その後1 ラーメン店主
大和、岳、七生が主なお話しです。
七生の送別会及びお疲れさま会が、真琴の友人が経営しているレストランを貸し切って行われた。
こじんまりとした、洋食レストランだ。
参加したのは、俺と岳、真琴に亜貴、祐二に藤。後はスタジオ・キタムラに務めるスタッフ三人。
ただただ、気楽に楽しく、愉快に時間は過ぎて行った。
「今日は本当にありがとうございました」
会が終わり店の外に出ると、七生が声をかけてきた。俺は会計を済ませていたため、皆より出るのが遅れたのだ。
「七生も、お疲れさまだったな。こっちこそ、色々助かった。…ありがとな」
真琴や亜貴、スタッフらの背中は既に遠くなっている。二人は先に帰ると言っていた。藤の姿は等に見えなくなっていて。
岳は──。
「七生は次の仕事はいつ始まるんだ?」
同じく出てくるのを待っていた岳が声をかけた。岳は手にしていたマフラーを、俺の首にキュッと巻きつける。
「来週からです…。厨房とウェイターもやるので、きっとバタバタです」
俺はその言葉に身を乗りだす様にすると。
「そっか。忙しくなるな…。じゃあさ、忙しくなる前に、行くか? 当分、休みらしい休みも取れないだろ?」
「行くって?」
キョトンとする七生に俺はニッと笑むと。
「約束、したろ?」
「約束?」
で、俺は岳も引き連れ、とある場所に向かった。
「ヘイ、いらっしゃい!」
店内からは威勢の良い声が聞こえて来た。
「ここか…」
岳が暖簾を前にややうんざりした表情を見せる。殆ど毎週顔を出しているのだ。流石にまたか、となるらしい。
「ここ…」
七生がじっと暖簾を見つめる。そこには『ラーメンまき屋』とあった。
「約束したろ? 牧のラーメン、食べようって。当分、時間作れないだろうし。もう、食えねぇか?」
「そ、そんな。食べられますっ」
「よしっ! じゃ、行こうぜ」
何処か七生が涙ぐんだ様にも見えたが、気の所為だろう。
+++
暖簾をくぐり、引き戸を開けると、
「いらっしゃい!」
威勢のいい声が響く。
こいつ、声だけは男前何だよな。
牧は俺と同じく、三枚目な奴なのだが、声だけ聴くと、どこの俳優か、バリトン歌手かと思うほどいい。低くて響くのだ。
俺と同じ、ちびっ子キャラの癖に。
「──って、大和かよ…」
俺の姿を認めて、うんざり顔になる。すっかりヘアスタイルは以前のスキンヘッドに戻していた。つまらない。
「んだ? 岳もいるし、今日はお客、連れて来たんだ。入れよ、七生」
「は、はい…」
「客?」
おずおずと遠慮がちに入って来た七生は、ゆっくりと牧に視線を向けた。
そこで、バチリと牧と目が合う。途端に七生の頬がボボっと赤くなった。
俺は、はて? と、首をかしげる。
「…ンだよ。カワイイ女のコじゃねぇのかよ」
牧は特に反応も見せず、そう言うとまた手元に視線を戻した。てか、七生をひと目で男子と見抜くとは。
大抵、一度は性別を確認されるのだが。
「おい、中、入れさせろよ。寒い…」
岳が外で震えている。
「ゴメン、ゴメン! 七生、奥行けって。遠慮しなくていいから。ホラ」
「は、はい──」
俺は七生をぐいぐい奥へ押し込むと、暖簾をはぐって岳を招き入れる。
カウンターには、奥から七生、俺、岳の順に座った。各々、マフラーやコートの類いをハンガーに掛け、ラーメンを注文する。
お品書きは半ば一択だ。
ラーメン、チャーシューメン。以上。
後は麺の硬さや脂の多さ、麺の追加、トッピングの種類が書かれている。
俺はいつも麺硬め、脂は普通、味玉追加で後で一玉追加したりしなかったり。
岳は麺は普通、脂少なめ、味玉追加。脂はそろそろ気をつけないといけない年齢らしい。
てか、岳、贅肉ないのはそういう気遣いもあるからか。
うーん、にしてもいい香り。
俺と岳は、いつもの、で通ってしまう。
「七生はどうする? 普通で行くか?」
「は、はいっ」
注文を済ませても、七生は席についてからずっと下を向いていた。顔も赤いまま。
なんだ?
