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Take On Me 3  作者: マン太
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8.思いの方向

「分かりやすいよね~」


「へ?」


 ダイニングテーブルで肘をつきながら、ホットミルクができるのを待っていた亜貴は──このホットミルクだけは、亜貴たっての希望で、俺がいる時のみ俺が作る事になっている──リビングのソファで話している二人に目を向ける。

 俺もつられる様に、小鍋に入れた牛乳をかき混ぜながら、そちらに目を向けた。

 話しているのは岳と七生だ。

 真琴は今日も仕事で遅くなるらしい。夕飯はなしとなっていた。

 それで、リビングにはコーヒーを淹れたついでに話し込んでいる、七生と岳のみがいたのだ。

 七生は写真に興味があるらしく、撮り方やどんな機種がいいのか、色々熱心に尋ねている。


「あれ、あからさまに兄さんにアピールしてるよね? 好きですぅって」


「べ、べっつに、普通に会話してるだけだろ?」


 俺は気にしない風を装いながら、そう口にしたが。亜貴は流し目で視線を投げかけて来る。


「ふーん…。大和、余裕だね?」


「余裕もなにも、な、七生は…違うだろ?」


 俺は亜貴の前に、作りたてのホットミルクをコトリと置く。


 いや、完璧に岳が好きだ。


 それに、俺は実際余裕の余の字もない。

 焦りまくり、ハラハラしまくりだが、手の打ちようもなく、ただ見ている事しかできないのだ。

 七生に岳は俺のものだから手出しするなと宣言したり、泣いて七生をどう思っているのかと岳を問い詰めたり。そんな事が出来るはずもなく。

 今、分かっているのは、岳が七生を好きにならない限り、二人の間に何か展開があるとは思えないと言うことだ。

 いくら七生がぐいぐい来たとしても、岳が好きでもない相手に手を出すわけがないのだ。昔とは違う。


 昔の岳だったら、速攻、手、出してたよな?


 俺と知り合う前の岳。

 皆の話を総合すると、過去の岳なら、あそこまで綺麗系な七生を放っておくわけがない──が、これは俺の誤解で、岳は後腐れのない相手のみと付き合っていたらしい。七生は後を引きそうなタイプの(マジになってしまうタイプだ)、ないだろう、とは、のちの真琴の談だった──けれど、今の岳は違う。

 俺と出会って、好きになってくれて。俺しか眼中にない──はずだ。

 岳が他に目を向けるというなら、それは俺を好きでなくなった時だけ。

 今の所、それはない。だから、何も不安になることはないのだが。


「七生は兄さんにぞっこんだって。見てれば分かるもん。…けど、兄さんも倖江さんの手前、冷たくあしらえないしね。七生もいい奴だし。…でも、あれはないよね」


「仕方ない…。承知の上だ。岳がモテんのはな…」


「あ! やっぱ、大和、よゆー」


 ホットミルクに口をつけながら、亜貴が意地悪くニッと笑む。俺はその向かいでフン! と腕組みすると。


「岳と俺は、強ーくて深ーい絆で結ばれているんだ。他の奴と話しているくらいで動揺なんかしねぇ!」


 嘘だ。


 がっつり動揺してる。


「いいよ。別に兄さんが他に手を出したって。そしたら、大和は俺のものだもの」


「亜貴…?」


「そんな冗談って思ってるだろうけれど、誰も未来の事なんてわからない。決まってなんていないもの。大和が兄さんとだけなんて、そんなこと分からない。だから、俺との未来だってあるはずだよ?」


 亜貴は本当にブレない。

 身近にもっといい奴がいるんじゃないのかと思うが、自分の気持ちに気づいてからは、それをストレートにぶつけてくる。

 俺はいつもはぐらかしたり、宥めたり、それで胡麻化しているのだが、まったく効かないのだ。

 もちろん、亜貴に告白してくる女子やなんとなくアプローチしてくる男子はいるらしい。


 黙ってりゃ、それなりだしな。ない方がおかしいって。


 そんな彼女彼らをふって、俺を見てくる。


 いやいや。亜貴。人選を間違えている。俺は亜貴がそこまで思うほどの相手じゃない。


 きっと執着の一種だと思っている。初めて意識した同性だから、気になってしまうのだろう。


 てか、亜貴のクラスメートとか部活仲間とか。結構、いい線行ってるやついるぞ? 


