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Take On Me 3  作者: マン太
24/49

24.学習能力

「大丈夫。それ、ちょっとハイになるだけのクスリだから。ふわふわするでしょ? 力が抜けて身体の熱が上がるような。で、気分が良くなる…」


「またかよ。…シャレにならねぇ」


 不覚をとった。

 まったく、学習能力が無い。

 どこか、ラルフなら大丈夫と油断があったのは事実。

 ラルフは顎に手を当て肘をつき、どこか面白がるようにこちらを見ている。


「またって…。前も同じことあったの? だとしたら、君って危機感なさすぎだね?」


「うっせ…! 前は、友達、だったから…」


 油断したのだ。


 くそ、マジで身体に力が入らねぇ。これ、なんだ? 言う通りにふわふわしてくるし…。でも、どうしてもラルフは平気なんだ?

 

 俺と同じものを飲んだはず。

 見透かした様にラルフは口を開く。


「何で同じものを飲んだ僕に効かないのかって、思うでしょ? 僕にはその薬が効かなくなっちゃったんだ。遊びで使いすぎてね。耐性が出来ちゃったんだ。でも──初めての人間には良く効くだろうね…」


 くらくらする視界に何度も目をこすったり頭を振ったりしたが、効果などあるはずもなく。これだと、俺の腕に物を言わす作戦が効かない可能性がある。

 と、俺の傍らのソファが沈んだ。軋りと音を立てる。ラルフが座ったのだ。


 …やばい。


 何がヤバイって、ラルフの目がやばい。

 

 こいつ、絶対やるきだ。


 獲物を狙う目。まるでユキヒョウの様。

 いや。実際、ユキヒョウに狙われた事は無いのだが。

 これは例えだ。

 しなやかな身体に、獲物を狙う鋭い視線。

 プラチナブロンドと翡翠の瞳がユキヒョウを思わせたのだ。まるで美しい獣。

 これが何かの撮影なら目も奪われるが、そうではない。


「友だちにやられたの? 君も災難だね。 薬の効果は前と一緒? 違うのやったの?」


「違う…。あれは、眠らされた、だけ…っ」


 俺は必死に後退する。反してラルフはじりじりと俺の方へ詰め寄ってきた。

 冴えた容貌に、今はただ恐怖を覚える。


 こいつのファンなら喜ぶ状況なんだろうが──。


 生憎、ファンには程遠い。流石にここで殴り倒しても文句は言われないはずだ。


 顔以外だったら、許されるはず──。


 まだ薬の効きは弱い。

 なんとか力を振り絞って、藤に鍛えられた拳を振り上げた。


「──っ!」


 が、あろうことか、それはラルフに難なく避けられ、逆にその手首を取られてしまう。


「はは、殴ろうとした? だめだよ、それ。腰に来るから。力はいらないって」


 言いながら、ラルフが俺の力ない右手拳にキスを落とし、赤い舌が軽く触れた。

 生温かい感触。岳以外の熱だ。


「…!」


 瞬間、ぞぞっと背筋に悪寒が走った。

 俺は後ずさりしすぎて、ソファから落ちる。


「くっ…!」


 ふかふかの絨毯の上、急いで腕をついて立ち上がろうとしたが、右腕は掴まれたままで、身動きが取れないし、言われた通り足にも腰にも力が入らない。

 入れようとすると、カクリと抜けるのだ。


 ま、まじか? 


