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Take On Me 3  作者: マン太
18/49

18.待ち人来たらず

「大和が部屋に来ないから、どうかしたのかと見に来たんだが…。何かあったのか?」


 ザワついた皆の様子を不審に思った岳が尋ねてくる。その問いにスタッフの一人が名簿を抱え、困った様に説明を始めた。


「はい…。実はまだ一人、宿泊予定者が到着していないんです…。祐二さんが探しに行く所なんですが、もう一人必要で。それが決まらなくて──」


「わかった。俺が出よう」


 まだ言い終わらないうちに、岳がそう答えた。


 岳?


 俺は思わず岳を見返す。その言葉に祐二がほっとした表情を見せた。


「良かった…! 先輩なら助かります。ありがとうございます。大和、準備手伝ってやって」


「り、了解…!」


 声を掛けられ、すぐに救助用の用具の装備を整えるが。持ち出すものを詰め込んだリュックを玄関口に準備しながら、靴を履いている岳に声をかけた。


「岳…、その──気をつけてな?」


 大事なのは遭難しかけた人を救う事。けれど、やはり岳になにかあったらと、そちらが気になってしまう。

 岳は十分にその力がある。だから、俺の心配は杞憂で。けれど、不安は拭えない。

 助けに行って欲しいけれど、行っては欲しくない。

 その葛藤を見抜いた岳は、俺の不安げな顔に笑みを浮かべると。


「俺を誰だと思ってる? ここは庭みたいなもんだから。安心して待ってろ」


 ポンと大きな手のひらが頭の上にふってきた。


「ん」


 それで、一時不安が吹き飛ぶ。

 昼時に聞いたあの告白はなんだったのかと思うほど、いつもと変わらない岳。


 あれは夢だったんじゃないだろうか? 


 そう思いながら、今まさに薄暗くなってきた外へと、祐二と共に出ていくのを玄関先で見送っていれば。


「岳さん? どこか行くんですか? こんな時間に…」


 振り返ると、七生が驚きの表情を浮べそこに立っていた。何時まで経っても戻って来ない岳の様子を見に来たのだろう。

 俺は急いでフォローを入れる。


「一人、宿泊予定の学生が来ないんだ。取り敢えず、祐二と岳で様子を見に行く所だ。心配しなくても大丈夫だから──」


 先程までの不安はチラとも見せず、そう口にすれば。


「だって、もう暗くなるのに。天気だって…。どうしてスタッフでもない岳さんが?」


 七生は詰め寄る。祐二は先に外に出て待っていた。救助が必要な状態なら、ここでのんびりしている訳にはいかない。

 すると岳はため息をつき。


「七生。俺が自分で行くと決めたんだ。大和、七生をよろしく」


「あ、おう…」


 そうして、岳は祐二の後に続き出ていった。


「岳さん!」


 岳を追おうとする七生の二の腕を掴んで引き留める。


「大丈夫だって。岳も祐二も、慣れてるから。それに危険な箇所も分かってる。すぐ見つけて戻ってくるから。な?」


「…大和さんは、岳さんが心配じゃないんですか? 好きなのに、どうしてそんな余裕でいられるんですか?」


 七生はきっと睨んでこちらを見上げてくる。

 睨んでもかわいいのが凄い所だ。俺なんて絶対メンチを切っているようにしか見えないだろう。


「いや…。余裕ってわけじゃ…」

 

 言いながら後ろ頭をかく。


 さて。どうしたものか。


 玄関先ではスタッフの目もある。俺は七生を誰もいない食堂へと引っ張っていった。

 そうして、隅っこで向かい合うと。


「俺だって、余裕ってわけじゃない。心配だ。…けど、同じくらい岳も信用してる」


「でも、何かあったらどうするんですか? その人だけじゃなくて、岳さんだって危険な目に遭うかもしれないし…。そんなことになっても、大和さんはいいんですか?」


「…それは」


 いいはずなんかない。


 でも、俺は岳を止めない。それは岳の選択だからだ。


 岳の人生を、邪魔はできない。


 それは、明らかに間違った選択をしようとしていれば、必死に止めるけれど、今回の選択は間違っていないと思う。

 だから、引き止める事はしない。不安はあるけれど岳を信じて俺は待つ。

 けれど、今の七生には響かないらしく。


「分かりました…」


 そうは言っても、納得いかない様子で、渋々部屋へと戻って行った。

 俺はほっと息をつき、スタッフと共に救助の手配や戻ってきた時の準備をする。

 その後、俺は二人が帰って来たら直ぐに出られるよう、灯りを落とした食堂の片隅でまんじりともせず、帰りを待った。

 けれど、一時間しても岳たちは姿を見せない。もう帰ってきてもいい頃だ。


 なにかあったのか? 


