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Take On Me 3  作者: マン太
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5.カワウソくん

 七生が仮ハウスキーパーとして、倖江の代わりにここに居を構え、一週間。朝昼晩、奮闘し出した。

 取り敢えず、俺の休暇中も入る事になって。これは、岳のすすめだった。

 料理の腕前はフランス人の料理家の祖父仕込み、欧風料理はお手の物だった、が。如何せん、掃除が要領を得ない。


「わっ! ごめんなさいっ!」


 今日もどこかでガチャンと音が鳴る。

 休暇で帰ってきた俺は、聞きなれてしまった音に、今日はいったいなんだろう? と、リビングを出て音の方向、玄関へと向かった。

 すると、上がりかまちで七生が、ハンディモップ片手にしょんぼりとしている。その足元には、割れた赤い破片が散乱していた。


「ああ、いいって。気にすんな。壊れるもんだし。破片、気をつけろよ?」


「ごめんなさい…。大和さん」


 シュンとなる七生。耳を伏せたポメラニアンだ。

 破片の正体。それは土人形の赤ベコ。牛の人形でボディは赤く色付けられている。

 旅先のお土産屋で購入したもので。

 通常は張り子で出来たものが多い中、土人形は珍しかった。手のひらサイズ。素朴な風合い、首振りの動きにひと目惚れで。

 が、俺は悩んだ。

 可愛いけれど、かさばるし。部屋に余計なものも増える。それに今まで、自分の為にこういったものを購入した事がない。

 使えないものは買わない。それは中学で家計を支え出した頃から節約のため、自分に課した決まりごと。


 さて、どうしたものか。


 ううむと悩んでいれば、横から岳がかっさらって買ってくれのだ。

 そんな想い出の品ではあったが。


 まあ、こんなもんだよな。


 形あるものは、いつか壊れる。無くなるものだ。


「七生、手で触ると危ないから。後は俺がやっとく。七生は掃除の途中だったろ?」


 七生が手で拾おうとしたのを制すると、


「すみません、いつも…」


「気にするなって。落ちやすい所に置いておいた俺も悪い」


 持ってきた箒とチリトリを使って慣れた手つきでそれらを集める。

 先週は、たまに俺が使うマグカップで──岳のでなくて良かった──先々週はリビングの花瓶──倖江さんがいつも絶やさず、花を活けていたのが、そのまま慣例になっている──その前はいつも皆で使うグラスを一個。

 皆、いつか壊れるものなのだ。それが偶然重なっているだけ…そう思う事にしている。好きで割っているわけではないのだ。

 それに、顔に縦線を入れてすっかり落ち込んだ七生を見てしまうと、何も言えなくなる。


「七生はもう少し落ち着いて、注意して周囲を見た方がいいな?」


「あ…はい。岳さん…」


 同じく音を聞きつけて、仕事の合間立ち寄った岳がそう声を掛けた。

 すっかりしょげ返った七生に、俺はその肩をポンと軽く叩くと。


「気を付けるのを繰り返せば、きっとうっかりも少なくなってくって。次気をつけようぜ」


「はい…」


 七生は頬を赤らめつつもシュンとして、ハンディモップ片手にリビングへと戻って行った。

 チリトリの中には赤べこの頭だけが残っている。俺はそれだけそっと取り出した。

 首の下を削れば、獅子頭のように飾れるだろう。こんな姿になっても思い出の品だ。

 ラッキーと思いながら、掲げていれば。


「それ、どうするんだ?」


 事務所に戻ろうとした岳が目ざとく見つけ、興味深気に尋ねてくる。


「んん? 一応、これ、俺の初おねだり土産だし。下削ってまた飾ろうかなって。獅子頭みたいになるかな?」


 逆に怖いかとも思ったが。岳は肩をゆらしながら笑って。


「…いい案だ。本当、大和は最高だな」


 そう言うと手を伸ばし、俺を引き寄せると額にキスを落とす。


「だろ?」


 岳の腕の中、得意げにそう答えると、ふんと鼻息荒く、赤べこの頭部を見つめる。岳はただ笑んで、そんな俺を見つめていた。


+++


 その後も、七生のうっかりは続いた。

 料理はあれだけ完璧にこなすのに不思議なものだ。

 掃除機をかけては植木鉢をひっくり返し、シーツをベッドから巻き取ったついでに、近くのスタンドをひっくり返し。

 掃除ベタなのではなく、単に慣れていないせいで、うっかりが続くらしい。実家では、料理しかさせてもらっていないと言う。親も見抜いているのだろう。

 ちなみに、一度、例の縫いぐるみ、カワウソくんも捨てられかけた。

 岳の『ライナスの毛布』だ。岳が幼い頃から手元に置いている縫いぐるみ。単なる縫いぐるみではなく、お守りに近いだろう。

 あれは心臓に悪かった。俺にとってあれは俺の分身、眷族、仲間のようなもので。


「あれ?」


 お昼過ぎ、山小屋から自力で戻り──ここ最近は岳が忙しく、お迎えは休みとなっていた。そんな時は徒歩とバスと電車を駆使する──シャワーを浴びようと、一旦部屋に戻り、寝室のクローゼットを開けようとした際、ふと違和感を覚えた。


 いない。


 スタンドの下に鎮座している奴がいない。

 俺は急いで階段を駆け下り、隣の棟で掃除中だった七生に声をかけた。


「七生。さっき俺達の部屋、掃除したか?」


「あ、はい。軽く掃除機かけました」


「その時、何か捨てたか?」


「はい、ゴミ箱にあったゴミと、落ちていたゴミをまとめて捨てました」


 それだ!


