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Take On Me 3  作者: マン太
17/49

17.霹靂

 七生は岳を好いている。


 改めて言われると、落ち着かなくなった。

 岳が今のところ、俺を真剣に好いてくれているのは知っている。そう簡単に、他に目を移すはずがないと分かっている。


 けれど──。


 劇的な何かがなくとも、徐々に惹かれていくことだってあるわけで。

 一緒にいるだけが関係を深めるわけじゃない。けれど、きっかけにはなる。

 俺だって岳と一緒に過ごすうち、好きになって行った。あれは、岳が俺を好きになってくれたから実を結んだ。

 一緒にいたから、そのきっかけが生まれたのだ。


「大和、そっち広げておいてくれ」


「…あ、うん。了解!」


 屋根の上で布団を広げる。重くなった布団は日に当てるとふかふかになるのだ。疲れた身体を癒すのには一番。

 それに、近くには温泉もある。天上の温泉なんて言われているが、確かにその通りで。

 時間で男女を区切っている温泉はかなり人気で、少しきつい登りでも、訪れる登山者はあとを絶たない。

 布団をすべて広げ終え、一息ついていると、祐二がポンと肩を叩いてきた。


「せっかく岳先輩来たんだし。午後は休みにして一緒に過ごせばいい。…気になるんだろ?」


「…祐二。へんな気まわすなって。俺は平気──」


 すると、祐二は俺の頭に手を置いて、くしゃくしゃに髪をかき回す。


「って! おい、止めろって!」


「気にしてんの、丸わかり。ほんっと、嘘がつけないよな? 大和は。いいから午後は休み。…どうせ、そんなんじゃ、仕事にならないしな?」


「…!」


 カッと頬が熱くなる。

 悪戯っぽく笑った祐二は、俺を強制的に休みにさせた──のは、良かったのだが。

 俺は、どうも間が悪い。いつも、不味い場面に居合わせる。


 せっかく貰った休みに、昼飯を一緒に取ろうかと、岳達、二人の姿を探す。

 今日は一泊して、明日、頂上を目指すと言っていた。もう辺りを巡って戻ってきている頃だろう。

 と、小屋の裏口に近い辺り、お花畑のある場所に通じる道の手前でその姿を見つけた。

 こちらからのルートは人があまり来ない。道も細いし、見晴らしは良くないからだ。ただ、小屋へは近道になる。

 岳はそれを知っているからこちらを使ったのだろう。

 早速、裏口を出て、見つけた岳の姿を目印に近づいていった。

 途中、避難小屋の陰になって、その姿が消える。そこを越えた所に岳がいるはずだった。

 ちょうどその角まで来たところで。


「好きなんです!」


 七生の声だ。ビクリと肩を揺らして立ち止まる。

 びっくりした。普段出さないような大きな声。まるで追い詰められて叫んだような声で。

 いつもと違う雰囲気に、俺はそれ以上、そこを出ることができず、壁のこちら側で立ち止まる。


「…わかってた」


 やや間があって、岳の声がした。


 わ、わかってた? って、え? ええ?


「だったら…。どうして今まで放って置いたんですか?」


「好きになるのは…自由だ。止めろとは言えない。──だから放っていた」


「どうせ成就しないから、ですか?」


「…どうだろうな」


「僕、真剣なんです。今日だって、その為に無理してここまで来ました…。だって、少しでも一緒にいたいから…。岳さんは、どう思っているんです? 僕の事…」


 これは、どう見積もっても、告白の場面。すると、岳の深いため息が聞こえて来た。


「少し…、考えさせてくれ」


 ほう。考える──ね。…ん? 考える?


 って、そこは『俺には大和がいる』とかじゃなく? え? んん? これって、なんだ? 俺、ふられかけてる?


 俺はそれ以上聞いてはいけないと、そこを後にした。

 もちろん、靴音を立てたり、不用意に何かの枝を踏んづけたりしない。そおっと息をひそめて来た道を戻る。

 心臓がバクバク言っている。俺は自分の左手に光る指輪に視線を落とした。岳から貰った気持ちの証。


 考えて──どうするんだ? 考える余地があるってことか?

 それって、そういう──ことだよな? まてまてまて。俺はなにか不味いことをしたか?


 必死になって今までを思い返す。

 岳といる時は、いつも通りで。バカな話をして。時折いちゃついて。仕事も手伝って。

 岳もいつも通り、隙さえあれば抱きしめてくるし、それが鬱陶しいくらいで。

 一緒にいる時は前と何も変わりなかった。

 

 なら、やっぱり会わない時間が影響しているのか?


 よく聞く。突然別れを告げられた方は、その理由が分からないって。理由が分からないのが問題なのだと。

 俺は岳と心も繋がっていると思っていたけれど、それは俺の思い込みで、実際はちょっとずつ、離れていたってことか?

 さっきのは明らかに七生の岳に対しての告白。

 それを断る訳ではなく、考えると言った。

 明らかに天秤があちら側へ傾いている証拠だ。


 俺。ピンチ。


 急展開な出来事に、足元がふわふわして、へんな汗が出てくる。

 突然、岳との間にあった、極太のザイルのようなそれが、あと数ミリで切れる寸前になった気がした。

 結局、俺はせっかくの祐二の申し出を断って、午後も仕事につく。

 以前と違って、ショックを受けても仕事は淡々とこなせた。


 これって、大人になったって証拠か?


