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序章ⅩⅢ~旅芸人の一座、再び~

 猟師仲間と楽しく暮らし

 別れを惜しんで去っていく

 仲間となるのは旅芸人

 再び彼らの世話になる

 町から町へ旅をして

 見せたる芸は達者なり

 陽気が取り柄でお調子者の

 我らがサムトー、今日も行く

 時に神聖帝国歴五九七年七月二十七日朝。

 夏だが、まだ涼しい時間帯である。やや長身の背に茶色のざんばら髪の男が、猟師村の仲間達と共に山道を下っていた。背には長剣と荷物を負い、短剣とポーチを腰に付けている。

 彼の名はサムトー。旅の剣士である。

 猟師の村スニトの人達は、全員で麓にあるトルネルの町に向かっていた。荷車は六台。売り物にする毛皮や燻製肉の他、町で一泊する分の水や食料が積まれている。かなり重いので、二人がかりで一台を引いていく。馬車があれば良いのだが、村には馬を飼う場所も余裕もない。

 歩くのが厳しい小さい子は荷車に乗せる。乳児は母親が負ぶっていく。だが、それ以外の全員が歩きである。子供でも老人でも、みな頑張って歩くのである。

 休憩も含め、片道四時間ほどかけて、村人達は、ようやくトルネルの町に到着した。


 町外れの川に近い空き地に、馬車が十台止まっていた。馬は外されて休ませてある。旅芸人の一座も到着したばかりで、子供も含めて三十数人が公演や露店の準備に、忙しそうにしていた。

 サムトーは、村人達と一緒に、天幕を設営する様子を眺めていた。

 柱を五本ほど立て、荷馬車との間に縄を張り、縄と縄の間に布を張って天井にする。舞台となるところに板を敷き詰める。座席の部分には、厚手の布を敷き詰めていく。詰めれば五百人ほどは座って見られる広さがあった。舞台と控室となる馬車の間、出入口の左右に幕が吊るされる。かなり大変な量の物資と手間がかかるが、毎度のことなので、手際よく設置が進んでいた。

「サムトー!」

 肩までの長さのくすんだ銀髪をした、若い一人の女性が、作業の手を止めてサムトーの元に駆け寄ってきた。満面の笑みを浮かべ、近寄るなり抱き着いてきた。

「会いたかった。また会えてうれしい」

 言いながら顔をすりすりとこすりつけている。相当の喜びようだった。

「俺もだ。また会えたな。うれしいよ、アイリ」

「また一座に戻ってきたの?」

「まあ、詳しい話は宴の時にするから。今は作業に戻ってくれ」

「分かった。みんなにも知らせておくね」

 そのやや小柄な女性は、作業に戻りながら、サムトーの帰参を一座の仲間に知らせていった。

 それを聞いた一座の者達が、次々とやってきて、肩を叩いては挨拶した。

「よお、お帰り、サムトー」

「また会えたな。後で話そうぜ」

 旅芸人の一座の人達が、そうやって気安くサムトーに接している。確かに仲間として認めているのでなければ、こうはならないだろう。

 猟師村スニトの人達も、なるほど、彼らに恩を返したいと言ったサムトーの言葉が、心からのものだったと知ったのだった。

「サムトーは、旅芸人の一座でも、人気者だったんだね」

 このミリアという少女の弁が、村人達の心情を代表していた。村の仲間を取られるようで残念でもある。だが、旅芸人達も心根の良い連中だと、年に一度の公演とその後の宴で良く知っている。村の仲間であると同時に、彼らの仲間でもあることが良く分かった。

「とにかく今は待たせてもらおうか。その間に、商談も済ませておこう」

 長老モーリの言葉で、荷車が馬車の方へと運ばれる。毛皮や燻製肉を見立ててもらい、金額を確定させる。村人も、欲しい金属器や本などの商品を物色させてもらう。しばらく互いに品を見合い、金額を決め、商談は成立となる。そして、それぞれの荷が移されていった。例年通り、やはり毛皮や燻製肉の方が価値があり、金貨三枚分程度が猟師村の利益となっていた。

 交易の見返りに、公演の割符が村人達に渡された。本来なら、公演の観覧料は銀貨一枚である。貴重な毛皮を仕入れる見返りとして、毎年村人達を無料で招待しているのだ。毛皮は北の地方に運べば、かなりの高額で売れるのである。

 天幕設営の様子を眺めていた村人達も、そう長くは待たされなかった。本当に手際が良く、すごい速さで設営が進んでいく。作業も出来も見事で、日が傾く前には、設営は完了していた。

「さあ、今年も楽しい公演を見せてもらおう」

 モーリに先導され、村人達が天幕に入っていく。サムトーも村人達に混じって、中へと入った。その後に、トルネルの町からも観客がやってきて、次々と入場していく。観覧料の銀貨一枚は、銅貨換算で五十枚である。宿屋が一泊二食付きで銀貨一枚、昼食一食が銅貨十枚であることを考えると、かなりの高値であることが分かる。それでも年に一度しかないこの機会に、珍しい芸の数々を見たいと思う客が多かった。

 前列左側の方に、村人達は固まって座った。町の客達も前から順に詰めて座っていく。後は、公演が始まるのを待つだけである。

「客として公演を見るのは、まだ二回目だな」

 サムトーも、そんなことを思いつつ、始まりの合図を待っていた。


 サムトーは、元奴隷剣闘士である。

 十才までは養護施設で育ったが、ある日人買いにさらわれ、奴隷剣闘士を抱える親方に売り飛ばされたのだった。以後八年間、奴隷剣闘士として過酷な環境を生き延びてきた。

 昨年、神聖帝国歴五九六年五月、百名ほどの仲間と共に反乱を起こした。半数ほどの仲間が逃亡に成功し、そのうちの一人がサムトーだった。逃亡奴隷は例外を除いて処刑される。生きるためには、とにかく逃げ続ける必要があった。

 逃亡直後、山中を逃げている時に猟師達に救われ、三月ほど彼らの村で暮らした。その後、素性を知られる危険を避け、旅芸人の一座に身を寄せる。ここでも三月ほど同行したが、事件をきっかけに素性が明らかとなりそうになったため、一人旅を始めた。

 十二月、城塞都市グロスターで、事件に自ら首を突っ込み、その解決のために奔走。結局、新年祭までその街の雑貨屋で世話になった。二月には町中から疎外されていた少女を助け、二週間ほど旅の相棒にしていた。三月の上旬は伯爵令嬢の手助けをした。中旬は親友となった女騎士と楽しく過ごし、下旬には自分に悩む侯爵家の侍女を救った。四月は粗略に扱われていた宿の少女を救った。五月は借金完済のために働く宿屋の娘を手伝った。六月上旬には薬屋の娘の手伝いをした。方々を巡った末に、猟師の村で一月余りを過ごし、現在に至るのであった。


「本日は、我がカリアス一座の公演にお越しいただき、誠にありがとうございます。短い時間ではありますが、みなさまにはぜひ、一座の妙技をお楽しみいただければ幸いです」

 中年男性の座長の挨拶に、大きな拍手が沸く。町の人々もみな心待ちにしていたようだった。

 最初は二人の男性のジャグリングからだった。一人六個の玉を、次々と宙に放り上げては、落とすことが全くない。歩き回りながらその見事な技を観客に披露していく。しばらくして、今度は歩き回りながら、二人で玉を交換する技に変わった。距離を縮めたり離れたりと、動きながらでも玉を落とすことはない。それをあちこちで見せて回った後、再び一人でのジャグリングに戻る。最後に順次玉を高く放り投げると、片手に三個ずつの玉をきれいにつかみ取り、客席に向かって一礼した。見事な技の冴えに、大きな歓声と拍手が沸いた。

 次は玉乗りだった。道化の服を来た少し小柄な男が、玉の上に乗り、転がしながら舞台へと現れた。舞台を自在に走り回った後、逆立ちをしようとしてわざと失敗して見せる。それを繰り返す都度、客席から笑いが起こる。怒った風を装った少年が、その玉を今度は足で蹴り、頭で止め、足元に落としてはまた蹴り上げるといったリフティングの技を始めた。玉が自由自在に宙を舞い、そして時々わざと失敗してみせる。観客から笑いが起こり、道化が頭をかいて、今度は片手逆立ちなど難しい技を織り交ぜた見事な玉乗りを披露した。最後は宙返りして着地を決める。またも観客から大きな拍手と歓声が起こった。

 その次は踊りだった。三人の女性が、陽気な音楽に合わせて舞台を自在に動きながら踊って見せる。動きはとても優雅で、衣装が動きに合わせて揺れ動くことで、より見栄えのするものとなっていた。三人の動きは見事にシンクロしていて、場所を入れ替える都度、狭い舞台がとても広く感じられるほどだった。また振り付けも見事で、見る者を魅了する美しさがあった。曲が終わって、女性達が一礼するとまた大きな拍手と歓声が上がった。

 次いで犬の芸。中年男の指示に犬達が忠実に従う。伏せ、走り、吠える。指示から外れることが全くない。男が投げ上げたボールを空中でキャッチする。手と違って口で咥えるのだが、失敗することなく、三頭とも見事に何度も成功させていた。その後、仲間二頭が伏せているのを飛び越したり、輪をジャンプでくぐったりと、様々な技を披露する。締めは一声吠えた後、一人と三頭が同時に頭を下げる。犬達のかしこさに感心させられる芸だった。並の犬ではこうはいかないことを客も良く分かっていて、大きな歓声と拍手を送っていた。

 それから、若い男のナイフ投げの技。登場すると、最初にナイフ三本を器用にジャグリングさせる。器用に柄だけをつかんで次々空中に投げるのが見事だった。その後、柄を持って的に向かって投げる。どれも的のほぼ中心付近に刺さっている。その三本を引き抜くと、今度はいろいろな姿勢から投げる。ナイフの上にナイフを、そのまた上にナイフをのせてバランスを取って見せる芸もあった。締めに再びジャグリングを決め、観客から大きな歓声と拍手が湧いた。

 続いて二人の男性の奇術。何もない帽子の中から花束を取り出し、観客の驚きを誘う。次いで物を空中に浮かせ、自由自在に動かして見せる。仕掛けはあるのだが、観客には分からず、不思議そうに演技を眺める。締めは、細長い箱に女性一人が入り、そこに剣を突き刺していく。入った女性が貫かれたものと思った観客が、驚きの声を上げる。それに構わず次々に剣は刺されていき、挙句に箱を真っ二つにしてしまう。固唾を飲む観客。最後に箱を元に戻し、剣を引き抜くと、最初に入った女性が無事に現れて、大きな歓声と拍手が沸いた。

 そして、最後の曲芸が一番観客を沸かせた。若い女性達四人のグループである。彼女達は手を振りながら登場すると、次々に、側転、前宙返り、後ろ宙返りなど、様々な技を披露した。見事な技の切れに、観客がため息にも似た歓声を漏らす。最後は三人が一人を持ち上げての大技だった。上に乗った一人を空中に放り投げる。空中でその一人が体をひねりながらの宙返りや二連続の宙返りなど、高難易度の技を決めていく。宙を舞うたびに観客から感嘆の声が漏れ、終わった時は今まで以上の拍手と歓声が上がった。

 観客の誰もが全く退屈を感じない、とても濃密な一時間半だった。

「以上で、我がカリアス一座の公演を終了とさせて頂きます。みなさま本日はご来場ありがとうございました。気を付けてお帰り下さいませ」

 座長の挨拶で、観客達が天幕を出ていく。さすがに高い観覧料を取るだけのことはあると、誰もがみな満足そうな表情だった。


 猟師村スニトの人達も、興奮冷めやらぬ様子で芸の見事さを語り合っていた。村人達はこの後、夕方過ぎからの宴に参加するため、天幕に残っていたのである。貴重な毛皮を提供してくれたことへの、村人達に対する旅芸人達の歓待であった。

 サムトーは世話になっていた一家と一緒に話をしていた。オルクという男性とサリーというその妻、その娘ミリアと、実母に酷い目に遭わされていてサムトーに助け出され、オルクの家に引き取られたロジーという娘の四人である。大人二人もかなり感心していたが、娘二人の喜びようは半端なものではなかった。

「すごかったね。どんな練習したら、あんなにできるようになるんだろ」

「最後の曲芸、落ちたりしないか心配で、見ててハラハラしたの。だけど、すごく上手で、最後はかっこいいって思った」

「ナイフでジャグリング、刃の方に手が当たったら大ケガしちゃうのに、そんなことはなくて、いつでもちゃんと柄を持って投げてたね。あれはすごいなあって思った」

「犬達も賢かったね。ボールキャッチとかも上手だけど、ちゃんと男の人の言うこと聞いて、言われた通りにできてたし」

 そんな調子で、ミリアとロジーが興奮気味に話すのを、サムトーも父母も楽しそうに聞いていたのだった。

 そんな話をしている間に、酒樽や料理、食器などが運び込まれ始めた。公演の方の片付けが終わり、旅芸人達が宴の用意を始めたのだった。天幕の舞台、板の敷き詰められたところで宴をするのである。

 やがて、座長のカリアスが姿を見せた。五人ほどの見張りを残し、残る一座の者達も一緒に宴の場へと現れた。

「本日はようこそおいで下さいました。今年も見事な毛皮をいくつも買い取らせて頂き、感謝に堪えません。毎年恒例ではありますが、ここに一席設けましたので、今宵も宴を楽しんでいって下さい」

 座長の挨拶に、長老のモーリが返礼をする。

「猟師村の毛皮も、一座の方々が高値で買い取って頂けるおかげで、世の中の役に立つというものです。こちらこそ、毎年の公演へのお招き、ありがとうございます。さて、今日は一つだけ一座の方々にお願いがあります」

