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序章ⅩⅥ~城塞都市の警備隊員達~

 強盗まがいに襲われて

 決着つかず腕は五分

 警備隊員追っている

 連続犯かと思われた

 トラブル好きな性格で

 またも手助け力貸す

 首突っ込みたがるはお調子者の

 我らがサムトー、今日も行く

 時に神聖帝国歴五九七年十一月十三日。

 旅の剣士サムトーはもうすぐ二十才である。背には長剣、腰にはやや短い剣。やや長身の引き締まった体を前に進めていくと、ざんばら頭の茶色の髪が揺れる。美男子とまではいかないが、人好きのする愛想の良さそうな雰囲気をもっていた。

 秋も深まってきて、木の葉も色づくこの季節、景色を眺めながら、西に伸びる街道をのんびりと進んでいた。

 日も傾いてきた頃、左右に延びる城壁が見えてきた。城塞都市クローツェルである。人口も十万を超える大都市だ。しばらく歩いてその城門をくぐった。この町に来るのは二度目である。前回は三泊ほど観光をして、それから南へと向かったのだった。

 今回はどうしようか。とりあえず宿を探そうと、街道筋から少し入った通りに向かい、宿屋街へと足を向ける。さすがに大都市だけあって、旅行者の数も結構多いので、宿屋が何軒も立ち並んでいた。

 ぶらぶらと宿を見て回る。前回はどの宿を使ったんだったかな、などと考えながら看板を見て行く。確か総菜屋で聞いて、双樹亭という宿が若干割安で泊まれたんだったなと思い出した。

 と、そこへ警備隊員の制服を着た女性が三人、サムトーの行く手に姿を見せた。そして、三人は真っ直ぐサムトーの方へ近づいてきた。サムトーは、自分が目当てと知って軽く驚いた。これほどの大都市では、隊商の護衛などを務める剣士も多いので、旅の剣士などそう珍しくもない。一体何事だろうかと訝しく思った。

「少し話を伺いたいのです。よろしいですか」

 隊長と思しき隊員が声を掛けてきた。口調は丁寧だったが、有無を言わせぬ圧を感じた。よくよく見ると、年の頃は三十過ぎくらいだろうか。残る二人はサムトーと同年代、下手すると十代に見えた。神聖帝国では、騎士や警備隊員も三割弱は女性なので、女性の隊員もそう珍しくはないのだが、さすがに女性三人組というのは珍しい。

「はい。何か御用でしょうか」

 初対面で、公務中の警備隊員に対しては、さすがのサムトーも調子に乗ったりはしなかった。殊勝に話を聞こうとする態度を見せた。

「私は警備隊第三中隊第五小隊第二分隊の分隊長、アメリアと申します。あなたの名をお聞きしてもよろしいですか」

「はい。サムトーと申します」

「突然の質問で失礼なのは承知していますが、あなたは誰かを恐喝したり、強盗に及んだりしたことはありませんか」

 その質問を発した瞬間、控えていた二人の警備隊員が警棒に手を掛けた。返答次第では、この場で取り押さえるつもりのようだ。

「もちろんございません。これでも善良な旅人ですので」

「では、なぜ背と腰に二本も剣を持っているのですか」

「あくまで自衛のためです。まあ、過剰な装備だということは認めますが」

 そこまでやり取りしたところで、分隊長がサムトーをじっと見回した。明らかに値踏みしていた。サムトーに後ろ暗いところはない。堂々とその視線を受け止め、相手の判断に任せていた。

「分かりました。この街は初めてですか」

「いえ、二回目ですね。今日到着したばかりです」

 サムトーの返答に、分隊長は納得したようだった。

「なるほど。時間を頂きありがとうございます。それでは私達はこれで失礼します」

「よろしいのですか、分隊長」

 控えていたうち、一人の隊員が声を掛けてきた。もっとしっかり取り調べるべきだと思ったのだろう。

「犯罪に関わっているのなら、もっと挙動不審になるものでしょう。こちらの人は事件と関係ないようです」

「ですが、怪しくはありませんか」

「控えなさい、エミリア。無実の者を疑うべきではありません」

「はい。申し訳ありません」

 渋々といった風だったが、エミリアと呼ばれた隊員が引き下がった。

 これまで様子を見守っていたサムトーだったが、何か事情があることを察して、好奇心からつい尋ねてしまった。

「何か事件でもあったのですか」

 分隊長がため息をついた。あまり一般人に話すことでもないのだが、一度疑った以上、事情を話すべきだろうと判断してくれた。

「最近、恐喝や強盗が後を絶たないのです。何日かに一度は被害者が出る始末なのです。犯人の手がかりもまだありません。私達警備隊員も、それで神経を尖らせているのです」

 なるほど、そりゃあ大変だ。ピリピリするのも無理はないな。サムトーはそう思ったが、口に出したのはねぎらいの言葉だった。

「それはご苦労様です。私にもできることがあれば、ご協力致します」

「そうですか。ではもし、何かありましたら、警備隊までお願いします」

「承知しました」

 一礼して、サムトーは警備隊員を見送った。隊員達も軽く頭を下げて、また見回りへと戻っていく。

「ほんと、大変そうだなあ」

 他人事なのでそんな感想が漏れた。ふうと息をつくと、再び宿探しに戻るのだった。


 サムトーは、元奴隷剣闘士である。

 十才までは養護施設で育ったが、ある日人買いにさらわれ、奴隷剣闘士を抱える親方に売り飛ばされたのだった。以後八年間、奴隷剣闘士として過酷な環境を生き延びてきた。

 昨年、神聖帝国歴五九六年五月、百名ほどの仲間と共に反乱を起こした。半数ほどの仲間が逃亡に成功し、そのうちの一人がサムトーだった。逃亡奴隷は例外を除いて処刑される。生きるためには、とにかく逃げ続ける必要があった。

 逃亡直後、山中を逃げている時に猟師達に救われ、三月ほど彼らの村で暮らした。その後、素性を知られる危険を避け、旅芸人の一座に身を寄せる。ここでも三月ほど同行したが、事件をきっかけに素性が明らかとなりそうになったため、一人旅を始めた。

 七か月余りの間、いろいろな人物と出会い、その手助けをしながら一人旅を続けた。方々を巡った末に、五九七年六月、助けてもらった猟師達の村を再び訪れ、そこで一月余りを過ごした。七月下旬からは旅芸人の一座と合流し、十月の末まで同行して楽しく過ごした。そして、一人旅に戻ってから、ここ城塞都市クローツェルへとやってきたのである。

 宿は結局、前回と同じ双樹亭にした。少し古びているが、値段が銅貨五枚分安い。それでいて居心地も悪くなく、料理もまずまずだったからだ。

 宿に入ると、四十過ぎの女将が出迎えてくれた。三泊頼んで記帳し、二階の一室の鍵を貰う。荷物を置くと、井戸端で洗濯。部屋の中に一晩干しておけば乾くはずである。

 そしていつものように公衆浴場へと向かう。神聖帝国では、この時代、風呂の設備や薪代、水汲みの手間などが大変なので、風呂を備えている家は裕福な者に限られる。代わりに公衆浴場が発達し、町の規模に応じて数は違うが、どこにでもある施設となっていた。この大都市には二十数軒も公衆浴場があったくらいである。

 宿から一番近い浴場で、入場料を支払って中へと入る。銅貨五枚が相場である。一日に百人単位で人が入るし、帝国からの運営費の一部がもらえるので、それでも十分黒字なのである。

 荷物は預かってもらい、代わりに木札をもらう。さすがに脱衣所に荷物を置きっぱなしというわけにもいかないからだ。服を脱いで籠に入れると、タオルを一枚持って浴場へ入る。

 体を一通り洗って、湯船に入る。湯舟は五十人ほどが一度に入れるほどに広く、ゆったりとしている。のんびり一人旅だが、半日歩いた後の風呂は馳走である。疲れた体に湯の温かさが染み渡る。季節的にも風呂はありがたく感じる気候になりつつある。ゆっくりと浸かった後、服を着て外に出る。

 この日は気分で賭場へと向かった。路銀はまだ十分にあるが、せっかくの城塞都市なので、一稼ぎしようと考えたのだ。普通、賭場は損をする人間の方が圧倒的に多い。だが、サムトーは、カードの中期戦では負け知らずだった。この日も、一時間足らずで金貨五枚も稼いでいる。金貨一枚は銀貨二十枚、銀貨一枚が銅貨五十枚だから、短時間で凄まじく稼いでいたのだ。

 賭場は商店街から少し距離のある場所にあった。宿までも歩いて二十分ほどはかかるだろう。

 夕方、もうすぐ日が暮れようとしている時間だった。一稼ぎしたことで気分良く歩いていると、背後から尾行してくる者がいる気配を感じた。そこでサムトーは、総菜屋で立ち止まり、コロッケを一つ頼んだ。注文を待つ間に、背後の様子を見回した。だが、相手もうまく隠れていて姿は見えない。

 コロッケをもらうと、尾行を気のせいで済まさず、来た道を戻ってさらに様子を探る。すると、今度はわずかに見えた人影が、路地裏へと逃げ込んでいった。尾行に気付かれていることを知って、あえて誘い込んでいる様子に見えた。サムトーは迷わず、その跡をつけることを決めた。コロッケをさっと平らげると、不審人物の消えた方へと向かった。

 尾行が逆転し、つけてきた相手をサムトーが追う。明らかに尾行者も、サムトーが跡をつけてきているのに気付いている。間違いなく誘いであった。仮に罠があるとしても、よほどの人数でなければ問題はない。荷物はポーチが一つ、武器はナイフ一本しかないが、それで充分である。

 やがて、建物の陰にある、人気のない所までやってきた。そこには先程の人影と同一人物と思しき、二十才前後の男が、一人立って待ち構えていた。その男も武器は持っていない。背はサムトーと同じくらいで、赤毛の髪は短めで、口元は布で隠してあり、顔形は良く分からない。

「こんなところまで、のこのこついてくるとはな」

 確かに若い男の声だった。

「誘い込んだのは知ってる。用事は何だ」

 サムトーが尋ねた。

「賭場で稼いだんだろう。金を置いていきな」

 周囲に人の気配はない。この男一人で金を巻き上げる気らしい。舐められたものだと、サムトーが余裕の笑みを浮かべた。

「断ったら、腕ずくで来るんだろ」

「分かってるなら話は早い。いくぞ」

 男が殴り掛かってきた。本当に武器を使わないらしい。サムトーも素手での応戦を決めた。相手の拳をかわして、一撃を顔面に入れようと拳を放つ。しかし、相手は体を傾けただけで、その一撃を余裕でかわした。どうやら並の腕前ではないらしい。

 互いに拳を交換するが、双方避けたり打ち落としたりで、全く一撃が入らない。拳に蹴りが混じってきたが、それも互いの読み筋にあって、きれいに防ぎ合っていた。体術だけでも十分に強いサムトーだが、まさか互角の腕前の持ち主と対戦するとは思わず、攻防にも一層の熱が入った。

 サムトーが下段の蹴りをかわして、一気に踏み込んで、みぞおちへと拳を放つ。相手がそれを腕で防ぎ、空いた腕でサムトーの顔面を狙った一撃を放つ。それをサムトーが内側から叩いて逸らし、膝蹴りを放つ。相手が足でそれを防ぐ。至近距離の攻防を避けて、相手が素早く下がって距離を置く。

 互いに決め手のないまま十分近い攻防が続いた後、男が拳を下ろした。

「強いな、お前。今日はここまでにしておいてやる」

「逃げるのか」

「時間切れだ。じゃあな」

 男は素早く身をひるがえすと、全力で走り出した。サムトーも後を追ったが、さすがに道が分からず、途中で見失ってしまった。逆に相手は街の地理に精通しているのだろう。迷いなく逃げ去っていた。ついこの前も、フルスタの町で尾行してきた不審者に逃げられたのを思い出す。こればかりはさすがに仕方がないと、ふうと大きく息をついて諦めたのだった。

「やれやれ。まあ、また会ったら、今度は取り押さえてやるさ」

 そう言って、広い通りへと一旦出て、宿へと戻っていった。


 宿に戻った頃には、すでに日は沈んでいた。中に入ると、食堂で空席を見つけ、腰掛けた。神聖帝国の宿屋では、一階が居酒屋兼食堂、二階より上が宿泊者の部屋になっていることがほとんどである。宿代より、居酒屋の稼ぎの方が大きい店の方が多いくらいだ。

 まずはエールを一杯頼む。いつもは風呂上がりに飲むのだが、今日は賭場と格闘の帰りだった。真剣勝負の後だけにうまく感じる。神聖帝国では飲酒に年齢制限などはない。子供でも、風邪をひいた時などに、体を温めるためごく少量飲ませることがあるほどだ。

 周囲では、仕事帰りに一杯引っ掛けていく客がちらほらと見られた。本格的に飲んでいる客もいた。そこそこ賑やかである。

 そこへ新たな客がやってきた。サムトーと同年代と思しき、若い女性の二人組である。どこか見覚えのある二人組だった。相手の方が、サムトーに気付いて、手を振ってきた。はて、誰だっただろうか。

 二人がサムトーの前の前に立った。

「昼間はごめんね。もう疑ってないから」

 それでサムトーも思い出した。昼間、強盗が出るとかで、警備隊の分隊長が職務質問してきたが、その部下二人だと思い出した。

「私はグレイス。昼間会った通り、警備隊員よ。で、こっちは」

「エミリア。昼間は疑って悪かったわ」

 警備隊の制服を着ていないと、若くてきれいなお姉さんという感じだ。グレイスは金髪、エミリアは赤毛と違いはあるが、どちらも髪は肩までと短めだった。やはり捕り物などで立ち回る必要があるからだろう。容貌も整っていて、かわいいというより美人の部類に入るだろう。

「昼も名乗ったけど、俺はサムトー。旅の剣士で、もうすぐ二十才になるケチな若造さ」

 ちょっと格好つけて、そんな風に名乗ってみる。

 二人は少し目を丸くして、軽くぷっと吹き出した。

「面白い人ね。せっかくだし、ご一緒しても?」

「え、グレイス、初対面なのに」

「いいじゃない。私達二人で飲むより面白そうだし」

 グレイスは遠慮のない性格のようだった。片やエミリアはごく普通の常識人という感じだ。こんな若くて美人の娘に声を掛けられたら、大抵の男は何の異論も挟まず、承知することだろう。サムトーも例外ではなかった。

