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Take On Me 3  作者: マン太
47/49

その後2 お願い

大和と真琴のお話しです。

 大和が帰ってきた事で、いつもの景色が戻った。

 賑やかな朝食。笑いの起こる夕食。

 それは、七生がいた時もそうではあったのだが、やはり大和がいるといないとでは、多いに違って。

 なにかがいつも、欠けた気がしていた。

 揃わないジグソーパズルのピースの様な。どんなに美しい景色でも、やはり欠けていては完全ではない。


 朝。今日は遅出の勤務時間で。

 朝食を食べ終え、リビングでコーヒー片手に、立ったまま新聞に目を通していれば、洗濯物が山の様に積まれたカゴを抱え、大和が部屋に入って来た。

 これは真琴と亜貴の分だけだ。自分達の分は、このあと洗うらしい。真琴に気づき声をかけて来る。


「真琴さん。今日の夕飯は?」


 家で取るのかどうか、尋ねて来る。遅番だと言ったのを覚えていたのだろう。

 大和に尋ねられるのが久しぶりで、とても新鮮な気がした。思わず目を瞬かせつつ。


「そうだな…。遅くなるが、家で取るつもりだ。──頼んでいいか?」


 まだ帰って来て日は経っていなかった。大和の体調はいいらしいが、何処か痩せたのは気の所為ではないはず。

 無理は言えない。大丈夫かと様子を伺えば。


「もっちろん。て、気ぃ使いすぎだって。俺だよ? 俺」


 ふははと笑った大和は、洗濯物の入ったカゴを運びつつ、真琴の傍らを通り過ぎざま、腰辺りに軽く自分の腰をポンとぶつけていく。ネコの頭突きの様なものだ。

 