 いつか、見せて貰った修学旅行の写真は、女子も男子も粒揃いだった。そこから相手を選んで付き合えば楽しい青春が過ごせるだろうに。

 亜貴はこの頃また身長が伸びた。それまで肩まで伸ばしていた髪もバッサリ切って、すっかり凛々しくなっている。

 将来有望。周囲が放っておくはずないのだ。


「亜貴…。何度も言っているが、俺は岳と付き合ってる。他に目を向ける余裕はない。こんな俺を思っていても、時間を無駄にするだけだ。もっといい奴が傍にいても見逃している可能性もある。だから──」


「それ、もう聞きあきたって」


 亜貴は飲み終えたカップをテーブルに置くと、つまらなそうに前髪をくるくると弄ぶ。

 

「そうは言うけどな──」


「俺が誰を好きでいたって、これは自分で選んだんだし、俺の好きでいいはずだよ。時間を無駄にしてるかどうかだって、俺がそう思っていなければ、そうじゃないし。無駄かどうかは自分で判断するもの。──大和に言われたくない」


「まあ、そうだけどさ。俺としては心配なだけで…」


「俺は大和が好きだし、大和だって、兄さんには及ばないまでも、俺のこと好きでいてくれるでしょ?」


「…ま、まあな…」


「なら、ゼロじゃない。──あんまり、受験生をいじめないで欲しいな。これでも結構追い詰められているんだからさ」


「ご、ごめん! つい──」


 焦り出す俺に、亜貴はにっと笑むと。


「ごめんって、思うなら、お休みのキスしてよ。頬っぺたでいいからさ」


「──!」


「外国のひとたち、良くしてるじゃない。頬にちゅって。あれくらいなら挨拶なんだし平気でしょ? ストレスも一気にふっとぶんだけどなぁ…」


 亜貴は上目づかいで見上げてくる。


 くそ。ぶち可愛いな…。


 いや、見た目だけだが。


 挨拶って、確かにそうだけど、俺がやるのはなんか違う。けど、ストレスがふっとぶ、か…。


 確かに受験を控え、ピリピリした空気は亜貴から感じてはいる。医学部を狙う亜貴はそれなりに神経をとがらせている様で。


 頬っぺたにキス──。頬なら──いいのか?


 と、突然、背後からぬっと影がさし、背中にズシリと重みが加わった。


「なしだろ? 頬だろうと頭だろうと、手の甲だろうと。キスは禁止だ」


 岳だ。いつから聞いていたのだろう? 


 岳の腕が俺の首筋にくるりと廻り、背後から抱きすくめてくる。


「ケチ。大和がするならいいじゃん」


「余計にダメだ。こいつのストレスを考えろ。大和は外国人じゃない。キスの習慣なんてないんだ。それを、無理強いするってのは──エゴだな?」


「…ふん! 兄さんは勝手だよ。自分のことは棚にあげて、大和を独占しようとするんだから」


「それはどういう意味だ?」


 岳の声音が幾分低くなる。

 亜貴はちらと背後のソファをみやった。そこにははらはらしたようすでこちらを見つめる七生がいる。


「分かってるはずだけど…。まあ、いいや。なにかあっても、俺がフォローするから。──おやすみ」


 それだけ言い残すと、亜貴はリビングを出ていった。


+++


 入れ替わりに帰ってきた真琴が、リビングに入ってくる。


「なんだ? なんの騒ぎだ?」


「…別に。イラついてるだけだろ?」


 岳は俺を更に抱きしめると、そう答えたが。その表情はどこか暗い。まさか、俺のことで兄弟喧嘩してましたとは言えず。

 俺は空気を変える様に、別の話題を振った。


「真琴さん、お腹減ってないか? 簡単なものなら作れるけど」


 言いかけた所を七生が会話に加わってきた。


「大和さんはもう休んでください。岳さんも。僕、代わります」


 あのやり取りだ。七生なりに気を使ったのだろう。真琴は空気を気にかけながらも。


「ああ…。そうか。すまないな。実は飲みに付き合ったお陰で食べそこねてな…。お茶漬け程度でいいから何か食べられれば──」


「お茶漬け…?」


 七生は小首をかしげる。そうか、七生にはまだ教えていなかった。


「今日は俺がやる。隣で見てて次から同じように作ってくれれば──。って、岳、いい加減、腕離せよ。先に部屋で休んでろって」


 俺がぽんぽんと腕を叩くと、ふうっと大きなため息をつき、ようやく腕をほどいた。


「部屋で待ってる…」


「了解。じゃ、七生、そこのどんぶりとって」


「はい!」


 すごすごと部屋に帰る岳が気になりながらも、俺は七生へすぐできる簡単お茶漬けレシピを伝授した。

 青じそと白いりごまが肝の簡単お茶漬けだ。サケのフレークや蒸した鶏ささみを乗せ、お茶ではなく、鳥の顆粒スープを使う。ショウガやわさびを添えてもいい。煮込めば雑炊になる奴だ。