 モーリに促され、サムトーが前に出て、説明を代わった。

「一座の皆さん、お久しぶりです。サムトーです。カムファの町で別れてから、もう九か月になります。その間、素性を知られることもなく、平穏無事に一人旅をして参りました。身の安全が保障されたわけではありませんが、素性が知られる心配もかなり薄れたので、先月、猟師村スニトを訪ね、一月ほど滞在しました。猟師の皆さんに救われた恩を返そうと、村のために働かせて頂いたのです。そして今日、同じように恩のある一座の皆さんとも再会できました。そこで、俺サムトーは、カリアス一座のためにまた働かせて頂きたく、お願いに参上した次第です。一座の皆さん、どうか俺が、またしばらくの間、一座の皆さんに同行することをお許しください」

 サムトーにしては、珍しく格式ばった言い回しだった。大勢の見ている前で真剣に訴えたかったこともあるが、一座から受けた恩も、いくら礼を尽くしても足りないくらいだというのを、強調したいこともあった。

 話を聞き終えた一座の者達は、最初その生真面目な言い回しに驚いていたが、要はこれからまた一緒に行きたいという願いだと分かり、笑みを浮かべていた。

「何だよ、驚かせやがって。戻ってこられるんだろ」

「もちろん歓迎だ。また一緒に行こう」

 そうした同意の声と共に、大きな拍手が起こった。一座の者達は別れる時にも渋っていたほどだ。だから、こうして再度同行すると聞いて、喜んでいたのだった。

「そうか、するとサムトーは、猟師の皆さんとはお別れになるのか」

 旅芸人達がひとしきり喜んだあとで、その事実に気付いた。彼ら自身も別れが寂しかったのだ。猟師村の人々もさぞかし寂しかろうと察したのだ。

「猟師の皆さま方、今宵はサムトーの旅立ちを祝って、どうぞ楽しくやって下さいますよう。それでは酒杯をお持ち下さい」

 一座の気持ちを代弁し、そう言ったのは座長だった。一座の者達が、全員に酒杯を配っていく。町で仕入れた樽のエールだった。子供達には果実水が配られる。

 そして座長の音頭で宴が始まった。

「それでは、猟師村スニトと一座の変わらぬ友誼に、乾杯!」

「かんぱーい!」

 総勢六十人弱が杯を掲げ、中身を飲む。猟師村や一座の子供達も、上手にまねしていた。大人たちはあおった後に、ぷはーと大きな息を吐きだした。

 後は無礼講である。一座の者達も猟師達も入り交じり、好きな相手と好きなように話しながら飲み食いをしていく。村の子供達でさえ、一座の子供達と一緒に、大人は酒飲んで楽しそうでいいよなとか、話をしていた。

 その中で、サムトーに張り付いていたのは二人の妹分だった。その様子からも、どれだけ二人が慕っていたかが分かるというものだ。

 そこへ、二十才くらいの男性が近寄っていった。

「よお、サムトー。もててるな。俺はフェント、道化の役をやってた者だ。よろしくな、お嬢さん達」

 気安く声を掛けてくる。自他共に認めるお調子者で、サムトーも彼の調子の良さにかなり染まったものである。

「相変わらずねえ、フェントは。私達もお邪魔するわ」

 そこへ現れたのは、見事な曲芸を披露してくれた四人の女性達だった。

「私はレイナ。曲芸のリーダーやってる。ムカつくことに、このフェントと同い年の二十一才よ。じゃ、みんなも自己紹介」

 女性としては標準的な背丈の赤髪の女性が言った。四人とも髪の色に違いはあるが、みな曲芸の妨げにならないよう髪は短めである。

 次は明るい感じの栗毛の女性で、標準よりわずかに背が高い。

「ポーラ、サブリーダーで二十才。よろしくね」

 次のくすんだ銀髪の女性は、少し背の低めな物静かな感じだった。

「アイリです。十八才。三人に飛ばしてもらう大役やってます」

 最後は金髪の女性、元気な感じの娘だった。

「マリーよ。十七才。よろしく」

 妹分二人も、それぞれ自己紹介をした。

「ミリアです。村ではサムトーと一緒に暮らしてました。十一才です。どうぞ、よろしく」

「ロジーです。サムトーさんに助けてもらって、村で暮らすようになりました。十才です。よろしくお願いします」

「そう言えば、去年もミリアちゃんとは、いろいろ話したね」

「サムトーは一座で私達の友達だったの。でも、猟師村でも、二人みたいなかわいい妹さんがいたんだね」

「この二人が一緒なら楽しそうだ。サムトー、良かったな」

 妹分二人について、一座の若手からの評価はみな好意的だった。サムトーもうなずきつつ、妹自慢をした。

「二人共偉いんだよ。ミリアは子供達の遊びを仕切って、仲良く遊べるように上手に気を遣ってた。ロジーは読み書き計算が得意で、村の長老が教えることがもうないって感心してたんだ」

「ありがと、サムトー」

「急に褒められると、照れますね」

 一座の五人がなるほどという顔をした。相当にサムトー達は仲が良かったのだろう。猟師村での様子が聞きたくなった。

「サムトーは、猟師村ではどんな活躍してたんだい?」

 フェントの問いに、ミリアが答えた。

「去年もこのトルネルの町に出た熊を狩ったけど、今年も村の近くに出た熊を仕留めたの。サムトーの腕前は特別凄いのよ」

「獲物の解体もすごく手際がいいって。薪作りや木工も上手だって。それに私達とも楽しく遊んでくれるの」

 そんな調子で、ミリアとロジーがサムトーを褒めちぎる。一座の五人は、さもありなんと、うなずきながら聞いていた。話題の主役はと言えば、あまりに美化され過ぎている気がして、照れるのをごまかすように飲み食いをしていた。

「へえ、サムトーのこと、よく見ててくれたのね」

「それはもちろん。大切な家族だったんですから」

「サムトーは子供と遊ぶのが上手そうね」

「はい。何をしてても、上手に入って、一緒に楽しんでくれました」

 そんな風に、結構長々と会話が盛り上がったものだ。

 しばらくして、その会話が一段落したところで、フェントが彼らしく言ったものだ。

「これで俺達も友達だな。若いお嬢さん達、これからも俺達と仲良くしてくれよ。美人に育つのを待ってるぜ」

 どこまで本気か分からないが、そんなことまで言ってきた。妹分二人は思わず笑ってしまった。

「分かったわ。美人になるから、ぜひ待っててね」

 ミリアの返しも大概である。残りの面々も思わず笑ってしまった。

「いやあ、ほんと、楽しいなあ。ミリア、ロジー、フェント、レイナ、ポーラ、アイリ、マリー、みんなありがとな」

 サムトーが全員に礼を言った。生まれや育ちは違っても、こうしてすぐに仲間になって、楽しく過ごすことができる。それは何にも代えがたい宝だと思った。


 楽しい時間もやがては終わる。

 酒や料理がなくなってきたところで、宴もお開きになった。明日は猟師達は午前中は町中で買い物や食事を楽しみ、その後村へと戻る。一座は午前中に最後の公演を行い、午後に撤収、その翌日に出立である。ほろ酔い加減の一座の者達が、てきぱきと宴の片付けを行った。

「今日はありがとな。また明日」

「うん。じゃあ、また明日ね」

 それぞれが就寝の挨拶を交わした。一座は自分達の就寝用の天幕で寝るが、村人達は公演用の天幕で雑魚寝である。夏なので、それで問題はない。

 サムトーはまだ村人達と一緒である。明日の出立時、村には戻らず、一座に居残ることになる。

「明日の午前中、一緒に町を回ろうね、サムトー」

 ミリアが提案してきた。

 村の一部の者は穀物や調味料、布製品などの必需品を町に買い出しに来ることはある。それ以外の者は、よほどの用事がない限り、町を訪れることはない。だから、村人達にとって、町で自由に買い物や食事ができるのは、年に一度のこの機会しかなかった。そんな貴重な機会に、家族とまで言い切ってくれた年少の恩人が、一緒に行こうと誘ってきたのだ。その申し出を断るという選択肢は、サムトーにはない。

「もちろんだ。一緒に回ろう。ロジーも一緒だよな」

「はい。ぜひご一緒させて下さい」

「後は、子供達も一緒なのかな?」

「ううん、去年のことがあってから、子供だけでは町を巡らないようにしようってことになって、みんな家族と一緒に行動することになったの」

 去年、一緒に行かなかったため、子供達が質の悪い大人に絡まれるという出来事があった。実に下らない事件だったが、その一件のおかげで、逃亡元の大都市カターニアから騎士が派遣されることになったのだ。逃亡元の都市から来る騎士は奴隷剣闘士を見慣れているので、素性が知られる危険が高いと思われた。そこで止む無く、猟師村を離れ、旅芸人の一座と同行することになったのである。

「なるほど。じゃあ、オルクとサリーも一緒だな」

「お父さん、お母さんは別に回るって。お昼ご飯は一緒に食べようって言ってたけど」

 滅多にない、夫婦水入らずの時間を過ごそうということらしい。若かりし頃はさぞかし熱愛の恋人だったのだろう。さもありなんと納得する。

「分かった。じゃあ明日は三人で町巡りだな。楽しく回ろう」

「うん。楽しみ。明日、何買おうかな」

「サムトーやミリアと一緒の町巡りかあ。楽しそう。うれしいです」

 三人で顔をほころばせる。最後に良い思い出ができそうだ。

「そういうことで、二人のこと、よろしく頼むな」

 父母二人からもそうお願いされた。

「お任せあれ。一人旅で町には慣れてますから」

 サムトーは笑顔のまま、力強く承諾するのだった。


 翌日の朝食は猟師村の担当である。そのために荷車に食料を積んできたのだ。手際よく、村人達が一座の分まで食事を作っていく。

 全員揃って挨拶をして、賑やかな食事となる。仲良くなった者同士で、楽しく会話が弾む。心温まる交流の風景だった。

 それが終わると一座は公演の準備に取り掛かる。猟師村の人達が片付けを行い、持ち帰る物を荷車に積み込む。そして各自手荷物の確認をして、いよいよ町巡りである。

 トルネルの町は、中央に主街区が、周辺に十いくつかの集落がある宿場町を兼ねた農村で、人口は五千人程度とそう広くはない。主街区の商店街もそれほど店の数があるわけでもない。

 だが、雑貨屋や道具屋、古着屋などの店を見ること自体、多くの村人達には滅多にできないことなのである。それこそ物珍しそうに じっくりと店の商品を見て回っていた。

 特に少女二人には、お洒落をするための小物に惹かれるものがあったらしい。いろいろと手にとっては、互いに見せ合って、似合うね、かわいいね、などとうれしそうに話していた。しかし、買うかどうかは別問題だ。この際だからと、サムトーが買ってやろうと申し出たのをあっさりと断ってきた。

「だって、遊びや手伝いの邪魔になるし」

 とはミリアの弁である。何とも現実主義的であった。

 買い食いも楽しみの一つである。特に菓子類は、村では限られた食材でしか作れないので、ミリアもロジーも目の色を変えて物色していた。そして、今度は奢られることに遠慮がなかった。これまた滅多に食べられない果物をふんだんに使ったケーキを、遠慮なく欲しがった。サムトーもそこまで喜んでもらえるならと、ためらうことなく三人分を買った。

 ケーキ店の一角に、飲食のできるテーブルと椅子があり、そこに陣取ってケーキを頂いた。

「いただきまーす」

 うれしそうに二人の少女がケーキを口に入れる。果物の甘酸っぱさとケーキ土台の旨味が口の中に広がる。

「うーん、おいしい! 滅多に食べられないから、なおさらだわ」

「こんな贅沢な味、食べるのがもったいないくらい」

 この世の幸せを味わっているような、満面の笑みを浮かべていた。この笑顔のためなら何でもしてやりたくなるくらいだった。ケーキくらいの出費はお安い御用だと、心から思ったサムトーである。

 二人は、一言だけ言って、後は無言でじっくりと味を堪能していた。一口入れるたびに表情がほころぶ様子が、とてもかわいらしかった。

 そしてもう一軒。今度は総菜屋へとやってきた。

 目当てはコロッケである。以前、旅の途中で知り合った女騎士が、その味に驚いていた品である。手間がかかるので、村では作れない。

「何これ、香ばしくて、ほくほくしてて、すごくおいしい」

「油を吸った衣の旨味もいいです。ジャガイモの食べ方としては一番かも」

 ミリアとロジーの二人にも好評だった。

「こんな物まで知ってて、さすがサムトー」

「私も町育ちなのに、コロッケは初めてでした。ありがとう」

「いえいえ、お喜び頂き、光栄にございます」

 こういうところで格好つけるのがお調子者である。

 三人は笑いながら、昼食を取るために、父母と合流するのだった。


 村人達が各自昼食を終えて、旅芸人達の天幕に戻ってきたのは昼過ぎだった。ここからまた、四時間以上かけて村まで歩いて戻るのである。仕入れた商品はそう多くなく、食料も消費したことで、帰りの方が荷物は少ない。

