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Take On Me 3  作者: マン太


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41/49

41.山小屋にて

 炎の爆ぜる音で目が覚めた。

 あれからどれくらいの時間が経ったのか。

 寝ぼけ(まなこ)に映るのは薪ストーブ。小窓の向こうに炎が揺れているのが見える。


 路地で気を失った後、気が付けば岳の運転する車の助手席で眠っていた。身体は岳のジャケットに包まれている。

 起きたばかり、眠い目を擦りながら運転席の岳に顔を向けると、気付いた岳が微笑を向けて来た。


 ああ。岳だ…。


 ホッと息をつく。夢ではないらしい。

 丁度、赤信号になったところ。岳はドリンクホルダーに置いてあったタンブラーを渡して来た。


「ほら、少し飲むといい。紅茶だ。冷ましてある…」


 俺は受け取ると一口含む。よく家で飲む奴だ。上品な香りに癒されるよう。

 それから、一気にコクコクと飲んでしまった。およそ紅茶の飲み方ではない。けれど、それでようやく息がつけた気がした。


「岳…。俺─…」


 あと残り僅かになったタンブラーを握りしめ、継ぐ言葉を探す。

 今更、この状況で別れるなど口にできなかった。俺の心は、やはり岳を求めていて。彼無しではダメなのだ。

 そうして俯いていれば。


「無理に話さなくていい…。時間は幾らでもある。今は休むといい。ろくに寝てないだろ?」


 そう言うと、指先が伸びて来て、目元をくすぐった。


 あ…。


 懐かしい温もり。

 青信号になり、岳の手がギアに戻ったことに、寂しさを覚える。


「ん…。ちょっと、寝る…」


 言い終えないうちに、睡魔が襲ってくる。

 あまりに安心し過ぎて、今までの不足分を補うように身体が休めと要求しているようだった。

 俺はそれにあらがうことなく、運転する岳の横顔を見つめながら、重くなった瞼を閉じた。



 そして、今に至る。

 ストーブの中の薪が、パチリッと音を立てた。

 ロッジだろうか。ログハウスのような室内にほっとする。働いている山小屋にも雰囲気が似ていた。


 でも、何処だろう? それに、岳は?


 ここへ連れてきたのは岳だろう。他に考えられない。現に俺の眠る布団の上には、包まれていたジャケットが、そのままかけられていた。

 あの後、車の助手席からの記憶がない。

 ここがどこかは分からないが、きっと岳が運んだのだろう。

 移動の間、ぜんぜん起きなかったなんて驚きだ。それほど疲れていたのか。


 俺、眠りすぎだ。


 ふかりとした枕に頬を埋めながら周囲を見回す。リビングキッチンと寝室が別になっている部屋の様だった。木の壁に床。それなりに年季が入った床は使い込まれた艶がある。

 開け放たれたままの寝室のドアの向こうに、こぢんまりとしたキッチン。多分、その横に浴室へのドア、出入口があるのだろう。シンプルな小屋だった。


 てか、岳は?


 ここから見えるのは薪ストーブにかけっぱなしのヤカン。いい香り──スープらしい──の湯気を立てる鍋。

 気配はあるのに、姿が見えない。


 だいたい、ここは何処なんだろう。


 窓の外には薄曇りの景色が見える。窓ガラスは外気との気温差で曇っていた。いかにも寒そうだ。

 既に昨日から一日経っているのだろう。今は午前中、昼手前くらいか。

 前に来た事もない。旅館などでもなく、使い込まれた様子から貸しロッジでもなさそうだ。

 俺はいつの間にか、オーバーサイズのネルシャツに着替えさせられていた。サイズから岳のものだろう。これも岳がしてくれたに違いない。

 ぬくぬくと温かいベッドに、起き上がるのが億劫になる。岳との別れ話しなど、ずっと後回しでいい気がした。


 てか、俺。本気で別れるのか?


