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Take On Me 3  作者: マン太
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2.怒られる

 山小屋が休みの月曜日の夕食後、岳と(くだん)の話になった。

 亜貴は既に自室に戻って勉強をしている。真琴は今晩は打ち合わせで遅くなるから外食との事だった。

 俺は食後のコーヒーをリビングで待つ岳に持っていくと。


「誰か雇う、とか…?」


 ソファに座る岳は、俺の提案に腕組みする。俺もカフェオレ片手にその隣に座った。


「それがいいんだろうが…。矢鱈な奴をここには入れたくない」


 それは分かる。

 昔、岳が俺に言った言葉でもあった。見も知らない誰かが家の中にいるのは、かなりストレスだ。


「うーん。じゃ、やっぱり、俺が山小屋の手伝い、早目に切り上げるか…」


 あと、半月と少しあるが、この際断るしか無いだろう。でなければ、この家は崩壊する。埃だらけの蜘蛛の巣だらけ、インスタント食品だらけの生活に逆戻りだ。

 俺の本分は、岳らとの生活を守る事だと思っている。山小屋の管理を任されている友人、祐二(ゆうじ)には申し訳ないが、俺の心は固まった。

 しかし、俺の言葉に岳が渋々と言った具合に口を開く。


「それだと、せっかく大和を頼りにしてる祐二に悪い。倖江さんが、兄妹につてがあるかもって言ってたんだ。そっちを当たってみるか…」


 余り乗り気ではないらしい。やはり、外部の人間だからだろうか。


「兄妹?」


「倖江さんの妹の孫になるそうだ。妹はフランス人と結婚して、海外にいるらしいが、子どもたちは日本で暮らしてるそうだ」


「へぇ…」


 なかなかグローバルだ。


「亜貴とは遠い親戚になるな。二十歳、男だそうだ。大和と同じ歳だな? 短大で保育士の免許を取ったあと保育園で働いていたらしい。なんでも仕事内容がきつすぎて、仕事を辞めて今は実家で休んでいると言ってたな…」


「ふーん」


 保育の仕事は楽しいらしいが、子どもより、親への対応に苦慮すると聞いた事がある。実際、大変なのだろう。


「就職先を探しているって話だが、その繋ぎにうちに来てもらおうかと思うが…。どう思う?」


「いいんじゃねぇの? 倖江さんの紹介だし。それに男子の方がいいよな。やっぱり女子だと、飢えた男どもの中には放り込めないしな…」


 岳はいいにしても──ちなみに岳は高校時代、女性と付き合っていた事もあるのだが、大学に入って同性である紗月(さつき)と初めて付き合い、それが案外気楽で、それから同性だけになったのだと言う──俺含め、亜貴や真琴は一応、ストレートだと思っている。

 俺には岳がいるからいいけれど、他二名は今の所、特定の相手はいない。

 ちなみに真琴は付き合っていたかと思えば別れ、また別の女性と付き合うを繰り返していた。酷い仕打ちをしている訳ではなく、仕事が忙しく、つい連絡を怠っていると、向こうから別れを告げられてしまうらしい。

 ただ、モテるため直ぐに次に立候補してくる女性がいるのだとか。


 流石だ。真琴さん。


 それは置いておいて、兎に角、年頃の女子が入ってきては、間違いが起こらないともかぎらない。何かあってからでは遅いのだ。

 しかし、岳は髪をかき上げつつ。


「まあ、あいつらがほかに目をむけるとは思わないが…。確かに男の方がいいだろう。けど…」


 ちらと俺を見た後。


「俺はお前が心配だ」

 

「は?」


 俺は思わず聞き返す。岳は飲み終えたカップをテーブルに置くと、おもむろに手を伸ばし、俺の頬に触れてきた。


「男だろうが、女だろうが、誰も大和に近づけたくない。ことにお前は弱ってる奴に弱いだろ? そう言うのにつけこむ、あざとい奴だっているんだ」


 いやいや。ちょっと親切にしたからって、俺に好意を持つなんて輩はいないだろう。

 それに、俺だってそんな簡単に引っかかりはしない。

 確かに困っていたり、明らかに自分より非力な奴だったりすると、手を貸したり代わってやったりすることはある。

 手伝っている山小屋でも、まだ入ったばかりのバイト連中に男女構わず、無理と分かれば手伝ったりもする。以前の大希(ひろき)の件も──『Take On Me 2』を参照されたし!──やはり、あいつが弱っていたから気にかけた。

