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Take On Me 3  作者: マン太
25/49

25.一難去って

 ホテル駐車場に停めた車に戻って来た所で、ようやくひと息つけた。

 助手席に座った俺は、そこでおもむろにTシャツ、ジーンズ、その他を身につける。

 ここに来るまで、岳のジャケットにくるまれ下着一枚で来たのだ。こんな姿で出歩くなど、赤ん坊の頃以来だろう。

 エレベーターが部屋から地下の駐車場まで直通なのには驚いた。上階の宿泊者専用のエレベーターらしく、途中、誰にも会うことはなかったのだ。

 岳はいつもの表情に戻って。


「薬の影響はあるか? 本当に手を出されていないのか?」


 運転席に座った岳は、心底心配している。

 俺はすっかり身支度を整えると、むんと胸を張り。


「大丈夫だ。まだちょっと、フワフワするけど、薬の影響はないな。それに、岳が来てくれたお陰で、たいして手も出されていない──」


「たいしてって、やっぱり手を出されたんだろ? 何をされた?」


 岳は詰め寄る。


 言うほどの事ではない気もするけど──。


 俺は岳の顔色を気にしながら、


「まあ、その…ちろっと…。口つけられた──かな?」


「どこにされた?」


「右手の甲と、右足のふくらはぎの内側辺り…」


 今でも思い出すと、ぞぞっとする。岳の目がそこで坐った。


「…あいつ。許さない…」


「あ、おい! もう許したんだろ? 俺は無事だったし、嫌がらせの理由も分かったし…。あいつの事はもう放っておけって──」


「お前の手前、許しただけだ。立てなくなるまで殴り飛ばしてやっても良かった…」


「岳!」


 怖いことを言う。

 もし、あの場に俺がいなければ、もしくは意識でも失っていれば、ラルフはどうなっていたかわからない。

 岳は薄く笑うと。


「大和に手を出すとどうなるか、分からせてやらないとな」


「岳…」

 

 岳の表情が、再び以前のそれに戻り、俺は不安になるが。


「──わかってる。やらないよ。ただ、何かあったらと思うと…。大和、本当に無事で良かった…」


 岳は直ぐに元の表情に戻ると、手を伸ばし俺の頬に手を添えてくる。その大きな掌に頬を寄せながら、


「俺、岳みたいな探知機が欲しい…。危険人物をすぐに察知して、警戒アラートが鳴るんだ。それがあれば、俺は岳に心配なんてかけない…」


 冗談めかして、そう口にする。そうでもしないと、自分が情けなくて。

 しかし、岳は笑わない。逆に諭すように声音を低くした。


「大和…」


「…本当にごめん。それに、ありがとう…」


 すっかりしょげかえる俺に岳は、


「騙す人間が悪い。しかも、やり口が汚い。脅して言う事をきかせる…。そう言う世界に慣れてない大和が引っ掛かっても仕方がない。避けられなかった事だ。…自分を攻めるな」


