカーに放り込む。
コインを投入し鍵を回し抜く。硬貨がカランと音を立てる。
鍵をポケットに入れる。
弥生は霞をそっと見守っていた。
脱出時の服を手放す行為に、複雑な思いが乗る。
弥生は「お腹がすいたね、あそこ入ろ」霞にお疲れ様と笑いかける。
駅前にあるおにぎり茶屋に入り、昼の喧騒が落ち着いたころだった。
弥生は「おでん定食で」
霞は「俺は、旭川ラーメンと小ライスで」
二人の自然な注文に、店員も普通の旅行客としか思わないだろう。
服装もより目立たなくなった。
ツナマヨおにぎりが無いことに「何故?」と弥生はがっかりしたが、おでんが、体の芯まで染みわたるのを感じていた。
霞は唐揚げがないのかーと惜しみつつ、ラーメンスープの香りにわずかに目を細めて一口「おいしいっ」
食後、一息ついた二人は静かに確認を交わす。
「下着と伊達眼鏡、買いたい、イオンで。電気屋でモバイルSIM、それとGEOで中古スマホ」
「駅前のホテル、先に確保しよう」
「パソコンも買うわよ」
予定が決まり、行動は速い。
二人はホテルウィングインターナショナル旭川駅前へ向かい、平日だからかすぐに予約が取れツインルームを確保。
チェックインを済ませ、エレベーターが静かに上がっていく。ツインルームの扉を開け、弥生はすぐさまベッドに身を投げた。
「……ちゃんと横になれるって、いいわねえ」
霞は窓の外を見ながら頷く。「少しだけ、休んでいこうか」
30分後、最低限の荷物を置き、イオンモールへ行く。
弥生は新しい下着一式三日分と、伊達眼鏡を購入。日常雑貨も買った。
霞も替え下着や雑貨を買う。救急用具も購入。
次にヤマダデンキへ向かった。
タクシーで移動して、またもやふたりは即座に行動する。
プリペイドSIM――それぞれ60日/50GB。
そして、弥生は即決て最新のCopilot+対応ノートPCを購入。現金払い。
迷いはない。
さらにGEOでは、運よく在庫があった中古のXperia 10 IIを2台購入。
予備機を含めた端末のセッティングは、夜に回す予定だ。
日が落ちかけたころ、二人は北海道スカイテラス MINORIに腰を下ろす。
ビュッフェで、とにかく食べまくる。
海鮮丼、塩ホルモン、ザンギ、山わさび冷奴――
この夜ばかりは、ふたりとも遠慮しない。
弥生も思いっきりかぶりついている。
でも上品なんだよなあ、と霞。
追っ手を意識しながらも、この瞬間は食事を楽しむ。
そんなひとときを味わった。
帰り道、常磐公園から石狩川沿いに向かい遊歩道を歩く。
川面には街の灯が揺れている。
霞が立ち止まり、ポケットからコインロッカーの鍵を弥生に渡す。
無言で頷く弥生。
息を吸って、弥生は見事なフォームで手を振り抜く。
小さな鍵が、アーチを描いて暗い川へ沈んでいく。
もう、進むしかないんだわ。
弥生は霞に向き直り、笑顔を作った。
ホテルへ戻ると、ふたりは交互に風呂に入り、パソコンとスマホの設定を進めて、翌日の行動を確認した。
弥生が慣れた手つきでXperia 10 IIを改造しGPSを切る。
パソコンで今後のルートを調べながら、
「明日、苫小牧からフェリーで本州へいこう」
「足跡を残さず、ここを出るのね」
テレビはつけなかった。
灯りも控えめにして、静かな夜を迎えた。
ただ、眠りに着くまでは、時間がかかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
読んで少しでも面白いと感じてもらったら幸いです。
五話、がんばります。