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俺、TUEEEEっ!

作者: 音海秀和


『申し訳ございません。私共の不手際で、お命を頂いてしまいました。お詫びに、私共が管理する世界の一つにご案内します。最初は、戸惑うことも多いでしょう。ですから、以下の七点を保証いたします。


一つ、社会の平和と安定。

一つ、衣、食、住。

一つ、豊富な水源と、衛生環境。

一つ、最愛の両親。

一つ、高度な教育。

一つ、魔力に類する力。

一つ、娯楽を供する文化の発展。


以上になります。

 今後、同様の事案が発生致しませんよう、神々一同、より一層気を引き締めて世界運営に励んで参ります。それでは、貴方の今後の人生に幸あらんことを』





「被転移対象者の仮想(バーチャル)意識(インテリジェンス)を構築。アナウンス開始。カウントダウンをお願いします」

薄暗いドーム状空間の中を、強張った男性の声が響く。

曲面に沿うように大画面が設けられ、そこに内蔵されたバックライトのみが、この空間で唯一光源の役割を果たしていた。

映し出されている映像も、決して気持ちのいいものではなかった。

血に塗れた豪勢な馬車に、興奮して暴れまわる馬。派手な衣装に身を包んだ、異様に肥えた男は怒鳴り散らかし、周囲の屈強な男たちはヘコヘコセコセコと動き回る。

「転移まで5秒、4、3、2、1、分解開始! 」

大画面前で腕を組んでいた女性が、仁王立ちのまま叫んだ。

「肉体構成要素の素粒子分解開始! ……80、90、99、99.9995%、分解レベル理論上限値突破! 」

「各粒子の位置座標をXYZ座標に変換します。……変換処理完了! 」

「時間軸を調整。標準時子午線を基準とします。……調整完了! 」

「全粒子遠心加速開始! 発射準備完了! 」

「発射しなさい! 」

「全粒子発射! 次元障壁を突破しました! 」


「だっ、だめです! 存在領域が広すぎて、新たな肉体を維持できません! 」

「存在領域を現在値から極小に変更!」

「しかしそれだと……」

「いいから早く! 責任はこの私がとるわっ! 」

「12、11、10、……若体化が止まりません! 3、2、1、0…0……0を維持。しょ、消滅は免れました! 」

「存在領域確定! 肉体維持確認!」


「……何とか、成功したようね。『転移』の予定が『転生』になってしまったけれど。

 世界構成課に連絡して、修正してもらってちょうだい」

オペレーターデスクに手をついた女性がほっと息を吐いた。

画面の中では、馬車の周りに集まった男たちが騒然としている。あれだけ汚れていたはずの車体は、きらきらと黄金色に輝いていた。





俺には、『秘密』がある。ある者は、気が触れたとドン引きし、また、ある者は、物語の読み過ぎだと一笑に付すであろう、『秘密』が。

たぶん、あれは俺がまだ、ボウズだったころ──

「おい、坊主! そんな所で何してやがる! 」


ヒヒーーンッ!!


いな鳴き声共に迫り来るでっかい車体。俺は為す術もなく飲み込まれてしまった。


それからしばらくして、頭の中に流れる美声。まるで天を照らす太陽光に包み込まれたかのように、身も心もポッカポカのまま、俺は、女神様が司る世界へと産み落とされた。


次に目覚めた時には、ベビーベットの上に寝かされていた。頭上では、カラフルな動物の飾りモノがクルクルと回っている。

真っ先に目が合ったのが、たぶん、父ちゃんだ。うむ。真面目そうで、優しそうだ。その隣で微笑んでいるのが、母ちゃんだろう。ふむ。美人ではないが、可愛い。真っ白な肌に、クリっとした目とちっちゃい鼻が、何とも愛嬌があって可愛いらしい。当然二人とも、黒髪黒目だった。


彼らからの愛を一心に受けとめた俺は、スクスクスクッと成長した。

裕福ではなく、貧乏でもなく、時に必要なものを買い与えられ、偶には旅行などの娯楽にも興じ、そして、真っ当な教育さえも施された、俺。


そんな俺も、早いもので、三十代後半。平々凡々、有象無象のサラリーマン様様だ!


キーンコーンカーンコーン……。


おっと、いけないっ!