 そう言って、そのまま抱きしめてくる。岳の肩口に頬を埋めるとホッとした。


「岳…」


「事務所にかかってきた電話の通話履歴からここの場所が分かった。このホテルで良かった…。さっきも言ったが、親父の友人のホテルだったからな。融通が利いた」


「偶然って凄いな? 間に合ってくれて助かった…。でなきゃ──」


「遅いくらいだ。俺も…用心が甘かった」


「そんなこと、ねぇよ」


 岳は俺の頭にキスを落としながら。


「ずっと、待っていたんだ。ラルフが動くのをな? それで尻尾を掴める。…結果、大和を危険な目に遭わせたが…」


「大丈夫だって。てか…あいつ、弟の復讐のためにこんなこと、したんだな…」


「全てラルフの勘違いだ。これで分かったとは思うが…。もし、まだ手を出すようなら、考えないといけない」


「もう、懲りただろ? 岳を怒らせると怖いって。弟の事も…きっと、分かったはず」


 すると岳は苦笑し。


「大和は優しいな」


「岳──」


 顎を取られキスが唇に落ちる。


「…俺の所為でお前を巻き込んでばかりだ。けど、俺はお前を手放すつもりはないんだ。すまない…」


 俺は照れながらも、そんな岳の唇にキスを返す。触れるだけの簡単なキスだが、労わりの意味も込めてだ。


「…謝るなって。全部、わかって岳の傍にいる。岳といられるなら、こんなこと、なんでもない」


「大和…」


 俺は岳の首筋に手を回すと引き寄せ、もう一度、今度は少し長いキスをすると。


「…岳が好きだ。岳が俺を必要としてくれている限り、ずっと側にいる」


「……」


 そう言ってから抱きついた。

 岳は何も言わずただ、抱きしめ返してくる。

 その腕の強さに、俺は岳の思いの強さを感じ取っていた。


+++


 その後、ラルフからは正式に不服などない、あれはこちらの勘違いだったと連絡を受け。

 無事に作品は完成し、無事販売までこぎつけ仕事は完了した。

 写真集と映像、音楽がセットになったそれは、さわりだけネットでも解禁され、なかなかの反響だったらしい。


「良かったな? 岳」


 ひさしぶり、二人きりのリビングで岳と向き合う。

 真琴は相変わらず仕事が深夜まで及び不在だった。亜貴は友だちの家で泊りで勉強会だと言う。

 男友達の家だと、住所と電話番号もきっちり置いていったが、岳的には、たまにはもっと羽目を外して遊べばいいのにと言っていた。

 もちろん、迷惑をかけない範囲でだが。

 七生は久しぶりに実家に帰っていた。次の仕事が見つかりそうなのだと言う。

 山小屋での仕事も直に終わる。そうなれば、またハウスキーパー復活となる予定だ。

 岳は俺の腰辺りに腕を廻しながら、食後のカフェオレを口にしていた。


「だな。これでこの家も落ち着く…。倖江さんも復活できるそうだ。まあ、無理はさせられないが」


「でさ。いったい、七緒は誰の事が好きだったんだ?」


 岳は渋い顔になる。


「俺の口からはな…。あいつが、ここを辞める時に話すだろ」


「ふーん?」


 まさか亜貴とか、真琴とか。


 無くはないけれど、でもそれではあの岳への熱烈な視線の意味が分からない。

 俺は首をかしげつつ、同じくカフェオレを口にした。今日は岳が淹れてくれたのだ。

 誰が淹れても一緒なのだが、やはり淹れてもらうと美味しく感じる。

 ほっと息をつくと、その様子をじっと見つめていた岳が。


「大和を、瓶の中に閉じ込めておきたいな…」


「ふ、はぁ?」


「ふはって、なんだよ。ほら、あのカワウソのぬいぐるみ。ああしておけば捨てられることもない。──逃げ出さない」


 件のカワウソのぬいぐるみは、すっかりジャムの空き瓶に収まっていた。


「俺は…逃げ出したりしないぞ?」


「でも、捕まえてどうにかしようとするバカな連中がいる」


「なんだろうな? ここ最近、そんな事ばっかだもんな? でも、早々あることじゃねぇし。まあ、閉じ込めたいっての、分からなくもないけど…。大事なもんは失くしたくないしな。でも無理だろ? 実際、人間を閉じ込めるって」


 すると岳はちらとこちらを見た後。


「…考えたことはある」


「はぁ? いったいどうやって? 何処にだ? 俺が大人しくそこにいるって?」


「逃げ出さない様にする手は幾らでもある。──具体的には言わないが。俺は元なんだと思ってる?」


 は、はあー…。確かに。そうだった。


 アンダーグラウンドな手は幾らだって知っているはずだ。


 こえー。こえーよ。岳。


「…だな。そうだ。幾らでも手段はあるんだろうな…。けど、そんな事しなくたって、お前が頼めば俺はずっと閉じこもってる。前だってそうだったろ? 家政婦兼、亜貴のお守り役。あの時だって、俺は自分からマンション出なかったぞ?」