 そして、村人達の出発は、サムトーとの別れも意味していた。

 サムトーは、旅芸人達と一緒に彼らを見送った。

「今日までありがとう。サムトーも元気で」

「また訪ねてくれる日をまってるぞ」

 村人達がそれぞれ別れの挨拶をしていく。

「ありがとうな、みんな」

 サムトーも別れの寂しさを感じているが、それは表に出さず、感謝を言葉と態度とで示していた。

「サムトー、元気で。また会おうね」

「ありがとうございました。いつかまた」

 ミリアとロジーの二人は、最後にサムトーに抱き着くと、涙をためた瞳で笑顔を作った。そんなかわいい妹分の頭を、サムトーは最後にやさしく撫でてやった。

「ああ。二人がいて楽しかった。元気でな」

 そうして猟師達は出発した。時々振り返りながら、何人かが手を振ってくる。サムトーも手を振り返して、姿が見えなくなるまで見送った。

「行っちまったな」

 フェントがサムトーの肩に手を乗せる。サムトーもうなずいて応える。

「ああ。これからは俺も一座の一員だ。天幕の撤収から仕事開始だな」

 一座の面々も同様に動き出している。布や柱などを取り外し、畳んで馬車へと運び入れていた。

 サムトーとフェントも、拳を当てると、その仕事の輪に加わった。


 一段落着いたところで、一座の各自も休憩となった。後は夕食まで自由時間である。

 すると、サムトーの所にアイリが駆け寄ってきた。猟師達がいる手前、これまで特別な間柄だと見せないよう、配慮していたのだった。

「今度こそ、本当におかえり。うれしいよ」

 一言言うなり遠慮なく抱き着き、挙句に唇を重ねてきた。一座と別れた昨年の十一月以来の再会だが、その空白をものともしない、何とも情熱的な出迎えであった。

「ただいま。改めてよろしくな。今日から俺も、また一座の一員だ」

「うん。こちらこそ、よろしく」

 アイリの後ろから、曲芸仲間の三人もやってきた。

「アイリも今日まで我慢してたからね。このくらいは許してやってね」

「サムトーが旅に出てからも、アイリは本当によく頑張ってたのよ」

「とにかく、再会できて何より。また私達もよろしくね」

 レイナ、ポーラ、マリーが口々に言う。去年から変わりがない。確かに俺は彼女達と友達だったんだと、サムトーは改めて思う。

「ちょうど揃ってるな。風呂行こうぜ。町じゃないと入れないもんな」

 そこへフェントもやってきた。この六人とは、いろいろと楽しい思い出があった。まだ一年と経っていないが、サムトーには懐かしい空気だった。

「そうね、行きましょう。アイリ、悪いわね」

 せっかくの再会に水を差したことをレイナが謝った。

「大丈夫。これからはずっと一緒だから」

「それもそうね。いくらでも時間があるものね」

 それを聞いたサムトーが、申し訳なさそうな顔をした。

「ごめん、アイリ。残念だけど、ずっと一座にいられるわけじゃないんだ」

 そして、真剣な表情で説明した。

「前回一人旅に出るきっかけとなった事件、あの時に、担当の騎士に釘を刺されたんだ。一座にずっといると、必ずどこかで、素性が知られる危険があるって。もし素性が知られたら、俺は処刑されるし、一座の人達も罪に問われる。だけど、一人旅だと、逃げるのも隠れるのも簡単だし、案外素性を疑われる心配も少ないんだ。だから、これまで無事に旅を続けられたってわけさ。そういうわけで、俺はまたどこかで、一人旅に戻るつもりなんだよ」

 再会直後にする話でもないのだが、サムトーは大事な仲間に、いや恋仲になった娘に、嘘はつきたくなかった。正直に、同行を希望した時、しばらくの間と言ったのは、それが理由だと説明した。

 残る四人にも、この話は寝耳に水だった。彼らもてっきり、サムトーが今後ずっと一緒なのかと思っていたのである。

「おいおい、本当かよ、それ」

 フェントの言葉がみなの心情を代弁していた。せっかく戻った友人が、いずれまた別れることが前提だなどと、信じたくない話だった。

「ごめんな。城塞都市ニールベルグまでは大丈夫だと思う。その先、さすがにカムファは厳しいと思う。だから、十月のどこかで一人旅に戻ろうと思うんだ」

 カムファというのが事件のあった町である。交通の要衝で、駐屯する騎士の数も多い。その事件の調書の中に、一座に腕の立つ剣士がいたという公式記録が残ってしまったのだ。その一件を掘り返す者がいるとは考えにくいが、万が一調べられれば言い逃れは難しい。なぜ旅芸人がそれほどの腕をもっているのかと、追及されれば逃げようがなくなる。

「分かった。まあ、この件は夕食の時、一座のみんなにも話すんだろ。残念だけど仕方ない。猟師村の連中がサムトーとの別れを惜しんだみたいに、俺達は俺達で、また覚悟を決めて送り出すだけだ」

 フェントも旅に鍛えられた一座の一員である。出会いも別れも、惜しむことはあっても逃げたりはしない。正面から受け止めるのだ。

 フェントの言葉に女性陣四人もうなずいた。特にアイリの覚悟は相当のものだった。

「分かった。だけど、一座にいる間は、サムトーは私の一番だから。私のことも大切にしてね」

「ありがとう、アイリ。もちろん大切にさせてもらうよ。それと、みんな。繰り返すけど、俺と友達になってくれて、ありがとうな」

 サムトーは真剣な表情で答えた。心から感謝していた。

「とにかく、当面は仲間で友達だ。改めて、よろしくな」

 フェントが会話を締めた。五人は次々とサムトーと固い握手を交わした。そうして、全員で町の公衆浴場へと向かったのだった。


 一座の夕食は、普段から宴会のようなものである。三十数人が集まって、賑やかに食事を取る。しかし、今日のように新しい仲間が加わるとなると、より一層盛り上がるものだ。

 座長のカリアスが話を切り出した。

「知っての通り、サムトーは今日の昼まで猟師達の仲間だった。彼らが出発して、今度はうちの一座の正式な一員となる。残念ながら、素性を知られる危険を避けるため、十月までと期限がある。だが、それまでは去年と同じように、一座の仲間として、遠慮なく働いてもらう」

 そうして、サムトーに一言促した。

「一座の皆さん、今日からまた仲間になったサムトーです。頑張って働きますので、どうぞ、よろしくお願いします」

 一座から拍手と歓声が上がった。

「お帰り。また一緒でうれしいよ」

「戻ってくれて良かったよ。また楽しくやろう」

 改めて、一座の温かい出迎えに、深々と頭を下げるサムトーだった。

「では、サムトーの再加入を祝って、乾杯!」

「かんぱーい!」

 昨日と同様、配られたエールで一座が乾杯する。子供の分は、また果実水である。みな酒杯をあおると、ぷはーと大きな息をついた。

 サムトーが食事に取り掛かるとすぐに、公演の時の音楽担当が三人やってきた。ジャグリング担当で三十代男性のトニトが太鼓を、ナイフ投げ担当で二十代半ばの男性ラントがラッパを、物品管理のサブで四十代男性のボルクスがギターを演奏して、芸を盛り上げるのに一役買っていた。しかし、さすがに楽器の数が少なく、昨年サムトーは、銅の縦笛が吹けるということで、演奏に参加していたのだった。

「サムトー、また演奏に入ってくれるんだよな」

 三人を代表してボルクスが言った。気がかりは正にそこだった。楽器一つ加わるだけでも、雰囲気を盛り上げるのに大いに役立つ。

「もちろん、そのつもりだ。また世話になるよ」

 三人がうれしそうな表情を浮かべた。

「ありがたい。じゃあ、明日の昼休憩の時に、また演奏合わせてみよう」

「去年みたいに、また公演を盛り上げような」

 三人が、それぞれサムトーの肩を叩いて立ち去る。頼りにされて、悪い気はしない。

「そっか、また演奏に入ってくれるのか。うれしいことだな」

 そう言ったのはフェントである。同世代の同性の親友と飲み食いしながら話すのがうれしいらしく、食事の最初から向かいの席に陣取っていた。

「まあ、馬の世話とか天幕設営とか、見張り番だって、何でも必要とされれば頑張ってやるさ。一座のみんなのために働かせてもらうよ」

 そのために一座に戻ったのだ。一座での生活や、仲間と過ごすのが楽しいということもある。

「おお、サムトー、何かカッコいいな」

「当然。一人旅で磨きをかけてきたぜ」

 サムトーがニヤリと笑った。そんな軽口を叩けるのもうれしい。

「相変わらずねえ。で、一人旅はどうだったのよ」

 同世代と話したいのは、レイナ達四人も同じだったらしい。酒杯を片手に二人の所へやってきた。

「アイリがサムトーの近くに行きたいって」

「え、私、そんなこと言ってない」

「顔に書いてあったわよ。まあ、私達もだけどね」

 相変わらず賑やかで、息も合っている。

「一人旅ねえ。そうだな、こうやって賑やかなのと違って、ほとんど一人の時間だから、退屈との戦いが長いかな」

「そりゃそうよね。どうやって時間潰すの?」

「そこはまあ、歩いてれば景色も流れるから、ぼーっと眺めながら、あ、花が咲いてるなあとか、次の町はどんなかなって考えたりとか。どんなうまい物があるのかな、とか。あとはすれ違う人に挨拶するくらいかな」

「その辺は、うちとあまり変わらないね」

「誰とも話してない時は、結局景色眺めたり考え事したりだもんね」

「町に出ると、人が大勢いるから、賑やかで楽しかったな。特に、露店市っていうのがあると、品揃えを眺めるだけでも面白いんだよ」

 そんな感じで、サムトーの旅の話で盛り上がりながら、六人は食事しながらエールを飲んでいた。それは楽しいひと時だった。

「時計っていうのがあるんだけど、市で実物見た時は驚いたな。中にねじやら歯車やらの機械が埋め込まれてて、表にある針が今の時刻を示すように、ゆっくりと動いてるんだ。よくもまあ、こんな精巧な機械が作れるものだって、心底感心したもんだよ」

「へえ、そいつはすごい。俺も一度見てみたいなあ」

「露店の飯屋がまた安くてうまいんだ。手軽に作れるのに、メニューも豊富で、パスタ、サンドイッチ、バーガー、焼きそば、和えそば、何でもありって感じだったな」

 話は尽きることがなく続いていく。

 しかし、何事にも終わりの時間は来るものだ。物品管理のリーダー、一座で最年長のロギンスが釘を刺しに来た。

「相変わらず、若い者は盛り上がれていいな。わしもあと四十若ければ会話に入るんだがな」

 ロギンスが来たということは、片付けが近いということだ。

「そろそろ終わりになるから、残り物片付けといてくれ」

 それだけ言って立ち去っていく。

 食事を残すと片付けも面倒になる。六人は食べ物の残りを食べ尽くすのに専念し始めたのだった。


 後片付けが終わって、そろそろ就寝という頃、アイリが少しでいいから二人きりで話したいとサムトーを誘ってきた。天幕から少し離れた川辺に、二人で腰掛ける。

「サムトー、ちょっと大人っぽくなったと思う。格好良くなった」

 アイリの視線が熱く感じる。こんなにきれいだったかと、サムトーは改めてアイリを見つめなおした。うん、前よりきれいになってる。

「いやいや、アイリだって、前よりきれいになってるぞ」

 真面目な表情で褒める。調子のいい言葉だが、嘘はない。

 アイリが少し照れてうつむいた。再会して初めて二人きりになって、サムトーは以前のまま、陽気で明るくお調子者だったことを確認できた。長所と呼ぶにはどうかと思えるが、変わらず一緒にいると楽しい人柄のままで、内心でうれしく思っていた。

「そうかな?」

「まあ、お互い、成長したってことだと思うよ。アイリも、一座でずっと頑張ってきたんだろ。昨日、猟師達と曲芸見てて、前より上手になってるなって、そう思った。すごく格好良かったし、きれいだった。ホントに」

 一人旅の間に、褒めちぎるのが特技になったサムトーである。心からそう思っているのが、ちゃんと相手に伝わるように言えているのも、彼の成長であろう。アイリも、自分の努力と成長を認めてもらえて、うれしそうな表情になった。

「きれいになったのも成長の一つだろ。そんなアイリの姿を、これからは間近で見られると思うと、うれしい限りだな。一緒に楽しく過ごせるのもうれしい」

 歯の浮くようなことを平気で言えるサムトーである。フェントに感化されて以来、一人旅でお調子者の度合いが上がった気もしていた。だが、これも本当の自分である。一つうなずくと、右手を差し出す。

「ということで、よろしくな、アイリ」

「うん。こちらこそ。サムトー」

 二人が固く握手を交わす。続けて口づけも。互いに大切な存在が身近にいることを感じて、心が喜びに満ち足りた感じがしていた。

 そんな二人を遠くからこっそり覗き見していた男が一人、女が三人。フェント、レイナ、ポーラ、マリーである。

「二人共良かったわね。幸せそうで」

「そうね。まあ、こうなる前から仲は良かったけど」

「ああいうのを見てると、ちょっといいなあって思うな」

「恋することは美しきかな。心が洗われるようだ」

「はいはい。いくらでも洗濯して頂戴」

「……あ、こっちに気付いたみたい」

 勘のいいサムトーである。四人が覗き見しているのに気づき、手を振ってきた。見られても気にした風はない。前回の別れの時に、大勢の前で口づけを交わした二人である。今さら隠すようなことでもなかった。

「何よ、気を回して二人きりにしてやったのに」

 そう言いながらも、四人はサムトー達の元へと近づいて行った。

「みんなが温かく見守ってくれてるのが分かったからさ。ちょっと挨拶したくなったんだよ」

 とはサムトーの弁である。アイリの方も、見られて恥ずかしがることもなく、堂々とお礼を言ってきた。

「でも、ありがとう。私達に気を遣ってくれて。だから、二人きりになるように離れててくれたんだもんね」

 そして二人で固く抱き合って見せる。

「ほら、こんなに仲良しだから。もう大丈夫」

 四人が呆れたように二人を見つめた。まあ、こんな二人だから、良い仲になったのかもしれない、などと思いながら。

「まあ、いいわ。私、そろそろ寝るわ」

 レイナが言った。この二人の熱々ぶりには、さすがに参ったようだった。

「そうね。私も寝ようかな。みんなはどうするの?」

 ポーラも言う。マリーもフェントも、いやサムトーもアイリも、全員それに同調した。

「今日は楽しかったな。また明日も楽しみだ」

 サムトーがそう言ってこの場を締めた。

 そして、全員がそれぞれ割り当てられた就寝用の天幕へ向かい、互いに挨拶をし合って床に就いたのだった。


 翌朝。まずは朝食の支度である。調理担当は三人、全員分の朝食をまとめて作る。それ以外の人達は、天気の悪くない日は、朝のうちに洗濯を済ませる。良く絞って馬車の中で干しておけば、夕食までには乾く。一番面倒なのは踊りや道化の衣装で、生地が傷まないよう結構気を遣う。

 それから一座が揃って朝食となるが、食べる前に、一日の予定が確認される。途中昼間に一時間半ほど休憩を取ることや、御者の担当確認、野営地の場所など、座長のカリアスが確認していく。