「ありがとう」


 出来上がったものをテーブルの前に置くと、真琴は嬉しそうに笑んで手を合わせてから口をつける。久しぶりに誰かに作った気がした。


「…美味しい。ほっとするな」


「そうか? 誰が作っても失敗なしのレシピだけどな?」


 時にはキムチを乗っけたりするから何でもありなのだ。


「大和が作ったからいいんだ。疲れが取れるよ」


「ふ、ふーん…」


 微笑む真琴に、照れて頭をかく。

 傍らでそんな様子をじっと見ていた七生は、片付ける段になって。


「いいな…」


 ぽつりと呟いた。

 俺はどんぶりを洗っていた手を思わず止め、傍らに立つ七生を見る。真琴は既にリビングを離れシャワーを浴びに行っていた。


「なんだ? どうしてだ?」


「僕の時は皆、美味しいって言ってくれますけど。あんな風にほっとしてくれないなぁって…」


「ああ? って、七生の作ってくれる料理は全部美味しいって。同じだよ。皆、喜んでる。要は過ごした時間の問題だろ。な?」


 真琴はただ、美味しいと、ほっとすると言っただけだった。それが特別だとは思わなかったのだが、七生は違うらしい。


「ううん…。まだまだ、僕は馴染めてないんだなぁって思います…」


「そんなこと、ねぇって! 一緒だって。考えすぎだ。七生のご飯、美味しいって」


 必死に言葉を言い募るがいい言葉が見つからず、ただ美味しいを繰り返すことしかできない。そんな俺に七生は悲しげにクスリと笑うと。


「やっぱり、大和さんは──いい人ですね…」


 うわ。切なげに笑うのまで絵になってる…。

 

 可愛いって得だよな? 


 七生の可愛いのはあざとい奴じゃない。素だから余計に響くのだ。これで頼られたら堕ちない奴はいないんじゃないだろうか?


  ん? って七生はストレートか…?


 そういえば、聞いてはいない。というか、聞くべきことでもない気がして。

 なんとなく、岳への態度から気にしないタイプ、もしくは同性への思いが強いタイプかと思い込んでいたが。

 七生はつけていたエプロンを外すと、それをギュッと握った。そうして、意を決した様に口を開く。


「…あの、僕──」


「大和」


 七生が言いかけたそこへ、部屋に戻ったはずの岳の、恨みがましい声が重なった。

 なかなか戻ってこないのにしびれをきらしたのだろう。リビングへ顔だけ見せた。


「今、行く! 七生。続きはまた明日な?  あんまり思いつめるなよ?」


「うん…。ありがとう、大和さん」


 七生は笑顔で俺と岳を見送った。




 部屋に戻った途端、岳が抱きついてきた。


「うお…!」


 全体重をかけているのではと思うほど。


 結構、苦しいんだが──。


「…大和。どっかに閉じ込めていいか?」


「岳?」


「誰にも、触れさせたくない」


「んだよ。俺に触るのは岳だけだろ?」


「誰にも、やらない──」


 言うと、ぎゅっと抱きしめ、身体を抱え上げてしまう。流石に様子がおかしい。


「岳…っ」


 俺はギブギブと岳の背を軽く叩くが。


「大和。俺から離れないでくれ。──頼む」


 突然、切なげな声でそう口にした。


 な、なにをバカな。


 何でそんな事を言うのか分からない。俺はあっぷあっぷしながらも。


「岳。俺をみくびるな。岳が俺を嫌わない限り、俺は離れない。ハブクラゲの触手並みだ。しつこいぞ?」


 それでようやく岳は吹き出した。


「…ったく。これだから──」


 言うと俺を抱えたまま、ベッドへダイブする。


「おわっ!」


 岳は俺を腕の中に閉じ込めると。


「…絶対、離さないし。誰にもやらない」


「ん──っ…!」


 いつになく長く深いキスだった。

 その時の俺は、どうして岳が突然そんな事を言い出したのか、全く分からなかった。


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