「面白くてよろしければ、こちらこそお願いしたいくらいですな」

 またも格好をつけて珍妙な返答する。グレイスはぷっと吹き出し、エミリアは呆れて苦笑を浮かべた。

「ありがと。じゃあ、相席させてもらうわね」

「グレイスは相変わらずね。まあ、私も同席させてもらうけど」

 二人並んで向かいの席に座った。そしてサムトーと同様に、それぞれエールを一杯頼んだ。

 エールが来ると、グレイスが乾杯の音頭を勝手に取った。

「じゃあ、偶然の縁で再会できたことに、乾杯」

 サムトーは普通の笑みを、エミリアは苦笑を浮かべて酒杯を合わせる。そして軽くあおると、ふうと大きく息を吐き出す。

「ねえ、サムトー、あなたどこから来たの?」

「カターニアの方さ。近くにトルネルって町があって、さらにその近くの村から来た」

 カターニアといえば、帝都の南にある、人口三十万を超える巨大都市である。ここ城塞都市クローツェルも大きな都市だが、それよりはるかに規模が大きい。徒歩で二月以上かかるほど遠いので、サムトーも素性を知られる心配もなく、ごく普通に話すことができる。カターニアの名だけで奴隷剣闘士と結びつけて考える人間は、まずいないだろうということもある。

「へえ、その若さで一人旅なんだ。どのくらい旅してきたの」

「一年と三か月ってところかな。途中、旅芸人の一座の元で働いていたこともある。まあ、あちこち旅して、気ままに暮らしてるんだ」

「ふうん、なるほどね。……ほら、エミリア、分隊長の見立て通り、この人は強盗じゃないわよ。でなきゃ、こんなにすらすら答えられないわよ」

 調子良く近づいてきたが、ちゃんと警備隊員らしく、悪人かどうか品定めをしていたらしい。若い娘の割に大したものだと思った。

「そうみたいね。ごめんなさい、サムトー。疑ってしまって」

 エミリアが素直に謝ってきた。職務上、人を疑わなければならないが、中身は純粋で率直な人柄らしい。いい娘だと思った。

「気にしなくていいさ。俺みたいに旅の剣士してると、なまじ腕が立つものだから、疑われるのも当然だと思ってる」

 大概な言い分である。さりげなく自分の強さをアピールしていた。

「そうは見えないけど、そんなに強いの?」

 疑問を感じたらすぐ聞いてくるあたりが、エミリアの性格のようだった。

「まあね。これでも貴族の公子様と互角に戦ったこともあって、それで褒美を頂いたこともあるくらいなんだ」

 本当のことである。しかし、聞く方にしてみれば、貴族の公子などという雲の上の存在と戦ったなど、とても信じられないことだった。

「何か、すごく嘘っぽいんだけど」

「うん。ごめんね、これはちょっと信じられない」

 二人の正直な反応に、サムトーが苦笑した。まあ無理もない。

「でもな、こんな俺を相手に互角に戦える奴が、この街にいたんだよ。金を置いてけって殴り掛かってきてさ。ある程度戦ったところで、時間切れとかで逃げてったんだけど」

 その発言は、二人の劇的な反応を引き出した。

「ちょっと、それって強盗じゃないの」

「私達が探してるの、そいつかも知れないの」

 二人は顔を見合わせて、うなずき合うと、まだ半分ほど残っていたエールを一気にあおった。そして、サムトーに声を掛ける。

「即、騎士団本部に報告よ。サムトーも一緒に来て」

 真剣な表情で、立つように促してくる。サムトーもそれには逆らえず、自分のエールを飲み干すと、立ち上がって二人に同行することにした。

「じゃあ、行くわよ。ごめんね、急な用事で」

「お代はこれで。また飲みに来ますね」

 どうやら二人共、この店の顔なじみらしい。エールの代金を支払いながら、そんな声を店員に掛けていた。

「エール飲む前に、その話聞きたかったなあ」

 ちょっとした愚痴がこぼれる。そうして酒の入った三人が、騎士団本部へとそそくさと急いで行った。


 騎士団本部では、案の定いい顔をされなかった。報告に来た隊員が、酒を飲んでいたのだから当然だ。だが、急ぎの報告ということで、当直の騎士が直属の上官に伝えたのである。重要事項として、遅い時間だったが、中隊長が直々に聞き取りに来た。

「して、最近城下町を騒がせている強盗の目撃情報ということだが」

 秘書役の騎士が記録を取っている。公式な情報として扱うようだ。

 警備隊の一隊員に過ぎないグレイスとエミリアにとって、駐屯騎士団の中隊長は雲の上の存在だ。さすがに畏まって答えた。

「はい。こちらにいるサムトーと申す者が、直接その強盗と戦ったのだそうです」

「経緯を説明してもらおうか」

 大事になったなあと思いつつ、サムトーも正直に答えた。宿へ帰る途中、不審な人物に尾行されたこと。その後を追ったところ、路地裏に誘い込まれて、金を置いて行けと脅されたこと。断ったところ素手での戦いとなり、互角だったこと。しばらく戦った末、相手が逃げ出したこと。追ってみたが見事に逃げられたこと。相手の年齢は不詳だが、二十才くらいに見えたこと。背は自分と同じくらい、赤毛の髪は短めで、口元を布で隠していたこと。それらを嘘偽りなく説明した。

「分かった。年齢、髪色や長さ、背丈が分かっただけでも収穫だ。さすがに手配書の作成には不十分だが、その特徴を警備隊全員で共有できるだけでも助かる。ご苦労であった」

「お手数をおかけしました。では、これで失礼させて頂きます」

 二人が敬礼を施し、踵を返した。サムトーがそれに倣って、同じように礼を返すと、中隊長も敬礼を返してきた。さすが高位の騎士、とても様になっていて格好が良い。

 すれ違う騎士達に敬礼をしながら、騎士団本部の外に出る。無事に出られたところで、二人がはあ、と大きなため息をついた。

「いやあ、緊張したわ。まさか中隊長様直々においでとはね」

「ほんと、警備隊に入って三年になるけど、近くで見たの初めて」

 なるほど、二人が固くなるのも当然だった。サムトーも緊張こそしなかったが、中隊長に見事な威厳を感じてはいたのだ。

「まあ、終わったんだし、良しとしようや。それより、俺、腹減った」

 夕食も食べずにエール一杯引っ掛けて出てきたのである。日が沈んでからかなり経ち、外ももう暗い。

「そうね。双樹亭で夕食頂きましょ」

「あれ、二人は自宅に住んでるんじゃないの?」

「ううん、警備隊員の寮。家賃は安いけど、ちゃんと個室になってる」

「だから食事は自炊するか、外で食べるかどっちかなんだけど、一人分って作るの面倒だから、ほとんど外で食べてるかな」

 ということらしい。結局、三人で宿へと戻ることになった。

 宿では、二十才くらいの給仕が出迎えてくれた。そう言えば、去年はこの人が店番をしてたなと、サムトーは不意に思い出した。

「マリサ、戻ったわ。夕食、三人前、お願い」

 グレイスがその女性に声を掛けた。マリサと呼ばれた女性は、笑顔で返してきた。

「毎度ありがと。急な報告だったんだって。ご苦労様」

「仕方ないわ。例の強盗の情報なんだもの」

「そっか、大変だったね。すぐ夕食用意してもらうわ」

 マリサが厨房に注文を伝える。三人が空いているテーブルに、先程と同じように向かい合って座った。

「確かにお腹すいたわ」

「私、緊張して気疲れしたわ」

 それにしても、仲の良い二人である。長年の付き合いに見えたので、サムトーが尋ねてみた。

「二人は仲いいけど、小さい頃からの友達なのかい?」

「ええ、そう。家も近所だったし、学舎も一緒だったわ」

「剣術道場も一緒に通ったの。互いに鍛え合った仲でもあるのよ」

 なるほど。道理で息もぴったりなわけだ。警備隊の人事も、二人が一緒の方が効率的だと判断して、同じ分隊に、それも上官が女性になるように配置したのだろうと思われた。

「いいねえ、幼いころからの厚い友情。仲の良い相手がいるのはいいことだよ、うん」

 さも訳知り顔でサムトーが言ったところで、マリサが夕食を運んできた。

「グレイス、エミリア、それとサムトーさん、お待たせ」

「では早速、いただきます」

 挨拶が唱和し、三人はようやく夕食を取ることができた。いつもよりおいしく感じるのは、やはり空腹だったからだろう。

 しばらくの間、無言で食べ続けていた三人だが、グレイスがふとあることに気付いて、問いかけてきた。

「ねえ、サムトー。一人旅だって言ってたけど、この街にはどのくらい居るつもりなの」

「とりあえず、三日分の宿代は払ったな」

「そっか。なら、この街にいる間、強盗探しに協力してくれない?」

「一緒に見回りして欲しいってこと?」

「ううん、違うの。強盗は間違いなくサムトーを狙っていたんでしょ。だから、普通に街の観光でもしてもらって、そいつが現れたら、笛を鳴らして合図して欲しいのよ。近くの警備隊員が駆けつけられるように」

 しかし、エミリアは、無関係の人間を巻き込むことに同意しなかった。

「でも、サムトーって旅人でしょ。関係ないことに巻き込むのって、どうなのかと思うけど」

 グレイスは、そう言うだろうと思っていたらしく、即答した。

「だから、笛を貸して合図してもらうだけ。今日強盗しようとした奴に、会わなければそれでいいし」

 エミリアがなるほどとうなずいた。そのくらいなら協力してもらってもいいかと思い直した。

「そうね。そのくらいなら大した負担じゃないし、むしろサムトーが犯人と会った時、助けに行けるものね」

 二人にそう勧められ、サムトーも同意した。まあ滞在中は、この街を適当に観光するだけのつもりだったサムトーである。やることが一つ増えるくらいは別に構わないと思った。

「分かった。そいつに会ったら笛を吹けばいいんだな。お安い御用だ」

 二人が、承知してくれたのを喜び、軽く笑みを浮かべた。

「いや、助かるわ。本当に手がかりなかったから」

「まあ、またサムトーを狙うかどうかわからないけどね」

「普通の人にはこんなこと頼めないもの。互角に戦った実績があるし、安心して任せられるわ」

「でも、無理はしないでね。狙われてたら、笛を吹いてね」

 話を聞く限り、合図するのを引き受けただけで喜ぶほど、厄介な相手だということらしい。

「なあ、そいつ、何件くらい強盗だか恐喝だかやってるんだ」

「うーん、全部同一犯と仮定すれば、今のところ七件ね」

「脅しをかけてきて、聞かなかったら当て身で気絶させるって手口。被害額は全部で金貨三十枚くらいかな」

「金を持ってる相手ばかり狙ってて、用意周到なのよ」

「それで、人気のない所で、待ち伏せしてるらしいの」

 それは確かに厄介そうだ。サムトーも今回、似たような手口で誘い出されて、襲われているのだ。並の腕前ではなく、一般人なら手も足も出ないまま金を奪われるのも当然だ。警備隊員でも相当の腕がないと厳しいだろう。そんな事情なら、協力を惜しむつもりはない。

「分かった。で、笛はどこで借りればいい?」

「明日の朝、警備隊本部で手配しておく。グレイスとエミリア、二人の隊員に頼まれたって言えば、借りられるようにしておくから」

「了解だ。警備隊本部だな」

 そう答えて、サムトーは食事を続けた。面倒事はむしろ好きである。あの強い強盗とまた戦えることにも興味があった。

 女性二人も食事に戻り、空腹を満たしていく。体が資本の警備隊員だけに食欲も旺盛で、見ていて気分がいい。面白い二人と知り合ったものだと、サムトーは内心で楽しく思っていた。

 食事の合間にも、時折、一人旅の様子を聞かれた。交易の護衛や、薬の仕入れの手伝いをした話など、何だかんだと人助けをしながら旅を続けてきたことをサムトーが話した。それを聞いて、二人もサムトーを信頼して良さそうだと思ったようだった。

 食事が終わり、二人が寮に帰宅する時間になった。

「頼みを聞いてくれてありがとね」

「くれぐれも、無茶はしないでね」

 別れ際、そんな言葉を掛けてきた。そこだけ見れば、気立てのいいお嬢さん達という感じだ。

「ああ、二人共、帰り道、気を付けて」

 サムトーがそう返して、手を振って別れたのだった。


 翌朝。日の出より少し早く起き出す。

 まずは井戸端へ行き、一杯の水を飲んで体を覚醒させる。

 その後、剣を鞘ごと素振りする。旅の剣士を名乗っている以上、腕が鈍っては話にならない。左右の腕で六種類百本ずつ、基本の型だけだが、とにかく正確に素早く剣を振っていく。必要最小限の鍛錬だった。

 それが終わると、また水分を補給する。これで、いつでも臨戦態勢が取れるようになるのだった。

 その後、部屋で少し時間を潰してから、朝食を取る。一泊二食付きなので、これも代金に含まれている。

 この日は、市街地の南にある露店市を見に行った。本来は、城塞都市に集結した軍を展開させる広場である。だが、平和な時代が続き、空き地を有効活用するため、露店が開かれるようになったのである。当然、有事の際は本来の用途に戻ることになる。

 どの町でもそうだが、露店市は店が雑多に立ち並んでいる。道具屋の隣に古着屋、その隣に装飾品、茶葉の店、絵画の店といった具合で、整然さとはかけ離れている。露店だけに商店より値段の安いことが多く、朝から大勢の客で賑わっている。その猥雑な感じが、好きな者にはまた楽しい。

 サムトーがのんびり露店を冷やかしていく。脱皮した蛇の抜け殻まで売っていた。一体誰が買うのだろう。香を焚いている店があり、独特の香りがした。好きな者がいるようで、それなりに売れているようだ。乾物屋では、干したキノコや野菜などが束で売られている。保存食としてありがたい品なのだが、値段も結構安い。

 しばらく眺めていると、一軒の道具屋の前で、見知った人物を見かけた。正確には、見たことがある気がする人物だ。赤毛で短髪、身長はサムトーと同じくらいの若い男。何か必要な物があるのか、商品を物色していた。