 馬車十台を預かれるような宿屋は値段が高いので、基本的に旅芸人達はいつも野営である。悪天候の時は馬車の中で寝る時もあるが、狭くて寝心地も悪いので、基本的に就寝用の天幕を六張り設営し、そこで寝るのである。

 また通過する町が小さい場合、客足が見込めないため公演は行わない。トルネルの町は猟師達と交流するため例外的に公演をしているが、人口一万人を超える町で行うのを通例としていた。それ以外の町は立ち寄って買い物をする程度で、基本素通りである。

 朝食時ものんびりとしたもので、特に食べ急ぐことはない。今日はちょっと疲れ気味だ、昨日騒ぎすぎたかな、などと会話しながら、和気あいあいと食べていく。互いの調子を見やって、具合が悪くないか確かめたり、一緒に歩こうとか誘い合ったりもする。

 朝食後は全員で片付けを行う。まず食器類をまとめて近くの川へ運び、ざっとゆすいで軽く布で拭き取る。床に敷いた板を集めて、土をはたき落とす。それを馬車の中へ運び込む。

 十台編成の馬車だが、そのうち一台が板や食器、工具などの用具を入れる物品庫専用の馬車になっていた。他にも、交易品専用、公演天幕専用、宿泊天幕専用、食糧貯蔵専用と、五台は用途が明確になっている。残る五台は人間が寝泊まり可能な馬車で、誰がどの馬車に乗るかが決まっている。自分が乗る馬車に、衣類や日用品、私物なども乗せることになっていた。

 片付けの後は宿泊用の天幕を撤収する。天幕の装備は専用の馬車に順を決めて載せていく。毎日出し入れするので、順序も重要なのだ。

 それらが終わると、出発である。日もそこそこ高くなっている。

 一座の人達は多くは歩きである。夜の見張り番などで休憩する者以外は、運動不足を解消するため、馬車と一緒に歩くのである。馬車は本来人より歩くのが速いが、一座の馬車は荷物が重いので速度がやや遅い。ちょうど人が歩くのにちょうど良い速さだった。まだ小さい子も、時折馬車に乗せられたり母親に抱かれたりする以外は、元気に歩いていく。それ以外の者も、適当に休みたくなったら、自分の馬車に乗って一休みしていた。

 サムトーはアイリ達と一緒に歩いていた。若手六人組である。

 この日は、サムトーが戻って来たばかりということもあり、やはり旅の出来事をみな聞きたがった。

「そうだなあ、貴族のお嬢様のお手伝いをしたこともあったよ。財政に問題を抱えてて、あれやらこれやらと、お嬢様から申しつけられて、いろいろ用事をこなしたんだよ。でも、問題が解決した褒美にって、背中に背負ってた剣があったろ。あれを頂戴したってわけだ」

 サムトーも私物は馬車に入れているので、今は身軽である。確かに立派な拵えの剣を背負ってたなと、他の五人が納得する。

「貴族様の城は凄かったな。これがもう、広いのなんの。騎士も大勢いるしさ。それでも一人旅の剣士って珍しくもなくて、素性がバレる心配はなかったな。あちこちの町で、交易する馬車の護衛とかで、雇われてる剣士をちょくちょく見かけたもんだ。あと純粋に一人旅して、修行中です、みたいな剣士とかさ」

「サムトーは城に入ったことあるの?」

「さっきのお嬢様のお手伝いの時とか、何度も入ったよ。うわ、場違いだなあとか思いつつ、お嬢様がお呼びですとか何とかでさ。貴族の当主様達、お偉い人ばかりの会議にも出されたんだよ。町の住民の様子を直接伝える役とかってことでさ」

「そうなんだ。お城って、すごく立派で大きいんだよね」

「一座では、四つしか城塞都市には行かないからな。城なんて珍しい場所に入ったなんて話、興味があるな」

「俺も最初入った時は興味津々でな。外側がすごく立派な建物だと、内部もやっぱり見事でさ。ただ、飾りの多さは領主や城代の人柄で、ずいぶん違うみたいだけどな。俺が入った城は、それほど豪華にしてなかったな」

 そんな調子で、サムトーの珍しい経験は、五人の興味を惹きつけ、休憩まで話が続いたほどだった。


 昼食休憩も、やはり川辺で取る。馬に水を飲ませるためである。街道のあちこちに川に近い場所があり、そのうちの一つで街道を逸れて、川の方へと馬車を進ませる。馬を馬車から外し、水を飲ませ、草場でつないで休ませてから、人間達の昼食となる。

 昼なので、時間短縮のため、町で買ったパンと、簡単に作れるスープの組み合わせということが多い。

 食べ終わった後は、食休みを取り、それぞれ夜の警備などの打ち合わせや芸の練習を行う。アイリ達も、技の確認に余念がない。

 サムトーも、昨日誘われた面々と、楽器の演奏を合わせていた。トニトの太鼓、ラントのラッパ、ボルクスのギターに合わせ、サムトーは銅の縦笛を吹く。十か月ぶりだが、ちゃんと体が覚えていて、三人に合わせて演奏することができていた。

「やっぱり一人増えると、音の厚みが違うな」

「いや、ほんと。サムトーが戻って良かった」

「腕も鈍ってないみたいだし、次の公演から頼むな」

 手放しで喜ばれて、サムトーも安堵した。一座の役に立てるならと思って戻ってきたのだ。それに、こうして演奏するのもまた楽しい。

「ありがとうございます。また、楽しくやりましょう」

 サムトーも笑顔でそう答える。三人も親指を立てて応えた。

 そこへデニスという中年男性がやってきた。犬の芸を仕切っていた男で、馬達の世話をするリーダー役でもある。

「演奏、良かったぞ。公演も一層盛り上がりそうだ」

 まずは四人をそう褒める。仲間内だからこそ、互いに認め合うところから関係が始まる。続いて、用件を切り出した。

「サムトー、馬への挨拶はしたか? 午後は御者だっただろ」

「あ、すみません。まだです」

「じゃあ、今のうちに済ませておこう。俺も一緒に行く。悪いな、サムトーを借りていくぞ」

 そう言って、デニスは、サムトーを馬のいる場所へと連れてきた。

 馬と仲良くなることは、世話をしたり御者をするのに必要なことである。以前デニスに教わったように、サムトーは馬の名前を呼びながら、首筋を叩いて挨拶して回った。馬の方もサムトーを覚えていたようで、分かった、とばかり鼻面を寄せてきた。デニスが感心して言った。

「まあ、サムトーなら大丈夫だとは思ったが、また仲良くやれそうだな。馬達も、みんなサムトーのことを覚えてたようだし、何よりだ」

「ありがとうございます。みんな賢くてありがたいですね」

 サムトーも馬達をかわいいと思っていた。それに、重い馬車を文句も言わず、反抗もせず、黙々と運んでくれる姿が立派だとも。猟師にとって獣は獲物だが、ここでは大事な仲間である。デニスの近くにいる犬達もそうだが、仲間の動物に敬意と親愛の情が湧く。人とは違う動物でも、同じように仲間なのだと改めて思っていた。

「お前達も、またこれからよろしくな」

 サムトーはデニスの犬達にも挨拶をした。あごや首筋を撫でてやると、犬達もうれしそうに尻尾を振っていた。

 長い昼食休憩も終わりとなり、いよいよ出発である。

 サムトーも、馬の一頭を馬車に連れて行き、馬具を取り付けた。今回は前から三番目の馬車である。御者台に座り、前の馬車が出発するのを待つ。

 やがて、先頭の馬車から順に動き出す。サムトーも手綱で合図をして、その後に続いて馬車を動かすのだった。


 この日の野営は、宿場町から少し外れた場所だった。町の規模が小さく、公演を行っても収益が見込めないからである。やはり水の確保が最優先で、川辺の空き地に馬車を止めた。この時代、神聖帝国では、大雨で氾濫する危険のある川沿いの空き地は、定住することを認めない代わりに、所有権は帝国にあるものとし、帝国民ならば自由に使用して良いと定められていた。そのため、旅の隊商などが川辺の空き地に宿営することも多かった。野営の装備さえあれば便利に使うことができたのだ。

 まだ夕方には少し早い時間である。宿泊用の天幕を設置し、食事場所に板を敷き詰めて席を用意した後は、夕食まで自由時間となる。馬の世話をする者、町まで出かける者、川で水浴びする者など、それぞれが必要と思うことを行っていく。

 サムトーは、昨日は風呂に入ったので、今日は簡単に水浴びで済ませることにした。フェントを誘い、川に浸かって汗を流すと、早々に服を着る。川辺に座り込んで夕涼みがてら、のんびり景色を眺めていた。

「フェント、お疲れ様」

 サムトーが少し年長の友人を労う。サムトーは午後御者だったが、フェントは一日中歩き通しだった。適当に休憩していたようだが、それでも大変な事には違いない。

「サムトーも御者、ご苦労さん」

 少しづつ日は傾き、空の色も赤みを増し始めた。きれいな景色の中、のんびりするのは気分がいい。自分もその一部になったように感じる。

「なあ、サムトー、もしかしてなんだが」

「うん?」

「午前中に話していた貴族のお嬢様いただろ。そのお嬢様が、サムトーのこと好きになってたりとか、しなかったか?」

 サムトーが思わずフェントを見やった。フェントの表情は特に普段と変わりがなく、世間話のついでといった感じだった。

「うーん、それがなあ。本当は身分が天と地くらい違うだろ。直接話すことだって、本来あり得ない話なんだよ。それが、どこをどうしたものか、そのお嬢様が酔狂でな。一緒に昼飯食べたりもしたもんだったよ」

 さすがに率直に返答するのはためらわれた。妙な言い回しで、婉曲に肯定を伝える。

「そんなことはないさ。サムトー、お前さんはいい男だ。そういうこともあるかなって、ちょっと思ったんだが、図星だったな」

 フェントがニヤリと笑う。

「ってことはだ。あっちこっちで、女の子に好かれまくってたわけだ。何ともうらやましい話だねえ」

「何がうらやましいって?」

 またもやレイナ達四人がやってきた。また暇つぶしに、話でもしようと来たのだった。

「ああ、サムトーの一人旅で、いろいろあったみたいでさ」

 フェントが適当なことを言って誤魔化す。さすがに女性相手に、サムトーがもててました、などと話せるはずもない。

「ふーん、まあ一人旅だと、いろいろありそうよね」

「そう言えば、食事はどうしてたの。自分で作れるわけじゃないでしょ」

「ああ、それなら、宿に泊まると、一泊二食付きで銀貨一枚なんだ。昼飯はパン屋で買ったり、町の料理屋で食べたりだったな」

「それだと、結構お金かかりそう。お金はどうしてたの」

 考えてみれば、餞別に金貨五枚を一座からもらって以来、収入はなかったはずなのだ。それが再会してみれば、金貨三十枚以上も持っていたのだ。当然の疑問だった。

「うーん、昼に話した貴族様から、褒賞金とかももらってたけどさ。実は大声じゃ言えないが、賭場で稼いでたのがほとんどなんだ」

「呆れた。正に遊んで暮らしてましたってことよね、それ」

「まあ、そうなるなあ。でも、こうして一座に戻ってこられたので、真人間に戻れましたです、はい」

 六人揃うと、そんな馬鹿話に花が咲く。この雰囲気が楽しいと、サムトーは心から思っていた。

「サムトーはいい人よ。お金をどこで稼いでたって、変わらないから」

 そう言って、アイリが背中に抱き着いてきた。これはひいきの引き倒しというものだろう。

「いい人でも、遊び暮らすのはちょっとねえ」

「お貴族様みたいなものなのかしら」

「一人旅の裏に秘められた、遊び三昧ってところかな」

 レイナもポーラもマリーも呆れたように言った。中々に手厳しい。

「まあまあ、その辺で。サムトーも面白い旅をしてたんだってことで」

 アイリがサムトーの体を離し、頭に手を乗せてぽんぽんと叩いた。

「そうだね。サムトーなら楽しい旅だったって思う。今日聞いた話も、とても面白そうだったし。貴族様に気に入られるなんて、すごいって思った」

「ありがと、アイリ」

 サムトーが向き直って礼を言う。

「さて、そろそろ夕食行きますか」

 取り留めのない話をフェントが一旦締めた。五人揃ってうなずき、支度を手伝うため天幕の方へと戻っていった。


 二日後の昼過ぎ、次の目的地コーポラの町に到着した。

 途中小雨に見舞われた時間もあったが、そう長い時間ではなく、濡れた服もみな歩いているうちに乾いていた。行程も順調で、みな元気に設営の作業に取り掛かった。

 コーポラの町は、市街地におよそ一万五千人ほどが住んでいる。出発してきたトルネルの町と比べれば四倍は広い。街道の比較的主要な宿場町で、近隣の農村を含めれば、人口は二万に達する。大き目の町なので、公演も明日から三日間と長めに行う予定となっていた。

 やはり水の便が良い、川に近い空き地に馬車を扇状に止める。公演用の天幕と、宿泊用の天幕を手際よく設置していく。入り口近くには露店も準備して、多少の商いも行う。

 手の空いた者で市街地を回って、公演の宣伝を行う。明日から午前、午後の二回ずつ、合計六回公演を行うことを触れて回る。子供達など、早々に反応して、お父さん、お母さんに頼まなきゃ、などと話し始めていた。大人でも、久々の旅芸人だし見に行くか、などと話をしている者もいた。

 その間、芸を見せる者達は簡単なリハーサルを行う。見せる芸は新技を開発しない限り決まっているので、手順を追って確認するだけである。その間に、天幕などの設備に異常がないか、確認して回る者もいる。町に食材を買い出しに行く者もいる。分担して必要なことをこなしていくのだ。

 日が傾き始めると、交代で公衆浴場へと足を運ぶ。せっかく町に来たからには、水浴びでなく風呂に入りたくなるものである。馬車周りを空にはできないので、順と時間を決めて手際よく済ませる必要がある。

 夕方には夕食の支度を行い、日が沈む頃には夕食である。公演を控えている日は、食後にも簡単に打ち合わせをしておく。サムトーも楽器隊の面々と演奏についての確認を行った。

