表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Take On Me 3  作者: マン太
45/49

45.キラキラ

「あー…。やっぱ、海。いいなぁー」


 俺は岳の撮影の仕事のアシスタントとして、伊豆諸島、父島の近海に貸し切りボートで出ていた。

 岳は船長とは顔見知りで。気兼ねなく過ごすことが出来た。

 外洋にも出られるボートだが、数十人は乗れるそこに、俺と岳、船長とそのアシスタントしかいない船内は、かなり広々と感じられる。プライベート感が半端ない。

 今は休憩中。昼も過ぎ、午後の日差しがゆっくりと傾いて行く所だ。


「山もいいけれど、海もまた違った解放感があるだろ?」


「ん。のびのびする感じ…。だらーんって、さ」


 そう言って、俺はボートの舳先の縁に座ったまま、手摺に肘を乗せ、足をばたつかせながら海を眺める。

 深い色を湛えた海原は、何処までも続き、終わりがないように思えた。

 昼過ぎの日差しにキラキラと海面が輝く。冬場の日差しはそう強くはないのだろうけれど、それでも、こうして浴びれば温かい。

 身体がほぐれて、ユルユルとゆるんでいく。そのうち海に溶けてしまうのではないか、そんな心地だ。


「大和は自然の中にいるのが、一番合っているな…」


 岳はそう言って、デッキの中央に手すりに腰をあずけこちらを見下ろす。座った俺は、逆光に近い位置に立つ岳を眩し気に見返しながら。


「岳も、だろ? 都会で颯爽と肩で風切って歩いてるのも似合ってる…けど、やっぱり、自然の中にいた方が、らしいよな? 一生懸命、ファインダー覗いてる姿。結構、好きだぞ?」