すると、隣の岳が肘をつきながら。
「七生。分かりやすいな…」
そう口にした。
「へ? 何が?」
俺は岳を振り返る。岳は更に身を乗り出すと、
「あんなのがいいのか? 結構、昭和だぞ?」
ニヤニヤ笑う。
「え?! っと、良いって言うか、そんな、おこがましくて…」
「何、二人だけで分かりあってンだよっ」
俺は二人の間に、割って入る。すると、岳は俺の額にデコピンをかまし。
「って!」
「ヤキモチ妬くな。七生の明るい未来について、話しているんだ」
そう言って、俺の腰を抱いて引き寄せると、こめかみにキスを落とした。
流石、岳。フォローを忘れない。
「あ、明るい未来って?」
「…じきに分かるさ。七生はこう見えて積極的だからな? 牧は真剣にぶつかれば、落とせない相手じゃない。それに、一途だ。懐に入ればきっと大事にされるさ。──大和の件といい、見る目あるな?」
「そ、そんな…」
七生は泣き出しそうな顔になる。
「やっぱ、全然、わかんねぇ! 何で牧が出てくるンだよ?」
「後で教える…」
耳元で囁くと、にっと笑んで見せた。
+++
その後。ラーメンを食べ終わるまで、七生はずっと真っ赤のままだった。
さて会計となった段、おつりを受取り店を出ようとした際、七生は突然、出かかっていたのを振り返って。
「あの、美味しかったです! また来ますっ!」
そう牧に向かって半ば叫ぶように言った。
一瞬、キョトンとした牧だったが、すぐ満面の笑みになって、
「おう。七生、よろしくな!」
「……!」
そこでまた、ボンっと音が聞こえそうなくらい、七生の顔は赤くなった。
その後、七生とはそこで別れ。また落ち着いたら会おうと約束した。
「で? 七生の明るい未来って?」
夜、ベッドの中で、岳の上に覆い被さる様にして、その顔を覗き込む。
岳はそんな俺の腰に腕を回しながら。
「七生が牧にひと目ぼれした」
「ええっ! マジで?」
「大真面目だ。──いい線、ついたな。今度はきっと上手くいく」
「そっか。牧にかぁ…」
「なんだ? ひとり、信奉者をなくしてがっかりか?」
「違うって! だって、なんか意外だったからさ。もっと、今どきの奴に行くかと思ったからさ。だいたい、信奉者ってなんだよっ」
「俺は大歓迎だがな。──これ以上、増やしたくはない」
そう言うと、顎を捉えてキスしてくる。
「──これ以上って、そんないねぇだろ?」
「イヤ。結構、いるぞ」
亜貴や真琴以外にいるとでも言うのか。
「知りたいか?」
岳は意地悪な顔をする。俺はふるふる頭を振ると。
「いい。知らなくていい。──俺には、岳がいればいい…」
それで、十分なのだ。
そう言って、俺から唇にキスをする。
岳は笑って見せると。
「大和は、最高だな…」
そう言って、身体を反転させると、上から見下ろし。
「俺だけを見ろよ。大和」
真剣な眼差しにドキリとする。
「…おう。あったり前だっての」
そんな俺に、岳は笑みを浮かべつつ、開始の合図のキスをした。
岳以外に、こんなふうに俺をドキドキさせたり、キュンキュンさせる奴はいない。
何のてらいもなく、好きだと言えるのは、岳だけだった。
その後、ほぼ毎日、店に通った七生が、牧を落としたとか、落とされたとか。
そんな噂を耳にしたのは、それから三月後の事だった。敵がいない場合の七生の行動力は伊達ではない。
岳が警戒したのは、当然の事だったのだ。
心底、ホッとした様子でその話を告げた岳に、俺は笑った。
ー了ー