 まるで自分の足だとは思えなかった。

 ラルフは俺の右腕を掴んだまま覆いかぶさってくる。


「よ、よるな! 変態! セクハラ野郎!」


「酷いな…。初めて言われたよ、そんなこと。大丈夫。酷いことはしないから」


 長い髪が頬をくすぐる。


「こ、この状況が酷いってんだ…!」


 俺はその髪から顔を避ける様に左右に振る。ラルフは苦笑した。


「これでも、付き合った相手は僕に満足してくれるんだ。今までに堕としてきた奴らも、結局喜んでた…。君だって、岳さんと比べても遜色ないかもよ?」


「!」


 着ていたTシャツの裾がまくり上げられ、露になった胸もとに白く長い指先が滑る。恐怖に肌が粟立つ。

 大希に襲われた時、あの時は意識がなかったが今は意識だけはばっちりある。

 こいつが俺に何をしようとしているのか、この状況で分からない俺じゃない。


「き、嫌いなら殴れよ! そっちの方が──」


「僕、暴力は嫌いなんだ。手も怪我しちゃうし。これはお互い気持ちよくなるだけ。ね? この前の続き。あの時はなにもできなかったでしょ? 今日は最後までやろうよ。時間はあるし、誰の邪魔も入らない…。君はどっちがいい? ネコ? タチ? どっちでもいいけど…」


 ラルフはそう言うと、ジャケットを脱がし、Tシャツを上に跳ね上げ全て脱がすと、履いていたジーンズのジッパーも下ろし、腰から脱がしていく。

 手際が良すぎる。


 てか、感心してるばあいじゃねぇっ! やばいって! 俺、しっかりしろ!


 バタ足でもがくが、逆に脱げかかったジーンズが足に絡まって、身動きが取れなくなった。ラルフは笑うと。


「そんなに怖がらないで。悪いようにはしないから。暴れると逆に傷つくよ? やっぱり、君がネコか…。男、抱いたことないだろうしね…」


 右手首を掴まれ床に押し付けられた。


 そういえば、前に岳が、藤が言っていた。こういう状況で、無事でいる対策。


 それは──。


+++


 大人しく言う通りにしていれば、命だけは取られない。


 そう言っていた。

 ラルフも命まで取ろうとはしていないだろう。行為も早く済むかもしれない。

 けれど、心はだいぶ傷つく。

 ろくに知りもしない相手に触れられるなんて、考えられなかった。


「俺には…無理…」


 こんなの、ただの暴力だ。


「大丈夫。今日はそこまで酷いことはしないから。大人しくしてれば、天国かもよ? それに、これで僕の気が済めば──岳さんの仕事も上手く行く…。ちゃんと出版の話もすすめるよ」


 そう言って、冷たく頭上でラルフが笑った。


 岳──。


 ろくに抵抗もできず、されるがままだ。

 今、身に着けているのは下着のみ。ジーンズは取り払われ、靴下は何時に間にか暴れるうちに脱げていた。


「大丈夫。怖くないから──」


 掴んだ右足首を持ち上げ、キスを落とす。

 触れられると、ビクリと妙に身体が反応した。

 どうやらそういう効果のある薬らしい。俺の反応を見てラルフは笑った。


「いい反応…。意外にいけるかも…」


「ふっ、ふざけ──」


 俺はいけねぇ! 良くねぇ!


 と、ラルフは俺の人形みたいに力の抜けた右足を折り曲げ、身体を間に割り込ませる。


 い、イヤだ──っ!


 その右手が下着にかかったのと同時、ガチャリとドアの開いた音がした。

 ロックはラルフがしてあったはず。

 それが外れたとは思えない。流石にラルフも驚いて顔を上げる。


「大和!」


 あ──。


「た──」


 出した声はかなり掠れて小さい。

 情けない声だ。

 荒々しい足音と共にリビングに姿を現した岳は、床に半裸で押さえつけらた俺と覆いかぶさるラルフを見とめたとたん、


「──!」


 走り寄ると、俺の上からラルフを突き飛ばす様にどかし、無言でその首を掴み上げた。


「ちょっ──! っ─…!」


 床から足が浮く。

 かろうじてつま先が触れている程度。それだと、首が絞められてかなり苦しいはず。

 岳は不本意だったとは言え元ヤクザ。

 何処をどう締めあげれば根をあげるか、知り尽くしている。

 けれど、素人相手にそれは良くない。

 俺は止めるため、匍匐前進で必死にその足元までにじり寄ろうとしたが、足腰腕に力が入らない。


 くそ、動け! 俺…!