「そうか。俺も自然の中でカメラを構えている方が性に合っているな…」


 それが本来目指していた場所なのだ。

 岳はかなり特殊な回り道をして、やっとここへたどり着いた。

 その回り道が決して無駄だったとは思わない。でなければ、俺とは出会わなかったのだから。

 親父の一件がなければ、岳がヤクザの息子でなければ、俺たちは出会わなかった。

 色々弊害もあるけれど、乗り越えられない壁はやってこない。


「いろいろ、これからもあると思う。けど、もう、逃げない。…何かあれば、岳がいてくれるもんな?」


 俺はどうも頼ることに慣れていなくて。つい抱え込んでしまうのだ。

 それが今回の件にもつながった。

 一人で考えると、ろくな事にならないことの見本だ。

 岳の事で思い悩むなら、それを口にすればいい。どうすればいいか、解決するのか、意見を出し合って二人で考えるのだ。


 二人でいると言う事はそう言うこと。


 へへと笑えば、岳はちらと操縦席を見た後、俺の傍らにすっと座った。なんだ? と思えば、唇にキスが落ちる。


「船長もアシスタントも、ザトウを探してる…」


「へぇ…、そ、そうか」


 頬に手が添えられ、顔を傾けた岳が今度はかなりマジなキスを仕掛けてくる。


 ちょっと待てって。ここでそんなキスは──困るだろ。色々。


 反応してしまったら、どうやって処理するのだ。

 流石に狭い船室のトイレに二人籠ることはできないし、周囲も大いに気を遣う。

 ちなみに、船長もアシスタントも俺たちの関係は知っている。他にもそんな友人知人がいるらしく、特に気にした様子はなかった。

 だから、そこまで人目を気にすることはないのだが──やはり、気にはなる。


「た、ける──、待てって」


 広い胸板に手をついて押し返すが、


「大和が嬉しいことを言うからいけない」


「お、俺の所為かよ…っ」


「そうだ。俺を惚れさせたのがいけない。…責任、取るんだろ?」


「…っ!」


 しっかりと瞳を覗き込まれ、そんな事を言われれば、何も言えない。

 うぐっとなったところに、またキスが落ちかけて。

 ふと、海面が白く泡立った気がした。同時にプシューっと大きな呼吸音がする。


 あ──。


「岳! あれ…っ」


「大和、往生際が──」


「違うって! ほら──」


 言い終わるか終わらないうちに、海面がぐぐっと盛り上がり、あっと思った時には、船のすぐ横でザトウクジラがジャンプしてみせた。ブリーチングと言うらしい。

 まだ子どもらしいが、形はすでに大人のそれだ。いっちょ前にブリーチして見せる。

 どっと立ち上がった水煙がこちらにも風で降りかかった。バシャン! と海に戻ると同時に、かなりの海水が巻き上がる。


「っ!」


「凄いな…」


「って、せっかくのシャッターチャンス…」


 すると岳はぐいと俺の腰に腕を回し引き寄せる。


「もう、充分撮ったからな? それに、ファインダーからだけじゃなく、大和とこうやって見たかった。ほら──また来る」


 言う間にまたすぐ近くでブリーチを見せる。船に興味を持って遊んでいるのかもしれない。その度にしぶきがかかった。


「うわっ、つめて!」


 立ち上がって手摺につかまり、それを見ていると、諸に海水を受けた。

 それを見た岳が、俺の背後に立つと、すっぽり着ていたレインコートの中に俺を包み込む。ふわりと香る岳の匂い。温もりが心地いい。


「また、あいつ、ブリーチするぞ」


「あ…、本当だ」


 ひれを幾度か叩いて見せた後、少し離れた所でブリーチする。

 大きな白い腹がこちらに向けられた。風に乗ってきらきらと日を受けた飛沫がこちらに向かってくる。

 穏やかな海原。背後にある岳の存在。


 きっと、何があっても、もう大丈夫だ。


 俺がだめなら、岳が。岳がダメなら俺が。


 それぞれが、お互いを支えあう。

 俺と岳は似ていないようで、よく似ている。放っておくと突っ走る。

 なら、仲良く手を取り合って、互いのバランスを取って行けばいい。それが俺たちの関係だ。


 これからも、岳と一緒に──。


 俺は手摺ごと、岳の手を上からしっかりと握り締めた。


 岳がいる。


 そう思えば、もう怖くはない。

 岳が控えていてくれるなら、鬼に金棒、弁慶に薙刀、かけ馬に鞭。


 ──後はなんだ? 


 とにかく、更に強みが増すだけだ。

 一緒にいるからこそ、発揮する力。一緒にいなければ、発揮できない力。

 安心して側にいればいい。岳に何かあれば、俺が止めるから。


 ──岳の錨に。


 そう言ってくれた磯谷の言葉が蘇る。

 岳が何処かへ流されない様に、俺がどこかへ飛んでいかない様に、互いが互いのアンカーになる。


 それでいいんだ。


 更にギュッと握ると、背後の岳が笑った気配。ふうっと岳が背を屈め、耳元で。


「キスより来るな…」


 ひそめた声でそう言った。俺はビクリと肩を揺らす。と、子クジラの向こうで親もブリーチングして見せた。


「う…、わぁ!」


 まきあがった水飛沫に日が当たり虹色に輝く。

 跳ね上がった巨体は、そのまま海面に尾尻を最後にゆっくりと沈んでいった。

 深く潜るのだろう。

 キラキラと輝く光景は、ずっと見ていても飽きなかった。

 エンジンを止めた船上は、ゆっくりと海面に揺れ、大きなゆりかごに乗ったよう。海の上は思った以上に静かだ。


「岳、連れてきてくれて、ありがとな?」


 手すりに持たれながら、ザトウクジラの競演を見つめていた俺は傍らの岳を見上げる。

 すると、岳は、


「まだまだだ。これからもっと、沢山、連れていく二人でずっと見ていこうな。こんな景色をもっと沢山…。約束だ」


 まともに見られて真剣な告白を受けて、俺の顔は真っ赤になる。照れくさくて、俺は目を泳がせつつ。


「お、おう!」


「こら、目を逸らすな」


 ぐいと顎を取られ、むりやり上向かされる。


「…みんな、見てる。キスはすんなよ?」


「ったく。雰囲気がないな。──でもそう言う所が、好きなんだ」


 ぐ。全開の笑みで言うなよ。照れるだろ?


 と、再び間近で子クジラがブリーチした。綺麗に弧を描く背中。大きなむなびれ。黒々とした巨体。その力強さに圧倒される。


「大和、もうどこにも行かせない。…お前もこの手を放すなよ?」


 俺は岳を見上げると。


「勿論!」


 照れ臭くなってふへっと笑って、それでもしっかり返事を返し、長い指に自分の指をしっかり絡め握り締めた。

 別の親子が、また側でブリーチングを始めた。大きく胸ビレで海面を叩くペックスラップもして見せる。

 その度に歓声が上がった。

 二人でいる理由。俺はそれを今回の件で深く胸に刻んだ。

 親子クジラ。傍らに親がいるから子クジラは安心して元気に跳ねる。俺も岳も、子クジラであり親クジラであり。

 この先もきっと壁は待ち受けている。けれど、二人でいれば大丈夫。


 そうだろう。岳。


 俺は傍らでクジラの饗宴を、子どもの様に目を輝かせて見つめている岳に目を向けた。

 この笑顔がずっと続くように。俺は岳の傍を離れない。


 この先も、ずっと──。


 再び、今度は親子共々、ブリーチしてみせる。

 水飛沫の中、キラキラ輝く岳を、俺は一生、忘れないと思った。



ー了ー

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