 あの時は、それしかないのだと思い込んでいたが。

 こうしてゆったり満ち足りた環境に身を置くと、その必要があるのかと考えてしまう。


 でも…。


 俺はきっと変われない。

 何度も言うが、岳が危機的状況に陥れば、そう仕向けた人物を俺は全力で排除するだろう。それがどんな結果になろうとも。


 側にいれば、いつかきっと。


 今後も狙われないとは限らない。久我だって、このままで終わらせるつもりはないだろう。

 深いため息をつく。

 俺が岳を嫌うことはない。たとえ俺以外の誰かを好きになっても、だ。

 それは好きだと気付いてからずっと変わらない。となると、危険人物である俺は、自分から離れていくべきで。


「…なんか、疲れた」


 この思考に。


 ねばならない。べきだ。


 それは、俺の大事な部分を捻じ曲げているのではないだろうか。

 すると、不意に人の気配がして。


「ずっと、気を張っていただろう? 疲れるのも当然だな?」


 あ──。


「岳!」


 ガバリと身体を起こし、声のした方、開けっ放しのドアに顔を向ける。

 そこにはトレーを手にした岳が立っていた。


 岳だ。


 俺はじっと見つめる。

 襟足まで届く栗色の髪。色素の薄い、やや垂れ気味の切れ長の瞳。口元に浮かぶ、柔らかい笑み。紛うことなき。


 岳だ──。


 上に乗っているのは先ほどまでストーブの上でいい香りを立てていたスープに違いない。マグカップに入れられたそれは、同じように食欲をそそる香りを漂わせている。

 岳はそれを俺の眠るベッドサイドに木製スプーンと共に置き、自分は近くにあった丸椅子を引いて座った。


「野菜スープだ。生姜が少し入ってる。身体が温まるから飲めよ」


「ありがとう…」


 早速、身体をしっかり起こして、置かれたカップを手に取る。

 キャベツにしめじ、ニンジンにベーコン、玉ねぎ、カボチャ。それらがたっぷりスープの中に揺れていた。

 温かい。なんだか凄くじんわりくる。

 涙が出そうだ。

 暫く見つめた後、ゆっくりと口に含んだ。


 うん、美味しい──。


 そこから岳の思いが伝わって来る様で、やはり目の端に涙が滲んだ。

 この数週間。口にしてきたものは全て味を感じなかった。食感や熱い冷たいの感覚は分かる。甘いとかしょっぱいとか、辛いとか。

 それは分かっても、『おいしい』に繋がらなくて。生きるために口にしていただけかもしれない。

 それでも、ラルフはきちんと美味しいと感想を述べてくれた。きっと、失敗はなかったのだと思う。


「久我は? もう追ってこないのか?」


 俺はカップを手の平に包み込むようにして口をつけながら、岳を見上げる。すると岳は小さくため息をついた後、


「あの後、久我は警察に捕まった」


「捕まったって、それじゃあ──」


「柳木を刺したのは久我だ。刺された本人が証言した。ラルフの方は一緒に連れて行かれたが、多分、不起訴処分になるだろう…。久我は他にも色々ある。叩けば幾らでも出てくる奴だ。──それでだ」


「じゃあ──」


「久我は今回の件で、数年の服役も免れないだろう。…もう、追ってはこない」


 その言葉にほっと胸をなでおろした。岳は膝の上で手を組むと。


「久我は例え上の指示でも納得しないと聞かない質だそうだ。例え古山であってもな。だから、幾ら磯谷さんが釘を刺した所で意味がない。今回の件、俺たちに手は出すなと上から指示はあったようだが、聞かなかったらしい」


「そいつが出所したら…。また、狙われる?」


 すると岳は腕を組み。


「どうだろうな。確かに古山の件の憂さを晴らしたかったのはあるだろうが。そこまで執拗に狙う理由もないだろう。気まぐれなタイプでもある。其のころには興味も失せているだろう。──勿論、注意はするつもりだ」