 いや。余りにショックを受けて、感情が死んでしまったらしい。考えるのを停止したと思ってくれ。

 岳がどんな返事をするのかは分からない。けれど、それも近いうちに判明するわけで。


『少し…、考えさせてくれ』


 岳の低い声音が耳によみがえる。

 もしかしたら、この山を下山したら言うつもりだろうか。


 七生に付き合って欲しいって。


 頭の中には、見つめあう二人がピンクのハートに包まれている。べた過ぎる。


 いやいや。まず先に俺に断りを入れるだろ。いや、でも先に七生の気持ちを受け入れてから、俺には下山した時、言うつもりか。


 確かに先にここで伝えられたら、流石にまともに下山できるかわからない。

 途中、数か所、神経を使う個所もあるのだ。坂を転がり落ちるオニギリさながら、滑ったらシャレにならない。

 そんなはずはないと訴える心を無視して、俺の思考はあらぬ方向へ暴走した。


+++


 どうして、こうなった? 


 分からない。

 結局、岳に聞くしかないのだろう。だが、聞いたら聞いたでショックだ。

 きっと、『どうして?』とか言ってしまうだろう。そこで岳に冷静に、俺のダメな所を上げ連ねられたら──。


「もたねぇ…」


 がくりと、その場に足をおってしゃがみこむ。


「大和?」


 夕食の片づけ中、祐二が汚れを拭き取った皿を洗いながら、気遣わしげに尋ねてきた。

 今夜は定番のカレーだ。日替わりのそれは今日はトマトたっぷりカレー。明日は、夏野菜たっぷりカレーとなる。今日、登ってきたスタッフが夏野菜を大量に上げてくれて。岳もお気に入りの、俺考案のレシピで。


「…なんでもねぇ。腹が減って立ち眩み」


「もうちょっと頑張れば夕飯だ。もう、食堂には誰も残ってないしな。…岳さんたちも部屋に戻ったのかな?」


 確かに食堂には、登山客の姿はなかった。

 拭き途中の皿をテーブルに置き、俺はゆっくり立ち上がる。仕事もあと少しだ。

 いつも岳が訪れた時は、残って一緒に洗い物を手伝ってくれたり、片付け後、明かりを落とした食堂で皆で、下らない事を駄弁ったり。そんな事をしていた。それが岳が上がってきた時の楽しみで。


 いや。あの告白のあとだ。一緒に部屋に行ったってことは──。


 もんもんとした想像が浮かんできて、俺はぶんぶんと首を振ってピンクのハートを振り払う。

 まだ決まったわけじゃない。だいたい、俺に断りもないまま、他の奴に手を出すような岳じゃない。

 そうだ。まだ付き合いが長いとは言えないけれど、そんないい加減な奴じゃないと分かっている。


 昼間のやり取りは──分からないけれど…。


「大和、大丈夫か?」


 流石に俺の様子に異変を感じ取ったのだろう。祐二が訝し気な視線を向けてくる。


「…大丈夫。あと少しだ。頑張る…」


 涙はまだ出てこない。まだ、ふられた訳じゃない。直接、別れを告げられてはいないのだから。

 息も絶え絶えになって、なんとか洗い物を終えた俺は、食堂の椅子に座ってようやく夕食にありついた。


 祐二の手前、がっつかねば話しが合わない。腹は減っていなかったのだが、懸命に食べるふりをする。味すらわからないと言うのに。

 そうして、いつもより数倍早くカレーを食べ終わると席を立った。あとは残りのスタッフが最後の片づけをしてくれる。


 さて。どうするか。


 岳が上がってきた時は、いつも部屋に遊びに行っていたけれど。


 今日も──行かないとまずいよな?


 行きづらい。しかし、行かねば行かないで、祐二の目が気になる。さりげない振りをして、ちらと祐二に目を向ければ、バチリと視線が合った。祐二は逸らさずにじいっと見てくる。


 バレてる。


 俺の様子が可笑しい原因が。

 岳にもその他の皆にもよく言われるが、俺はどうしてもその時の状態が素直に表に出てしまうようで。考えていることもバレバレなのだと言う。

 もうちょっと上手く隠せる人間に俺はなりたいのだが、こればかりは素の性格の為、どんなに隠そうとしてもバレてしまうらしい。


「大和──」


 祐二が何事か口を開きかけた所で、


「あの、祐二さん…」


 受付事務をしていたスタッフが頭を掻きながら声を掛けてきた。


「今日、泊り二十五名でしたよね?」


「ああ」


 この山小屋は名一杯入れても三十名がぎりぎり。小さい山小屋だ。


「それが、一人足りなくて…。無断キャンセルかな? 電話もしてみたんですけど、通じなくて…」


「誰だ?」


「えっと、一人で宿泊予定の、大学生…かな」


 祐二がずいと名簿を覗き込み、唸る。


「こいつ、大学の後輩だ。山岳部の後輩に、まだ初心者に近いから、頼むって言われた。…やばいな」


「ええ? って、もうじき日が落ちますけど! それに、夜は雨が降るって」


 受付スタッフが慌てだす。


「見てくる。ビバークもあり得るな。いつでも救助呼べるように準備しといて」


 すぐに祐二は出かける支度をしだす。


「俺も──」


 すると祐二はちらと俺を見て。


「普段の大和ならいいけど、今日はだめだ。ここで待機。他に出られる奴いるか?」


 今週いるスタッフは、まだこの山に慣れていない者が多かった。しかし、それでもその中から誰か選ぶしかない。スタッフに向けて声を掛けた所で。


「何かあったのか?」


 見れば岳が食堂の出入り口に立っていた。



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