第一話 初めての家族
俺には、前世から家族がいなかった。
両親はすでに他界していたらしく、物心が着いた頃には俺は親戚の家に引き取られていた。
その家族の中では、どこか疎外感があって、幼いながらも、ああ、俺はこの人たちの家族ではないんだ、と自覚していた。
初めから持っていないものを羨ましがることは無い。
だが、小学生の頃たまたま同級生が楽しそうに家族のことを話していたことがあった。
俺はその時、人生で初めて虚しさを感じたのだ。
それを自覚してからは辛かった。
その頃から今の自分の境遇を理不尽に思うようになった。
なぜ俺には家族がいないのだろうか。
なぜ俺は暖かい家庭を持っていないのだろうか。
今まで気にならなかった親戚の家での疎外感は、まるで俺の心を蝕むかのように襲ってくるばかり。
アニメや漫画、小説、ドラマに映画、凡そ物語と言われるものは好きだ。
まるで自分が、その物語の主人公になったような気持ちになれるから。
大抵、物語の主人公には家族がいて、暖かい家庭があって、家族の絆を持っているから。
物語の結末のほとんどはハッピーエンドだ。
やがて物語は終わり、意識は現実の世界に引き戻され、途端に不安になる。
自分の人生という物語の結末は、ハッピーエンドなのだろか、と。
だからこそ。
だからこそ、だ。
これはチャンスだと思った。
俺の人生という物語の中で、これ以上ない転機を迎えた。
俺は、転生をしたのだ。
***
俺、パペット・エルゾディアに物心がついたのだろう。
そのタイミングで、前世の記憶が雪崩込む。
自我がなかったせいか、自分が赤ん坊のときの記憶には靄がかかり、上手く思い出せないせいで、前世の記憶の方が鮮明だ。
前世の俺は家族を渇望していた。
そうだ。
転生できたのだから、俺には家族がいるはずだ。
会いに行ってみよう。
壁に手を付きながら拙い足さばきで、家のリビングであろう場所に向かう。
そこには一家団欒が広がっているはず。
そう夢想していたのに、実際に見た光景は全く違うものだった。
そこには、1人の老人が古びたロッキングチェアに座っているだけだった。
「おお、もう起きてしまったのか、パペット。
お昼寝はもういいのかい?」
老人、いや、記憶に俺のおじいちゃんだと教えてもらい、そのおじいちゃんが異世界語で俺に話しかけてきたのだと認識した。
「パパ、ママは、どこに、おるのじゃ?」
俺は、記憶の中にある見様見真似の拙い異世界語で尋ねる。
その瞬間、おじいちゃんの表情に影が指す。
「その……………、パパとママはどこか遠いところにおるのじゃ」
遠いところ?
どこかぼかした表現にハテナが浮かび、ずっとつっかかりがあるような頭を回転させ、理解しようと試みる。
だが、そう時間はかからなかった。
死━━━━━、
「わあああああああああああああ!!!」
頭を抱えながら、思わず俺は思い切り叫んだ。
またか。
またなのか。
転生した俺にも両親はいなかった。
どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうして!
どうして、俺は皆が当然のように持っている幸福を得ることが出来ないのだ。
おじいちゃんは突然豹変した俺に驚いてあやしに来た。
「おうおう、どうしたのじゃ、突然叫んでからに。大丈夫大丈夫、おじいちゃんがおるからのぉ」
おじいちゃんの声は俺には届いていなかった。
自分が生まれたところには、いつも両親がいないという理不尽さに、我を忘れていた。
今度こそ、今度こそ!
俺にも家族ができて、ハッピーエンドを掴むはずだったのに!
「なぜじゃ、なぜなのじゃ。
何故ワシにはお父さんもお母さんもおらぬのじゃ!」
言ってしまった。
おそらくこの家では禁句であろう言葉を。
おじいちゃんの目に涙が浮かぶ。
そして、突然抱きしめられた。
「ごめんのぉ、パペット。お前の両親はのぉ、どこにいるのか分からぬのじゃ。好きでこんな可愛いお前さんを置き去りにしてる訳じゃないんじゃ。分かってくれぇ」
いつの間にか、おじいちゃんは号泣していた。
何故おじいちゃんは泣いているのだろう。
泣きたいのは俺の方なのに。
前世の俺は成人になった頃には、どんなに悲しいことがあっても泣くことは無かった。
あの時の俺の涙は、とうに枯れていたのだ。
それは成長、だったのだろう。
大の大人は、泣かない。
でもその固定概念は間違いなのだ、と証明するかのように、今俺の何倍も長く生きているおじいちゃんが涙を流していた。
ああ、そうか。
俺の悲しみを理解して、泣いてくれているのだ。
俺の心に寄り添ってくれているのだ。
それを人は、家族、と言うんじゃないだろうか。
たとえ両親がいなくとも俺には家族がいる。
そう自覚してからは、心を蝕んでいた何かは浄化されたような気がした。
ああ、俺はなんてことを。
無いものばかり渇望して、今俺のそばにいるおじいちゃんを蔑ろにしていた。
この世界では独りじゃない。
俺は今、そんな唯一無二の家族であるおじいちゃんを泣かせてしまったのだ。
ごめんよ、おじいちゃん。
俺はおじいちゃんが居てさえくれればいいんだ。
俺は今、初めてその事に気づけたんだ。
だから、泣き止んでくれよ。
どうしてだろうか。
いつの間にか、俺の視界が水に濡れたかのようにボヤけていた。
俺の涙なんてとうに枯れていたはずなのに。
きっとこれは身体が幼くなったせいだ。
俺はこの時、唯一の家族を二度と悲しませない、と心に決めた。
だって、せっかくできた初めての家族なのだから。