 まるでカタツムリのよう。それくらい、力が入らないのだ。


「岳…! ダメだっ! それ、以上は──」


 岳に俺の声は届かない。聞こえていても、無視しているのだ。


「どんな理由があっても、大和を傷つける理由にはならない。…代償を払う覚悟はあるか?」


「──っ、はな──」


 ラルフは息ができず、顔を真っ赤にしている。


「お、鷗澤さんっ!」


 一緒に来ていたのだろう。あとから現れたマネージャーが止めにはいった。こちらはしっかり岳の腕にとりつき、必死に止めにはいる。


 俺はあれがやりたかったのだ。まったく。


「すみません! 鴎澤さん! どうか許してやってください! 私から強く言ってきかせるんで!」


「強く言ったくらいじゃ、聞かないんだろ? ──聞いてる。こいつがどんなに周囲に迷惑をかけているか。素行も良くないらしいな。そんなんじゃ、いつか信用を無くして仕事をもらえなくなるぞ?」


「っ…!」


 ラルフはもがいて岳の手首に爪を立てようとするが、岳にそんなものは効かなかった。

 更に岳が腕を上げ、とうとう、床から足が離れる。

 ラルフも痩せているとは言え小柄ではない。それを片手で釣り上げてしまう岳の腕力はどうなっているのか。


「このホテルのオーナーは親父の友人だ。事情を話すと、すぐにここの部屋のロックを解除してくれた」


「!」


 ラルフは顔を赤くしたまま、岳を睨みつけた。その目の端には涙が浮かんでいる。相当苦しいはずだ。


「お前が大和をしつこく狙った理由も分かっている…。意趣返しのつもりだろうが、とんだ見当違いだ。それに──狙いどころが悪かったな。大和は確かに俺の弱点でもあるが、一番、触れたらいけないものだ。それに手をだして、このままでいられると思っているのか?」