「そっか…」


 とりあえずの心配はなくなった。

 今度は俺の要件だ。

 俺は飲み終えたカップを手の中で揺らしながら、会話の糸口をつかむ。


「ここ…いったい何処なんだ?」


「知人の管理する山小屋だ。しばらく、下は騒がしい。久我の部下が追ってこないとも限らない。ここなら普通の人間はまず来られない。来ればすぐにわかるしな」


「へぇ…。かなり山の中なのか?」


「…そうだな」


 岳は腕を組んだままこちらをじっと見ていた。藤から聞いているのだろう。


 俺の別れ話を。


 何かを待つような雰囲気に、俺はいたたまれなくなって、意を決して口を開く。


「岳──。俺…」


「なんだ?」


 俺は手にしたカップをサイドテーブルに置くと、覚悟を決めて岳を再度見やった。


「今まで、ごめん」


 そう言って頭を下げる。


「あの時…逃げたりして…。俺、ただ、怖くなって何も考えられなかった…」


「分かってる」


 言うと岳はイスからベッドサイドへと移って腰かけた。ギシリとベッドのスプリングが音を立てる。

 岳はそうっと俺の頬に触れて来た。


「あの時は俺の方こそ済まなかった…。大和に疑ったと誤解させた」


「あれを見れば誰だって…。でも、誤解って、岳はそう思わなかったのか?」


 すると苦笑して首を振る。


「大和はそんな事はしない。あの時は、状況を判断するのに時間がかかって…。大和にいらない誤解をさせた」


「でも…俺は、いつか、きっとあんな事件を起こす。今回は無事で済んだ。けど、これで二度目だ。また、岳に危機が迫ったら──俺…」


「今回の件で、余計にそう思ったか?」


 俺はこくりと頷く。ナイフを握って今度こそ、人を殺めるかもしれない。


「怖いんだ…。俺。自分で自分が制御できない…。もし、誘拐されたのが七生じゃなく、岳だったら、俺はきっと…」


 頭に血が上って、きっと手を下していた。


「だから、俺と別れると? ──終わりにすると藤から聞いた」


「そうだ…」


 言った。


 言い訳はできない。

 あの時は、そうしなければと思ったのは事実。岳の未来を考えてのことだった。


 けれど──。


「…そうか」


 岳の気落ちした声。


「っ! でも、今は──」


 ハッとして顔を上げると、今まで見たことがないくらい、鋭い眼差しの岳がそこにいた。そのまま、抱きすくめられる。


 岳──。


 言葉を紡ぐ前に、顎を取られ唇を塞ぐようにキスが落とされた。

 まるで、言葉を奪うようなキスで。話す隙を与えてくれなかった。


「──っ! た、け──」


 必死にそのシャツの背を引っ張ったが、そんなことで岳を止めることなどできない。

 そのままベッドに押し倒され、着ていたシャツが捲り上げられる。

 触れてくる手が熱い。決して乱暴ではない手つきなのに、性急に求められ。

 どうしていいのか悩む間もなく、次から次へと岳に責め立てられるように触れられ、思いとは裏腹に勝手に熱が昂っていく。


「っ、─…! たけ──っ!」


 一方的な行為に、ストップをかけたくなったが。


 なんだ? どうした──。


 岳には全て知られているから、そんなの簡単で。あっという間に、岳の手のひらの上で踊らされる。

 いや、手のひらと言うより、腕の中と言ったほうがいいだろうか。

 とにかく、休む間もなく、次から次へと波状攻撃の如く、岳に熱を高められ意識が遠のく。


 何が、起こった?


 俺は、何か押しては不味い、岳のスイッチを押してしまったらしい。

 久しぶりの所為もあったのだろう。

 長く続く行為は刺激が強すぎた。岳から受ける熱にだけに反応しているうち、気を失ってしまったらしい。

 気がついた時には、すっかり辺りが暗くなっていた。


+++


 窓の外の景色が夕闇に隠れ、日が落ちたことを告げている。

 気がつけば、背後から岳に抱えられるように眠っていた。

 岳も眠っているはずなのに、その腕はしっかりと俺の腰に巻かれていて、身動きが取れない。無理に起き上がれば、岳も目を覚ますだろう。


 岳──。


 岳は終始無言で、どこか不安そうで。

 俺が息をつき口を開こうとすれば、すぐにそれを阻止するように口を塞ぐようなキスをしてきた。


 もしかして、岳は俺に話させたくなかったんだろうか?