 そして、見張り番を残して就寝となる。さすがに野営なので、見張りを欠かすことはできない。三人組四交代で見張りは行われる。出演者以外の者で手分けして、頑張って見張りをしているのである。


 翌朝、朝食を済ませると、いよいよ公演が始まる。午前の部は十時の鐘に合わせて開催される。それまでに入場口と露店に人が配置され、客への対応に当たる。

 九時の鐘が鳴り終わってから、しばらくすると徐々に客が来始める。観覧料の銀貨一枚を支払い、天幕へと入っていく。その数は少しずつ増え続け、公演開始直前には、ほぼ満席という状態になった。

「本日は、我がカリアス一座の公演にお越しいただき、誠にありがとうございます。短い時間ではありますが、みなさまにはぜひ、一座の妙技をお楽しみいただければ幸いです」

 座長の挨拶に、大きな拍手が沸く。いよいよ公演が開始される。

 男性のジャグリング。道化の玉乗り。三人の女性の優雅な踊り。中年男の犬の芸。若い男のナイフ投げ。二人の男性の奇術。そして、最後にレイナ、ポーラ、アイリ、マリーの曲芸。その都度拍手と歓声に沸く。娯楽などほとんどない地方の町では、年に一度の旅芸人の公演は、とても珍しく興味を引くものだった。時間は飛ぶように過ぎていき、一時間半の公演も、あっという間に終わってしまった。

 観客が満足そうに天幕を出ていく。午後の公演までは一休みで、間に昼食も取る。出演者も裏方組も、無事に観客を喜ばせることができたことに安堵していた。

 銅の縦笛で音楽を担当したサムトーも同様だ。演技を盛り上げる手助けができたこと、客が楽しそうに芸を眺めていたこと、自分の力を精一杯発揮できたことなど、体中が充足感で満ちていた。

 そして二度目の公演、翌日の公演と、毎回客にも恵まれながら公演は無事に行われ、三日目の午後の公演も大盛況のうちに終わったのだった。


「それでは、コーポラの町での公演の成功を祝して、乾杯!」

「かんぱーい!」

 千秋楽を終えたその日の晩は、祝宴となった。エール樽丸ごとに、肉野菜類など豪勢な食材を使った料理と、町での買い出し組が気合を入れて仕入れてきたものだった。

 しかも、明日の午前中は交代で自由時間となる。せっかく町に立ち寄ったので、たまには町巡りをして鋭気を養う意味もあって、それぞれが好きなことをして良いことになっている。軍資金として、各自に銀貨四枚が渡されている。公演用の天幕はすでに撤収されており、あとは宿泊用の天幕を片付ければすぐ出発できるのだが、出発が遅れても生きる楽しみを優先するのが旅芸人の気風である。

 酒杯を傾けながら、サムトーは一年前のことを思い出していた。初めての公演に緊張しながらも、仲間達の芸の凄さに圧倒され、感動しながら演奏していたこと。その後、六人で楽しく酒を飲んで、次の日も町を一緒に巡ったこと。ついこの前の出来事のような、懐かしいような、不思議な気分で心が満たされていた。

「よお、サムトー、演奏良かったぞ」

 ニコニコとうれしそうな表情でフェントがやってきた。やはり親友の所が一番飲みやすいらしい。彼も少し小柄だが、それなりに整った顔立ちをしており、いい男である。

「フェントこそ、相変わらず見事だった」

 サムトーがそう言ってフェントと酒杯を合わせる。

「いやあ、無事に公演が終わった後の酒はうまいな」

 フェントの弁にサムトーも全く同意である。一仕事やり終えた後の解放的な気分を、一層いい気分にしてくれる。

「でな、二日目の午後、客の中でさ、きれいな娘さんがいたんだよ。それがめっぽう美人で、思わず手を振ってさ。そしたら相手も振り返してくれたんだよ。明日の町巡りで、また会えないかな」

 舞台は明かりで照らしているが、客席は薄暗い。それなのに、よく美人がいたとか見つけられるものだと、呆れ半分、感心半分のサムトーだった。

「何だよ、ちゃんと芸はこなしてただろ。もののついでだ、ついで」

「いや、俺、何も言ってないぞ」

「顔が言ってる。何やってんだよってな」

「ははは、悪い悪い」

 そして、こういう馬鹿な話をしていると、近寄ってくるのがいつもの四人だった。

「また下らないこと話してるみたいね」

「まあ、それもフェントの良さではあるけどさ」

 レイナとポーラが話に混ざってくる。もちろん、アイリとマリーもだ。

「客席の様子もしっかり見てるのは大切だと思う」

「にしても、芸の途中で手なんか振ってたんだ。ある意味さすがだわ」

「そうだろ。まあ、俺にとっては余裕よ、余裕」

 フェントが偉そうに胸を張った。レイナ達が呆れて苦笑する。

 構わず話題を変えたのはアイリだった。

「サムトー、久々の演奏はどうだった?」

 サムトーのことをずっと気に掛けていたらしい。好かれていることを自覚して、サムトーもうれしく思う。

「楽しかったよ。みんなの芸が見事だから、少しでも盛り上げようと頑張ってさ、すごく気分が良かった」

「私達も見事だった?」

「そりゃもう。アイリの空中技は、いつ見ても凄いって思うよ」

 アイリがうれしそうに笑顔を見せた。曲芸の途中でも、技を決めるときにはこの笑顔で、曲芸好きなのは相変わらずだった。この表情がたまらなくいいんだよなと、サムトーはしみじみ思う。

「そういや、去年コーポラで公演した後も、この二人仲良かったわね」

「そうそう、それで六人で町巡るかって話になったんだよな」

「アイリがサムトーの財布選んであげてたっけ」

「それから一年かあ。長かったような、短かったような」

 サムトーと同じように、他の五人も去年のことを思い出したようだった。友達と思い出を共有していることを、とてもうれしいことだとサムトーは感じていた。ありがたき友人達である。

「そしたら、久しぶりだし、またこの六人で町巡りするか?」

 フェントがそう提案してきた。ところが、レイナがすぐには同意してこなかった。

「うーん、楽しそうではあるんだけど、アイリがね」

「そうそう、サムトーと二人きりにしてあげた方がいいかもって」

「一座にいると、二人きりになれる機会も少ないし」

 ポーラとマリーも似たような考えだったようだ。しかし、当のアイリはその辺はあまり気にしていなかった。

「サムトーとはいつでも話せるし、一緒にいられるから。町を巡るのは大勢の方が楽しいかなって、私は思うんだけど」

 そんな返答であった。その点では、サムトーも似た考えだった。

「そうそう。せっかくだし、また六人で楽しく行こう」

「いや、そうは言うけどさ、二人きりじゃなきゃできないこともあるだろ。こういう機会を生かしてみたらどうだ」

 フェントが遠回しに言ってきたのは、要するに二人きりで恋人らしいことをして来いということである。

 すると、サムトーとアイリの視線が明後日の方を向いた。そして、二人で顔を見合わせ、軽い笑顔を浮かべた。

 それでピンと来ないフェントではない。

「あ、もしかして、もう……。いつの間に」

 さすがに嘘をついても始まらない。これからも旅路を一緒にする親友達に隠し事はなしだ。サムトーがばつが悪そうに答えた。

「野営の夜、二人で抜け出して、それで、まあ……」

 アイリが顔を赤らめていた。他の四人は目を丸くしている。

「ま、まあ、おめでとうと言っておくよ。もう立派に恋仲だな、うん」

「そ、そうね。それにしても気付かなかったわ」

「驚いたけど、まあ、いいことなんじゃない?」

「そうね。お二人さん、おめでとう」

 事情が分かったことで、四人が四人、それを祝ってくれた。すでに恋人らしいことを済ませているので、サムトーもアイリも町巡りで二人きりにこだわらないのだった。

「そういうことなら、また六人で町を巡りましょうか」

 レイナが話をまとめた。他の五人も同意する。

「去年は財布とか靴とか、買う物あったけど、今回はどう?」

 リーダーをしているだけあって、そんな気遣いもできる。私物として欲しい物は、誰も思いつかないようだった。

「分かったわ。じゃあ、適当に巡ってみるってことでいいわね」

 話がまとまると、後は雑談となった。去年、町で絡まれたが、サムトーが見事に撃退したことも記憶に新しい。また雑貨屋で小物を見ようとか、昼食にうまい物が食べたいとか、そんな話をして宴の時間は過ぎていった。


 翌日、朝食後の片付けを終えると、見張りの三名を残して、一座の面々はコーポラの町に繰り出した。見張りも途中で交代となる。この日は昼食後に出発して、次の宿場町の手前で野営である。

 サムトーも、いつもの五人と一緒に出かけた。九時の鐘が鳴り、商店街も開店となる店が多い。まずは手近な雑貨屋から見て回った。

 女性陣はやはり小物類に興味があるようだった。その点では、猟師村の少女達とあまり大差がない。自分を飾るためのお洒落な小物を、互いに合わせたり見せ合ったりして、似合うね、良くできてるね、などと話していた。しかし、旅暮らしの邪魔になるのも確かなので、残念ながら買うことはなく、見るだけに終わっていた。

 男二人は、その次の道具屋で盛り上がっていた。刃物や工作道具は、何か心を惹きつけるようで、細かな所まで刃が当てられて便利だとか、切れ味が良さそうだとか、そんな話をしていた。

 昼飯前だが、総菜屋にも寄った。サムトーが妹分二人にコロッケを奢ったところ好評だったという話を聞き、他の五人も食べてみたくなったのだ。

 実際食べてみると、香ばしい衣は油の旨味があって、そこにほくほくとした潰したジャガイモの感触と旨味が口の中に広がる。五人共、これはうまいと喜んで食べていた。一見簡単な料理に見えるが、ジャガイモを茹でて潰して、衣をつけて揚げるといった手間のかかる料理なので、一座で作るのは難しいことも良く分かった。

 そんな調子で楽しく見て回っていると、二人の男を連れた筋骨逞しい長身の若い男が向こうから歩いてきた。忘れもしない、去年絡んできた男達だった。相手もその出来事を覚えているようで、サムトー達六人の男女に気付いて、あっと驚いた表情になった。互いにうれしくない再会だった。

「よお、また会ったな。元気か」

 サムトーの挨拶は痛烈な皮肉だった。三人の男達が揃って渋い顔になる。

「去年のことは忘れちゃいないぜ。変わらず生意気な野郎だ」

 長身の男が吐き捨てるように言う。サムトーの余裕ある態度を見ていると、相当に腹が立つらしい。美人を何人も連れている様子を見て、余計に苛立つようだった。

「そりゃどうも。じゃあ、俺達は行くな」

 サムトーはそう言い捨てて、友人達と立ち去ろうとしたが、長身の男の方は、やはり去年の出来事に納得できていなかった。

「待ちやがれ。去年のあれはまぐれだって、証明してやる」

「諦め悪いな。お前さんの腕じゃ、俺に当てるのは絶対無理だぜ」

 売り言葉に買い言葉、サムトーもこういう輩相手には遠慮をしない。思い切り挑発した。男も挑発されて、より怒りを高めていた。

「うるせえ。喰らいやがれ」

 そうして男が殴り掛かってきた。勢いだけはあるが、速度も鋭さも大したことはない。サムトーは軽く払いのけた。

「まだまだっ!」

 連続して拳を放ってくる。サムトーはその拳の内側を軽く叩いて軌道を逸らし、空を切らせていく。何発殴ろうが、涼しい顔で全て払いのけていた。

「だから言っただろ。無駄なことは止めとけよ」

 周囲では野次馬が集まってきていた。片や力任せに殴り掛かる男、片やそれを涼しい顔で払いのける男。娯楽が少ないだけに、滅多にない街中での喧嘩を、野次馬達も興味深そうに眺めていた。面白がっているので、誰も止めようとしない。

「くそっ、何で当たらねえんだ」

「だから、言っただろ。お前さんの腕じゃ無理だって」

 それでもしつこく男は殴り続けていたが、野次馬も増えて、大きな騒ぎとなっていた。そして、騒がしければ自警団が来るのも、また当然である。男も殴るのを止めて、捕まらないようにそそくさと逃げ出す。結局、去年と同じ結末に終わった。

「ち、今日はこのくらいで勘弁してやる」

 長身の男は言い捨てて、供の二人の男と共に逃げ去っていった。

 自警団が絡まれていたサムトーに事情を聴いたが、殴り掛かってきたのを打ち払っただけだと、簡単に説明した。見物人もみなその通りだと言っていて、それ以上の追及もなく、自警団は去っていった。

「まさか、去年絡んできたやつに、また会うとはねえ」

 フェントが呆れたようにつぶやいた。

「さすがサムトー。またもや見事撃退だな」

「ほんと、去年も下手な踊りだとか言ってたけど」

「今年も同じだったってことね」

 レイナとポーラも呆れたように言った。器の小さな男を哀れに思う。

「一方的に負けを認めるのが嫌だったのかな」

「そうでしょうね。俺はほんとは強いはずだ、とか思ってたんでしょ」

 アイリとマリーもそんな感想を漏らした。一人旅の間にも、サムトーの腕は錆び付いていなかった。成人男性の拳を簡単に見切り、叩いて逸らせる凄腕は健在だった。五人はさすがサムトーだと思っていたが、同時に大したトラブルにならずに何よりだとも思っていた。

「それじゃ、昼食にしましょ。何がいいかしらね」

 レイナがさっさと話を切り替えた。五人もうなずいて、料理屋の集まる一角へと移動する。

「去年は、普段食べられないからって、パスタにしたわね」

 野営では、人数分の麺を茹でるのが大変なので、麺類が出ることはほとんどない。町の料理屋で食事するとなると、食べたくなるメニューの一つだ。

「そうだったな。でも、悪くない。今年もそれでいくか」

 フェントが賛成した。他の四人にも異存はない。

「どうせなら、ちょっと贅沢しましょ」

 ということで、サラダ、スープ、デザートと食後の紅茶までつけて、銅貨十五枚のセットを頼むことになった。パスタ単体では銅貨九枚なので、本当にちょっとした贅沢だった。

 メインのパスタは、サムトーとポーラがひき肉のトマトソース、フェントとレイナがチキンのクリームソース、アイリとマリーはベーコンと干しトマトなど野菜中心のオイルベースと見事に三通りに分かれた。

