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Take On Me 3  作者: マン太
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7.いつものレシピ

「あの、いつも食べてるおかずのレシピ、教えてもらえませんか?」


 山小屋から降りて来たその日、出された麦茶を飲みつつリビングのソファで一休みしていると、七生が思い切った様に尋ねて来た。岳は隣の棟で仕事中だ。


「俺の、作ってる?」


「ハイ! 僕のレシピばかりだと、どうしても洋食に偏ってしまって。それにやっぱり、普段食べてたものの方が食も進むだろうし…」


七生のここの所の悩みは、皆がお代わりしてくれない、というものだ。

 残さず食べてくれるのに、お代わり、と聞かないのだと言う。

 確かにここ最近、食べ盛りの亜貴もお代わりを口にしない。なぜだろうと思えば、七生のいう通りなのかもしれない。

 七生の作る料理はかなりのものだ。素人の俺が食べたって、このままレストランに出してもいいのでは? と、思うほど。丁寧だし飾りつけも見事だ。まるでプロの料理の様で。

 ただ、俺があまりに素人臭い料理を出すうちに、そっちに舌が馴染んでしまったらしく。素人然とした俺のハンバーグやコロッケ、煮魚にシフトしてしまったらしい。

 七生の判断は正しかった。


「おう、分かった。で、何がいい?」


「この前、リクエストありますかって聞いたら、岳さんが麻婆豆腐食べたいって。真琴さんはコロッケで、亜貴さんはトマトカレーって」


「んじゃ、冷蔵庫見て今日作れそうなの決めるか」


 最近、買い出しにも出ていないため、すっかり冷蔵庫の在庫がどうなっているか分からない。休憩を切り上げ、腕まくりしつつ冷蔵庫に向かえば七生が。


「えっと、その…絹ごし豆腐と豚ひき肉はあります!」


「じゃ、岳のリクエストからって──、初めからそのつもりだったのか?」


「…はい。実は。まずは胃袋を掴まないとって」


 掴む。うむ。掴むね。そうだよな? 


 雇い主の機嫌を取るのは大事な事だ。この家の家主は今のところ岳となっている。その岳の不興を買うわけには行かない。


 で? 胃袋掴んで、その後は?


 …余計な事を考えるのはよそう。俺の考え過ぎだ。真琴や亜貴に対しても同じ様にするのだし。岳限定じゃない。


「岳、麻婆豆腐好きな癖に、豆板醤の辛いの苦手なんだよなぁ。意外にお子様なんだ。舌が」


「…みたいですね」


 クスリと笑んだ七生の頬が赤く染まっていた。既にリサーチ済みか。

 うーん。可愛いのが頬を染めると余計にかわいさが増すな。


「舌だけじゃなくてさ。あんなに大きな図体してんのにさ、子どもっぽい所が多くて──」


「誰が子どもだ? お子様に言われたくないな」


 ぽすりと大きな掌が頭の上に降ってきた。


「岳さん?」


 隣の七生が驚く。

 俺も驚いて背後を振り返ろうとすれば、背中から抱きすくめられ身動きが取れなくなった。


「岳。これから夕飯の支度だ。邪魔すんな」


「今、クライアントが帰って休憩中」


「なら、そこのソファに座って休めよ。コーヒー飲むか?」


「いい。すぐに戻る」


 言いながら抱きしめたまま頭に頬を寄せて来る。


 一応、隣に七生がいるんだが。


 恐る恐る傍らを盗み見れば、七生はこちらを見てはいなかった。

 視線を伏せ手元を見つめている。その唇はきっと引き結ばれていた。まるで何かを堪えている様で。

 俺は首をかしげる思いでその様子を見つめていたが、


「なに、ぼうっとしてるんだ? よそに気を向けるなよ。俺がいるのに」


「岳。七生が困ってるだろ? 亜貴にも良く怒られてるし。皆のいるまでいちゃつくなって」


 前はこんなふうに、七生の前でおおっぴらにスキンシップしてこなかった。岳は傍らの七生を見やった後。


「すまないな。七生。俺は大和に触れていないと禁断症状が起きるんだ。そう言う病気でね」


「あ! いいえっ、その、僕は──気にしないんでっ! 大事ですから。スキンシップは…」


 顔を真っ赤にした七生はこちらをちらとも見ずに、冷蔵庫から豆腐を取り出し準備に取り掛かった。

 と、慌てていたせいで、取り出したばかりの豆腐が手から滑り落ちる。


「あっ!」


 七生は声をあげた。しかし、床に落下するかと思われたそれは、人の手の上に着地する。

 落としかけた豆腐を、岳が見事背後から手を伸ばし受け取ったのだ。


「…セーフ。落としたら、夕飯は絹ごし豆腐の白和えだったな?」


 うーん。それだと主菜を考えないとな。俺は目を細める。


「あ、ありがとう──ございます…」


 岳は背後から七生を支えるようにして立っている。まるで先ほどまでの自分と岳のよう。七生の顔は真っ赤だ。


 てか、俺より。


 絵になってる。カッコいい岳と可愛い七生。まるでべたなドラマの一場面だ。新婚さんのいちゃつきの図。くそう。

 俺は気を沈めるように一つ深く息を吐き出した後。


「──じゃ、作るか?」


「あ、あっはい! 岳さん、有難うございました!」


 急いで岳から離れると、豆腐を受け取り俺の隣に戻ってきた。岳はなぜかそんな七生を見つめていたが。


「いや。じゃ、俺は戻る。──大和」


「なんだ?」


 顔だけ声のした方に振り返れば、すっと、腕が伸びて俺の顎を捉えてきた。そうして、あっという間に唇にキスが落ちてくる。

 軽い奴じゃない。うちゅと音がしそうなくらいの奴だ。


 たーけーるー。


「っ──岳…!」


 俺はなんとか岳の胸を押し返すと。なぜか真剣な眼差しを向けてきて。


「大和…。愛してる」


「はっ?!」


 な、七生もいるのに…! なぜ、今。ここで? どのタイミングだ? そんな雰囲気だったか? いや、違うだろ? 