「っ…!」


「たけ…る!」


 俺は何度か力を振り絞るうち、とうとう足元まで前進し、その足にしがみつくことができた。

 上半身を起こす際、反動をつけた所為で、ごつりと額が裏腿にあたったが。


「大丈夫、だから…っ、も、やめろ! 俺、気にしないっ! 岳が──悪くなる!」


 このままもし、ラルフに何かあれば、理由はどうあれ、岳にも害が及ぶ。

 それは何としても避けたかった。


+++



「……」


 岳は黙ったままだ。

 流石にぐったりとしてきたラルフにマネージャーも蒼白になる。それから数秒はそのままだったが、岳は唐突に手を放した。

 どっとその場にラルフが倒れ蹲る。

 ゲホゲホとせき込む音が部屋に響いた。マネージャーがその背を抱えるように様子を窺っている。白く細い首にクッキリ赤い跡が残った。


 怖い。怖いぞ。岳。手の跡が残ってる…。


 岳は今度は足元に蹲る俺の方へしゃがむと、すぐに抱きしめてきた。

 その強さに岳の思いがうかがわれる。俺は漸くほっと息をつけた。


「痛むところはないか?」


 俺は首を振る。

 怪我はしてない。ありがたいことに痛むところはどこにもない。

 でも、もし岳の登場が遅かったら、俺はそれなりに心の傷を負っただろう。


「岳…。ごめん…。俺…、また──」


「何も言うな。大和は何も悪くない」


「…っ」


 思わず涙が出そうになるのを、グッと堪えた。


「何を飲まされた?」


 岳は身体を起こし、俺の頬を捉えると見下ろしてくる。


「…分からない。そこの、アイスティー飲んで、しばらくしたら…。身体の力が抜けて…」


 情けない、本当に。


 不覚を取った。


 大希の時のも入れると…二度目だ…。


 岳は俺のせいじゃ無いというけれど、半分は俺の軽率な行動が招いた結果だ。

 岳は着ていたジャケットを脱ぎ俺の身体を包み込むと、抱き上げソファに座らせた。

 投げられたジャケットにTシャツ、ジーンズと靴下を拾い上げ、その傍らに置く。


「少し待ってろ」


 岳はキッチンに向かい、そこで何か探している様だった。

 目当てのものを見つけたようで、手に取り確かめたあと、端末で画像を撮っている。

 それからラルフの方へ振り返り。


「…違法薬物だ。これで警察を呼べば捕まる。大和への暴行罪も入るだろうな? 現行犯逮捕だ」


 ラルフの肩が揺れた。岳はため息を一つ付くと、


「お前の弟、慧斗。覚えている…」


「──!」


 そこでラルフが顔を上げた。喉をつぶされたお陰で声が出せないでいるが、驚きの表情が浮かんでいる。

 俺も初めて聞く話しに、同じように岳を見上げた。


「お前の弟が死んだのは──妻子持ちの男と付き合っていた所為だ」


「…な、に?」


 ラルフは声を辛うじて絞り出した。


「正確には、付き合っていた当初は妻だけだったようだが…」


「…そん、な話し、知らないっ」


 岳は構わず続ける。


「その男と妻とは、離婚まで話しがいっていたらしい。──だが、妻に子どもができたと知って、慧斗は男と別れた。…俺と付き合ったのはその頃だ」


「……」


 ラルフはじっと岳を睨みつける様に見ている。


「…だが、男の事をまだ引きずっていてな。結局、俺とは別れた。その後、男と会って話しをしたらしい。そこで再度、別れを選んだ…。自死を選んだのはその後だ。──だから、俺との別れを悲観した訳じゃない」


「う、うそだ…っ!」


「当時付き合っていた男と会って話もした。慧斗とは笑顔で別れたそうだ。…多分、男に心配させまいとしたんだろう。結果、自分を押し殺してそのまま──」


「…そ、んな…」


「どちらにしろ、俺を恨んでも、その男を恨んでも、弟は報われない。それより、そんな無意味な復讐に時間を費やすより、せっかく得ているものをいかして残りの人生、弟の分も生き抜く方が、弟も喜ぶんじゃないのか?」


「……っ」


 ラルフは拳を握り締める。


「時間は無限じゃない。もっと、大切に生きることだな? ──この画像だが、お前の答え次第ではすぐにでも警察に通報し、提出するが。どうする?」


 すると、マネージャーが慌てて追いすがってくる。


「も、申し訳ない! ラルフはやりすぎた…! ただ、今回は見逃してくれませんか? このことが表になれば、ラルフにも会社にも大きな負担が…。仕事先にも迷惑をかけてしまう。処分については上とも相談して今後を考えます! だから──」


 岳は腕組みしてマネージャーとラルフを見下ろす。


「ラルフ、答えは?」


 岳は端末を手に取った。ぴくり、とラルフの肩が動き、


「…すまなかった」


 ぽつりとそう漏らした。岳は深くため息をつくと。


「誰に対してどう謝ればいいか、言われないと分からないのか?」


 すると、キッと眦を釣り上げ、岳を睨みつけたが、すぐに意気消沈すると、立ち上がり、ヨロヨロとした足取りで俺の傍らまで歩み寄る。

 俺はラルフが近寄るだけでぴくりと身体が揺れた。

 すると、すかさず傍らに岳がやってきて、背中に手を添える。それでホッとした。


「怖い目に遭わせて…、すまなかった。二度としない」


 俺は項垂れるラルフを見上げながら、


「…いいよ。もう、気にしない」


 本当は言いたい事も山ほどあった。けれど、ここで今、色々いう気にはなれず。

 ただ、今は早くこの場を離れたかった。

 岳はそのまま、俺を腕に抱えあげると、俯いたままのラルフを見やり、


「前の件と今回で三度目だ。次はないと思え。もし、何かする様な気配があれば、直ぐにでも今回の情報を警察に流す。それに、当分、表の世界に出られなくもなる。──覚えておけ」


 そう話す岳は、すっかり以前の、ヤクザだった頃の岳に戻っていた。

 その表情は、地下駐車場に到着するまで続いた。


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