 それぞれ六人が、料理屋ならではの凝った味わいを堪能しつつ、サラダとスープを平らげる。野営の食事が悪いわけではないのだが、やはり料理を商売にしている店の味は一段とおいしい。

 パスタが出て来た時は、それぞれ互いの皿を交換して、味見をした。どれもおいしそうだったのだが、さすがに一人で二皿というわけにもいかない。こういう時は互いに交換して、いろいろな味を楽しめば良いのだ。

「ひき肉とトマトって、麺に絡むとよく合うな。爽やかだけど、コクのある味わいがいい」

「クリームソースは、まったりした感触とコクのある味がいいわね。麺との相性も良くて、後から旨味がにじみ出てくる感じ」

「ベーコンの旨味と香りで麺の味が引き立って、それをいろんな野菜がおいしさを膨らませてるな」

 それぞれがそんな感想を語り合う。実際どれもおいしいので、こうやって分け合っていろんな味を楽しめたのは、お得な感じがした。

 デザートはフルーツケーキだった。これは全品共通である。やはり旅生活だと、町で果物を仕入れることはあっても量は少なく、そもそも果物は季節物で高価だということもあり、あまり食べられない物である。これも期待を裏切らなかった。

「果物はふんだんに使ってあって、これは贅沢ね」

「去年はタルトだったけど、スポンジケーキにも果物がよく合うね」

「甘い生クリームなんて普段は食べないから、新鮮にうまいと思えるな」

 感想も上々である。間に紅茶を挟むと、舌がまた新鮮になって、ケーキを一層味わうことができる。おいしい物を味わう楽しみは、他の何事にも代え難い幸福である。

 六人共、最後のデザートをじっくり味わいながら食べていたが、それほど量があるわけでもなく、やがて食べ終えてしまった。ちょっと残念そうにしながら、食後の余韻に浸る。

「今回も、いろいろな物が見られたし、おいしい物も食べられたし、いい町巡りになって良かったわ」

 レイナの言葉は他の五人の感想と一致していた。笑顔を浮かべて、五人がうなずく。

「ごちそうさま。とてもおいしかったです」

「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしてます」

 店に代金を支払い、挨拶をして外に出る。

 町を巡るのが非日常で、旅と公演の日々が彼らの日常だ。みなその日常が好きだった。仲間と共にあり、力を合わせて旅する生活を続ける。大勢の観客の歓声と拍手をもらい、また芸に力を込める。彼らにとってその生き方は、とても楽しく充実したものであった。

 気分も新たに、六人は馬車へと戻っていった。


 八月も後半に差し掛かった頃、一座はサルトルという町に到着した。この町は人口二万人程度と、コーポラの町より規模は大きい。昼過ぎに到着し、設営を開始、翌日から三日間の公演を行うことになっていた。

 人口が多いだけに観客の入りも良く、毎回ほぼ満席という盛況だった。おかげで生活必需品などを豊富に買い足すことができた。

 最終公演の後、ちょっとしたトラブルが起こった。それは決して悪いことではないのだが、受けた側からすると迷惑以外の何物でもないといった、少し厄介な出来事だった。

 観客がまだ天幕からぞろぞろと出て行っている途中だった。細面で長身の男が、露店で声を掛けてきた。

「最後の曲芸で、三人の上に乗って飛んでいた女性に会いたいのだが」

「はあ、ですが、お客さん。芸人はあくまで舞台で芸を見せるのが仕事、個人的に会いたいというのは困るんですよ」

「いや、そこを何とか。ぼくはこの町の富豪、ポルタスの三男、メリアスと申す者。決して怪しい者ではなく、むしろ町の名士の一族です。演技に感動したので、ぜひ直接お会いしてお礼を申し上げたいのです」

 丁寧な物腰で、確かに育ちの良さが窺われた。となると、名士の家族を無下にしては、一年後にここを訪れた際、支障が出るかもしれない。露店の売り子一人で判断できることではなかった。

「はあ、ちょっと座長に相談してきます。少々お待ちください」

 その男を待たせて、売り子は座長にこの出来事を報告した。

「本来なら断りたいところだが、わざわざ声を掛けてきたのを、無下にあしらうわけにもいかないのも確かだな」

 そう言って、演技が終わったばかりで休憩中の四人の元を訪れた。

「すまん、アイリに用があるのだが」

 そう言って、事のあらましを説明する。アイリもあまりいい顔をしなかったが、まあ会って挨拶するくらいなら仕方ないかと、座長の申し出を受け入れることにした。

「念のため、私達も一緒に行くわ。それから、人目を避けた方がいいと思うから、天幕の裏に来てもらって」

 レイナが声を掛け、三人もそれに同行することにした。

 売り子が天幕の裏にメリアスと名乗った男を案内した。少し遅れて、アイリ達四人もそこへとやってきた。

 出会ってすぐに、メリアスは再度丁寧に名乗りを上げた。

「ぼくはこの町の富豪、ポルタスの三男、メリアスと申します。この度は、ぼくのわがままな申し出をお聞き頂き、ありがとうございます」

「曲芸のトップをしているアイリです。わざわざ丁寧なご挨拶、ありがとうございます」

 すると、メリアスはアイリの手を取り、両手で愛おしそうに撫で始めた。アイリはぞっとしたが、拒否するのもためらわれて、されるがままになっていた。

「ああ、何とお美しい。あの演技もとても素晴らしいものでした。可憐な花のようでありながら、宙を自在に舞うその姿に、ぼくは完全に心を奪われてしまったのです」

 メリアスがうっとりと訴えてくる。明らかに自己陶酔していた。褒められているが、さすがのアイリも気色の悪さを覚えた。

「は、はあ、ありがとうございます」

「幸いにして、私の家はとても裕福です。あなたのような素晴らしく美しい方が、こんな旅の一座でずっと過ごしていくのが忍びないのです。そこでアイリさん、私の妻になって、名実共に恵まれた生活を送ってみてはいかがでしょう」

 その言葉は、アイリの怒りを買うのに十分だった。旅芸人の暮らしこそが大好きなのに、それを忍びないなどと、さぞ悪いもののように言うとは。周りにいた面々も、表情こそ変えなかったが、同じように腹を立てていた。

 だが、それでもアイリは、大きく息を吸って堪えた。そして、落ち着いた言葉で拒否を伝える。

「お心遣いは分かりましたが、私はこの旅芸人の一座こそが生きがいなのです。せっかくの申し出ですが、お断りさせて頂きます」

 まさか断る相手がいるなどとは思わなかったのだろう。メリアスが目を丸くした。彼は、この町では若い女性にかなりの人気があり、彼を慕うものが後を絶たない状況だったのだ。サルトルの町という狭い世界の中で、富豪の三男坊で美形となると、やはり大勢から好意を向けられるのだった。よくある話だった。

「聞き間違いかな。ぼくは富豪の三男だし、見ての通り容姿も優れていて、非の打ちどころもない完璧な男なんだぞ。もう一度聞くが、アイリさん、私の元に来て、一緒に贅沢な暮らしをしようじゃないか」

「お断りします」

「もっと良く考えるんだ。一生の問題なんだよ」

 諦めの悪い男だった。これは簡単には片付かないだろうと、座長がマリーに耳打ちして、サムトーを呼んでくるよう頼んだ。

 その間にも、何度断ってもしつこく食い下がる図式は続いていた。

「ぼくがこれほど言っても、まだ分からないのかい」

「何を言われようと、私は旅芸人です。お話はお断りします」

 そんな修羅場に呼ばれたのがサムトーだった。一目で粘着気質の男と見て取って、一筋縄ではいかないことを理解した。さて、どうしたものか。

 アイリがサムトーを見つけ、そのそばへと駆け寄った。そしてメリアスの目の前に連れていく。

「私には将来を約束した相手がいるのです。ここにいるサムトーです。ですから、お話は受けられないといっているのです」

 言うなり、アイリはサムトーに口づけをした。周りには、一座の者達が野次馬していたのだが、誰がいようとお構いなしだった。

 その光景を見たメリアスが青ざめた。

「な、何と不潔な。ぼくの美しい天使が、こんなろくでもない男にキスするなど、許されていいことじゃない!」

 メリアスが、勝手にアイリを自分の物扱いした挙句、語気を荒げてそう力説した。それほど入れ込んでいたのである。

 サムトーは内心でため息をついたが、深刻な表情を作って前に進み出た。

「えっと、メリアスさん、でしたか。これには深い事情があるのです。ですが、こんな大勢の前では話せません。ご足労掛けますが、どこか二人で話せる場所へ行きましょう」

「どういうことだ。なぜお前のような下種な男の話を聞かねばならない。ここで話せないとは、ろくな話じゃないんだろう」

「いえ、アイリの重要な秘密に関わることなのです。本当に申し訳ありませんが、同行して話を聞いてもらえませんか」

「分かった、そこまで言うなら、話を聞こうじゃないか」

「少々お待ちください」

 サムトーはそう言って、馬車から自分の財布を持ち出した。その間に、座長のカリアスやレイナ達に、まあ任せてくれと、耳打ちした。

「それでは参りましょう」

「分かった。どれほど重大な秘密か知らないが、聞くだけは聞いてやる。ではアイリさん、少しお待ち下さい」

 サムトーはメリアスを連れて、町の中心の方へと向かっていった。

 歩くこと十分ほど、一番近い居酒屋で席を取る。そして二人分のエールを注文した。

「メリアスさんはとても立派な紳士でいらっしゃいますね。アイリのことでは、さぞやお悩みになられたことでしょう」

「そうとも。このぼくが、何人もの魅力的な女性を振り切ってまで、妻に迎えたいと思ったのだ。それが叶わないことなどあって良いはずがない」

 そう言うと、しきりに愚痴をこぼし始めた。周囲の女性は魅力的だが、同時に打算的で、嫉妬心も強く、相手をするのが疲れること。独占欲も強く、すぐに私だけに、みたいなことを言ってくること、などである。サムトーは辛抱強くその愚痴を聞いていた。自分の話を相手に聞かせるためには、まず相手の話を良く聞くことである。メリアスの愚痴は結構長く続き、それに伴って、エールの残りもどんどん減っていった。

 その間に、サムトーは店の者にチップを支払い、メリアスの実家から人を呼んでくるように頼んでいた。店の者もメリアスのことは知っている。快く引き受けてくれた。

「で、サムトーと言ったな。どんな秘密があるんだ」

 メリアスがエールを飲み干し、お代わりを頼んだ。ようやく話の順が移った。サムトーは、これ以上ないほど深刻な表情を装って、重々しく言った。

「はい。実はアイリの母の遺言があるのです。アイリの母も美しく、曲芸の技に優れた芸人でした」

 そう言って、適当にでっち上げた母の美談を話し始めた。ある町の名士と結ばれたが、旅芸人を止めることをせず、一座でアイリを産んだこと。仲間と協力してアイリを育てていたが、病に倒れてしまったこと。その素晴らしい芸人だった母が亡くなる時に、町の者と一緒になるのは不幸の元になるからと、そんなことが二度と起きないよう、サムトーにアイリの全てを託していったと、脚色を大幅に加えて話したのである。

「私はアイリの全てを守らねばなりません。たとえあなたが相手でも、それは決して譲れないのです」

 まあ、心情的にこれは嘘ではない。一座にいる限り、アイリはサムトーにとっての一番の存在だった。何があっても大事にするつもりである。

 メリアスにしても、そんな事情があるなら、そこに割り込むのは、さすがに悪いことをしたと思ったようだった。富豪のお坊ちゃんなのである。基本的にお人好しであった。

「そうか。それは悲しいが美しい話でもあるな」

 そう言って、メリアスが二杯目のエールをあおる。

 その丁度いいところに、初老の男と若い男が二人現れた。メリアスの家の使用人達である。

「メリアス様、このようなところでいかがなさいましたか」

 初老の男が事情を問い質す。メリアスが目に涙を浮かべて、答えた。

「旅芸人の一座で見つけた天使には、深く悲しい過去があったのだ。その事情も知らず、ぼくは強引に彼女を連れ去ろうとしてしまったのだよ」

 知らぬ者には、何のことかさっぱりわからない。サムトーが、一座で曲芸している女性にメリアスが惚れ込んで、妻に迎えたいと訴えに来たが、無下にはできないので、こうして説得していたのだと話した。

「そうでしたか。ですがメリアス様、世の中にはこうした悲劇は後を絶たぬものなのです。お分かり頂けたなら、家に戻りましょう」

「そうだな。分かった。サムトーよ、大事な話をよく打ち明けてくれた。礼を言う。アイリさんにも、事情は分かった、これからも息災でいて欲しいと伝えておいてくれ」

 きちんとエールを飲み干すと、メリアスは立ち上がって、初老の男性の後に続いた。初老の男性が勘定を支払ってくれたのは余談である。

 サムトーは頭を下げて彼らを見送ると、一座の元へ戻った。

 一座ではすでに夕食の準備中だった。案外長い時間話し込んでいたものだと、サムトーは大きくため息をついた。

「どうだった、サムトー」

 カリアスやアイリの他、一座の面々が成り行きを心配してやってきた。相当に揉めるだろうと、覚悟している表情だった。サムトーが少し疲れた顔をしているのを見て、なおのことそう思ったようだった。

「ん? ああ、心配かけましたね。無事に家の人に迎えに来てもらって、一件落着です」

 サムトーが結論だけ口にした。それが事実なのは、メリアスという男がここには戻って来なかったことで理解できる。だが、どうやってあのしつこい男を納得させたのだろうか。全員に共通した疑問だった。