「で、そのゴミは?」


「明日、出すように勝手口の方にまとめて置いて──」


 最後まで聞かずに、俺は勝手口に脱兎の如く向かった。そこには、二袋にまとめられたごみがある。


 良かった。


 俺はホッとしながらも、すぐに奴の捜索に取り掛かった。

 あれでもない、これでもない、と野良猫よろしくゴミを漁る。と、二つ目の袋の底に、他の埃と一緒くたになった奴がいた。

 手足がもげないよう、他のゴミを避けながらそっと取り出す。どうやら奇跡的に何処にも欠損はないようだ。


 良かった。ほんと…。


 確かにこいつは既に灰色の塊と化していて、元の姿がなんだったのかよくわからない。最近はペンギンにも似てきたと思っていた。

 それでも、これは岳にとって大事な、いや、俺にとっても大事なお守りなのだ。自分自身と言ってもいい。

 俺はその後、コツメと一緒に入浴した。

 お風呂につかりつつ、コツメをそっと、薄く洗剤を張った湯につける。

 心もとない目鼻のパーツが取れそうで怖かったが、取れたら取れたで付け直せばいい。そっと押し洗いを繰り返し、漸く綺麗になった。しかし。


「なんだよ。洗ってもグレーかよ…」


 風呂から上がって自分の身体を拭くのもそこそこに、タオルドライし、洗面台の上に置いた。

 確かにグレーは、すこし艶のあるグレーになったが、茶色はすでに退色していたため、もとの茶色いボディーに戻ることはなかった。

 顏や鼻のパーツもなんとか無事で。手足もまだくっ付いていてくれた。ほっと息をつく。

 そうして、また定位置に戻ってきた。

 中身もヘタっているため、乾きは早い。日中の天日でしっかり乾かしたそれを、今度は間違って捨てられないよう、ジャムの入っていた大ぶりの空き瓶に入れて置くことにした。

 もう少し乾燥させるため、今は蓋をあけているが、蓋を閉じれば完璧。

 これなら、埃もかぶらないし落とせばわかるし、流石にごみと間違える前に、ガラスに入っている時点で気付くはずだ。


 ちょっと、息苦しそうではあるけどな。


 ホルマリン漬けのコツメカワウソ…。想像しただけでブルッとする。あり得ない。

 つい、瓶の蓋に空気穴でも入れた方がいいかと思ったが、相手が人形だと思い出し、それは止めて置いた。

 七生には黙っておいた。言えば、シュンとなるに違いない。どう見てもパッと見、ゴミと見紛うばかりなのだ。仕方ない。

 しかし、岳は気がつく。それはそうだろう。

 寝る段になって、風呂から上がって来た岳は、寝室に入るなりスタンド下のカワウソに気がついた。


「あれ? 何でこいつ、ビンに入ってんだ?」


「この方が、埃かぶらないだろ? 中に防虫防カビ剤も入れたし。完璧」


 ベッドに寝転んでいた俺は、起き上がると胸を張って答えるが。


「それに…綺麗になってるな」


「汚れが気になってさ。前から洗おうと思ってたんだ」


 手がもげそうだから、洗えないなーとぼやいていた事は忘れていて欲しい。


「…そう言えば、七生がお前が帰ってきた早々、掃除をしたかどうか尋ねられたって言ってたな。その後、血相変えてどっかに消えたって言ってたけど…。何かあったのか?」


 チラと岳の視線がコツメに向けられた。

 岳の中でコツメカワウソの瓶詰めと、それとが何か繋がったらしい。

 が、まさか、捨てられかけたとは言えない。

 岳にとっても、このぬいぐるみは大事だろう。それを捨てたとなれば、七生の印象が悪くなる可能性がある。

 岳と気まずくなるのは、七生も嫌だろう。

 俺は素知らぬフリを通した。


「な、何もねぇって。別に血相変えてなんか──」


 すると、岳がピンと額を軽く弾いて来た。


「ウソつけ」


「って。んだよぉ」


 俺は弾かれた額を押える。

 と、岳は俺の隣に座ったかと思うと、ギュッとハグしてきた。そのまま、ギュウギュウと腕の中に閉じ込めてくる。

 流石に苦しい。岳も鍛えているから、腕の力も手加減しないと相当なものなのだ。


「く、苦しい…。窒息する…」


 このまま天国に旅立つのも幸せな気もするが、まだもう少し、岳と過ごしたい。


「ごめん」


 言いながら、腕の力を弛めてくれたけれど、抱きしめたままで。


「大和…」


「なんだ?」


 岳は俺の頭に唇を寄せながら。


「お前は──優しいな…」


 岳にはすべてお見通しなのだろう。


「…どうだろうな?」


 とぼけて見せれば、岳は笑いながら。


「いいや。優しいよ…」


 言いながら、首筋に幾つもキスを落としてきて。くすぐったい。


「大和、大好きだ…」


 真摯な声音。そのまま、ベッドに押し倒される。

 幸せな時間だった。



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