 どこで会ったのかを思い返すのに多少の時間がかかった。しばらく考えて思い出すと、サムトーはその男に声を掛けた。

「昨日はどうも。俺のこと覚えてるよな」

 赤毛の男がゆっくり振り向いた。表情が不審がっている。サムトーが昨日戦った相手だと思い出せないようだった。

「思い出せないなら、もう一戦やろうか」

 そう言うと、相手も気が付いたようだった。

「あんた、昨日の強かった奴か」

「そういうお前さんも、えらく強かったけどな」

 さすがに赤毛の男も、人がこれだけ大勢いる中で戦おうという気はないようだった。それはサムトーも同様である。

「何か食べながら話そうぜ。おごるぞ」

 サムトーがそんなことを提案してみた。グレイスとエミリアには悪いが、この男が連続強盗犯には思えない。そういう凶悪な雰囲気をもっていないのだ。まずは、この男の話を聞こうと思ったのである。

 案の定、男が目を見開き、驚いた表情になった。昨日戦った相手に食べ物をおごるとか、不思議な奴だと思ったようだった。

「いいのか。悪いな」

 二人は露店の外れの方にある、飲食店が立ち並ぶ区画へと移動した。

 サムトーが、ベーコン、卵、野菜の挟まったバゲットサンドを二つ買い、一つを男に手渡す。

「ありがたく頂くな」

 男が礼を言ってきた。昨日戦っていた時にも、とても腕は立つが、殺気は感じなかった。今改めて見ても、悪人には見えない。それとも、サムトーに見る目がなくて、心の中に悪を潜ませているのだろうか。

「ああ。俺も食う。いただきます」

「へえ、あんた、食事の挨拶を欠かさないのか。育ちが良いのかな。じゃあ俺も、いただきます」

 二人でサンドイッチをかじる。安い、早い、うまいが利点の露店の品だけに、結構おいしい。食べ応えもある。

「俺はサムトー。旅の剣士だ」

 まずは名乗ってみた。赤毛の男も、一つうなずくと返事してきた。

「なるほどね、旅の剣士か。腕が立つのも納得だ。俺はガイスト。日雇いの仕事をして飯食ってる、ケチな男さ」

 ますます悪人に見えない。もしそうなら、名乗ったりしないはずだ。単刀直入に尋ねてみた。

「なあ、ガイスト。お前さん、強盗を繰り返してるのか。警備隊員に聞いた話だと、何でも七件も強盗事件が続いて、金貨三十枚ほどの被害があったそうだぞ」

 ガイストの食べる手と口が止まった。何か言い返そうとしたが、口の中に物が入っていて言葉にならない。慌てて咀嚼し、飲み込んでから、冗談じゃないとばかりに声を荒げた。

「ふざけんなよ。俺はそんな悪党じゃないぜ」

「でも、俺には賭場で稼いだ金を置いて行けって、脅してきただろ」

 サムトーに言い返されて、ガイストがはっとした表情になった。

「それは、まあ確かに言った。でもよ、働きもしないで、賭場で稼ぐような奴から、ちょっとくらい金をせびってもいいかと思ってさ」

「じゃあ、俺以外からは、強盗とかはしてないんだな」

「当たり前だ。繰り返すけど、俺は悪党ってわけじゃない」

 サムトーがため息をついた。サンドイッチをかじりながら、何と言ったものかと思案した。だが、誤魔化すだけ無駄だろう。ここは正直に話して、一緒に騎士団本部に謝罪に行くのがいいだろう。

「あのな、俺、昨日ガイストに襲われただろ。その後、警備隊員のお嬢さん達と知り合ってさ。その話をしたら、騎士団本部に報告だとかで、赤毛の若い男が連続強盗犯の容疑者ってことを話したんだよ。つまり、その容疑者ってのがガイスト、お前さんってことになってるんだ」

「ああ、そっか。しまったな。俺がサムトーを襲ったばかりに、そんなに話が大きくなってるのか」

 ガイストが天を仰いだ。ちょっとした出来心で、話がどこまでも大きくなるのだと分かって、自分の失敗を悔やんでいた。悪行などすべきではなかったと思っても、後の祭りであった。

「そういうこと。だからさ、ここは先手を打って、騎士団本部に謝りに行こうぜ。俺も、ガイストが無罪になるよう頼むからさ」

「そうだな。一緒に来てくれるとありがたい。それで、悪事を働こうとしたことを謝ろう」

 二人はサンドイッチを急いで食べ切ると、その足で騎士団本部へと向かった。ガイストも、気は重かったが、連続強盗犯などになっては、何年懲役を科されるか分からない。早く謝罪すべきだと真剣に思っていた。

 騎士団本部では、昨日の夜の報告について、該当人物を同行したので事情を聞いて欲しいと話し、当直の騎士に話を聞いてもらった。実際に恐喝と暴行が行われているので、本来ならそれだけでも懲役一年となると言われ、さすがにガイストも恐縮するしかなかった。だが、同行してきたサムトーが、結局体術の訓練をしただけに終わったことを話し、こうして友人となったので同行したのだと弁護した。ガイストも、卸売市場で、三人組の男が市場で獲物を物色し、金を持ってそうな相手を一人が尾行、二人が待ち伏せして襲うのだと、噂話に聞いたことがあると証言した。

 根気よく丁寧に事情を説明した結果、連続強盗犯ではないと判断してもらうことができた。また、当事者のサムトーが今回の一件を訓練とみなし、罪に問う気がないのであれば、今回だけは無罪とすると騎士も認めてくれた。もちろん、次に同じようなことがあれば、未遂であっても重罪を科すと、厳しく付け加えている。

 かくしてガイストは無罪放免となり、二人は深く感謝を述べて、騎士団本部を後にしたのだった。

「良かったな、ガイスト。無罪になって」

「ああ、ありがとう。サムトーのおかげだ」

 ただ、調書に記録は残されてしまった。本当に次はないのである。

「俺のこと、友達と言ってくれてうれしかった。しかも、こんな風に弁護してくれて、本当に助かったよ」

「ま、拳を交えて、飯も一緒に食った仲だしな」

 サムトーとガイストが固く握手を交わした。こんなところで友人ができるとは、人の縁は不思議なものだと、サムトーは思った。

「さて、後は二人の警備隊員のお嬢さん達に、事情を説明しないとな。ガイストも顔を出してくれないか。で、一緒に晩飯食べようぜ」

「分かった。で、時間と場所は?」

「夕方六時に双樹亭。俺、そこに泊ってるんだ」

「了解した。じゃあ、また夕方に会おう」

 ガイストは昼から、卸売市場で荷運びの仕事があるとのことだった。

 サムトーは彼と別れ、街をぶらぶらと一人見て回ったのだった。


 夕方、サムトーは風呂などを済ませて、双樹亭の食堂で、一人エールの酒杯を傾けていた。

 すると、昨日と同様、二人の女性警備隊員が姿を現した。

「話は聞いたわよ、サムトー。昨日の強盗未遂、訓練だってことになったんだって」

「結局、その赤毛の男は、強盗犯じゃなかったってことなのね」

 来るなり、グレイスとエミリアがそうまくしたてた。サムトーが、まあまあとなだめて、席に座るよう促す。二人もふうと息をつくと、エールを頼んでサムトーの向かい側に座った。昨日と同じ構図である。

「今日もご苦労様。乾杯」

 サムトーが音頭を取って、二人と酒杯を合わせた。少し苦笑しながら、二人もそれに合わせる。

「それでな、その赤毛の男がもうすぐ来るんだよ」

 サムトーが最初にそう伝えた。二人が顔を見合わせて、不思議そうな顔をした。それはそうだ。

「ねえ、昨日襲われた相手でしょ、どこで再会したのよ」

「それもそうだし、何で知り合いになってるのか不思議」

「まあ、そうなるよな。さて、そろそろ来る頃なんだけど……」

 怪訝そうな顔をしながら、二人が軽くエールをあおる。一体何があったのか、興味があるようだった。

「お、来た来た。おーい、ガイスト、こっち」

 サムトーが、中に入ってきた赤毛で短髪の男を呼んだ。

 呼ばれた男は少し遠慮しながらも、三人がいる席へとやってきた。

「紹介するよ。この男はガイスト。俺と互角に戦った奴だ」

「ガイストです。市場で日雇いの仕事をしてます。警備隊員のお二人には、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

 そう言って、深々と頭を下げてきた。確かに悪人ではないらしいと、二人の方も思ったようだった。そこでサムトーがガイストの分のエールを注文した。ガイストも促されるまま、サムトーの隣に座る。

「それじゃあ、新たな出会いに乾杯」

 調子に乗ってサムトーが音頭を取り、四人が酒杯を合わせる。そして軽くあおって、大きく息を吐いた。

 儀式が終わったところで、女性陣から自己紹介があった。

「グレイスよ。第三中隊第五小隊第二分隊の所属の警備隊員」

「私はエミリア。同じ部隊よ」

 エミリアが名乗ったついでとばかり、質問してきた。

「ねえ、ガイストは悪人ではなさそうだけど、どうして昨日サムトーを襲ったの。それに恐喝に暴行未遂は実際にやってるわけだから、十分罪に問われるはずだけど、その辺はどうなったのかな」

 その辺の事情を本人が話しても信用にくいだろうから、サムトーが代わりに説明した。朝、露店市で偶然出会ったこと。話しているうちに、ガイストが悪人でないと分かったこと。ガイストが手配されないよう、騎士団本部に謝罪に行ったこと。襲われたと言っても実害はなく、訓練と同じだったことを説明して、手配を取り下げてもらったこと。騎士様からは、次はないと厳しく釘を刺されたこと。

 ガイストも一言付け加えた。

「サムトーを初めてみた時、賭場から出てきたところでさ。賭場で稼ぐような遊んでる奴から、小遣いくらい貰っても許されるんじゃないかって、その時、魔が差したんだよ。でも、連続強盗犯として手配される羽目になって、すごく後悔してる。やっぱり、悪事はどんな理由があってもダメだって、良く分かったんだ」

 グレイスとエミリアが顔を見合わせて苦笑した。

「だからって、もう友達になったわけ? サムトーも大概お人好しよねえ」

「でも、分かる気がする。戦うと相手の性根が分かるって、本当なのね」

 そう言って、軽くエールをあおる。

「ガイストもいい腕してたからな。この俺を相手に、これだけ戦える相手なんだから、悪い奴じゃないだろうって、そう思っただけさ」

 サムトーがちょっと格好つけて、そんな返事をした。俺を相手にとか、余計な一言のおかげで、女性二人がさらに呆れていた。

「それは置いといて。ガイスト、例の噂話なんだけど」

「ああ、騎士団本部で話したあれだな」

 女性二人が首を傾げた。

「ああ、ほら、連続強盗犯、手がかりなくなったわけだろ。そしたら、ガイストが噂話を聞いたって証言をしたんだ」

「そうなんだ。卸売市場での噂話に、三人組の男が市場で獲物を物色しているらしい、っていうのがあってな。市場で金を持ってそうな相手を見つけたら、一人がその相手を尾行して、途中で接触して人気のない所に連れて行って、二人が待ち伏せして襲うんだって、聞いたことがあるんだ」

 グレイスとエミリアがなるほどとうなずいた。

「その噂、警備隊にも流れてたわね。でも、市場をくまなく捜索したけど、怪しい奴はいなかったから、それきりになってたはずよ」

「まあ、堂々と捜査してたから、怪しい奴が見つからなくても、当然と言えば当然の結果なんだけど」

 そこでサムトーが提案した。もちろん本気である。

「その話、本当かどうか確かめてみたらどうかと思ってさ。俺が卸売市場で囮になってみようかと思うんだけど、どうかな」

 さすがに二人も驚いた顔になった。サムトーはただの旅人である。手助けする義理も義務もない。それに、囮には大きな危険が伴う。

「ちょっと、サムトー、あなた自分が何を言ってるか、分かってるの」

「そうよ。そんな危ないこと、サムトーがする理由なんかないでしょ」

 当然だが反対してきた。サムトーもそれはそうだろうと思う。しかし、この種のトラブルが好きで、つい首を突っ込みたがる性分だった。知り合った相手の力になりたいという思いもある。大したことじゃないとばかり、言葉を続けた。

「いやあ、俺ってさ、こういうトラブル好きなんだよね。強盗探しに協力するってことで、笛も預かっただろ。だから、俺がその続きをしたいだけなんだよ。これも旅の楽しみのうちってことで」

 二人と一緒に、ガイストまでが目を丸くしていた。調子に乗っているとしか思えないが、本気で手伝う気なのも伝わっていた。何とも奇妙な男だと半ば呆れていた。

「まあ、そういうことなら、アメリア分隊長に相談してみようか」

「そうね。本来なら反対するところだけど、少しでも手がかりは欲しいし。明日朝、相談してみましょう」

 二人もサムトーに釣られて、結局その気になっていた。残る一人も、さすがに知らぬ顔はできなかった。

「なあ、俺にも何か、手伝えることあるか」

 ガイストが聞いてきた。サムトーがニヤリと笑った。その言葉を待っていたと言わんばかりだった。

 そこであえてエールを一口。ちょっと間を置いて、サムトーが説明をつけ足した。

「もちろん、ガイストの助けはぜひ欲しい。手順としては、俺が市場でガイストから大金を受け取る。金は俺の手持ちで十分だろ。で、怪しい奴がいるようなら、ガイストは俺の跡をつけるんだ。グレイスとエミリアは、そのガイストの跡をつける。俺に釣られた犯人は、俺を人気のない所に誘い出すだろ。そしたら叩きのめして、とっ捕まえるって寸法さ。まあ、相手が釣られなかったら、意味はないんだけどな」

 三人がうーんとうなって考え込んだ。釣れなかったら、その時はまた一から捜査し直すだけで済む。だが、もしうまくいけば、確かに犯人を捕まえられるかも知れない。しかし、その前にサムトーが叩きのめされたらどうするのか。