「要するに、酒飲ませて、あいつの愚痴をたくさん聞いてやって、アイリには事情があるから、一座から離れられないんだって説得したわけです」

 そう言って、嘘八百並べ立て、悲しい事情があって、一座でサムトーがアイリを守ることになっているのだと、同情を買った顛末を話した。

「何だそりゃあ。そんな調子のいいこと、俺だって言えないぜ。一座で一番のお調子者の座も、こりゃサムトーに譲ることになるかな」

 フェントの言葉が一同の心情を代弁していた。一座の面々は呆れ返りながら、サムトーがうまく言いくるめてくれたことに安堵していた。

「心配かけたな、アイリ。でも、もう大丈夫」

 サムトーがアイリの頭を優しく撫でる。

「ありがとう、サムトー。すごいのは殴り合いの腕だけじゃなくて、頭も口も良く回るのね」

 アイリは褒めたつもりだったが、あまりに微妙な言葉だった。

「うーん、褒めてくれてるんだろうけど、何だかなあ」

 サムトーが独語する。周囲にいた一座の者全員が声を上げて笑った。

 かくして、突拍子もないトラブルだったが、オチもついて何事もなく解決したのだった。


 それからも一座は順調に旅と公演を続けた。

 サムトーもすっかり一座に溶け込み、毎日楽しい日々を送っていた。若手六人でいる時も楽しいが、他の一座の面々と協力して設営の作業や馬の世話などをするのも、また楽しかった。公演のある時は、演奏で芸を盛り上げるのに一役買っていて、やりがいのある充実した時間を過ごしていた。

 アイリとも、時々は二人きりで逢引きしていた。より二人の仲も深まっていて、二人でいるときはとても幸福な時間だった。

 時は過ぎて十月二日。一座は北の城塞都市ニールベルグに到達していた。帝国直轄領で人口も十五万を数え、騎士団一個連隊一千を有する北方の要衝である。この地方で唯一の闘技場もある。大都市であった。

 さすがに城塞都市には、都市内部に天幕を設営する空き地はない。馬車の一行は、少し離れたところを流れる川沿いの空き地で野営となる。都市から離れてしまう上に、そもそも娯楽の多い大都市であるから客足は見込めず、公演は行わない。

 しかし、ここでは毛皮を売り捌くという大事な目的がある。また、一座の面々が観光を楽しむという理由もあり、例年立ち寄っていた、旅の重要な中継点だった。

 秋になり、風も涼しくなっている。昼間は適温で快適に過ごせるが、野営をしていても、夜はそれなりに冷える季節だった。

 夕方近くに到着し、天幕を設営した後は、さっさと水浴びを済ませて体をすっきりさせる。冷えるので長くは水に浸かれない。都市内の公衆浴場は遠いので、野営地の近くの水浴びで我慢だ。

 翌日。毛皮の売却と、代わりになる交易品や保存食の仕入れが行われる。座長と物品管理のリーダーであるロギンス、それに護衛役として見張り役のリーダーであるメルテと見張り員モスタフの四人が、交易物品を乗せた馬車に乗り込み、城塞都市に入る。卸売市場で毛皮を扱っている商人に売り払うのである。帰りは交易品や食料を仕入れて戻ることになる。

 残りの面々は、一日交替で城塞都市の観光をすることになっていた。つまりこの場所に合計三泊することになる。サムトー達芸人組は、二日目に行くことになっていた。三日目の朝に次の町へ出発である。

 初日、留守番組は、はっきり言って暇である。食事の仕度と片付け以外に必要な作業はない。休みをもらったと思っても、旅と芸こそが生きる張り合いの彼らにとって、あまりのんびりするのは気性に合わないようだった。

 芸の練習をしたり、旅で歩いてるときのように話し込んだりして、時間をつぶしていく。幼子たちを集めて遊んでいる者もいた。

 サムトーは暇な一人旅でこういったことに慣れている。それに、気が向けば話せる相手がいくらでもいるのだ。付近を散歩したり、気が向いたら話をしたりと、いつものように過ごしていた。

 そろそろ昼食の支度をする時間になって、馬蹄の響きが近づいてきた。この川辺は街道から離れた場所にある。なぜ馬が近づいてくるのだろうかと、一座の面々が不思議がり、音のする方へと集まってきた。

 しばらく待っていると、一個小隊の半分、五騎の騎馬が姿を現した。騎士服と佩剣を装備していて、騎士身分なのは間違いなかった。目の前まで来ると、五人が一斉に下馬した。

「突然の来訪、失礼する。私は騎士マルテロ、ニールベルグ駐屯の第五中隊第三小隊の隊長である。現在、城外の巡視を行っているが、貴公らは一体何者であるか。怪しい者ではあるまいな」

 先頭にいた年若い騎士が名乗りを上げると、誰何してきた。相当鍛えているのだろう。見るからに迫力がある。

 物品管理でサブをしている、公演の時はギターの演奏をするボルクスが一座の留守を預かっていた。前に進み出て、素性を明かした。

「我々は旅芸人でございます。一座の長はカリアスと言いまして、現在城内で交易品の売却と購入を行っており、不在です。昨晩より明後日の朝方まで、この場所で宿泊いたしますので、ご承知下さいますよう。何か不手際などございましたら、私が承ります」

「そうか。なるほど」

 周囲には馬車が九台。それを引く馬が九頭。寝泊まりする天幕が六張り。マルテロと言う騎士も、ボルクスの言葉を信じたようだった。

「しかし、見れば幼子もいるではないか。野盗や無頼の輩に襲われでもしたら大変なのではないか」

「その辺は、城塞都市の騎士様方が十分警備されておられるでしょうし、特に心配はないかと存じます」

 如才なく騎士達を持ち上げるあたり、ボルクスも口達者である。

「騎士団の到着はすぐにとはいかぬぞ。本当に大丈夫なのか」

「はい。いざとなりましたら、私共も手に棒などを持ち、協力して抵抗いたしますので」

 その言葉にマルテロが反応した。

「それは襲われても戦えるという意味か。旅の芸人にしては、大言を吐くではないか。それほどの腕があるとは信じ難いな」

 そう言ってわずかに口の端を釣り上げた。面白そうだと言わんばかりの表情だった。彼の部下達が、また隊長の悪い癖が出たとばかり、呆れた表情になった。

「隊長、もう良いではありませんか。巡回に戻りましょう」

 部下の一人がそう進言したが、マルテロは聞き入れない。

「どれほどの腕前か、直々に見てやろう。誰か私の相手をして見せよ」

 腕に自信がある者特有の申し出だった。彼は巡回の途中に骨のありそうな者を見つける度に、こうして腕試しをしていたのである。交易商人の護衛役をしている旅の剣士などは、彼にとって格好の相手であった。これまでに何人も腕試しを申し込まれては、彼に負かされていたのだった。

 一座の面々が困った顔になった。座長の留守中、こんなトラブルが起こったのだから当然である。

「腕試しですか。なら、私がやりましょう」

 ここは荒事に一番慣れたものが請け負うべきだろう。サムトーが前に進み出た。

「サムトー、いいのか?」

「まあ、騎士様のお気に召すよう、振る舞うのが礼儀でありましょう」

 ちょっと格好つけて、そんなことを言ってみる。根っこはすっかりお調子者だった。

「私は旅の剣士サムトーと申す者。幾多の地にて剣の腕を磨いて幾年月、現在は一座の用心棒として、ここで世話になっている者です。謹んで手合わせ致しましょう」

 騎士の前に出ても臆することのないその態度を見て、マルテロもほうと声を上げた。中々出来そうな相手だと見極めたのである。

「旅の剣士と申すか。よかろう。警棒を貸せ」

 マルテロはそう言うと、部下から警棒を借り受け、サムトーに手渡した。警棒は丸い木の棒に持ち手を付けただけの、単純な装備である。

「これで勝負と行こう。ケガはさせないようにするが、お主も十分に気を付けてかかって来るがいい」

 マルテロも警棒を抜いた。構えは基本に忠実で隙がない。

 平和で暇なはずの時間が、急に戦いの場になった。全員がその緊張感に飲まれて、無言で二人を見守ることになった。

「では、いざ、参る」

 マルテロはそう言うと、警棒を脳天に振り下ろしてきた。基本の修練を欠かさないのだろう。重く鋭い一撃だった。サムトーはその警棒を右から弾きつつ、自らも右に動いて一撃をかわす。

「よくぞ見切った。並の相手だと、受け止めようとして押し込まれるものだがな」

 続いて横薙ぎ。これも下から弾き上げてかわす。その出来た一瞬の隙に、サムトーは警棒を突き出した。それは読まれていて、マルテロが警棒を引き付けて弾き返した。次のマルテロの攻撃は斬り上げだった。サムトーが軽く後ろに下がってかわし、踏み込んで斬り下げを放つ。マルテロがそれを弾いて次の一撃を繰り出す。

 傍目で見ていて、二人の腕は互角だった。打ち合いは三十合を超えても決着する気配を見せない。部下の騎士達が驚きの表情になった。大概の相手を数合で負かしてきた隊長が、これほど長く打ち合うのを見るのは初めてだったのだ。

 旅芸人達も、騎士がサムトーと互角に戦えることに驚いていた。素人を一撃で仕留める凄腕なのだ。

 みな固唾を飲んで戦いの行く末を見守っていた。

「中々しぶとい。だが、まだこれからだ」

 マルテロがさらに気合を入れた。打ち合いは終わるところなく、五十合を超えた。ここでサムトーに迷いが出た。わざと負ける気でいたのだが、この果てしない打ち合いを、この騎士は喜んでいるように見える。うかつに負ければ、かえって機嫌を損ないそうだ。勝ったら勝ったで素性を探られる心配が出てくる。さてどうしたものかという迷いが頭をかすめていたのだ。

 達人相手に、その隙は危険である。マルテロは、それがサムトーが疲れてきたからだと解釈し、より猛攻を加えてきた。サムトーに反撃する隙を与えず、倒し切る気満々で攻めてきたのだ。

(しまった、油断した)

 そのマルテロの猛攻が、サムトーの目を覚まさせた。何発かの攻撃が、あと少しでサムトーの体をかすめるところだった。これはもう、相手の気が済むまで打ち合うしかない。そう決意し、丁寧に攻撃を捌いていく。マルテロの攻撃のわずかな隙を縫って、反撃も加えた。さすがに凌ぎ切れるとは思わなかったマルテロが、慌てて防御する。

 攻防が八十合を超えたあたりで、サムトーがわざと相手の攻撃を誘う隙を作った。マルテロはそれに乗り、渾身の一撃を頭上から見舞ってきた。サムトーも全力でその一撃を弾こうと、警棒をぶつけた。

 そして、両者の一撃に威力があり過ぎたため、みしりと音がして、二人の警棒にひびが入ったのだった。

 マルテロが一歩下がって、自分の警棒を間近に見た。これ以上打ち合えば間違いなく折れる。これではもう警棒では戦えない。続けるとすれば素手になるが、それはあまりに無粋だと考えていた。両手を上げて、サムトーを褒め称えた。

「驚いた。これほどの腕前の持ち主が、旅芸人の用心棒を務めているとなれば、よほどの相手でもなければ安心というものだ。お主、旅の剣士サムトーと言ったか。よほどの強者と戦ってきたのだろうな。実に見事。いや、世界は狭いものだ」

 すっきりした顔で左手を差し出してきた。サムトーがその礼に応え、手を差し出す。二人は固く握手を交わした。

「いや、実にいい戦いだった。楽しかったぞ。では、私達はこれで失礼しよう。一座の皆が無事に旅を続けられるよう、願っている」

 マルテロ隊五人は一斉に乗馬すると、馬首を巡らせて立ち去っていった。颯爽とした見事な騎士ぶりであった。

「いやあ、冷や冷やしたぞ。ケガはないな」

「ありがとう、ボルクス。もちろんケガはない。それより、素性の方が心配だったけどな。旅の剣士と名乗っておいて良かった。勝手に誤解してくれたからな」

 一座の面々も揃って安堵の息をついていた。サムトーの腕前の凄さは知っていたが、相手も相当の強さで、かなり心配していたのだった。

「無事で何よりだ。それにしても、マルテロって騎士、凄い腕前だったな」

「ほんと、ハラハラしたわよ。ケガさせないとか言って、あの威力で打ち込んでくるんだもの。当たったら大ケガよ」

 フェントやレイナも口々に言った。アイリに至っては、正面から抱き着いてきて、顔をうずめている。

「心配かけてすまない。だけど、この俺が騎士が相手とは言え、負けるはずがないだろ。まあ、相手も中々いい腕してたけどな」

 サムトーは調子に乗った風でそんな返答をした。

 アイリが一言だけ言った。

「強いことを知ってても心配はするよ」

 そして、さらに強く抱き着いてきた。

「そうだな。悪かった」

 サムトーがアイリの頭を優しく撫でた。

「さて、昼食にしようか。支度を頼む」

 ボルクスの指示で、一座の面々が動き出す。それにしても唐突な、一歩間違えれば大変なことになっていたトラブルであった。

 夕方、戻ってきた座長や一座の他の面々に事の顛末を話した。良く素性が怪しまれずに済んだと、みなが安堵したのは当然のことだった。そして、それほど見事な戦いなら、自分も見てみたかったという者も多かったのも、また事実であった。


 翌日。留守番組と観光組が入れ替わりとなる。

 サムトー達も城塞都市へと入ることになった。滅多に見られない大都市だから、ただ見て回るだけでも十分楽しめる。一座の貯えから、やはり銀貨四枚が観光のための費用として、全員に配られている。

 ここはいつもの六人で見て回ろうと、初めから話がついていた。

「じゃあ、まずは城の見物ね」

「年に一度しか見られないもんね。楽しみ」

 宿泊地から城塞都市までは少し距離がある。十五分ほど歩いて、ようやく城門に着いた。そびえ立つ城壁が都市全てを囲んでいる様子は、いつ見てもとても巨大で立派なものだった。

 南の城門をくぐると、しばらく空き地になる。有事の際、兵力が展開できるようになっているのだ。そこを少し進むと、元は数万の軍勢が展開するための広場だったところに、無数の露店が立ち並んでいる。有事以外は使用されないため、平時では城内の住民に無償で使わせているのだった。他の城塞都市にも同じような場所があり、露店市、または単に市と呼ばれている。