 夕食の支度をしようって段階だ。包丁もって、まな板に向かうって時に、どこにも、ロマンスのかけらもなかったはず。

 人前でこんな事を言われたのは初めてだ。

 岳は怒り出した俺に笑いかけると。


「じゃあな。また後で…」


 額にキスを落としてから、漸く腕の中から俺を解放してくれた。


「岳っ!」


 俺は去って行く背中に抗議の声をあげたが、岳は片手を上げて見せただけで、取り合わなかった。


 もう、なんなんだ!


「ごめん、七生。岳の奴、ふざけすぎだ…。いつもはあんなんじゃないのに」


「い、いいえ! 大丈夫です。好きなもの同士なら、当たり前ですから…」


 七生は平気そうに笑いながらも、その表情がひきつっているのが分かった。

 俺は思った。


 七生はもしかして──?



 その後、七生はすぐに俺のレシピを習得し、俺の味を再現してみせた。

 というか、俺の作る料理のレシピは本やネットで見つけた、誰でも出来る簡単レシピだ。回数をこなすうち、食べてくれる人の好みに合うように少し変化はつけるけれど。

 今回の麻婆豆腐は、豆板醤は控えて、少しだけ山椒を多くしている。岳が辛いと言いつつも、山椒の味は好きらしく。変化はそれくらい。これなら、俺が作ったのか七生が作ったのか分からないくらいだ。

 皆の、特に岳の反応も良く。七生はほっとした様子で、次回からも頑張りますと笑顔を向けていた。

 俺のレシピなんて、そのうち全て作れるようになるだろう。それも完璧に。


 これだと、ますます、俺の存在価値が──。


 失われる。

 岳にしてみれば、俺が俺であればいい、それだけだろう。洗濯炊事をやらなくなったからと言って、俺が変わる訳じゃない。関係ないのだろうけれど。


 俺は──気にするんだよなぁ。


 俺の取りえはそれくらい。あとはちょっと腕が立つ位で。その腕だって、ちょっと危うい。岳の危機に直面すると、セーブが効かなくなる。

 こうなると全てまともに機能していないようで。俺的にはまったくの役立たずになってしまった感が拭えないのだ。

 

 それに。


 ずっと気になっていることがある。


 それは──。


 夕食が始まる少し前。亜貴はまだ部屋にいて。真琴は今帰ってきてシャワーを浴びている。リビングにはすでにシャワーを浴び、一息入れている岳がいて。

 俺は隣の棟に干していた洗濯物を片付けに行っていた。

 それも終わり、俺もリビングへ行こうとすれば、その戸口に立っている人間がいた。

 階段を降りてきた俺からその横顔が少し見える。薄暗い廊下から、少し開いたガラス戸の向こうにある、リビングを見ているようだった。


 七生? なんで中に入らないんだろう。


 不思議に思って声を掛けようかと思った時。その表情がなんとも切ない表情なのに気が付いたのだ。

 中にいるのは岳で。きっとソファに座って新聞か雑誌を読んでいるはず。


 それをなんでそんな顔で見つめているのだろう?


 それがどういう意味か、いくら鈍い俺だってわかる。


「大和! なにしてんの?」


「!?」


 びくりと肩を揺らし振り返る。同じく二階から降りてきた亜貴が声をかけてきたのだ。


「な、なんでもないっ」


「へんなの…」


 亜貴の訝し気な視線を受けつつ、すぐさま視線をリビング前に戻したが、そこに七生の姿はなかった。

 しかし。これではっきりした。


 七生は──。



「岳さんて、カッコいいですよね…」


 夕食後、七生と二人で食器を片付けていれば、ぽつりとそう漏らした。俺は焦りつつ。


「そ、そうだな。岳はカッコいいぞ。…ほ、ほ、惚れたか?」


 バカだ。何をきいてんだ。自分で墓穴を掘ってどうする! 


 と、もう一人の俺が心の中でしかりつけるが。七生ははっとして、


「ち、違うんですっ! 一般的に見ても格好いいなって。それだけです。大和さんがいるのに、惚れるとか、ないですっ! 羨ましいなっては思いますけど…」


「そうか。羨ましいか…」


 それは、岳と付き合っている俺が──と、言う事に他ならない。


「岳さんみたいに格好良くて、大人で素敵で。いいなって素直に思います。だから、大和さんは好きになったんですよね?」


「ま、まあな…」


 確かに初めて会った時、格好いい奴だと思った。その容姿に惹かれたのも事実。


 けれど、それだけじゃなく。


 岳といると、リラックス出来たし、安心もできた。岳といると自分がちゃんと自分でいられて。気が付いたら離れられなくなっていた。

 俺は傍らの七生を見つめる。今は懸命に皿についた泡を流していた。


 七生は間違いなく岳が好きだ。


 俺は七生の視線や行動、言葉にそれを感じ取っていた。

 亜貴や真琴、俺の好物もさりげなく作ってくれている。けれど、一番は岳のそれが多くて。


 本人は全否定したけれど。


 俺は心の中で、深いため息を一つ吐き出した。



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