「それって、サムトーが危険なんじゃない」

「相手は凶悪犯なんだから、そんな危険は避けた方がいいと思うけど」

 二人がその疑問を口にすると、サムトーは事も無げに答えた。

「俺とガイストが揃って、半端な腕の奴に負けるわけないだろ」

 ガイストの方は、なるほどとばかりうなずいている。しかし、サムトーとガイストの戦いぶりを見ていない二人には、半信半疑だった。そんなにこの二人は強いのだろうか。

「まあ、せっかくの機会だと思って、試してみようぜ」

 軽い口調でサムトーが推してくる。

「分かったわ。分隊長の許可が下りたら、作戦決行になるわね」

「分隊長も強いから、犯人が捕まるなら、やるって言いそう」

 グレイスとエミリアも苦笑しつつ、分隊長に話してみることに決まった。

 その後は、サムトーがガイストの夕食をおごってやり、四人で和やかに食事となった。サムトーは、一人旅の最中、何度も小悪党を捕まえる手伝いをした話をした。三人を安心させようという心遣いだった。その話は、さすがに安心感をもたせるほどのこともなく、むしろ嘘にも聞こえる余計な話だったのも、確かな事実だった。


 翌朝。剣の素振りや朝食を済ませた後、サムトーは宿の食堂で待機していた。グレイスとエミリアが、アメリア分隊長に相談した結果を話しに来るのを待っていたのだ。

 八時の鐘が鳴ってから結構時間が過ぎた頃、女性警備隊員三人が双樹亭に現れた。約束通りである。

 まずは分隊長のアメリアが口を開いた。

「この度は、連続強盗犯捜査の手伝いをして下さるのことで、まずは感謝申し上げます。ですが、サムトー殿に危険が及ぶようなら本末転倒です。念のため、腕前を確認させて頂きましょう」

 三十過ぎとまだまだ若い分隊長である。腕前にも相当自信があるらしい。気持ちは分かるので、サムトーも異議なく了承して、宿の外へ出た。

 まだ通りにはそれほど人通りがない。模擬戦をするのに広さに十分余裕があった。

「私の攻撃を一度でも喰らうようでしたら、今回の話はなしにさせて頂きます。それでよろしいですか」

「いいですよ。では、遠慮なくどうぞ」

 分隊長の攻撃は、最初は拳だった。軌道が真っ直ぐでなく、斜めから放たれる。攻撃を受ける側が、読んで防ぐのを難しくするためのようだった。

 もちろん、サムトーほどの腕になれば、多少軌道が違うくらいは何ともない。速度、威力共に女性としては優れていたが、それでも反応が遅れることはなかった。腕の内側を叩いて、いとも簡単に拳を逸らしてしまう。何度拳を放っても結果は同じで、分隊長本人だけでなく、部下の二人も驚きを隠せなかった。

 次いで、攻撃に蹴りを混ぜてきた。これも叩き落したり、受け止めたり、体ごと避けたりと、全ての攻撃を防ぎ切っている。蹴りと拳の連携も、見事に読み切っていた。そのため、所々分隊長に隙があったのだが、あくまで腕試しなので、サムトーは反撃はしないでおいた。

 三分ほど猛攻を加えていた分隊長だったが、さすがに息が上がっていた。並の腕なら、男相手でも十分叩きのめせる技の数々だった。それが通じないことが分かり、苦笑を浮かべて拳を収めた。

「見事でした。サムトー殿の腕前は、私のはるか上をいくようです。これなら、どんな凶悪犯が相手でも大丈夫でしょう」

 息が上がったまま、分隊長はサムトーの腕を認めた。

「では、続きの話は室内でさせて頂きましょう」

 グレイスとエミリアはほっとすると同時に、サムトーの強さが本物であることに感心していた。分隊長は二人よりはるかに強く、訓練でも男の隊員を何人も負かしている。その分隊長より強いのだから、口先だけの男ではないことがよく分かったのだ。

 そして、宿の食堂を借りて、作戦会議が始まった。

「私達警備隊員は、卸売市場を警備すると見せかけて、周囲の様子を探りながら待機しましょう。サムトー殿はどう動かれますか」

「はい。俺も最初は、市場に怪しい人物がいないかを探ります。いきなり動いても、目的の相手がいなかったら仕方ないので。で、もし不審な人物がいたら、市場の中にいるガイストに連絡を取って、窓口で大金を受け取るのを見せつけます。その後、俺が動き出した跡をつけてくるようなら、そいつがこれまでの事件でも犯人だった可能性が高いですね」

 そこまでの説明を聞いて、分隊長が少し考え込んだ。その結果、囮の動きとしては妥当だろうと判断し、話の続きを促してきた。

「ガイストには、そいつの跡をつけてもらいます。三人は、そのガイストの跡をさらにつけて下さい。俺が適当なところで、その不審な奴と接触して、わざと主犯のところに連れていかれるので、犯人が全員揃ったところで、叩きのめしてとっ捕まえましょう」

 うまくいけば、これまで手がかりなしだった強盗犯を一気に捕縛できる。それは魅力的な提案だったが、そううまくいくかどうかは相手次第だ。

「とまあ、うまくいくことを願いますが、もしかすると、一日張り込んでも不審人物が現れない可能性もあります。その場合、明日もう一度挑戦するかどうか、改めて相談するということでどうでしょう」

 サムトーの言葉を聞いて、試すだけでも価値があるだろうと考え、分隊長もそれに同意した。

「分かりました。一種の賭けですが、手がかりのないまま捜査を続けるより有効だと思えます。今日、実際に試してみましょう」

 話は決まった。四人は作戦を実行すべく、卸売市場へと向かった。


 城塞都市ほどの都会では、商店が直接産地から物品を仕入れることは少ない。まずは卸売市場が産地から商品を仕入れ、それを小売りの商店が買いに来るのが普通である。

 商店が開く前、朝八時の鐘が鳴る頃には、市場は活況を呈している。数多くの馬車が行き交い、多くの品々が下ろされる。そこから仕入れた物品を、荷車やカートに積んで運ぶ商店主達が、忙しそうに立ち回っている。ガイストは、そこで荷下ろしや積み込みの仕事をしているのだった。

 四人が到着したのは、九時の鐘が鳴る頃だった。すでに一度目のピークは過ぎていて、買い付けの客より荷を搬入してくる馬車の方が多い。

 警備隊員三人は、そのまま市場を巡回し、不審な者がいないか警戒し始めた。ごく日常的な警備活動に見える。仮に強盗の一味がそれを見かけても、何の不信感ももたないだろう。

 サムトーは、一人市場の外れにある食堂で、サンドイッチをかじりながら周囲を見渡していた。ちょっと疲れたので、軽く食べながら休憩しているといった風情だった。

 すると、あまり離れていない場所に、席に座り込んで休んでいる男の姿が見えた。年はまだ二十代だろう。サムトーと同様に休憩しているようにも見えるが、しきりに首を動かし、何かを物色しているようにも見えた。

 サムトーは、サンドイッチを食べ終えると、その男に見せつけるように立ち上がり、市場の奥の方へと向かった。すると、その男もかなりの距離を空けてついてきた。サムトーの姿が市場の中に消えると、どこか違う場所へと移動していった。

 サムトーはガイストを探した。丁度荷下ろしの真っ最中で、声を掛けるのに多少待たされることになった。ガイストも、サムトーに気付いて、少し待つよう手を上げて合図してきた。

 しばらくして、仕事を終えたガイストが来てくれた。

「どうやら釣れたらしい。手筈通り、受付でこいつを俺に渡してくれ」

「分かった。受付の担当者には話を通してある。すぐでいいのか」

「ああ。じゃあ、作戦開始だ」

 そうして二人は一旦別れた。ガイストは屋内を通って受付に、サムトーはいったん外に出て、正面から受付へと向かう。

 そして受付にサムトーが来ると、ガイストを呼ぶように担当者に頼んだ。背後に来ていたガイストが出てきて、サムトーに預かった革袋を取り出す。中の金貨十枚ほどを一旦取り出して見せ、再び革袋にしまってサムトーへと渡す。この瞬間が肝である。

 サムトーとガイストの視線が、周囲を素早く探った。これを見つめる者がいるなら、明らかに不審である。

「あっちの物陰にいる奴、さっきの若い男みたいだな」

「間違いなくこっちを見てたな。じゃあ、予定通り、俺が跡をつける」

 サムトーとガイストは短く言葉を交わすと、何もなかった風を装って、それぞれ動き始めた。

 サムトーは、大金を持っていることに怯えている風を装い、時々周囲を見渡して警戒しているように歩き出した。目的地は商店街。早足にならなにように、あえて速度を落とした風を装っていた。

 ガイストが距離を空けて追う。その前には、先程見かけた若い男が、サムトーの跡をつけていた。その男に気付かれないよう、時々立ち止まって、様子を確認しながら尾行していく。

 そして三人の警備隊員が、そのガイストを追う。尾行が連鎖した形になっていた。サムトーがうまく誘導しているようで、作戦は順調に進んだ。

 しばらくその状態が続いたが、人気が少ないところで変化が起こった。尾行していた若い男が早足でサムトーに近づき、何やら小声で話し掛けてきたのである。

「そこの兄さん、何か困ってるようじゃないか。良かったら話聞くぞ」

「いえ、大丈夫です。何でもありませんから」

 サムトーはいかにも気弱な風を装って、そんな答えを返した。それを見た若い男はニヤリと笑うと、脅しをかけてきた。

「ケガしたくなかったら、大人しく一緒に来い」

 そう言うと、懐に忍ばせたナイフを見せた。丸腰の人間相手には十分な凶器である。サムトーは恐れた表情になり、コクコクとうなずいた。若い男はサムトーの斜め後ろに立ち、行き先を指示し始めた。

 いよいよ動いたかと、ガイストがより慎重になった。物陰や通行人をうまく使って姿を隠しながら跡をつける。その変化を見て取った三人の警備隊員も、こちらは姿を堂々と見せてはいたが、ガイストを見失わないように注意しながら追っていった。

 尾行はかなり長い距離になった。サムトー達二人は、商店街をかすめて住宅街に入り、そこから何度も道を曲がっていく。若い男は、時折振り返って周囲を確認していた。思い付きでできる犯行ではない。明らかに何度も繰り返した手順だろうと思われた。

 やがて、空き家が多く、人気のない場所まで来たところで、目の前にさらに二人の男が現れた。リーダーらしい逞しい男が声を発した。

「よくやった。今日の獲物はそいつか」

「ええ。卸売市場で金貨を受け取ってました」

「そりゃいい獲物ですな。では、早速」

 やや背の低い男がサムトー達に近寄った。

「痛い目を見たくなければ、金を置いて立ち去りな。俺達は優しいからな。金さえもらえば、無事に帰してやるよ」

 その言葉を聞いて、サムトーがニヤリと笑った。なるほど、噂にあった三人組で間違いないと確信し、即座に叩きのめすことを決めた。

「俺の方は、無事に帰す気はないんだけどな」

 言うなり、その男の手首をつかみ、素早く足を払った。その男がバランスを崩し、背中から地面に落ちる。固い地面の衝撃が見事に入って、男が痛みで動けなくなった。

「ふざけんなよ、この野郎!」

 手下が無様にやられたのを見て、頭に血が上ったのだろう。リーダー格の男が怒号を放つと、サムトーに殴りかかってきた。サムトーがそれを体ごとかわし、ここまで誘導してきた若い男との距離を開けた。

「ガイスト、後ろの奴を頼む」

 サムトーはそう言うと、リーダー格の男に向き直った。逞しい腕から拳が放たれる。それを軽く打ち払うと、斜め下から男の顎を拳で打ち抜いた。頭が強く揺さぶられて、男がよろめく。その隙を逃さず、みぞおちに痛烈な一撃を食らわせ、あっさりと倒し切っていた。

 声を掛けられたガイストは、走って現場に近寄ると、サムトーを連れていた男に真っ直ぐ向かっていった。若い男が慌ててナイフを抜くと、そのまま真っ直ぐ突いてきた。ガイストは軽く横に避けると、ナイフを持っている腕を強く打った。その衝撃で男がナイフを取り落とす。男が慌ててナイフを拾おうとするが、そこに大きな隙が生まれた。それを見逃さず、ガイストが男の首筋を強打する。男は気を失って倒れ込んだ。

「さすがガイスト。お見事」

「サムトーこそ、さすがだな」

 二人は固く握手を交わした。

 三人の悪党との戦いは、ごく短時間で終わった。三人の警備隊員が駆けつけた時には、すでに三人共地面に倒れていたのだ。

「これは、お見事ですね、お二人共」

 分隊長のアメリアが一言称賛した。グレイスとエミリアも、見事な強さだと感心している。だが、それで終わりではない。三人は手分けして、まずは身柄を確保するため、両腕を紐で拘束した。

 次いで、男三人を起こして立たせ、警備隊でなく騎士団本部へと連行して行く。凶悪犯なので、直接騎士の尋問を受けさせるのである。調書を取る必要があることから、サムトーとガイストもそれに同行する。

 人通りのある所に戻ると、通行人達が連行されている男達を眺めて、何か大きな捕り物があったらしいな、などと話をしていた。こうした事件への好奇心は誰にでもあるもので、立ち止まってまじまじと見てくる野次馬精神旺盛な者も結構多かった。

「良かったですね、分隊長」

「私達も鼻が高いです」

 グレイスとエミリアも、気を抜くとにやけそうな顔を必死で引き締め、真面目な顔で犯人を連行していた。分隊長はさすがに落ち着いていて、浮足立つ部下に軽く小言を聞かせた。

「連行して引き渡すまで、気を抜いてはいけませんよ」

「了解であります」

 二人はそう答えたが、初めての大手柄にやはり浮ついてしまうのだった。


 騎士団本部で犯人達の身柄を引き渡し、サムトー達は五人まとめて担当騎士の調書作成に付き合うことになった。

 アメリア分隊長が立案された作戦について説明し、警備隊の中隊長の許可を得てそれを実行したこと。サムトーとガイストという民間からの協力者を得て、午前中から作戦を開始したこと。囮に見事釣られた犯人一味の一人を追い、待ち伏せしていた仲間の元へ案内させたこと。民間協力者の二人は腕が立ち、三人を簡単に倒してのけたこと。分隊長の説明は簡潔でかつ丁寧であった。唯一、三人の言葉はサムトーしか聞いていないので、それを話してもらう必要があったくらいであった。

 サムトーが聞いた言葉は、

「痛い目を見たくなければ、金を置いて立ち去りな。俺達は優しいからな。金さえもらえば、無事に帰してやるよ」

 といったものである。明らかに繰り返し犯行を行ってきた者が使う言葉だろうと、担当騎士もそう話していた。余罪については、他の騎士が三人の取り調べを行っており、いずれ判明するだろうとも言っていた。

