異世界転生した妹が俺を生贄にしようとする
事故死した妹が異世界転生していたらしい。やっとこちらに通じる“道”を見つけたからと、当たり前のように俺の前に現れた。
今は挨拶もそこそこに、あちらでは導きの人になったと得意満面に自慢されている。導きの人が何かと問えば、前世の知識と言語チートで王に助言したり国を導く役割だと言う。それで国が成り立っているなら周囲が優秀なのだろう。
「ねえ、さっきから黙ったままだけど、死んだはずの妹に会えて嬉しくないの?」
頬をふくらませて怒る妹。どこでそんな怒り方を覚えたのか。
「死んだら終わりだ。成仏しろ」
とりあえず言ってみる。明らかに実体があるし、幽霊ではないのは分かっているが念の為。もちろん消えたりはしなかった。
妹が亡くなったのは26歳のとき。両親は幼い頃に亡くなっていて、俺たちは祖父母に育てられた。俺が成人してからはずっと妹と2人で生きてきたのもあり、亡くなった直後はショックで立ち直れなかった。だから今の状況は嬉しい気持ち半分、複雑な気持ち半分といったところだ。
5年経った今、突然現れた妹は20歳だと言った。確かに少し若返ったように見えるが、基本的にはあまり変わらない。
――せっかく別の世界に転生したのに見た目が同じなのか……
「気の毒になあ」
「何が!?」
妹が目くじらを立てて怒る姿に思わず笑ってしまう。
――そうだ、いつもこんなふうに怒っていた。また怒られる日がくるとは思わなかったな。
少し懐かしさで涙が込み上げたけれど、妹が何をしに異世界から来たのかを思い出せば、込み上げたものなどすぐに引っ込んだ。
「それより、生贄の件、引き受けてくれる?」
そう、これが妹が来た目的。
異世界の土地神が生贄をご所望らしく、俺に生贄になってほしいと頼みに来たのだ。
小首を傾げておねだりしてくるが、その仕草は逆効果でしかない。
「いや、だからなんで俺? 異世界と1ミリも関係ないけど」
「お兄ちゃんだけが頼りなの」
今度は手を胸の前で組み、上目遣いでお願いされた。ベタすぎて笑いさえおきない。
「現地で生贄の希望者が列を成しているんだろ。別の世界の人間が生贄になったら土地神様が余計怒るんじゃないか?」
妹は言語チートにより、土地神と初めて会話ができた人間らしい。
土地神は長い間、工芸品や野の幸山の幸を供えられてきたが、本当は肉を欲していて、もし生贄を捧げるなら天候を荒らすのをやめると言った。それを王に伝えると、王は国民に生贄志願者を募った。自分の命一つで国を守れるならばと、王城にたくさんの人が詰めかけているらしい。
「人間なら誰でもいいみたいな言い方だったから大丈夫だと思う」
「だからなんで俺? こんなヒョロヒョロのオッサンじゃなくて、もっと美味そうな奴いるだろ」
33歳胃痛持ち痩せ型の男は生贄向きとは思えない。
「全然知らない人を生贄に選んで恨まれたら嫌なんだもん。記憶を残したまま転生する人もいるって身をもって知ったら怖くて無理」
「俺に恨まれるのはいいのかよ」
「……ああ、やっぱりコーヒーは最高…………え? お兄ちゃんに恨まれたって怖くもなんともないし」
生前使っていたマグカップにコーヒーを注ぎ、香りを堪能しながらゆっくり口に含み、じっくり味わったあとでついでのように答えられた。
「人に恨まれるのが嫌なのはわかるけど、他をあたってくれよ。俺はやっと大切にしたい人と出会えたんだ。絶対に死にたくない」
「そういう人がいるならはじめから言ってよ! いい人とめぐり逢えて良かったじゃん。おめでとう!」
明るい笑顔で背中を叩かれる。
その顔は何かを決意したかのように見えた。昔からこんなときはろくなことを考えていない。
「なあ、お前が生贄になるのはナシだぞ。言葉が通じるなら他に道があるかもしれない。生贄を選びたくないならそれを伝えてみたらどうだ?」
妹の表情がこわばり、図星をついたのだとわかった。誰もいないなら自分が。妹は昔から人に頼るのが下手だ。そもそも、俺に頼ったのも本気ではなく、突然別れた兄の様子を見に来ただけなのだろう。
「じゃあどうすれば」
妹に縋るような目で見つめられたらなんとかしたくなるのが兄というもの。
「牛肉でも供えてみたらどうだ? 人より美味い」
「もうっ、真面目に悩んでるのに台無し!」
本気で答えたのに、怒られたのはショックだが、妹の悲壮感漂う表情なんて見たくないし、怒っている方がいい。
「ちょうどA5ランクの牛肉が冷蔵庫にある。試しに持って行ってみろよ」
「……本気……みたいね。わかった。ダメ元で聞いてみる。ついでに豚肉も渡してみる。あっちには豚はいないから」
妹は俺の提案に呆れて笑ったが、生贄ではない方法をなんとか見つけようと決めたのだろうと、表情をみればわかった。
結果。
生きた人間でなくてもよかった。
牛肉と豚肉で大満足だったようだ。
妹はその後、あたりまえのように家にやってくるようになった。
“道”は月に一度、数時間だけ通れるので、そのたびに顔を見せる。俺の伴侶もはじめこそ驚いていたが、今は姉妹のように仲が良い。
そして妹もあちらで良い出会いがあったらしい。表情がとても柔らかくなった。ちゃんと弱みを見せられる男のようだから安心した。
生贄になってほしいと頼まれたあのとき、俺が孤独だったならすぐに引き受けただろう。
もしかしたら異世界転生できるかもしれず、唯一の家族である妹とまた暮らせるかもしれないと。
妹もまた、同じように考えて俺に声をかけてきたのだと今ならわかる。
「お前の幸せそうな顔を見ることができて安心した。ここで生きているときにもそんな顔をさせてあげたかったなあ」
「今なんか言った?」
「……いや、なにも」
――馬鹿だな俺は。なんでわざわざ困らせるようなことを口にした? 何を言わせようとした? 俺は妹と暮らしていたとき、幸せだった。それでいいじゃないか。
俺もまだまだだな、と妻を見れば、妻は優しい笑顔で頷いた。
「私はずっと幸せだよ。今も昔も」
「……あ、ごめん、聞いてなかった。なんて言った?」
「もうっ! 肝心なときに聞いてないんだから。何回も言うことじゃないし、またいつか言うからいい」
プリプリ怒りながら帰り支度をする妹を眺めながら、俺は溢れそうな涙を指で拭った。
読んでいただきありがとうございました。
兄妹の名前が最後まで浮かばず、名前のない話になってしまいました……