 不安は募ったが、自分まで出て行って、運悪く遭難でもしたら目も当てられない。


「あの…」


 そこでスタッフの一人が遠慮がちに声をかけてきた。


「どうした?」


「さっき、七生さんに聞かれたんです。まだ岳さんたちは帰って来ないのかって。俺、もしかしたらなんかあったかなぁなんて言っちゃって…。でもすぐ否定したんですけど、凄く怖い顔してて。あの、すみませんが様子、見てきてもらえませんか?」


「おう」


 確かにさっきのままの七生なら、悪い方へ思い詰めそうだ。

 俺は言われた通り、七生のいる個室に向かうが。


「七生?」


 ノックの後ドアを開けたが、中に人の気配はない。綺麗にたたまれた毛布が二組あるだけだ。


 まさか。


 俺は取って返して玄関側のスタッフ控室に向かう。


「なあ、ここ誰か出てかなかったか?」


 行方不明となった学生の連絡先を調べていたスタッフは首を傾げた後、


「あ…、そういえばさっき、ドアが開いたような? 気のせいかと思ったんですけけど──」


 俺はハッとして、玄関の下駄箱を確認する。岳の靴は既にないが、その隣に置いてあった七生の靴もない。


 あいつ──。


「七生が出てった! 俺、追うから!」


「大和さん!?」


 岳達用に用意していたお茶を水筒に入れ、救護用のリュックへ突っ込むと、直ぐ様小屋を飛び出した。

 外に出るとぐっと気温が下がる。小雨が降り始めていた。

 山小屋の傍にだけ、明かりはあるが、あとは真っ暗な世界だ。

 雨も降っているため、月の出ている時刻だったが、その明かりは望めない。


 まだ、近くにいるはずだ。ヘッドライトはつけているはず。


 俺はヘッドライトをつけ辺りを見渡した。ぱっと見、光は見当たらない。

 明日の早朝に山頂に登ると言っていた。その時間はまだ薄暗い。岳はヘッドライトを七生の分も用意していたはずで。

 岳達が七生が登ってきた道を行ったのは知っているはず。七生が行くとしたらその方向だが、ここまで暗いと、道を間違える可能性もある。


 七生──。


 岳達が心配になって、自分で探しに行こうと思ったのだろう。七生はそこまで重装備では無いはずだ。


 早く見つけないと。


 俺は急いで道を下った。


+++


 大和が出た後、三十分ほどで岳と祐二は、行方不明となっていた学生を連れて戻ってきた。

 学生は、小屋まであと数百メートルの所で雨が降り出し、霧が発生したため視界不良となり道を外れ、このまま歩くと危険と判断し、そこでビバークしていたと言う。

 岳たちからは陰になる場所にいて見つけ辛かったのだ。そのせいで発見が遅れたが、体温は幾分下がっているものの、山岳部に入部しただけあって備えもあり、大きなケガもなく一安心だったのだが。

 無事、小屋へ到着すると、戸口でやきもきした様子のスタッフが待ち構えていた。

 学生をスタッフに任せると、休む間もなくスタッフが事の次第を岳に告げる。


「大和と七生が?」


 スタッフの話しを聞き、靴を脱ぎかけていた岳の手が止まる。スタッフは心配顔だ。


「はい…。七生さんが先に出たようで。気付いた大和さんがすぐ出ていって…。三十分くらい前です。探しに行くにもここまでだと危なくて…」


 外はまた霧が巻いていた。雨脚も強くなって来ている。


「連絡は?」


「さっき一度あったんですが、まだ見つけられていないようで…」


「どの辺にいるって?」


 祐二の問いにスタッフは地図を指し示し。


「連絡してきた時は、この──丁度、岩の辺りだって言ってました。いつも登山者が道を間違える所です。笹やぶがあって、視界が途中で悪くなる辺りですね…。間違うと尾根に向かうルートなんで、いつまで経っても小屋にはたどり着けなくて、連絡が良く来る…」


 途中に危険な個所は少ない。ただ、このまま気温が下がると低体温が心配だった。


「装備は持っていったんだな?」


 岳はスタッフに確認する。


「はい。救護用のリュックは持って出ていきました」


 岳はそれにほっと息をついた後。


「祐二、出ていいか?」


「俺も行きます」


 祐二はスタッフを振り返ると。


「途中で連絡いれるから。大和からもあったらすぐこっちにも連絡してくれ。あと、帰ってきたら、直ぐに温められるよう、毛布と着替え、用意しといてくれ」


「はい!」


 雨脚は先ほどより更に強くなってきていた。

 風もあり、これではビバークしても雨風を遮るものがなければかなりきついだろう。

 しかも、七生は初心者だった。山に慣れていない。大和一人では手に余るかも知れなかった。

 早く見つけねば、命の危険もある。


 大和──。


 何より、大和の性格を思うと、心配は増す。七生を助ける為、無理をしかねないからだ。


「急ごう」


「はい」


 岳の硬い声音に、祐二も表情を厳しくした。



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