「ご苦労だった。民間協力者の二人には、少額であるが褒賞金が出る。手続きに何日かかかるので、少し待たせることになるが、後日受け取りに来て欲しい。それから五人共、昼食もまだだろう。私個人として、昼食代くらいは面倒を見ようじゃないか」

 そう言って、騎士は銀貨二枚を手渡してくれた。銅貨換算で百枚。普通の昼食なら銅貨十枚程度なので、豪勢な食事ができる額だった。

「ありがとうございます。それでは小官らはこれで失礼します」

 分隊長が一同を代表して礼を述べた。残る四人は敬礼を施した。騎士の方からも敬礼が返ってきた。これで一段落である。

 五人は意気揚々と騎士団本部を出た。三人は、まだ午後の勤務が残っているし、ガイストも昼食後は仕事に戻る必要があった。だが、昼食くらいのんびりおいしいものを食べても問題ないだろう。

 ちょっと値の張るレストランに立ち寄り、五人は今回の捕り物について話しながら、おいしい昼食を味わったのであった。


 夕方を過ぎて、サムトーが泊っている双樹亭に、ガイストも、グレイスとエミリアも姿を現した。昼間の活躍を祝いたかったらしい。

 サムトーが、それなら分隊長も誘えば良かったのにと言ったが、彼女も子供二人を育てている身の上で忙しく、夜の集まりには出るのが難しいとのことだった。昼間彼女が勤務している間は、子供の面倒は祖父母が見てくれているという話だった。

「四人共お疲れ様。もう街中で噂になってるわよ。連続強盗犯が女性警備隊員の手で捕縛されたって」

 宿の給仕のマリサが声を掛けてきた。改めて言われると、立派な功績を上げられたのだと、グレイスとエミリアも誇らしい気持ちになる。サムトーもこの種の手助けには慣れていたが、やはりうまくいくとうれしいものだ。ガイストに至っては、一度悪事に手を染めるところだっただけに、罪滅ぼしができたと安堵していた。

「今朝、作戦会議してたし、それがうまくいったってことよね。これで街の悪人も減ったわけだし、良かったわ」

「ありがとう、マリサ。とりあえず、エール四つもらえる?」

「祝杯ね。分かったわ。ちょっと待ってて」

 マリサが厨房に下がる。昼食の時も、捕り物がうまくいったことを喜んでいたが、祝い事は何度やっても良いものだと、グレイスとエミリアが主張したので、こうして集まることになったのだった。

「お待たせ。では、みなさん、ごゆっくり」

 しばらくして、エールが運ばれてきた。それぞれが酒杯を持つと、音頭は作戦の言い出しっぺであるサムトーが取るよう、他の三人が促してきた。

「では、僭越ながら。連続強盗犯捕縛、ご苦労様でした。乾杯!」

「乾杯!」

 唱和して酒杯を合わせると、四人共かるくそれをあおった。そして大きく息を吐きだす。

「いやあ、仕事頑張った後の一杯はおいしいわね」

「とは言っても、私達、捕縛して連行しただけなんだけどね」

 グレイスとエミリアが軽く笑いながら言った。考えてみると、サムトーとは二日前、ガイストとは昨日会ったばかりである。それが成り行きで捕縛作戦を一緒にやることになり、見事な成功を収めたのだ。この二人と偶然出会えたことに感謝していた。

「だから、サムトーとガイストには、本当に感謝してる。ありがとう」

「警備隊員は、街の平和を守ることに意義があるから。その役に立てたことが良かったと思ってるの。二人共ありがとう」

 感謝されるのは結構いい気分だ。それも年若い美人の二人に言われては、なおさらだ。

「いいってことよ。これも何かの縁、お役に立てて何よりだ」

 サムトーがさらりとそんなことを言う。ガイストの方は、かなり神妙だった。一歩間違えれば、捕まる側になっていたからだ。

「俺も、罪滅ぼしができて良かった。やっぱり、こうやって感謝されると、良いことする方が気分がいいな」

 少し照れながらガイストが言った。

 その様子を見ながら、サムトーが感じていた疑問を口にした。

「なあ、ガイスト、はっきり言って、その体術の強さは普通じゃない。一体どこで身に付けたんだ」

「それな、気になるよな……」

 ガイストが口ごもった。

「まあ、話したくないなら、それでもいいぞ」

「いや、この際だから、誰かに聞いてもらうのもいいかもな」

 そうしてエールをあおると、ふうと息を吐いて言葉を続けた。

「俺、城塞都市ニールベルグで警備隊員していた家の出なんだ。両親とも警備隊員でさ、兄と姉も警備隊員になってる。そんな家だったからさ、俺も小さい頃から道場に通って、体術と棒術を鍛錬したんだ」

「はあ、なるほど。小さい頃から鍛えてたんだな。道理で強いわけだ。だけど、それなら警備隊員になってるはずじゃないのか」

「そうなんだ。俺も十二才で、見習いとして警備隊に入ったんだよ。けど、その時の上司が凄く嫌な奴でさ。何かと言うと、嫌味を言ったり失敗を責めたりで、うんざりしたんだよ。それでも何年か頑張って、別の部隊に配置換えになって、これでましになると思ったんだけど、今度はもっと酷い奴が上司になってさ。仕事は押し付けて自分はさぼる、成果は自分のものにして失敗は押し付ける、本当に散々な目に遭ったんだ。今思うと、そこでさらに上役の騎士様に相談すれば良かったんだよな。けど、その時は我慢の限界がきてて、その上司をぶん殴って、ニールベルグを飛び出しちまったんだ。それが十六才の時だったな。そこからあちこち渡り歩いて、ここクローツェルに流れてきたってわけだ」

「はあ、そいつは災難だったなあ」

 サムトーは他人事ではありながらも、同情を禁じえなかった。人を部下として従える者は、やはり寛容で公正であるべきだと思う。そんな風に、私情に任せて人を蔑ろにするような奴が、上に立つべきではないだろう。配下となった者にとっては災難としか言いようがない。

 エミリアがここで割って入ってきた。

「それなら、この街で、また警備隊員に戻る気はないかな? 確か、今三人くらい欠員募集してたはずなの。他の町とは言え、警備隊の経験者なら、すぐ採用されるんじゃないかな」

 グレイスもそれに同意してきた。

「知っての通り、給金は高くはないけどね。けど、普通に暮らす分には十分なわけだし、日雇いの仕事よりはいいかと思うんだけど」

 毎日の生活に追われていたガイストにとって、その提案はありがたいものだった。

「そうか、欠員募集があるのか。申し出てみようかな」

 今回の強盗捕縛で、警備隊員の良さを再確認したこともあり、ガイストもかなり乗り気になっていた。

「いいと思うよ。なら、明日の朝一番で、警備隊本部に来て。分隊長から本部の上役に話してもらうようにするわ」

「もちろん、私達も口添えするから。ガイストほど腕が立って、尾行も上手なら大歓迎じゃないかな」

 二人の現役警備隊員にそう言われて、ガイストはとても喜んだ。この機会に定職に就けるのならありがたい。

「分かった。ありがとう、グレイス、エミリア。明日本部に行くよ」

 こうして話はまとまった。

「良かったな、ガイスト。いやあ、話はしてみるもんだな」

 サムトーも一緒になって喜んでいた。拳を交え、一緒に飯を食った仲である。まだ出会って二日だが、もう十分に友人だった。

「ところで、ガイストの腕の良さは分かったけどさ。サムトーの方はどうなの。どこで鍛えたわけ?」

「あ、それ、私も気になってたの」

 グレイスとエミリアが矛先を変えて聞いてきた。正直に答えられない事柄なので、前回と同じ口実を話した。

「カターニアの道場で武芸を習って、旅の間に鍛えてきたんだよ」

 カターニアの名を出すのは二度目だが、サムトー以外の三人にとって、巨大都市カターニアはここから遠く離れた噂の地でしかない。さすがに、そこの闘技場でサムトーが戦っていたなどとは想像できるはずもない。

「そうかあ。ちゃんと武芸を習ってたんだ。さすがだわ」

「私達は、見習いで入ってから手ほどきを受けたから、実はあんまり強くないの。恥ずかしい話だけど」

「訓練の時も、頑張ってはいるんだけど、中々ね」

「他の隊員がみんな強いから、足引っ張るばっかりって感じで」

 グレイスとエミリアが自虐的に言う。こればかりは鍛えた時間の長さがものを言うので、仕方のないことだろう。とは言え、基本をしっかり身に付けることで、役に立つこともあるだろう。そう思って、サムトーがまたも提案してみた。

「良かったら、俺が教えてもいいぞ。二人に時間があればだけど」

 この気安く面倒を見たがる辺りが、お調子者のゆえんである。

「え、いいの。それはすごくありがたいなあ」

「そうね。今さら聞けませんってことも、いろいろあるから」

 グレイスとエミリアが二人でうなずき合った。

「明日、ちょうど午前が訓練日だから、そこでお願いできないかな」

「お安い御用。警備隊本部かな」

「そうよ。じゃあ明日の朝、よろしくね」

「ガイストの件も忘れずに話しておくからね」

 話がまとまったところで、ちょうどエールも空になった。夕食と合わせてエールのお代わりを頼む。

「話が盛り上がってて、楽しそうね。良かったわ」

 給仕に来たマリサがそんなことを言うほど、仲良く話が弾んでいた。この四人で話すのは、昨日が初めてだったのだが。連続強盗犯捕縛という共通の目的を果たしたことで、仲間意識が生まれていたのだった。

 その後は、四人の日常生活の話で盛り上がった。その中でも、サムトーの一人旅の話は興味深く、三人が面白そうに聞き入っていた。これまでのいろいろなトラブルに首を突っ込んできた事がサムトーの口から語られ、なるほどトラブル好きなのは本当だったかと、三人が妙に感心したものだった。


 翌朝。例によって日課の素振りと朝食を終えると、朝早くからガイストがやってきた。警備隊の欠員募集に申し込むのである。サムトーも訓練の手伝いに警備隊本部へ行くので、同行するのである。

「正規隊員の募集かあ。警備隊から離れてずいぶん経つし、改めて面接受けるのって、さすがに緊張するなあ」

 ガイストがこぼしていた。サムトーが気楽に肩を叩いた。

「まあ、ガイストなら大丈夫だろ。うまくやろうとか考えないで、街を守りたいから志願したって伝われば、ちゃんと採用されるさ」

「そうだといいな。まあどの道、自分に嘘はつけないから、ありのままの自分で勝負するよ」

 そんなことを話しながら、警備隊本部へと向かっていった。

 歩くこと二十分弱、結構広い敷地に立派な三階建ての建物が見えた。警備隊本部である。騎士団本部ほどではないが見事な作りだった。城塞都市の警備隊が使うので、三個中隊三百人が集合できる大きさがある。

 玄関を入ると正面に受付があった。担当の職員が配置されていて、用件を聞くようになっている。今日の担当は初老の男性だった。

「私はガイストと申します。警備隊員のグレイスさんとエミリアさんの推薦を受けて、欠員募集の採用試験を受けに参りました」

「分かりました。少々お待ち下さい」

 そう言うと、初老の職員が、事務仕事をしている部屋から一人の若い男性職員を呼んだ。二人揃って出てきて、ガイストの前に立つ。

「では、この者の案内に従って下さい」

 初老の男性が言うと、若い男性が応えた。

「私がご案内致します。では、参りましょう」

「はい。よろしくお願いします」

 ガイストが案内役に従って、建物の中に消えた。この後、面接や実技試験などが行われるのだろう。内心で頑張れと応援すると、サムトーが自分の用件を伝えた。

「私はサムトーと申します。警備隊員のグレイスさんとエミリアさんから、本日午前の訓練への参加を頼まれた者です」

「ああ、話は聞いています。それでしたら、左手の建物が屋内訓練場になりますので、このまま廊下を進んで、案内表示に従って下さい」

「分かりました。ありがとうございます」

 サムトーは頭を一つ下げると、言われた通りに進んだ。なるほど、警備隊だけあって余計な装飾などはなく、実用重視の作りだった。代わりに案内はしっかりと表示されていて、初めてでも迷わないようにできている。

 しばらく進んで通路を曲がり、二階へと上がる。一階は装備などの倉庫になっていた。三階は会議などを行う部屋だった。

 屋内訓練場の入り口を開くと、すでに三十人ほどがそれぞれ素振りや筋力トレーニングなどを行っていて、活気があった。サムトーはその様子を見回し、まず見知った姿を探した。やがて、強盗犯捕縛で一緒だった三人、第五小隊第二分隊の面々を見つけ、近づいていった。

「アメリア分隊長、グレイス隊員、エミリア隊員、お招きにより、サムトー参上致しました」

 警備隊内なので、きちんと敬礼を施す。三人も訓練の手を止めると、同じように敬礼を返してきた。

「今日はわざわざありがとうございます。それでは、警棒術のお相手をして頂けますでしょうか」

 分隊長が丁寧に頼んできた。どうやら今日は、他の分隊や小隊の相手はしないで済むらしい。この三人に稽古をつければいいようだ。

「分かりました。そうですね、昨日のような強盗などを相手にするなら、素手よりも武器を持った方が効果的ですから、警棒で良いと思います」

 サムトーがそう同意すると、分隊長もうなずいた。

「では、今日は警棒でお相手をして下さい。では、最初は私からお願い致しましょうか」

 グレイスとエミリアが気を利かせて警棒を持ってきた。分隊長とサムトーがそれを受け取り、距離を開けて一礼した。

「それでは参ります」

 分隊長が警棒を中段に構えたまま突進し、真っ直ぐに突きを放った。サムトーは軽くそれを避け、自分の警棒でその突きを弾くと、ピタリと分隊長の首筋に警棒を当てた。

「突進技は、外れた時の隙が大きいので気を付けて下さい。突きが外された後に別の一撃を放てるよう構えるか、外れた後にすぐ距離を置くかして、相手の反撃を受けないことが大事です」

 そう言うと、今度はサムトーが分隊長に突きを放った。分隊長が横に避けて突いた隙を狙ったが、サムトーは続けて横薙ぎの一撃を放っていて、それを受け止めるのがやっとだった。