「そうだな…。《《お前からは》》は出なかったな…」


 視線を落とし、少し暗い目をしたのは当時を思い出したからだろう。


「けど、亜貴はお前を出した。同じだ。誰かがいれば、何かが起こる。俺と二人きりならそんなことは起こらないってことだ…」


「──まじで閉じ込めるつもりか?」


 岳は顎に手をあて沈黙する。


 やめろって。その沈黙。


 まあ、別に岳と一緒なら何処にいたっていいけどさ。あんまり、サイコなのは怖い。


「またこんな事態が起きない限りは、そんな事も考えないさ。──もう、誰かに捕まらせたりしない…」


 岳が手を伸ばし俺の頬に触れてくる。それが合図だ。

 俺が飲み終えたカップをテーブルに置くと、すぐに引き寄せられた。岳の胸元にぽすりと額があたる。俺はその胸元から岳を見上げると。


「…今日は、誰もいないし、ちょっとなら、いいぞ?」


「……」


 共有スペースのここでは、亜貴によって過度ないちゃつき禁止令が敷かれていた。ここ最近は、早々、俺から甘えることはなかったのだが。


「ちょっとって、どれくらいだ?」


 岳はやや挑戦的な目を向け見下ろしてくる。俺はうぬぬと唸ったあと。

 勢いづけるようにして、くっと背を伸ばし、岳の肩に手を添えると、そっとその唇にキスをした。

 触れて瞳を覗き込む。長い睫毛に縁どられた瞳は、言葉とは裏腹に、相変わらず優しい色を帯びていた。


 はあ、好きだ…。


 思わず見とれていれば、


「これだけか?」


 ニッと岳が笑む。


「…うっ、でも、これ以上は──真琴さん、じきに帰ってくるし…」


「もうちょっと、いいだろ?」


 そう言うと、俺の顎を捉え、かなりマジな奴をしてくる。


 うわっ! まてって、それはちょっと──!


 身体がソファに押し倒されかけた所で、


「…盛り上がっているところすまないが、帰ってきているんだ」


「?!」


 真琴の声に、俺は飛び上がるほど驚いた。しかし、岳は何食わぬ顔で。


「…知ってた。別にお前は気にしないだろ?」


「まあな、亜貴程は。だが──気にはなる。ところで夕飯を食いっぱぐれてな。済まないが何か頼んでもいいか?」


 真琴は組んでいた腕をほどき、ネクタイを緩めると冷静な視線を向けてきた。


「ご、ごめん! 今なにか軽いもの作る!」


「悪いな。本当に軽くていい」


 軽くていいならこの時間だ。

 うどんかフォーがいいだろうか。夕飯に使った鳥のささ身が残ってる。あれを使うならフォーガーだ。


「大和」


 急いで岳の元から立ち上がってキッチンへ向かえば、途中、真琴に呼び止められた。


「な、なんだ?」


 立ち止まった俺に視線を向けた後、そのまま岳に向かって。


「岳、俺は許さないぞ。大和を閉じ込める、なんてな。大和の人権を無視してる…」


 いつから聞いていたのだろう。すると岳は肩をすくめてみせ。


「大和もそれでいいならオーケーだろ? 前と違って契約じゃない。大和の意思だ」


「そんなこと、俺と亜貴が阻止する」


 そう言うと、立ち止まった俺の腕をとって、引き寄せる。


「ま、真琴さん?!」


「大和、そろそろ、あいつのヤバさに気づいてきたんじゃないのか? 岳と付き合うのはかなり危険だぞ? わかっているのか?」


「今更、何言ってんだ? だいたい、真琴は俺の背を押した口だろ? 今更反対とはな…。お前になんと言われようと、俺は大和を手放さない。そう決めてる」


「そら。その執着だ。──タケは一度狙うとしつこい。大和も感じてたんじゃないのか? 七生がいた時の岳の執着ぶり。四六時中、朝から晩までぴったりくっついて監視の目を光らせて…。危険な奴そのものだ」


「…真琴。俺を怒らせたいのか?」


「本当のことを言ったまで。七生がいたから言えなかったけどな」


「……」


 二人の間にいつになくバチバチと視線がぶつかり合う音が聞こえてくるくらいにらみ合った。俺は心の中で頭を抱えた。


 いったい何が起こってる? 真琴は仕事のストレスが溜まっているのか? 


 いや。真琴はそんな事でいら立ったりはしない。仕事のストレスは家の中まで持ち込んだことがない。

 その真琴がこういう態度をとると言う事は、よほど腹に据えかねていたのだろう。

 でも、ようやく平穏が訪れようとしているのだ。これ以上、荒波が立つのはごめんだ。

 俺はすうっと深く息を吸うと、


「二人とも。心配無用! 俺は岳が危険な奴だって分かってる。それに俺の方がもっと危険だ! 岳の方が逃げ出す可能性だっておおいにある!」


 俺はぐんと拳を作るとそれを握り、二人の顔を交互に見ながらそう宣言した。


「……」


 すると、二人は互いに顔を見合わせたあと、唐突に笑い出した。かなりの爆笑だ。


「ふ、大和、それは──ない──」


 真琴が涙を浮かべて笑う。


「そ、そんなことないって! 俺は危険だぞ! 知らないだけで──」


 俺は必死になるが。


「お前が危険なら、その辺の三歳児の方がもっと危険だって。ダメだ、腹が痛いっ」


 岳は腹を押さえて笑う。


 こ、このぉ! 


「あとで後悔したって、知らないからな?」


 でも、結果。そうなった。



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