プレゼン資料──の自己紹介スライド──を作成中、ついつい自分語りに耽ってしまっていた。

俺は、フロアに備え付けられている冷蔵庫へと直進する。保冷バッグから弁当箱を取り出し、電子レンジで、ピピッとした。


俺にも、待ちに待った昼がきた!


蓋をゆっくり開けると、ほんのりと湯気が立つ。

真っ白なご飯の中央には真っ赤な梅干しが鎮座し、その斜め上から、黄金に輝く卵焼きが顔を覗かせる。サラダ菜の鉄壁を乗り越えると、俺の大好物エビチリとご対面だ。それからそれから、肉じゃがにアジの南蛮漬けに、と、その先でも俺の好物たちが所狭しと肩を寄せ合いひしめきあっていた。


「おおっ! 相変わらず、美味しそうですね! 先輩の愛妻弁当! 」

「ったく、仕方ないなぁ」

コンビニのおにぎりとカップ麺という、ザ・独り飯を頰張る後輩くんに、ずいっと、でかめのタッパーを差し出した。

「やったぁ! いつもゴチになります! 」

「うわっ! うめーっ! 」

当然、俺の自慢の好物達だ。後輩の机は、ちょっとした戦場と化す。


さぁ、俺も頂こう。


まずは、卵焼きから。毎度の事ながら、絶妙なふわふわさ加減と、出汁のきいた甘じょっぱさが最高だ!この一口で、ご飯が三口は進む。


お次は、大好物のエビチリだ。


あっ……


ぷりっぷりのエビに絡む甘めのチリソースに、俺のほっぺたは、完落ちした。


さらにさらに、南蛮漬けを──

気が付くと、あっという間に完食してしまっていた。

「ごちそうさまでしたー! 美味しかったです! 」

後輩に渡したタッパーも、洗われて帰ってくる。

「どれが一番美味かった? 」

「卵焼きと、エビチリと、南蛮漬けと、肉じゃがと、」

「全部じゃねーかっ! 」

同僚の一言で、フロアがどっと沸いた。


『美味しかった! 』

俺はデイリークエストをこなす為、スマホを操作する。即、返信がきた。

『どれが一番美味しかった? 』

『全部! 』

『えー、 またぁー? 笑 夜は何が食べたい? 』

『カレー 』

『流石親子。優太と同じこと言ってる。午後も頑張って! 』

『ありがとー! 愛してる』


これで俺は、また午後も戦える。





今日も今日とて、夜の街並みを眺めながら、悠々と歩いて帰路に着く。行き交う自動車に、街路樹を照らす橙色。人がめっきり減った公園のパンダさんだって、顔をらんらんと輝かせて淡い星空を眺めていた。


仕事帰りの住宅街。駅から歩くこの家路が、俺はたまらなく好きだ。公園に併設した運動場からは、サッカー少年たちが続々と帰っていく。

「じゃぁねー」

「ばいばい」

「またあした~」

「あっ、すみませんっ! おいっ、お前らちゃんと前をみろよー」

「あっちだ。あっちいこーぜー」

「今日の晩御飯なぁに? 」

「ハンバーグ」

「やったぁっ! いそげー! 」

大人も子供も、みんな、浮き足立ってみえる。そして、俺も浮き足立つ!


程なくてして我がマンションが見えてきた。インターフォンを鳴らす。

待っていましたとばかりに開く自動ドア。

ドタバタと床を鳴らす音まで聞こえてきた。

俺だって、エレベーターさえも待ち遠しい。たまらず、外階段を駆け上がってしまう。


玄関錠が回される音がして、扉が勢いよく開いた。

「パパ、おかえりっ!!!! いっしょにあそぼー!!」

ガシッと、下半身が心地よくロックされる。同時に、香辛料のいい香りが上半身を包み込んだ。


『──俺、TUEEEEっ! 』

思わず、天に向かって『秘密』の合言葉を叫ぶ。


「貴方、お帰りなさい。優太、ほら、パパは疲れてるのよ」

「ええー、ねぇ、パパ、つかれてないよね? あそんでいいでしょ」

「ああ、いいよ」

「やったぁ! ママ~、パパつかれてないって~」

「ふふっ、良かったわね。カレーができるまでよ~」

「はーいっ!! 」


『やっぱり、俺、TUEEEEっ! 』

再び、叫んでいた。


「パパっ、ヒーローごっこしよっ! 僕とパパがヒーローで──」


〈終〉


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