「こんな感じです。突いた後にすぐ次の技を出せば、隙が減るわけです。もしくは……」

 そう言って、再び突きを放つ。分隊長がそれを避けた直後、大きく下がって間合いを取った。

「こうやって仕切り直すかですね。とにかく反撃を避けるのが大事です。では、次は連続で打ち込んできて下さい」

 言われた通り、分隊長が連続で打ち込んでくる。サムトーはそれを一撃ずつ丁寧に弾いて、五連撃全てを防いで見せた。分隊長は驚き、大きく下がって間合いを取った。

「はい、それでいいと思います。連撃が防がれても、慌てず仕切り直すことが大事です。それにしても、さすがは分隊長、突きも打ち込みも基本に忠実ですし、間合いの取り方も見事ですね」

 それから五分ほど、サムトーは分隊長の攻撃に付き合った。それらを全て防ぎながら、的確な助言をしていく。分隊長も、かなり年下だがサムトーの腕前を認めていて、素直に助言に従って技を繰り出していった。

 グレイスとエミリアは、そんな二人の攻防を驚きと共に眺めていた。戦いの次元が自分達とは違うと感じつつ、少しでもこの腕前を近づく必要があるだろうと決意を新たにしていた。

 分隊長が休憩に入った時、二人共感心して声を掛けていた。

「さすが分隊長。次々技を変えていけるのはさすがでした」

「私達も、分隊長に少しでも近づけるよう、頑張りますね」

 そしてグレイスの番になった。サムトーは彼女の腕前を知らないので、好きに打ち込んでくるようにと言った。

「分かりました。では、行きます!」

 グレイスが連続で打ち込みを放つ。しかし、単調でごく簡単に防がれてしまう。接近したまま警棒を振るうばかりで、間合いを変えることもない。サムトーはなるほどと思い、一度大きくグレイスの警棒を弾き、突きを放つと、ピタリとみぞおちの手前で止めた。痛みがなかったことが不思議なくらい正確な一撃で、グレイスが冷や汗をかいた。

「分かった。まずは出入りをしながらの二連撃を覚えようか」

 サムトーはそう言うと、自らが見本を見せた。

「間合いを詰めて右からの打ち下ろし、そのまま左からの打ち下ろし。二発撃ったら下がって間合いを開ける。と、こんな感じだ。エミリアもこの技から覚えるといいと思う。だから、一人が三回撃ったら、交代ってことで練習してみよう」

「分かりました。やってみます」

 まずグレイスが間合いを詰め、上からの二連撃を放つ。サムトーがそれを丁寧に受け止める。撃ったら下がって間合いを取る。それを二回、三回と繰り返したところで、エミリアと交代する。エミリアも同じように間合いを詰めての二連撃、そして間合いを取るのを繰り返した。

 十分ほどそれを繰り返したところで、サムトーがここまで、と終了の合図をした。二人が息を荒くして、その場に座り込んだ。

「うわあ、きっつい。でも、本当の戦いでも、役に立ちそう」

「そうね。私達の腕では、相手の隙を突くのは難しいものね。攻撃の度に間合いを取って、足止めするのは理に適ってると思う」

 二人がそんな感想を話していた。さすが警備隊員、勝つためだけでなく、足止めするために戦うことがあることを熟知しているのがいいと、サムトーは思った。

「この練習は一人でもできるだろ。素振りでいいから、繰り返し練習して鍛えておくと、きっと役に立つ。それに、今回は両方打ち下ろしだったけど、片方を横薙ぎにするとか変化できるから、慣れてきたら違う技も試してみるといいよ」

 サムトーの助言で、二人共表情を明るくした。練習すれば役に立つと、展望が開けたことが大きい。今まではどうすれば強くなれるか、皆目見当もつかなかったので、身に付けるべき技が分かっただけでも大きな収穫だった。

 この練習風景を見ていた他の小隊の面々が、感心したようにこちらを見つめていた。基本の攻撃に間合いの調整を混ぜることで、弱いと見なされていたグレイスとエミリアが、別人のようにいい動きをしていたからである。

「どうやら、他の小隊も、サムトーに教えを乞いたいようですね」

 アメリア分隊長がそう言ってきた。なるほど、さすが警備隊員はみな訓練熱心だと、サムトーが感心した。

「楯をお借りできますか」

「もちろんだ。持って来よう」

 アメリアが直径六十センチくらいの、木製の丸楯を持ってきた。警備隊の標準装備である。

「これも二人一組で練習するのにちょうどいい技です。相手をどうしても無力化したい時、一撃に賭けるのであればやはり突きが一番です。アメリア分隊長、楯を構えてもらえますか」

「分かっりました。では、続きをどうぞ」

「やはり間合いが重要です。まずは、一足で飛び込んで突きが届く距離を取ります。突進して間合いに入ると同時に、踏み込みと体のひねりを加えて威力を増します。後は正確さです。丸楯の中心を狙わないと、きれいに入りませんから、それで自分の狙いが正確かどうかが分かります。そして、突いたら間合いを取ることも先程までの技と一緒です。では、一度、俺が試しに突いてみますね」

 そう言うと、サムトーはアメリアの構える楯に一撃を入れた。突進からの突き、そして下がる動きまでが流れる水のように滑らかだった。速さ、正確さ、技の切れ、どれも見事で、周囲の隊員からどよめきが上がった。

「とまあ、こんな感じです。良ければ練習してみて下さい」

 周囲の隊員達が動き出した。二人一組になり、サムトーが見せたように突きを放つ練習を始めた。

「グレイスとエミリアもやってみようか」

「はい、分かりました!」

 元気よく返事をすると、最初はエミリアが楯を持ち、グレイスが突きの練習を始めた。十本ほど撃ったところで交代する。これも練習の成果が出やすく、しかも実戦的なので、二人共やりがいのある練習だったようだ。生き生きと技を繰り返していく。

 十分ほど練習したところで、全体に休憩の指示が入った。きちんと休憩することも練習のうちなのである。

 グレイスとエミリアも体を休め、サムトーにうれしそうに話し掛けた。

「ありがとね、サムトー。今まではがむしゃらに練習に食い付いてきただけだったけど、何かこう、強くなる道筋みたいのが見えて、すごく良かった」

「同感。さすが旅の剣士、こういう訓練もこなしてきたから、あんなに強いんだって、良く分かったわ。ありがとう」

 二人も結構疲れただろうに、笑顔でそんな言葉を言ってくれた。サムトーも笑顔を返した。

「それはどうも。お役に立てて何よりだよ」

「この打ち下ろしと突きは、絶対自分のものにしてみせるからね」

「そうそう。練習を続ければ、上達できるって分かったし」

 三人が水筒の水を飲みながらのんびり会話している間に、訓練場にいた小隊長達が何事か相談していた。さほど時間もかからず、三人の小隊長がうなずき合うと、サムトーの元へとやってくる。

「サムトー殿、でしたな。もし良ければ、この後、模擬戦の相手をして頂けませんか。あなたほどの腕前を見る機会は、そう滅多にないですから」

 凶悪犯を捕まえる場合、戦いが避けられない警備隊である。自分の強さを高めておかないと、いざという時困るのである。強い相手と戦う経験は、何物にも代え難い貴重な経験なのだ。

「分かりました。そういうことでしたら、喜んでお相手致します」

 サムトーも彼らの気持ちが良く分かるので、快く承諾した。

「では、よろしくお願いします」

 休憩が終わった後、結局サムトーは、立ち合いを希望した十五人ほどと警棒での模擬戦をすることになった。ここでも特に手を抜くことはなく、完璧な防御で相手の攻撃を防ぎ、隙を突いて勝つことを繰り返していた。もちろん、技量差が大きいので、全て寸止めである。サムトーは過去に凄腕の貴族や騎士にも勝っている。警備隊員では歯が立たないのも当然だった。

 しかし、負けた隊員達も、強さを極める可能性を知って喜んでいた。防御を極めれば誰にも負けない強さが手に入るのだと、サムトーの強さを見て実感し、より自分を鍛えようと決意していた。見ていた者達も、相手の攻撃の防ぎ方を学び、有意義な時間を過ごしていた。

 こうして、お人好しでお調子者のサムトーらしく、警備隊の訓練に丸半日間、全力で協力することになったのだった。


 訓練の後、三人で昼食を取ろうかと相談しながら、本部の出口へと向かった。アメリア分隊長は、他の分隊長、小隊長との打ち合わせがあって、別口で昼食を取るとのことだった。午後、グレイスとエミリアは詰所での駐在である。それに間に合えばいいから、ゆっくり食べてきていいと分隊長は言ってくれた。さすがは二児の母、優しい心遣いである。

「すごく濃い訓練になって良かったわ。繰り返しになるけど、ありがとう、サムトー」

「私からも、ありがとう、サムトー。知り合ってまだ三日だなんて、信じられないくらい。何か、前から知り合いだった気がするわ」

 話しながら出口へ来ると、ガイストが待っていた。訓練より先に、面接などの試験が終わっていたようだ。

「採用試験はどうだった?」

 サムトーが尋ねると、ガイストが肩をすくめた。

「感触としては悪くなかったけど、それと採用されるかは別問題だしな。正直、あまり自信はないかな」

 グレイスとエミリアが顔を見合わせた。強盗捕縛の時の働きは見事だったので、ぜひに警備隊に欲しい人物だ。せっかく欠員募集に応じたのに、不採用となってはもったいない。

「それより、一緒に昼食どうだ。そう思って待っていたんだけど」

 ガイストも誰かと一緒に昼食を取りたがっていた。試験の話などもしたいのだろう。三人がそれぞれうなずく。

 四人になったところで、近くの料理屋に入った。警備隊員たちが良く使う店で、定番だが味と量には定評があった。

 それぞれシチューやオムレツ、ポークソテーなど自分の好きなメニューを注文する。パンとチーズ、スープにサラダがついて銅貨十枚。相場通りの値段だが、量が多めなので割安だと言えた。

 注文を終えたところで、エミリアが肝心なことを思い出した。

「例の強盗犯捕縛の褒賞金、明日出るそうなの。ガイストも警備隊本部に受け取りに来てね」

 ガイストが即答した。

「俺は大丈夫。試験の合否も、明日の朝に伝えるって聞いてるから、ちょうどいいよ」

「サムトーもに受け取りに来て欲しいんだけど、三泊って話じゃなかったっけ。もう一泊しても平気かな」

 サムトーの方も、大丈夫という顔をしていた。

「強盗犯捕縛に首突っ込んだ時から、もう少しこの街にいるようだろうと、二泊追加してある。明後日まで泊って、それから旅に出るよ」

「分かった。助かるわ」

 そこまで話したところで、スープとサラダが出てきた。味が少し濃く、量も多い。なるほど体が資本の隊員達が好むわけだ。

 それほど間を開けず、メインの料理とパンも出てきた。早さもこの店の長所のようだった。

「で、試験はどんなことしたんだ」

 サムトーの問いを待ちかねたように、ガイストが答えた。

「最初が面接で、警備隊中隊長の他に、騎士団から小隊長まで来てて、位の高い人が三人相手ですごく緊張した。それで、まず警備隊を希望する理由を聞かれたんだ。街の人達の平和を守るためって答えたら、なぜそう思うのか突っ込まれてさ。真面目に働いている人達が、犯罪とかで酷い目に遭わないようにしたいって言ったんだ。その後、帝国法についての質問がいろいろとあってさ。見習い時代から覚えてきたことが役に立ったよ。忘れたことは正直に謝ったけど」

 サムトーが苦笑した。ガイストの話しぶりが、相当聞いて欲しかったんだろうと思える様子だったことと、法律など聞かれたら自分には答えるのは無理だということの双方からだった。

「良く答えられたな。俺には無理だ。法律とかはさっぱりだ」

「まあ、警備隊で学んだおかげだな。それから実技もあって、警棒で模擬戦もやったんだ。相手がさっきの騎士団の小隊長で、これがまた腕の立つ強い騎士様で、防戦一方になった。時々反撃してみても、簡単に受けられてしまうし、サムトー以外にもこんな凄腕がいるとは、世の中は広いなって思ったな。前にいた警備隊の騎士様より、はるかに強かったな」

 たくさん話して、気分が少しすっきりしたようだった。ガイストが昼食を頬張り、満足そうにしていた。

「負けなかっただけ凄いと思うよ。警備隊のみなさんには申し訳ないけど、今日訓練に入れてもらって、腕の立つ騎士様と戦えそうな隊員は、残念ながらいなかったからな」

 サムトーの言葉に、ガイストがほっと息をついた。

「そうか。なら、俺の腕も認めてもらえるかもしれないな」

「警備隊って大変な仕事だから、希望者もそう多くないだろうし、ガイストは面接でも実技でも、できるところを見せられたし、即戦力だって採用してもらえるよ、きっと」

 サムトーとしては本気でそう思っていた。最初に戦った時から、すごく素直な体術の使い手で、悪人とは思えなかったのだ。こんないい男を不採用にするなら、相当目が曇っているのだろうと思う。