 話のつづきを。


 続きとは別れ話だ。


 けど、俺はもう──。


 と、首筋にキスが落ちたことで岳が目覚めたのを知った。


「ん…、岳──」


 言い終わらないうちに、まだ敏感な背中へキスの雨が降り出す。


 これは、マジな奴だ。


 まってくれ。俺は今、起きたばかり。まだそこまで体力が──。


「岳っ、ちょっと、待てって。ちょっと休んでから──」


 岳は言うことを聞いてくれなかった。

 背後から覆いかぶさる岳は手を休める気配がない。

 やはり、いつもの岳ではない。

 腰を抱えられとんでもない所にキスをされ、思わず身体が跳ね上がる。


「ちょっ! 岳、それやめろって!…っ!」


 岳からされているから許せるが、他人だったら本気で反撃しているところだ。

 ただ、その反撃するほどの力は残っていないのが実情だが。

 背後からはがいじめのごとく、押さえられているお陰で、身体を反転させることもできない。

 岳の左手が、俺のベッドについた左手を上から握り締めてきた。

 指と指が絡まる。

 熱い掌。

 今までにないくらい熱く感じた。

 言葉とは裏腹に、身体が勝手に反応して、思考を奪われ行く。


 岳──。


 すっかり俺が力をなくすと、漸く岳は解放してくれた。

 けれど、それで終わりじゃなくて。

 予想した通り、すっかり高ぶった岳の熱がゆっくり侵入してくる。


「っ…!」


 正直、長時間に渡る行為のお陰で、身体は休息を訴えていた。

 とても岳の熱を受け止められる状態じゃない。岳もそれは分かっているはず。

 けれど、手を休める事は無く。

 俺自身も結局は、与えられる快楽に抗えるはずもなく。岳によって作り変えられた身体は、いともたやすく素直な反応を示す。

 岳は必死に俺を求めてくる。その様に、やめてくれとは言えなかった。こうなった原因は、俺にあるのだろう。


『終わりに──』


 その言葉が岳をこんな風に追い詰めてしまったのだ。

 俺は言わねばならない。

 ここまで追い詰めてしまった岳を、解放してやらなければ──。


 それは、終わりを告げる言葉ではなく。


 全ての行為が終わって、岳が背後から俺を抱きしめる。このまま眠りにつきたい所だが、これを伝えるまでは駄目だ。でないと、ずっとこの繰り返しになる。

 俺の左手をずっと握ったままだった岳の手の甲に、唇を寄せると口づける。ぴくりと岳が反応した。


「岳…。ずっと、側にいる…。終わりなんて──本当は無理なんだ…。もう、嘘は言わない…」


 ここまで俺を好きだと伝えて来る岳に、それ以外の言葉を言えるはずもなかった。

 それに、俺自身も本当の所は別れたい訳じゃない。


 岳の為に考えた末の結論だったけれど…。


 そんな俺でも、一緒にいたいと必死に訴えてくるのだ。


 それが──岳の、幸せ。


 なら、叶えない訳にはいかない。


「もし──俺がバカなこと、しそうになったら…。また、止めてくれるか?」


 俺は困ったように眉根を寄せて小さく笑う。

 

 情けないが、自分ではもう止められない。


 岳を好きなのを止められないのだから、無理な話しだ。岳の側を離れないと決めた以上、俺を止める手立てはそれしかない。

 すると、背後からホッとしたようなため息が漏れたあと、抱きしめられる。重ねられたままの左手が、ギュッと握り締められ。


「勿論だ…」


 涙にくぐもった様な声だった。

 俺はあえて振り返らず、もう一度、左手の甲にキスをして。

 光るリングを見つめたまま、ゆっくり目を閉じた。



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