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Take On Me 3  作者: マン太
22/49

22.再び

 次の日、岳はスタッフ二人を連れて、指定の場所へと向かった。

 都内のとあるホテルの一室だ。そこでラルフと話をするらしい。

 残った俺は、男性事務スタッフと共に、事務作業やら、資料整理にメールチェックをやらこなしていた。

 その最中、電話が鳴った。

 事務スタッフは突然の客に対応中で、必要書類を別室に探しに行っている。その為、電話には必然、俺が出る事になった。


「はい。スタジオ・キタムラです──」


『あ、良かった。大和君だよね?』


 この声には聞き覚えがあった。受話器を通しても覚えている。


「ラルフ…」


『ふふ。警戒してるね。その声。君と話したくてさ。今から僕の言うホテルまで来てくれない? ──勿論、岳さんには内緒で』


「内緒ってなんだよ。行くわけないだろう? だいたい、なんで《《俺と》》話したいんだよ。先に岳と話せよ。岳が困ってる。あんたが捕まらないって…。依頼された仕事でクレームがついたって。いったいどこが気に入らないのか、俺に会うより岳に会って話せよ」


 詰め寄ったが、ラルフは電話口の向こうで笑うと。


『君が僕と会ってくれたら、理由をそこで話すよ。ここで僕の機嫌を損ねたら、一生、岳さんは僕に会えないよ? そうしたら、出版できないでしょ?』 


「…っ」


『僕は別にいいんだ。遅れた所で。でも、依頼主の不評を買ったって事で業界に知れ渡るよ。噂なんてあっという間だ。会社のイメージ、悪くなるよね。北村さんの事務所にそんな評判、立てたくないでしょ? 勿論、岳さんの将来にも響く…』