 雑多な数々の店があり、多くの客で賑わう市を見るのも楽しそうだが、それは後回しにして、まずは大都市ならではという景色を見るために、六人は移動した。城内の街道を北上し、目的地である城へと向かう。

 城とは内城のことである。防衛のための施設で、外の城壁が破られても、まだ内城で籠城することが可能な作りになっていた。石造りの堅固で立派な建物であり、内城もまた独立した城壁で囲まれている。

「いつ見ても、凄い建物ね。どうやって建てたのかな」

 一番年少のマリーのつぶやきが一同の心情を代弁していた。正門前の広場から内部を覗き込むと、白亜の巨大な建築物が陽光に輝いて見える。内部にはいくつもの建物があり、物資の倉庫や訓練場などもあるという。

 周囲は、同じように城を見に来た観光客で、それなりに賑わっている。城下町の住民の他、他の町から来た人達もいるようだった。みなこの巨大な建造物に圧倒され、ため息のような感想を漏らしていた。

「サムトーが入った城っていうのも、こんな感じだったのか」

「そうだな。ここほど大きくはないが、似た感じだったよ」

 残念ながら、一般人は城には入れない。外から眺めるだけである。それでも見事な景観をじっくりと見て、楽しんでいた。

 それから六人は騎士の邸宅街を眺めて回った。大小様々だが、騎士が住居とするだけあって、立派な庭のある見事な建物ばかりだった。どこも手入れが行き届き、美しい邸宅街だった。

 そこから南下して、今度は工房区に入る。さすが北方の要衝だけあって、様々な産業で栄えていた。紡織、服飾、陶器、金属加工、ガラス加工、木工、製紙、製糸、醸造など、多岐に渡る工房があった。一日ではとても見て回れそうもない数だった。

「毎年見てるが、本当にすごい数だな。何人くらい働いてるんだ」

「それこそ、何万人っていう数でしょう。すごいことよね」

 材料を積んだ馬車が入り、製品を積んだ馬車が出ていく様子も見られた。鐘の音で休憩時間となり、働く人々が一息付けるため外に出てくる。年老いた者から十二才の見習いまで、働く人の年齢層も幅広い。

 サムトーは、他の町でもいろいろな工房を見てきたが、やはり大都市だけあって、ここニールベルグの工房街は他より広く、数も多いように思えた。働く人々も、疲れもするが、やりがいのある仕事への満足を感じさせる表情をしているように見えた。

 六人が製紙場を覗いた。大きな水槽に、紙の原料となる繊維の混じった水が満たされている。木枠には網が張られ、それで水をすくい取り、水から上げて水を切る。すると、網の上に繊維の薄い膜、濡れた紙が取れるという寸法だった。なるほど、良くできている。丁寧にそれを運び出して、乾燥棚で剥ぎ取り、乾かせば紙の出来上がりだ。

 その仕組みに、六人が感心した声を上げる。

「良くできてるなあ。これを考えた奴はものすごい天才だぜ」

 フェントが手放しで褒めている。お調子者でも根は素直なので、こういう時は見たままありのままに感想を言う。

 金属加工やガラス加工の現場は、高熱で危険なので、残念ながら見られなかった。出来上がった製品が並べられているのを見ただけである。金属器は鍋釜などの他、釘類、ばね類、針金や鉄板など、製品ごとに作る工房が違っていた。ガラスは、きれいな器や板ガラスなどが完成品として、出荷を待っていた。どれも見事な出来栄えだった。

 製糸や紡織、服飾、醸造などの工房を眺めながら、とりあえず見られる範囲で見て行く。どれも大変そうな仕事だが、それだけに見ごたえがあった。

 好奇心がある程度満足したところで、時間も昼食時になっていた。この工房街にも働く人向けの食堂が数多くある。だが、働く人たちの食事を邪魔するのも気が引ける。それにせっかくの大都市なので、ちょっと豪勢な食事を取りたいということもあった。

 そこで、工房区を離れて、今度は商店街へと向かう。広い街なので、結構距離がある。南北を貫く街道をまたいで、ようやく到着する。

「店が多いから、何を食べるか迷うわね」

「かといって、上品過ぎるのも二の足踏むしね」

「のんびりじっくり味わえる物がいいよね」

「そうそう。いろいろな味が楽しみたいもんね」

 女性陣四人の希望はそんな感じだった。フェントも黙ってうなずいているところを見ると、同じ考えのようだ。

 サムトーは少し考えて、お手軽なコースメニューのある店がいいかと、近場の店を物色し始めた。その中に一軒、前菜、スープ、サイドメニュー、メインディッシュ、デザートと出て、大銅貨二枚、つまり銅貨二十枚という手頃な店を見つけた。普通の昼食は銅貨十枚程度である。

「あら、ちょうどいいんじゃない。サムトーやるわね」

「同感。ここならゆっくり味わえそうだな」

 全員の同意が出て、店に入ることになった。

「いらっしゃいませ。お席にご案内いたします」

 それなりに値が張るだけあって給仕も丁寧だ。これは期待できそうだと、六人がそれぞれ顔をほころばせる。

 そして昼食のコースメニューを六人分注文する。コースの内容は残念ながら共通であった。

 席についてしばらくして、早速前菜が出てきた。生ハムの乗ったゆで野菜と生野菜のサラダだった。

「酸味が強いけど、その後から野菜の旨味が出てくるな。こいつはうまい」

 かけてあるソースが凝っているらしい。フェントが絶賛した。旅暮らしでは、サラダが出ても簡単なたれをかけて終わりである。一仕事、手間をかけたソースはやはり一味違っていた。

「生ハムもおいしい。口の中で旨味が溶けていく感じ」

「最初がこれなら、次も期待できそうね」

 続いてコーンスープ。新鮮な生クリームを使っていて、コクが強いのにしつこくなく、旨味が口の中に広がっていく。

「うん、おいしい。濃くてまったりとした味がいいね」

「野営だと、スープは具沢山のごった煮が多いからね。あれはあれでおいしいけど、スープだけでこれだけおいしいのは、中々ないよね」

 二品目も好評だった。サムトーは、自分が見つけた店だったので、外れたら困ると思っていたが、さすが料理屋である。おいしいものを客に提供して商売にしているだけあって、質素だが見事な料理だった。

 サイドメニューには、ペンネというマカロニに似たパスタを、ベーコンとトマト、タマネギ、パプリカ、トウガラシなどで味付けをした料理が出た。これもシンプルだが、作りは見事でおいしいメニューだった。

「トマトって不思議よね。旨味が濃いのに爽やかな味で。ベーコンと合わさると、定番だけど、旨味たっぷりでおいしいよね」

 腹が空いているから食べているのに、かえって食欲が増す感じだった。献立の構成が良いことの証明で、これも料理人の腕の冴えだろう。

 メインディッシュはハンバーグステーキだった。付け合わせにゆで野菜とパンが付いてきた。挽き肉も傷みやすいので、野営では中々使えない食材の一つだ。それを肉汁がたっぷり含まれるように、パン粉やみじん切りのタマネギを分量良く混ぜ合わせ、程良い加減に焼くといった、見事な仕事がなされていた。

「香ばしくて、ジューシーで、旨味たっぷりで」

「塊の肉以上の旨味が出てる感じ」

「柔らかいけど食べ応えがある食感もいいね」

「これは贅沢な味わいだね」

 挽き肉が使えれば定番の料理なのだろうが、滅多に味わえないこともあって、これもまた好評だった。男二人も、女性陣の満足そうな表情を見て、顔をほころばせた。

 デザートは梨のタルトだった。煮込んだ梨をクリームチーズのケーキと合わせた物だった。十月上旬、梨も旬である。それに紅茶が付いてきた。これも一口ずつじっくりと味わう。

「贅沢な食事って、本当、幸せだわ」

 レイナの言葉に全員の感想が集約されていた。五品全て、満足のいく品であり、味であった。最後に紅茶を飲んで食事を締めた時、みな満足そうな表情を浮かべて、ほうと息をついていた。


 その後は商店街を少し冷やかした後、南の露店市へと向かった。大きな街にしかない場所なので、サムトーがみなを誘ったのだった。サムトーが再加入した日にも、ここの話題が出たことをみな覚えていて、ぜひとも行ってみたいと思っていた場所である。

 露店市は店の並びも適当で、早い者勝ちにいい場所を占めている感じだった。他の城塞都市と同じように、雑貨屋の隣に古着屋、その隣に調味料を売る店、といった具合に、店の並びも混沌としている。どこにどんな店があるのか分からない上に、並んでいる商品もまちまちで、その猥雑な感じも見ていて面白い。

 安くて良い物を求めて、市民達も大勢詰めかけている。通りは狭いのですごく混雑している。人とぶつからないように気を付けながら、六人で店を冷やかしていく。

 何に使うのか見当もつかない謎の道具。丸い棒状の金属に穴があり、棒が付いていて、左右に動くようになっている。棒を持って回すことができ、するとくちばし型の部分が開いたり閉じたりする。工作の時などに、くちばし型の部分で、物を押さえて加工するための道具で、万力という名前だと、店の主人に教えてもらった。

 そんな風に珍しい物もあれば、定番の乾物や穀物、茶の葉などの食材もあり、かなり安値なので、それを目当ての客が後を絶たない。人気の店では、まだ昼過ぎのこの時間に、完売となっている店もあった。

 雑貨屋、道具屋も中々の品揃えだったが、装飾品店がやはり女性達には好印象だった。宝石類が安い物で銀貨一枚からと破格の安さで、商店街の正式な店ではその五倍はするかと思われた。その分、装飾品としては加工されておらず、加工する場合は別途相談となっていた。

「まあ、旅と曲芸をする私達には、こういうの身に付ける機会はないから」

 そうレイナは言っていたが、きれいな石が数多く並べてあるのを見て、欲しくないわけでもなさそうだった。

 サムトーが、石をお守り代わりにすることもあると説明した。ポーチから以前貰った物を取り出し、みなに見せる。小袋に入った水晶、もう一つはラピスラズリ。一人旅の途中でもらった物である。

「なるほどねえ。これなら邪魔にもならないし、記念の品にもいいな」

 フェントが納得顔で言うと、提案してきた。

「俺達も、何か一つ買ってみるか」

「そうね。そのくらいなら持っててもいいかもね」

「じゃあ、みんなでお揃いの石を買おうか」

「それ、いいかも。みんなはどう?」

「賛成。手持ちのお金でも十分買えそうだし」

 意見がまとまり、改めて宝石を見直したが、どれにするかがとても迷うところだった。そこへ店主が、友情の記念に買うなら、トパーズがいいと勧めてくれた。友情、希望といった意味がある石だという話だった。

「じゃあ、それを一人一つずつもらいます」

 価格は一つ銀貨一枚と大銅貨三枚。その程度ならお値打ちと言えた。

 支払いを済ませて、それぞれが一つずつ手に取る。少し赤味がかった黄色の石で、大きさは小指よりやや小さい程度。光に透かすと、輝きが美しい石だった。旅の記念にもお守りとしても、持っていて気分がいい。

 近くの雑貨屋で布の小袋を買う。銅貨二枚。その小袋にトパーズを入れると、小袋ごと財布の隣にしまった。

「いい記念ができたわね」

「お揃いの石なのが、ちょっとうれしいわ」

「友情っていうのが私達らしくていい」

「希望って意味もあるって。何かやる気出る」

 そういう感想を聞くと、格好つけたがるのがフェントだ。

「そうだな。改めて、俺達の熱き友情を、ここに誓おう」

「はいはい。毎回誓ってくれて、ありがとね」

 レイナがあっさりと受け流す。毎度のやり取りに、他の四人が微笑を浮かべる。

「せっかくだし、ちょっと買い食いしないか」

 これはサムトーだ。行儀悪く、うまい物を食べるのが大好きなのだ。それは他の五人も同様だった。

「その話乗った。よし、みんな行こうぜ」

 フェントが真っ先にその話に飛びついた。その現金な様子に苦笑しつつ、女性四人もその後に続く。

 串焼き、ポテトフライ、焼きそば、パンケーキ、焼き菓子など、好きな物をそれぞれが買って、互いに好感して味見をし合う。どれもおいしく、食べていると顔がほころぶ。

「やっぱ、うまい物食べるのって、気分いいな」

「そうね。でも、さすがに少し食べ過ぎたかも」

「まあ、たまにはいいんじゃない?」

「そうだよね。お腹いっぱいだけど、口が止まらない」

「珍しい物だと、余計にお腹に入るみたいね」

「いやあ、楽しい観光だったな。目も腹も大満足だ」

 そんな風に、充実した城塞都市観光を、六人で楽しんだのであった。


 翌日一座は、ニールベルグを出発した。

 そこから街道を西へ進み、タリアリという町へと到着しようとしていた。十月も七日になっていた。

 東西と南北に延びる街道を結ぶ結節点で、ここも交通上重要な町である。人口も三万人と、かなり大規模な町だった。なので、やはり市街地周辺には天幕を張れる場所はなく、町から少し外れた川に近い場所で野営することになる。

 一座はここで公演を行った後、今度はひたすら南へと向かう。城塞都市で仕入れた交易品を、途中の町でまた売り払い、新しい交易品を仕入れるということもある。神聖帝国の内陸部で、大きな長方形を描くように、一座は旅しているのだ。

 カムファの町は、ここから南にしばらく行った所にある。去年、下らない事件が起こり、サムトーが一座を離れる契機となった場所だ。さすがに、再びそこに一座の一員として訪れるわけにはいかない。

 サムトーが一座を離れる日も、そう遠くない時期になっていたのだった。


──続く。

主人公サムトーが命の恩人である猟師達と別れ、再び旅芸人達と一緒に過ごします。のんびりまったりと楽しく生活する様子を描いたところ、グルメがメインになってしまいました。バトルもありますが、相変わらずの強さがさすがのサムトーです。友人達と楽しく過ごすほっこりした物語を楽しんでいただければと思います。

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