 それは女性二人も似たようなものだった。

「私達みたいに武術得意じゃなくても、警備隊員にはなれるのよ。きっと凄腕のガイストなら大丈夫」

「そうね。一緒に仕事できるのを、楽しみにしてる」

 そんな風に、食事をしながら、ガイストの試験の話で盛り上がった。まだ会って二日。いつの間にかガイストも、グレイスとエミリアの友人の仲間入りをしていた。

 やがて食事が終わり、ガイストは市場へ、グレイスとエミリアは警備隊の詰所へと仕事に向かった。サムトーは笑顔で手を振りながら三人と別れた。

「仲のいい友達が増えるのはうれしいことだな」

 そう思いながら、この日は工房街の見物に出かけたのだった。


 夕方。風呂を済ませて、宿でエールを一杯やっていると、ガイストがやってきた。新たな友人サムトーを相当気に入ったらしい。

「一緒に飲もう」

 明るい表情でそう言うと、サムトーの向かいの席に座る。エールを一杯頼んで、酒杯を掲げた。

「新たな友人に、乾杯」

 酒杯を合わせると、軽くあおる。仕事帰りの一杯が相当うまいらしく、ガイストは肺腑に染みるといった表情をしていた。

「お仕事お疲れ様。ついでに改めて採用試験もご苦労様」

 サムトーがそう労うと、ガイストが軽く笑みを浮かべた。

「いや、何もかも、サムトーと戦ったおかげだな。あそこで目を覚まさなければ、悪人になり下がってたから。何度でも礼を言うよ。ありがとな」

「ま、こいつはいい奴だって、すぐ分かったからな。道を踏み外さないでくれたおかげで、こうして一緒にうまい酒も飲める。いいことだ」

 サムトーがそんな返答をして、エールをあおった。気のいい奴と飲むと、一人で飲むよりうまく感じるのは、気のせいではないだろう。

 二言三言交わしている間に、新たな客が来た。グレイスとエミリアだ。

「二人ともいらっしゃい」

「うん。またご馳走になるね、マリサ」

「サムトー、いる?」

 二人が店内を見渡し、サムトーを見つけた。すぐにその席へと向かう。

「あらあら、ずいぶん仲良くなったのね。エールでいいのかしら」

「ええ。一杯ずつお願い」

 ここでガイストが、気を利かせてサムトーの隣に席を移った。仲良くなれたとは言え、知り合って日も浅い女性の隣に座れるほど肝は太くなかった。

 エールが来ると、グレイスが酒杯を掲げた。

「今日は訓練ありがとね。それとガイスト、試験お疲れ様。乾杯」

 四人が酒杯を合わせる。こういうのは何度やってもいいものだとサムトーは思う。軽くあおって、ふうと大きく息を吐く。

 そこでサムトーは、グレイスがやけに上機嫌であることに気付いた。

「グレイス、何か良いことでもあった?」

 グレイスがふふんと笑って、うれしそうに答えた。

「明日、久々の休みなのよ。丸一日。強盗事件のせいで、いつもより濃い目に巡回とか入ってたから、やっと休みだって思うとうれしくて」

 エミリアがため息をつきながら、それに続いた。

「ほんと、捕まえられてよかったわ。サムトーのおかげね。休みがうれしいのは私も同じ」

「そいつは良かった。ゆっくり休日を楽しんでくれ」

 サムトーがそう言うと、グレイスが話を続けてきた。

「ねえねえ、サムトー、ガイスト、明日暇なら、一緒に遊ばない?」

 エミリアが言葉をつなぐ。

「一日中、のんびり過ごすのもいいんだけど、気晴らしに遊びに出る方が楽しいんじゃないかって、二人で相談したの。二人共、どう?」

 ガイストが残念そうに首を振った。

「うれしい申し出だけど、もし募集に合格してたら、明日はそのまま契約があったり仕事の説明があったりするから、俺は無理だ。不合格なら暇になるけど、さすがに遊びに行く気にはなれないしな」

「そっか、それなら仕方ないね。サムトーは?」

「明日は褒賞金もらうだけ。俺で良ければ付き合うよ」

「よし決まりね。じゃあ、サムトーが褒賞金もらうのに合わせて、朝九時の鐘で警備隊本部かな。エミリアもそれでいい?」

「大丈夫よ。じゃあ、明日よろしくね、サムトー」

 そんな具合に、明日の予定が決まってしまったサムトーである。美人の女性二人を連れて遊び歩くのは、さぞ衆目を集めてしまうだろうなと思う。若い男連中が羨望の目で見てくることだろう。まあこれも役得だと思うことにしよう。

「悪いな、ガイスト。俺ばっかりいい目を見るみたいで」

「でも、サムトーも、明日一泊したらまた旅に出るんだろ。城塞都市クローツェル最後の思い出に、楽しんでくるといいさ」

「ありがとう。そうさせてもらうよ。グレイスとエミリアもよろしくな」

「こちらこそよろしく」

「男の人と遊びに行くの、先輩に連れてってもらって以来だから、何年かぶりだね。ちょっと楽しみ」

 エミリアが中々問題のある発言をした。他人の事だと、こういう話題に食い付くサムトーである。

「へえ。その男の先輩とは、関係が進んだりしなかったのかい?」

「そういう感じじゃなかったの。ずっと年上で、しかもその先輩にはもう決まった相手がいたし。その時も、後輩の面倒を見るって感じだったよ」

「エミリアは奥手だからね。結構、警備隊の中でも評判良いし、街中でもエミリアを見てくる男もいるくらいなのに」

 グレイスが混ぜっ返してきた。エミリアが軽く口をとがらせて反撃する。

「そう言うグレイスだって、巡回の時、ちょっと見知った男の人から、声掛けられてるじゃない。警備隊仲間の若い連中から声もかかるけど、忙しいとかなんとか言って、断ってばかりいるし」

 要するに、二人共結構もてる女性だということだった。さもありなんと、サムトーが内心でうなずいた。

「ねえ、私達のことはいいから。ガイストは、そういう話とかないの?」

 グレイスの矛先が移った。ガイストが頭をかいた。

「日々の生活でやっとって感じでね。これまで、女性のこと、考えてる余裕なかったな」

「ほんとに? そんだけ腕が立つなら、女の子の一人や二人」

「ちょっと、グレイス、下品でしょ、その言い方」

 一杯目のエールで、そんな風に話が盛り上がっていた。

 その後も夕食をつまみに、二杯目のエールを飲みながら、四人は雑談に興じていた。サムトーが一人旅の間に、いろいろな女性と出会った話をする一幕では、三人が興味深そうに聞き入ったものである。

「これがもてる男の余裕ってわけね」

 とはグレイスの弁だが、ガイストもエミリアも、同じように思っていたのは余談である。


 翌朝。朝九時の鐘が鳴る少し前に、サムトーは、強盗捕縛の褒賞金を受け取りに、警備隊本部へと向かった。

 本部の入り口では、ガイストが待っていた。彼も褒賞金を受け取り、そのまま欠員募集に採用されたかどうかを聞きに行くのだ。ついでなので、二人で揃って受付へと足を運んだ。

 褒賞金の手続きは、受取証にサインするだけだった。額は金貨一枚、つまり銀貨二十枚分である。案外気前がいいとサムトーは思う。命懸けの捕り物だったが、少ないとは思わなかった。まあ、これは人によるだろう。

 そのままガイストの試験の成否を一緒に聞いた。結果は合格。即戦力として申し分ないとのことだった。

「やったな、ガイスト。おめでとう」

「ありがとう、サムトー。俺、すごいやる気出た」

 二人で固く握手を交わす。さらに友情が深まった感じだった。

 そこに案内の隊員が現れ、ガイストを呼んだ。この後、雇用契約や隊員制服の支給、配置部隊への顔見せや実務の講習など、いろいろとすることがあるのだった。

「じゃあ、行ってくる。また夕方に会おう」

 そう言って、ガイストは案内役と共に本部の奥へと入っていった。

 サムトーが本部を出ると、グレイスとエミリアが待っていた。約束通り、ちょうど九時の鐘が鳴り終わった直後だった。

 二人共、色は違うが、カーディガンにブラウス、ひざ丈のスカートを合わせてきた。それに肩掛けのバッグ。遊びに行くので、お洒落してきたのが分かる。美人度が増したと思えるほど、良く似合っている。

「警備隊の制服でも美人だったけど、そういう服を着ると、より一層美人に見えるなあ。眼福だよ」

 サムトーが調子に乗ってそんなことを言う。

「やっぱりそう思う? きれいなのって罪よね」

 とはグレイスの弁である。片やエミリアの方は謙虚だった。

「似合ってるとは思うからこの服着て来たけど、そんな風に褒められると、さすがに恥ずかしいよ」

 反応はそれぞれだが、今日のために着飾ってくれたのは一緒だ。

「着飾った分、きれいさが増してるのは事実さ。ほら、通行人もちらほらとこっち見てくるだろ」

 確かにサムトーの言う通りだった。まあ、美人が二人、警備隊本部前にいるのが場違いなせいもあるだろう。ついでに、サムトーが美人二人と一緒なのを、羨望の目で見ている若者も多少はいただろう。

「ところでガイストは? もう結果聞いたのかな」

 グレイスの言葉に、サムトーが親指を立てて答えた。

「そう。良かったわ。これで晴れて、ガイストも同僚になるのね」

「どこの小隊の所属かな。たまには一緒に仕事できるといいな」

 二人共、友人になったばかりのガイストを案じていたのだ。無事採用されたことを素直に喜んでいた。

「夕方また会おうって。また双樹亭に飲みに来ると思うよ」

「そっか。なら、採用祝いの品、何か用意してあげたいわね」

「グレイスにしてはいい気の回し方だと思う。私も賛成」

「じゃあ、まず何か良い物探しに行こうか」

 相談はまとまり、三人は揃って買い物に出かけていくのだった。


 商店街は、開店直後だということもあり、まだ客足はまばらだった。その通りを、男一人、女二人の三人組が、店を眺めながら歩いていく。

「何をあげるのがいいかな」

「必要な物は、警備隊で用意してもらえるから、記念品とかかな」

「腰に付けるポーチとか、実用品もありかも」

 そんな会話を交わしながら、店を物色する。一日遊びたいと出かけてきた女性二人だが、買い物は好きなので、これも楽しいようだった。

 道具屋で筆記具や工具などを見る。道具の類は案外大きな物が多い。さすがにガイストが必要な物は分からず、かと言ってかさばる物も邪魔になるだろう。何か別の物を求めて他の店へと向かう。

 鞄屋でポーチの類を見てみる。サムトーが普段使っているように、腰に付けたポーチに、財布やナイフなどをしまっておくのは案外便利だ。しかし、この種の品は自分で使い勝手の良い物を選ぶだろう。押し付けるようにあげるのも何か違う気がするので、また別の店へ。

「中々、これっていう物が見つからないわね」

「でも、こうやって探してるのって、楽しくていいな」

「そうね。探していると、いろいろ面白い物もあるし」

「そうそう。あと、こういうの前欲しかったなあ、とか」

 女性二人は案外楽しそうだ。サムトーも同行者が楽しいと、自分も楽しく感じられていいと思っていた。

 そうして今度は雑貨屋へ。日常使う物なら良いかもしれないと、いろいろと考えてみる。ハンカチは意外と活躍の場面が多い。軽いケガの時、汗を拭く時、手を洗った後など、出番も多く、消費も激しい品だ。いくらあっても困らない品だろうと、三人の考えが一致した。

「後は、実用重視か、ちょっとお洒落にするかよね」

「私達、警備隊員稼業だと、実用重視がいいと思うな」

 品が決まった後も、どれにするか決めるのに、また相談が始まる。その過程が楽しいので、二人共生き生きとしていた。

「そうね、実用重視で、この辺の品が良いかもしれないわね」

「色は薄めのにして、六枚くらいでいいかな」

 相談がまとまったところで、エミリアが清算に向かった。良い生地を使っているので、一枚当たり銅貨五枚、全部で三十枚。ここは三人からの祝い品ということで、三人で均等に負担することになった。

「じゃあ、私が預かるね」

 エミリアは、こういうところで気の利く女性だった。自分からそういう負担を申し出てくれる。グレイスの押しの強さも、場面によってはとても魅力的である。二人共、性格は違うが、気のいい素敵な女性達だった。改めてそう感じると、偶然知り合えたことが幸運に思えてくる。どこの町でも、こんな風にいい出会いができて、良かったと思うサムトーだった。

「ありがとう、エミリア。グレイスも。祝いの品を選ぶのに付き合ってくれて、助かった。まだ知り合って四日なのに、こんな風に仲良くできるのもうれしい。やっぱり、二人がいい人達だからだと思う。俺としてはすごく感謝してるんだ」

「あらあら、そんなに殊勝になることないわよ。私達も、未来の同僚へのお祝いあげたかっただけなんだし」

「それには同意。ガイストもいい仲間になれそうだし、縁をつなぎたいなっていうのはあるの」

「それに、仲良くっていうか、最初からサムトーは話しやすかったし」

「うん。疑っちゃったけど、すぐ許してくれて、度量も広いなあって」

 ありがたいことである。本当に気のいい二人と知り合えて良かった。そう言葉にするのが少し恥ずかしくなり、格好をつけて誤魔化す。

「それは何よりだ。それに二人共、こんなに美しいからな。そんな女性達に認めてもらえる俺は、何と幸運なのだろうか」

 手を頭に当てながら、そんなことを言ってみる。

「いいわねえ、その外しっぷり。力一杯滑ってるわ」

 とはグレイスの弁で、全くその通りだった。

 ぷっと吹き出したのはエミリアだった。

「幸運で良かったね。おめでとう、サムトー」

 そうして三人で笑った。

 だが、他人が幸運だと、妬む者はどこにでもいるものだ。この時はちょうど、三人組の若い男達が通りかかったところだった。彼らは仲良くしている若い男女を見て、腹立たしく思ったようだった。

「よお、そこの兄ちゃん、何か調子に乗ってるな」

「美人二人連れてるからって、いい気になるなよ」

「そうだ、このきれいな娘置いてけよ。後は俺達が面倒見るからよ」

 サムトーに対して、そんな難癖をつけてきた。言われた方は涼しい顔で、軽く言い返した。

「遠慮させて頂くよ。まだ用事もあるんでね」

 三対一でも全く怯えることのない、その余裕のある態度が余計癇に障ったようだ。三人がいきり立った。

「何だと、この野郎!」

「生意気だ、やっちまえ!」

「ふざけんなよ、てめえ!」

 口々に怒号を浴びせると、次々に殴り掛かってきた。何とも短気なことだと、のんびり考えつつ、サムトーが放たれた拳を叩き落し、あるいは弾いて軌道を逸らした。足も小刻みに使い、避けやすい位置へと移動する。

 男達の殴る回数が増えていく。十回、二十回と繰り返すが、打ち落とされるか空振りするかの繰り返しである。次第に男達の息が上がっていく。全力で殴り掛かってくるので、疲れるのも早い。それに対して、サムトーは涼しい顔をしたままである。

 女性二人は困惑しながら見ていた。本来なら、警備隊員として、彼らを暴行の現行犯として捕縛、連行するところである。しかし、サムトーが余裕で防ぎ切っているので、実害が全くない。別に無理に連行しなくてもいいかという気分になっていた。

「なあ、そろそろ止めにしたらどうだ」

 サムトーは親身にそう言ったのだが、相手は聞く耳を持っていなかった。

「う、うるせえ」

「こ、こんなことで負けるかよ」

「はあはあ、ふざけやがって」

 仕方ないとばかり、サムトーが本気で戦う姿勢を見せた。周囲には、いつの間にやら野次馬が集まってきていた。城塞都市でも、娯楽の少ない生活をしている者は多く、喧嘩を見るのも楽しみの一つなのだ。