 確かに岳の言う通り、『弱い奴』には、自然と体が動いてしまう。

 けれど、俺だって際限なく甘やかすわけじゃなく。ちゃんと相手を見て、距離を保ちながら接しているつもりだ。

 中にはべったり頼りっきり、頼ることが当たり前の奴もいて。そういう奴は見ていればわかるから、非常時以外は手を貸さなかったりもする。全部、オーケーではないのだ。

 けれどそうやって対応しても、相手からそう言う意味での好意をもたれた覚えはないし、告白など受けた事は皆無だ。

 それに、俺が一瞬でも相手によろめいたり、ときめいたりすることもなく。

 だいたい、俺には岳がいるのだ。もし、迫られてもきっちり断る。俺の岳に敵う相手などいないのだ。


「…俺、そんな単純にひっかからないぞ」


「お前にそのつもりがなくても、相手はそうじゃないって、あるだろ?」


 なんとなく、ではなく、明らかに大希の件を指している。

 どうやら岳は前回の件で、大希をいまだに警戒しているらしい。きっと、大希に特定の相手ができない限り、続くのだろうと思われる。


 っとに。俺って愛されてる。


 何度も、もう大丈夫だと言っても聞かないのだ。


「倖江さん推薦の妹の孫、写真を見せてもらったが、かなり可愛い容姿だ。性別なんて関係ないくらいのな。…大和だって、揺れるかも知れない」


「なにアホなこと言ってんだよ。俺が他に目を向ける訳ないだろ? マジで言ってんのか?」


 俺は幾分、気色ばむが。


「…心配なんだ。大和には皆、惹かれるから」


 頬をくすぐっていた指先が、唇の感触を確かめるように触れてくる。


 多分、これはキスしたいんだ。


 その意図を汲み取って、俺はあと少しで飲み終わるカフェオレをいったん、テーブルに置く。うっかりソファにこぼしては後が大変だ。

 カップを置いた途端、俺の予想通り、すぐに大きな掌が首筋から後ろ頭に廻り、自分の方へ引き寄せキスしてくる。

 コーヒーの味のするキス。触れるだけの軽い奴じゃないから、始末が悪い。今は誰もいないのだから、気にすることはないのだが。

 自分たちの使う棟の部屋なら、大抵このまま、ここで──となるのがいつものパターンだけれどここは皆の集まるリビングで。


 これ以上は無理だ。危険だ。


 うかつにそれ以上の事に及べば、見られる可能性大だ。岳はそれでも構わないと言うが、俺がかまう。家族に自分の行為を見られて恥ずかしくないと言える奴がいるだろうか? 

 真琴と亜貴はすっかり俺の中で身内に入っている。彼らに見られるのは、自分の家族に見られてしまったのに等しいのだ。

 それに、岳といる時の自分は、一番、油断している時で。そんな姿を人に見られるのが嫌なのだ。知っているのは岳だけでいい。

 ただ、岳のスイッチは至る所にあって、二人きりになるとすぐ入る。

 俺も嫌ではない。大抵は受け入れるのだけれど、そんなわけで、流石に皆の集まるリビングでは禁止行為だ。

 だいたい、以前に一回だけ、ここで事に及んだことがバレて亜貴から鉄拳を喰らっている岳だ。分かっていないはずがないのだが。


「ちょ、岳っ、誰かきたら──」


「キスだけ…。見られたっていい。どうせ亜貴か真琴だ」


 いやいや。どうせ、じゃないだろ? 


 それだって問題なんだってば!


「って、ダメだってっ! たけ──」


「亜貴はもう寝てる…」


 岳は引き寄せると、尚も構わずキスしてくる。

 俺も結局根負けして、心とは裏腹に──いや。本当は裏腹じゃないのだけれど──キスを受け入れた。

 髪を優しく撫で、背に回された腕は俺が倒れないよう、しっかり支えている。

 岳に大切に思われているのが分かって、いつも嬉しくなる。何度したっていつもそうだ。


 岳──。


 目がトロンとしかけた所で。バタン、と背後で冷蔵庫の閉まる音がした。

 驚いて飛び上がる。慌てて振り返れば、冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注いでいる亜貴がいた。


「っ?!」


「…ここ、みんなの共有スペースなんだけど。それ、わかってんの? 兄さん」


 徐ろに麦茶をいっき飲みしてから、やや大きめの音を立ててコップをシンク脇の台へ置き、腕を組みこちらを睨んで来た。


「これでも現役高校生なんだよね。受験勉強でかなりストレスたまってんの。他で発散したくたって、嵌め外して遊んでる場合じゃないし。そんなとき、兄さんたちのイチャイチャ見て、なんとも思わないとでも?」


「あわわわ、ごめん! 亜貴! ほんと、もう二度と面前では──」


 岳は平謝りしだした俺を背後から羽交い絞めにすると。


「ここは皆のスペースだろ? 俺や大和だってそこに入る。何も事に及んでる訳じゃない。少し位のスキンシップは許されるはずだ」


 岳は平然と言ってのける。亜貴はむむっと眉間にしわを寄せ。


「じゃあ、それ見て欲情してもいいわけ? そういう時のネタにしたっていいってこと?」


「それくらい好きにするといい。本番じゃなければ幾らでもな」


「っ!!? まてまてまて!」


 俺は慌てて割って入る。


「俺を放って勝手に許可すんな! てか、亜貴。ごめん。もう、二度とここではやんねぇ! だから、俺を──とか、やめとけっ。一度、冷静になってだな──」


 こんな可愛く綺麗な顔をした亜貴が俺をネタにとか──ありえない。てか、そんなので欲情できないだろ?


「やめない。だって俺が大和を好きだって知ってるでしょ? 兄さんがいるから諦めたふりしてるけど。隙みせれば、なんとかしてやるって思っているのは事実だから」


「…あ、亜貴?」


「ああもう! 受験もあるってのに! 兄さんは相変わらず大和といちゃいちゃしてるし、遠慮しないし! ほんっと、ムカつく!」


 それだけ言うと、派手な音を立てドアを閉め、足を踏み鳴らすようにしてまた自室へと戻って行った。まるで嵐だ。

 岳は俺を改めて抱き寄せると、頭上で盛大なため息をつく。


「亜貴が欲しいってのが、大和じゃなきゃ、幾らでもやるんだがな…」


「た、岳?」


「大和だけは、誰にもやれない」


「っ…!」


 そう言うと、首筋にキスを落としつつ、ぎゅっとハグしてから。


「部屋、戻ろう…」


 俺はこくこくと頷き、急いでカップのカフェオレを飲み干すと、片付けるのもそこそこに、岳と共に部屋へと戻った。

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