 仕草が──可愛い。


「久しぶりで、何だか調子が狂うな。いつも通りのつもりなんだが…」


「いいって。そのうち、すぐ慣れるって。夕飯リクエストある?」


「そうだな…。遅くなるから、軽めでいいな。麺類でいい」


「了解! あったまるの、作っとくな」


「ああ、頼む…」


 そのまま、大和は洗濯物を干しにベランダに設置されたサンルームへと向かう。

 寒い時期には、このサンルームが重宝した。

 外気だと乾き辛い厚い布地も、ここなら日差しさえあればきちんと乾く。


 眩しいな。


 鼻歌交じりに洗濯物を干す大和は、朝の日差しを受けて、輝いて見える。と、言うより。真琴には日の光がなくとも、輝いて見えていた。

 やはり、大和は特別なのだと思う。

 こうして、見惚れてしまうのが証拠だ。

 度々の事件を乗り越えるごと、思いが増して行った気がする。


 傍にいて欲しい。


 勿論、大和には岳がいる。具体的に手を出すつもりはないが、この状況は維持したいと思っていた。付かず離れず。


 当分はこのままで──。


 そうして暫しそんな大和を見つめていれば。おや、となにかに気づいて、ムムッと顔をしかめたあと、ニンマリ笑った大和は。


「真琴さん! 結構、攻めるね~!」


 そう言って、顔の前で大和がピラリと広げて見せたのは──。


「…大和。違うんだ。それは──」


 真琴は額に手を当てる。


「いいって! てか、実際、履き心地、どうなの? これって」


 大和が今、手にとってまじまじ見つめているのは、前だけ布地があり、後はヒモ状になっている、いわゆる紐パン、セクシーパンツだ。色は濃いパープル。

 亜貴のものではないと判断したのだろう。だとすれば、持ち主はひとり。

 どうしてそんなものが、洗濯物に紛れたのか。

 遡ること数日前。職場の同僚らと飲みに出た。大きな案件が終了を迎え、ひと息入れるお疲れさまの会だ。

 大和は既に何処かで岳と共にいた頃で。

 以前なら断ったが、その日は参加したのだった。

 四次会辺りで──この辺から記憶が曖昧になる──同僚の一人が、いわゆるゲイバー、しかもドラァグクイーンが大勢いる店へと行くと言い出したのだ。

 同僚の友人が経営しているのだと言う。

 ドラァグクイーンはかなり派手だ。店のスタッフは半ばそれで、かなりの押しに記憶が飛んだ。

 気がついた時には、タクシーの中で。

 異様なポケットの膨らみに気づき、一つ取り出すと、それは件のセクシー下着で。

 ポケットというポケットに、見たことも履いたこともない布の切れ端に見えるそれが突っ込まれていたのだ。

 タクシー運転手が見せた、見てはいけない物を見てしまったという表情を、今も覚えている。


 どれだけ、恥ずかしかったか。


 大和が手にしているのは、その時の名残り、取り出し廃棄した筈のそれだ。ハンカチに紛れていたのかもしれない。

 奴ら、どうしてこんなものが下着になるのかと言うほど、布地が少ないのだ。丸めたマスク以下だろう。簡単にどこぞへ紛れてしまう。


「てか、これでさ、どうなるの? どうやってつけるのが正解?」


 大和は紐状のソレをあっちこっち広げて見せ、最終的に自分の身体に当てて見せた。


「おわっ! って、これで正解っしょ? な? 真琴さんっ!」


 嬉しそうにこちらを見上げて来るが。


 頼む…。大和。それだけは──やめてくれ。


 多分、暫く白昼夢でも出てくるだろう。ソレを身に着けた大和の姿が。真琴は気を取り直すと。


「…大和。それは同僚がフザケて入った店で、悪戯で持たされたものだ。勝手にポケットや鞄に突っ込まれた。その内の一つだ。全部捨てたと思ったが、残っていたらしい…」


「え?! そうなのか? 真琴さんが履いてるんじゃないのか?」


「ああ。俺は履いたこともない──」


 そこでふと、悪戯心が芽生えた真琴は。


「──それ、大和にやろうか?」


「ええっ! 俺? 俺じゃ似合わないって」


「なら、履いてみるといい。それに──履いたら、どんな状態になるか知りたいんだ」


「えっ!? って、そんなら自分で履けば…」


「そうなると、全体像が分からないだろう? 俺と二人きりなら別に恥ずかしくはないはずだ。どうだ?」


 ウググと唸って見せたあと、大和は顔を真っ赤にしつつ。


「…真琴さん。からかって楽しんでンだろ?」


 真琴はクスリと笑う。その通りだ。だが、真剣なふりを通す。


「多いに真面目だ。──まあ、無理にとは言わないさ。さて、そろそろ出勤の時間だ。じゃあ夕食、頼んだ」


「り、了解…」


 何処か悩む様にして、大和はそう答えた。

 真琴にしてみれば、本当にちょっとからかってみただけだったのだが。


+++


 その日の仕事を終え帰宅する。時刻は夜十時を回っていた。それでも早く帰って来た方だ。

 

「ただいま…」


 玄関ドアを開ければ、遅い時刻なのに大和が出迎えてくれた。


「お帰り!」


 手を差し出し、カバンを受け取ってくれる。岳は既に部屋に戻っている時刻だろう。


「さ、先にシャワー? とも、メシ?」


「夕飯を先に頼む」


「りょ、了解!」


 大和は何処かぎこちない。

 何だろうと思いつつも、用意してくれた、野菜たっぷり味噌キムチうどんを食べ──大和の作ったものは、やはり美味しいし心が温かくなる。好意をもつ贔屓目もあるのかと思うが、プラス効果があるのだと思う──シャワーを浴びに行く。

 夜遅く帰って来た時は、シャワーで済ませてしまうのが常だった。シャワーを浴び終え、ドライヤーで髪を乾かしていれば、ドアをノックする者がいる。


「真琴さん…、ちょっといいか?」


「ああ? いいぞ」


 大和だ。答えると大和がおずおず入って来る。そうしてドアを後ろ手に閉めると、俯き加減で徐ろに口を開いた。様子がおかしい。


「…その、さ。朝、言ったろ?」


「朝?」


 さて、何だったかと、思考を巡らせていれば。


「どんな風になるのか、見たいって。だから──」


 そう言うと、大和は覚悟を決めた様に、徐ろに履いていた寝巻き用のスウェットパンツを脱ぎだした。


 ん? ああ、見たいとは──アレの事か─…。


 そこで、!? っとなる。


 確かに言ったが、あれは冗談で。


「大和。あれはやっぱり、からかった──」

 

 んだ、と言いかけた真琴の前には、すっかり下を脱いで、下着一枚になった大和がいた。

 腰は細い紐状で、前に辛うじて大事な部分を隠す布地がある──紐パンだ。


「こ、これで──正解か?」


 一回転してみせたあと、上目遣いで恥ずかしそうに尋ねて来る。


「──」


 やめてくれ。──頼む。


「その…。普段、迷惑ばっかりかけてるだろ? 着けた状態が見たいって言うなら、真琴さんが言うように、男同士だし、別にいいかと思って…。これで、いいのかな?」


 真琴の頼みなら、聞かない訳にはいかない。──そう考えての事だろう。


 しかし、これはキツイ。


 正直、このままでいいと思った意志が揺らいだ瞬間でもあった。無論、誰でもいいわけではない。大和だからキツイのだ。


「…ありがとう。大和。履くとどうなるか、良く分かった。もう、下を履いてくれていい…」


 真琴はなるべく大和から視線を反らし、直視しないようにした。


 その後、スウェットパンツを履き直し、それを履いたまま部屋に戻った大和は、岳に二度とその姿を他の奴に見せるなと、念を押されたらしい。

 当分の間、大和のセクシーパンツ姿が頭から離れず、心揺さぶられた真琴だった。

 これも、大和が戻って来た、日常のひとコマだ。



ー了ー

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