「さて、ご覧の皆さま。この三人、諦めが悪いようです。すでに正当防衛は成立していると思います。そして、これだけ力の差があると分かって、なおも挑むからには、痛い目を見ても構わないということだと思いますが、いかがでしょう」

 野次馬達から、そうだそうだ、痛い目見せてやれ、といった声が野次馬達から上がった。それはそれで、暴行教唆という罪になるのだが、制止する者はいなかった。

「だ、そうだ。じゃあ、俺も本気出していいよな?」

 サムトーが構える。本気で殴りかかってくる様子を見せられたことで、男達は恐怖を覚え、後ろに下がった。

「そ、そうだ、用事を思い出した」

「俺も、早く行かなきゃ」

「じゃあな、俺達はこれで」

 そう言い残して、その場からそそくさと退散していった。捨て台詞を吐かないだけ、理性があって何よりだとサムトーは思った。

 何だ、もう終わりかと、野次馬達が散っていく。いやあ、あの兄ちゃん、三人が殴り掛かってきても、一発も喰らわなかったな、すごく強いな、などと感想を言いながら立ち去っていった。

「グレイス、エミリア、お待たせ。そろそろ昼飯行こうぜ」

 トラブルが去った後の、サムトーの言葉がこれだった。さすがの二人も、これには苦笑するしかない。

「巡回中なら、捕縛してるとこだけどねえ」

「何か、サムトーだからいいかって気分になっちゃって」

 捕縛、連行したら調書作成だ。せっかくの休日がそれで潰れるのも、面倒に思ってしまったのだった。それにサムトーならケガ一つしないという確信があった。訓練の時に、身に染みてその強さを知っていたからだ。

「気にしなくていいよ、別に。こんなの慣れっこだし」

 涼しい顔でサムトーが言う。

「とは言え、迷惑をかけたな。お詫びに昼飯おごるよ。褒賞金ももらったことだしな」

「そうなの? 何か悪いわね」

「ありがとう。なんかごめんね、かえって気を遣わせたかな」

「いいってことよ。これも俺が好きですることだから」

 そして、三人は商店街の料理店を見て回った。

 ちょっと値の張る店に入り、銅貨二十枚のコース料理を頼んだ。三人分で銀貨一枚強。昼食にしては大盤振る舞いである。好きですることには、金に糸目をつけないサムトーだった。

「こんなご馳走、いつ以来かな。うれしいな。ありがとう」

「こんな風においしい料理をのんびり食べられるなんて、すごくうれしい。ありがとう、サムトー」

 二人の感謝が心地良い。金で歓心を買ったようで、多少の心苦しさもあるが、喜んでもらえるなら何よりである。

「俺も、二人と一緒にうまい物が食べられて良かったよ」

 そうして昼食を楽しんだ三人組だった。


 午後は露店市を冷やかして回った。ガイストに襲われた翌日、彼と再会した場所である。

 相変わらずの賑わいで、とても活気がある。グレイスとエミリアは巡回の時に通り過ぎることはあるが、案外店を見ないで通り過ぎているだけだったことに、今さらのように気付いていた。

「ねえねえ、こんな不思議な香りのする煙、使ってる人いるのかな」

「果物を酒に漬けてあるのね。おいしいのかな」

 など、商店街では見られない品々に、興味を惹かれながら見て回った。

 茶葉や野菜類が安いだの、珍しい道具類が売っているだの、様々な品を見ては、飽きることなく楽しんでいた。

 装飾品店では、意外と二人が商品に食い付いていた。普段は警備隊服で、私服を着る機会など滅多にない。だから、あまり活躍することはないのだが、この日着飾ってきたように、飾り物は好きだったのである。

「意外と良い物が揃ってるわね。その割に値段も安いし」

「ほんと、このネックレスとか、グレイスに似合いそう」

「エミリアだって、こういうブレスレット合うんじゃない?」

「シンプルだけど、こんなブローチもいいかも」

 そうやってわいわいやっているのを見ると、やはり年頃の女性なのだと改めて思う。楽しそうで何よりである。サムトーは微笑ましく思いながら、二人の様子を見守っていた。せっかくの機会だし、またおごろうかと思い、申し出てみた。

「明日、旅に出るからな。良かったら、何かおごるよ」

 グレイスとエミリアの二人が顔を見合わせた。昼食をおごってもらったばかりである。さすがに続けておごってもらうほど、図々しくなれない。

「大した金額じゃないし、そうだなあ、出会いの記念ってことで、受け取ってもらえるとうれしいかな」

 サムトーがそう付け足す。すると、グレイスとエミリアが顔を見合わせ、首を少し傾げると、しばらくして言った。

「そういうことなら、受け取るのは構わないかな。だけど、元々ガイストの採用祝いを買いに来たんだし、それより高い物はちょっとね」

「というわけ。だから、スカーフの一枚でももらえれば、それで十分かな」

 なるほど。情の細やかな二人らしい言葉だった。確かに、二人に高い物をおごるのはおかしいかもしれないと思った。

「分かった。じゃあ、二人の言う通りにしよう」

 店を変えて、布製品を売っている露店に行った。そこで二人共青いスカーフを選び、サムトーに買ってもらった。銅貨五枚。この程度の値段だと、さすがに二人も気が咎めずに済むようだった。

「ありがとね。これを見ればいつでも、サムトーって名前の腕の立つ旅の剣士がいたって、思い出せるわね」

「それに、その剣士のおかげで、連続強盗犯を捕縛できたこともね」

 二人は大事そうにそれを鞄にしまい込んだ。

 その後、いろいろな商品を見て、屋台の軽食を食べ、楽しく市を見物して回った。

 夕方前に一度別れ、それぞれ公衆浴場に行った。ガイストも来るし、みなでゆっくり飲むために、先に風呂を済ませてしまおうということだった。昼間、十分遊んだし、早い時間に風呂に入れることは滅多にない警備隊員の二人は、かなりのんびりと風呂を楽しんでいたのだった。


「それにしても、すっかり仲良くなりましたね」

 エールを運んできた、双樹亭のマリサが言った。五日前には、考えもしなかった四人の組合わせである。サムトー、ガイスト、グレイス、エミリアが、以前からの友人だったかのように、テーブルを囲んでいた。不思議な縁でつながった組み合わせで、この三日、毎晩一緒に飲んでいるのである。

「それじゃあ、ガイスト、警備隊員就任おめでとう! 乾杯!」

「かんぱーい!」

 サムトーの音頭で酒杯が合わせられる。それぞれ軽くあおると、大きく息を吐く。良いことが続いて、みな上機嫌だった。

「で、どうだった、警備隊の仕事の方は大丈夫そうか」

 サムトーの問いに、ガイストが明るい表情で答えた。

「ああ、大丈夫。以前の隊と、それほど仕事が変わるわけでもなし、しばらくやっていくうちに、ちゃんとこなせるようになりそうだ」

 グレイスとエミリアも、そうだろうとばかりうなずく。

「書類関係がちょっと面倒だけどね。それ以外は、詰所で道案内したり、巡回中に揉め事の仲裁したり、雑用的なことがほとんどだしね」

「まあ、いざという時に備えて、訓練は欠かせないけど、ガイストほど腕が立つなら、それも余裕でこなしそう」

 そこで、エミリアが言葉をつけ足した。

「それで、せっかく採用されたから、私達三人からお祝い。大した品じゃないけど、ハンカチなの。この先、使う機会も多いはずだから」

 言い終えると、紙袋を差し出した。ガイストが少し照れながら受け取る。袋の中を改めると、薄い色合いのハンカチが六枚。当分足りなくて困ることはない枚数だった。

「本当にありがとう。そっか、警備隊員だと、ハンカチは良く使うな。気を回してくれて助かる。ありがたく使わせてもらうよ」

 ガイストが頭を下げて礼を言った。大事そうに自分の鞄にしまい込む。

「ごめんな、世話になったのに、俺からは何もなくて」

「いいのいいの。そのうち助けてもらうこともあるでしょうし、ね」

「そうそう。これからは同僚なんだし。それで、部隊はどこになったの?」

「第三中隊第三小隊第三分隊。三が揃って覚えやすい」

 三人が軽く笑った。ガイストの冗談を聞くのは初めてかもしれない。

「同じ中隊だね。うちは第五小隊だから、一緒になる機会もいろいろとありそうね」

「そうだね。訓練の時とか、いろいろ教えてね」

「こちらこそ。一緒の時はよろしく頼むな」

 サムトーも、三人が良い同僚としてやっていけそうな様子を見て、うれしく思っていた。これからいろいろなことで助け合っていくのだろう。

「いやあ、良い場面だなあ。同僚として協力する三人の姿は美しいな。俺もみんなと知り合えて良かったよ」

 そう言って、サムトーはエールを軽くあおった。気分がいいとエールもうまい。

 三人の方も、この不思議な旅の剣士と知り合えて、とても良かったと感じていた。それだけに、今晩で一緒にいられるのも最後かと思うと、非常に残念に思うのだった。

 しかし、サムトーが旅をしていたから出会えたのだ。旅を続けて、また誰かの助けになるのだろう。そういう不思議な人物だと、三人にも分かっていたので、口に出したのは礼の言葉だった。

「良かったのはこっちの方だ。おかげで未来が変わった。この街で警備隊に戻れたのはサムトーのおかげだ。何度でも礼を言うよ。ありがとな」

 ガイストが真剣な表情で、隣にいたサムトーに手を差し出す。二人は固く握手を交わした。

「私達も、強盗犯捕縛や訓練で世話になったばかりか、一緒に出かけたり飲んだり、楽しい時間を過ごさせてもらったわ。ありがとう」

「サムトーのおかげで、良い思い出ができたわ。この楽しかった日々のことは絶対忘れない。ありがとうね」

 グレイスとエミリアもそれぞれサムトーと握手を交わした。

「俺も楽しかったよ。けどまあ、まだ時間はあるし、もう少し楽しもう」

 サムトーが言うと、他の三人も笑顔を浮かべ、それにうなずいた。

「そうだな。残り時間、目一杯楽しもう」

「いいこと言うわね。さすが凄腕の剣士、前向きでいいわ」

「こういうサムトーだから、一緒にいると楽しいんだなって思う」

 それから四人は、日常の出来事や、今日見て回った露店のことなど、いろいろな話題で会話を楽しんだ。道案内を頼みに来た年配の女性が、荷物が重そうだったので結局運んでやったこと。ガイストが卸売市場の荷運びで、指示が間違っていて無駄に重い荷物を運ばされたこと。露店の宝石店で格安の石にいわくがあって、その石のせいで所持者が不幸な目に遭ったと思い込んでいたために投げ売りになっていたこと。などなど。

 夕食を間にはさみながら、会話は途切れることはなかった。

 最後の方は、警備隊での苦労話が主になった。ガイストにとって、新しい職場の期待よりも大変さばかり聞かされて、苦笑するよりない状況だった。さすがに途中からグレイスとエミリアもそれに気付き、それでも苦労に見合うやりがいもあることを話していたので、ガイストもそれで気を持ち直したようだった。警備隊に助けられた人は多く、文句を言われることもあるが、感謝されることの方がはるかに多い。それゆえに隊員になって良かったと、グレイスとエミリアも語っていた。

 サムトーも、人助けをして喜んでもらえると自分もうれしいから、ついトラブルに首を突っ込んでしまうのだと話した。ガイストもそれに賛意を示して、人のために働こうと改めて決意したものだった。

 長々と話していたが、夜も更け、閉店近くになって、それも終わりの時間となった。

「ああ、楽しかった。こんなに長く話してても、全然飽きないわね」

「ほんと。終わりが見えないくらい、たくさん話したね」

 グレイスとエミリアも満足そうにそう言っていた。

 その点はガイストも同じだった。

「職場の同僚、って市場の方だけどさ、たまに一緒に飲んでも、これほどは盛り上がらなかったな。この四人だから話すの楽しいんだろうな」

 サムトーも三人と同じことを感じていた。いよいよ明日旅立ち、彼らとはお別れになるが、良い思い出ができたと思っていた。

「そうだな。すごく楽しい時間だったよ。ありがとう、みんな。それから、大丈夫だと思うけど、帰り道気を付けてな」

 そう言って三人を送り出す。

「ああ、また明日、見送りに来るよ」

「あ、私達も、見送りくらいするわ。今日はありがとね」

「また明日って言えるのっていいね。見送り、来るからね」

 三人はそれぞれ一言、サムトーに声を掛けて立ち去っていく。

 サムトーは心の中に温かな何かを感じた。それは、友情という名の結びつきがもたらす、優しい感情なのだろうと思ったのだった。


 十一月十八日の朝。

 日課と朝食を済ませたサムトーは、旅支度をして友人達を待っていた。

 八時の鐘が鳴るよりかなり前、警備隊の制服を着こんだ三人が、見送りに来てくれた。約束通りである。

 宿双樹亭の前に出て、別れの言葉を交わす。

「元気で。良い旅を」

「ありがとう。楽しかったわ。この先の旅も楽しくね」

「いい友達になれてうれしかった。元気で旅をしてね」

 一人ずつ、サムトーと固く握手を交わした。

「こちらこそ。ガイスト、グレイス、エミリア。三人のおかげですごく充実した日々だったよ。みんなも、仕事は大変だろうけど、頑張れよ」

 背には剣と鞄、腰に反りのある少し短い剣とポーチ。服装は長袖長ズボンのいつもの旅装。茶色のざんばら頭が軽くうなずいていた。

「じゃあ、行ってくる。元気でな」

「いってらっしゃい。元気で」

 手を振り合って別れる。

 サムトーは一人道を行く。時折振り返って、手を振りながら。三人の姿が見えなくなるまで、それは続いた。

 やがて、彼らが見えなくなった頃、旅路へと意識を切り替えた。また次の町でも新しい出会いがあることだろう。そして楽しい出来事も待っているに違いない。そんなことを考えながら、街道を一人、歩いていくのだった。


──続く。

今回は友情劇です。女性警備隊員と不思議な縁で知り合ったサムトーともう一人が、協力する中で仲良くなっていきます。男女の間でも友情は成立すると私は思っているので、そんな彼らの温かみを味わって頂ければと思います。なのでラブコメは今回もなかったですね。相変わらずお人好しでお調子者のサムトーをお楽しみ頂ければ幸いです。

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