「……」


 そうまで言われては、脅しと分かっていても、従わざるを得ない。もし、俺が会わなければ、本当にそうするかも知れないのだ。

 弱みを良くわかっている。


 本当に嫌な奴だ。


「…わかった。何処に行けば話せる?」


 仕方なく折れる。


 こうなったら、岳の代わりに何としても理由を聞き出してやる。


 俺は息巻いた。

 もちろん、前の様に手を出されては困る。

 今回はもう、岳との撮影の仕事は終わっているのだ。怪我を負わせないにしても、防御のしようは幾らでもあった。

 ラルフの立ち振る舞いから、喧嘩慣れしている様には見えない。

 というか、人を殴ったことなどないだろう。組み敷かれても、相手は藤ばりでない限り、手は幾らでもあった。

 それが俺を油断させたのだが、それはのちに知ることになる。


『じゃあ、今から言う所に──』


 そう言って口にしたのは、都内のホテル。岳達が向かった先とは異なった。結局、岳達は無駄足となったのだ。

 怒りがこみ上げて来るが、グッと抑える。

 ラルフは顔がバレると面倒だからと、その部屋でしか会えないと言う。

 今は午前十時。十一時にと、ホテル名と部屋番号を告げられた。直接上がってきてくれていいと言う。

 俺は受話器を置き、ため息をついた。そこへ、男性スタッフが戻って来る。接客が終わったらしい。


「あれ、大和さん? 今、電話鳴った?」


「ん…、あ、いや。間違い電話」


「そう? ならいいけど…。もう、今のお客さん、聞くだけ聞いて、考えますって。何しに来たんだか…。岳さんたち、どうしてるかなぁ。話し、まとまるといいけど」


 事務所に残ったスタッフは今さっきまで対応していたお客の為の資料を片付けながらそう、口にした。


「そうだな…」


 その言葉に、俺はただ曖昧に頷くことしかできなかった。


+++


「大和、出てったって?」


 昼近くに岳は事務所兼自宅に帰ってきた。男性事務スタッフがすぐに大和の不在を告げる。


「はい。なんだか急な用ができたって。多分、夕方には帰るって言ってましたけど…」


 岳は帰ってきて、すぐに大和がいないことに気付いた。出迎えに出て来なかったからだ。

 いる時はいつも飛び出す勢いで出て来ると言うのに。


 急な用とはなにか。


 岳の端末には連絡が入っていなかった。

 連絡も入れられないほど、急だったと言う事か。いつもなら、どんなに急いでいても、せめて要件と何時に帰るくらいは入れてくるのに。


「他に何かあったか?」


「えっと、何かうちの仕事内容を知りたいってお客さんが飛び入りであったのと、あとは仕事依頼や問い合わせの電話が幾つか。ひとつは大和さんが取ったから内容は──」


「要件は?」


「それが、大和さんが出たみたいで。でも、間違い電話だって。なにか話してる素振りもあったんですけど…。最近、へんな無言電話もあるからなぁ」


「分かった。通話履歴残ってるだろ?」


「あ、そうですね」


 言いながら、岳はスタッフが触るより先、番号を確かめる。

 今日午前中の通話履歴で、不明の番号は一つだけ。丁度、大和が出ただろう頃の番号だ。


 調べてみるか。


 岳は端末の検索で番号を調べた。

 結局、今日もラルフ本人とは会えず終いで。これにはマネージャーもほとほと困り果てていた。

 それなりにベテランのマネージャーなのだが、ラルフには煙たがられているらしく、約束をすっぽかされる事もしばしば。

 流石のマネージャーも扱いに困る時があるのだと言った。

 岳はその我儘ぶりに、ため息しか出ない。

 こんな態度で仕事をしていれば、いつか信用を無くすだろう。自分のいい加減な行動で、どれだけの人間が迷惑をこうむるか分かっていないのだ。


「岳さん、お茶にしますか?」


 そこへ七生が顔を見せた。

 事務所には滅多に訪れないが、手が空くと時折、お茶の時間に顔を出す。

 スタッフも疲れているだろう。大和がいればすぐに対応してくれていたが、その大和はいない。


「…じゃあ、頼む」


「はい!」


 返事を残して、嬉しそうに七生は事務所内の奥にあるキッチンに向かった。

 その背中を、岳に同行していた女性スタッフが見つめながら。


「七生さんて、かわいいですよね?」 


 耳打ちしてくる。


「そうか?」


「だって、日本人離れしてますもん。お祖父さんがフランス人って、なんか素敵」


 語尾にハートマークが付く。


「よくわからないな…」


 岳の返答にもう一人の男性スタッフが。


「岳さんは、大和さんしか見えてないですもんね。まったく、他に無反応で。その他大勢。今回のモデルのラルフさんなんて、神がかってるのに、まったく無関心だし。っとに淡々とこなしてて、びっくりです」


「別にかなりの容姿だとは思ったぞ。けど、それだけだ。対象として綺麗に撮ることは考えるけれど、それ以上のなにかはないな。大和の方がよっぽど可愛いし、魅力的だ」


「うわー、でたでた! のろけ! 聞きたくない~」


 女性スタッフが耳を押さえて退散するふりをする。しかし、男性スタッフは腕を組み考え込むようにすると。


「俺、岳さんの言う事、ちょっとわかります…」


「…何が?」


 岳の声がそこで低くなったのに、男性スタッフは気付かずに続けた。


「だって、大和さん。かれこれ数か月一緒にいますけど、なんかこう、七生さんと比べると確かに断然男だし、身体もしっかりしてるし。けど、時々こう守りたいって、庇護欲? 駆り立てるみたいな所ありますよね? なんだろうなぁ…? こう、きゅーと抱きしめたくなるような? べつに性的な意味じゃなくて──」


「だ、ダメだって!」


 女性スタッフが慌てて、その腕を掴み、岳の側からから引き離す。


「あの、これはちょっと気の迷いなので。こいつ、頭冷やさせますから!」


 女性スタッフは男性スタッフの頭を無理やり下げさせた。


「…いいや。気にするな。大和を分かったみたいで、同志が出来て嬉しいな。けど──それ以上は深入りするなよ?」


 岳の、人を凍りつかせるのでは? と思わせる視線に、スタッフ二名は冷や汗をかきつつ後ずさった。

 と、モニターに検索結果がでる。それはとある高級ホテルの番号を示していた。



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