42.二人の時間
日も落ちる頃、大和が目を覚ました。背後から抱きしめていても、気配で分かる。
そのまま、また抱いて。
無理をさせてしまった。
別れてから三週間近く経っていた。
痩せた身体。落ちた筋肉。
日々触れない日はなかったのだから分かる。
そんな身体だと言うのに、止められなかった。
別れ話の真意を問えば、そうだと答え。
大和は何か言いかけたのに、その言葉を無視して、タガが外れ必死に身体を求めていた。
大和を離したくなくて。
別れ話しなど、聞きたくなくて──。
その隙を与えず、ただ好きだと伝えた。言葉ではなく、身体を使って。
他に大和を引き留める手立てを、思いつかなかったのだ。
始めこそ抵抗して見せたものの、それも僅かな事で。後は面白いほど、岳の与える快楽の中に溺れて行って。
大和の身体は全てわかっている。そうなるように仕向けたのも自分で。
大和は、俺だけのもの。手放しなどしない──。
行為の最中、気がつけば大和は気を失っていた。
それはそうだろう。あの路地で捕まえてから、水分以外、ロクに口にしていない。そこへ持ってきて、自分とのこの行為。気を失って当たり前だ。
すまない。大和…。
でも、自分でもどう仕様もなく。必死だった。こんな事をしたって、大和が一旦、心に決めれば止める事など不可能なのに。
離れたくない──。
それだけだった。
酷い行為だ。いい加減、嫌ってもいいだろうに。
大和は俺を許した。
『ずっと、側にいる…。終わりなんて──本当は無理なんだ…。もう、嘘は言わない…』
その言葉に、思いが溢れる。
大和との別れを思い、深い悲しみに因われた。それが、救われた瞬間。
もし、自分が暴走しそうになったら、止めてくれるかと問われ。その問いに答えた声が震えた。
「勿論…」
涙が頬を滑り落ちる。
お前が我を忘れても、俺がきっと止めてみせるから。信じてくれ──。
ようやく安堵の表情を浮かべ、深い眠りに落ちた大和を、今度こそ、優しく抱きしめた。
+++
次の日の朝。
起きるといい香りが漂って来た。
何だろう? シチューの香り?
クリーム仕立ての『何か』の匂いがする。
部屋のドアは開け放たれていた。そこから小さなキッチンに立つ岳の背が見える。
マドラス柄のブルーのネルシャツに、ジーンズを履いた岳。広く頼り甲斐のある背中に、惚れ惚れする。
岳と別れるなんて、やっぱり俺には無理だったのだ。
岳の背を見ながら、つくづく思う。
今回の件で改めて認識させられた。岳のいない人生など、考えられない。
怖いからって、逃げたってダメなんだ。
それを乗り越えるまで、必ずまた同じ壁が立ちはだかる。いつかは、乗り越えなければならない。
自分を抑えられない──それは岳も同じ。俺のことになると、止められない。
だから、傍にいて俺が止める。
今回と同じこと。
きっと岳が、前と同じように俺を止めてくれるから──。
と、気配に気づいたのか、岳が振り返った。
「…おはよう。大和」
「はよ…」
岳は何処か遠慮がちだ。昨日から今日、早朝にかけての暴走があるからだろう。気遣わしげに様子を尋ねてくる。
「身体は大丈夫か? その…、昨日から無理をさせたから…」
すっかり耳を伏せた大型犬状態だ。ヤンチャを見咎められ、キューキューと鼻を鳴らして許しを請う姿。
カワイイじゃんか。
これがあの、ヤクザも尻尾を巻いて逃げる『鷗澤岳』の姿とは。誰も知らない、俺だけの『岳』だ。
俺はクスと笑うと、腹ばいになって枕を抱える。
「シュンとしてんの、らしくないって。そりゃ、疲れてたけどさ。それも吹っ飛ぶくらい──良かったってことだし?」
俺は必殺上目遣いになって、素直な感想を述べる。口にするのは小っ恥ずかしいが、今は言ってもいいと思った。
辛かったとか止めて欲しかったとか。言った所で実際、触れられることが嬉しかったのは事実で。
それに、あんなビーストモードな岳、滅多に見られるもんじゃない。
ま、ごくたまーになら、たまーになら。出現してもらっても構わない──けど。
あれはあれで、良かったのだ。
うん。素直に認めよう。
いつも紳士で余裕な岳が、必死になって求めて来る姿がいじらしくて。
コツメカワウソが、ライオンに勝利した感じと言ってもいい。分かりにくい例えだが、そんな感じだ。
まあ、勝利と言っても、結果は完敗だ。岳ラブを再認識したに過ぎない。
岳はその言葉に、ポカンとして見せたが、すぐに前髪をかきあげ笑い出す。責められると思ったのだろう。
「っとに大和は…。意表をつくな」
「どういたしまして。って、朝なに?」
鼻をクンクンさせると、岳はまた笑う。
「ラビオリ入りのスープだ。クリーム仕立てにしてある」
その顔を見て思う。岳は笑っているのが一番だ。
「ラビオリ? って、中に具が入ってる奴?」
「そうだ。前にも作っただろ?」
「覚えてる! あれ、美味しかったぁ…」
その時を思い出して、よだれを垂らす勢いだ。岳の手作りパスタがやたら美味しくて。パブロフの犬状態。それでまた岳は笑う。
岳は一旦、コンロの火を止めると、まっすぐこちらに向かってきて、ベッドサイドに腰を下ろした。
袖を捲った腕には、水滴が少しついている。キャンパス地の白いエプロンがよく似合っていた。岳は手を伸ばし、俺の頬に触れると。
「…キス、してもいいか?」
「んだよ。今更」
「多分、キスしたら、止められない。──だから聞いてる…」
「っまえ…。どんだけ…」
昨日を含め、かなりのハッスルぶりだ。オフスイッチは何処にあるのだろう。
けれど、熱のこもった瞳で見つめられれば、否と言える訳もなく。
「うーわー! わかった! いいよ。うん、もう好きにしろって。──俺も好きにする…」
そう言って岳の首筋に手を回すと、引き寄せて自分からキスをする。それから間近で岳と見つめて。
「ラビオリ、伸びないよな?」
すると岳はクスリと笑んで。
「…大丈夫だ。ちゃんとのびない様にしてある」
「そのつもりだったのかよ…」
「大和が格好良すぎてな。スイッチが入った」
「あぁ? 俺の所為か?」
抗議の色を声に乗せれば、岳は笑んでキスをしてくる。とりあえずは軽く触れる挨拶のキスで。
「責任をとってくれ…」
そう言うと、返事をする前に岳が覆いかぶさってきて、今度はしっかりと、熱の籠ったキスが唇に落ちてくる。
一方的なそれではなく、ちゃんと俺の反応をみて、それに応えるように、だ。
俺は岳の背に腕を伸ばし、しっかりと抱きしめた。岳の温もりは心地良い。
そうしてキスの合間、その耳元に。
「もちろんだって」
そう囁いた。




