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Take On Me 3  作者: マン太
15/49

15.残り香

 ラルフとの撮影も佳境に入っていた。今日は森林での撮影だ。

 以前、撮れなかった日本家屋での撮影はもう済んでいる。

 大和の代わりのスタッフには、すでに引退していた元スタッフに無理を言って頼み、事なきを得た。ラルフが手を出す事はなく。

 早朝の光がいいからと、かなり早い時間、日の出に合わせて現場を訪れた。

 相変わらず、ラルフの人離れした容姿は人目を惹きつける。時折、シャッターを押す事を忘れてしまうほど。

 だが、それが好意とへは繋がらない。


 この男は大和に手をだした──。


 程度の問題ではない。大和を苦しめた事実。それが問題だった。

 気づいたのは、森の中で微かに匂った香り。

 これはラルフが身にまとってる薫りで。聞けば自身が選んで調合してもらった特注なのだと言う。

 それを、以前にも嗅いだことがある気がしたのだ。それが何処だったかを思いだし──合点が行く。

 あの日。大和が山小屋から帰ってきて、一人留守番をしていたあの時。

 岳たちが会っていたクライアントは、ラルフ・海斗のマネージャーからの紹介だった。

 なんでもラルフの知人らしく。事務所に所属するモデルの撮影を頼みたいという依頼だったのだ。

 他の仕事で遅れたと、慌ててクライアントの事務所マネージャーは平謝りしてきたが。

 午後の予定もあり、スタッフより先、急いで帰宅すれば、大和がなぜか心ここにあらずと言った風情でそこにいた。

 しかもどこか怯えていて。それは、以前ラルフに手を出されたあの日と同じ。

 部屋には人が来ていた気配が残っていた。来客用のカップもそうだが、微かに残った香水の香り。嘘をつけない大和の顔には、明らかに動揺が見て取れ。


 何かがあった。


 だが、頑なに何もないと言い張る大和に、それ以上、追及するのは止めた。

 何があったにせよ、それを隠そうとしているなら、何か理由があるはず。無理やり聞き出して追い詰めたくはない。

 しかし、その時、残された香りは忘れる事はなく。

 それが、今、繋がったのだ。

 彼が身にまとう香り。

 当日、あの日のラルフの予定をさりげなくマネージャーに問うと、午前中だけ休みが欲しいと要求されたのだと口にした。

 ひとつひとつ、ピースがそろっていく。

 ラルフの知人であるクライアントの遅刻。部屋に残されたラルフの香り。大和の動揺。

 あの日の夜、いつも以上に自分に縋りついてきたのが印象的で。まるで、何かを忘れようとしているように感じた。それをただ、優しく抱きしめて。

 乱暴はされていない。その痕跡は、大和の身体に無かった。ただ、襲われそうになったのは事実だろう。

 当のラルフは至ってごく自然だ。

 知られていないと思っているのか、知られてもいいと思っているのか。

 ふつふつと怒りがこみ上げて来る。


 いったい目的は何なのか。


 仕事中は私情を挟む場べきではない。

 ただ黙々と被写体としてだけラルフを見つめていたが、一旦、終われば怒りの感情が湧いてくる。

 大和は自分に知られていないと思っている。知れば岳が感情的になるのは分かっているはずだ。それで、この仕事が頓挫することを望んではいないのだろう。──だが。


 これくらい、どうだっていい。


 撮り終えた写真を確認しながらも、思いは別に飛ぶ。

 他人から見れば大きなチャンスに見えるだろう。確かにそれはそうかもしれない。しかし大切な大和が傷ついている。そのことの方が重要だった。

 今回を逃してもまた次のチャンスは訪れる。大切なパートナーを犠牲にしてまで、名声を得ようとは思わなかった。

 しかし、ラルフに対してすぐに手を下すことはできない。それが歯がゆかった。

 大和に手をだした証拠がない。その理由も分からないのだ。

 単なる気まぐれで二度も手を出すとは思えない。また、大和に好意を持っての事ではないのは分かっていた。この男のタイプだとは思えないからだ。


 何か理由があるはず。


 このままにしておくつもりはない。

 大和はラルフに限らず、全ての撮影現場から外させた。本人には言っていない。

 最近、似たような仕事の依頼が増えて来た。これもラルフの仕事を引き受けた影響だろう。

 業界人と関わる仕事が増える。その中にはラルフの様な連中も少なくない。

 ラルフの目的が何にしろ、他の現場でも何がいつ起こるか分からないからだ。


 大和を二度とつらい目には遭わせない。


 ラルフが何を企んでいるのか、探る必要があった。


+++


岳はその後、真琴に頼んで、時間のある時でいいからと、ラルフを探るよう頼んだ。

 真琴にはかいつまんで事情を話し。

 真琴は大和の為ならと、すぐに快諾した。

 ラルフが手を出したと知ると、かなり感情を露にして怒っていたが。

 必ず何かある。が、今の所、岳が知るのは紗月の友人だと言う事だけ。

 岳は紗月に連絡を入れた。

 仕事相手であるラルフの人となりを知りたいと伝えれば、直ぐに返事が返ってきた。

 別れを告げて以降、自発的に紗月と会うつもりはなかったが、今回はそうも言っていられない。大和が関わっているのだ。

 紗月行きつけのカフェバーで、会う約束をする。

 付き合っていた頃から通っていた店だ。薄暗い店内は落ち着いた雰囲気で、バカ騒ぎをするような連中はいない。

 店には先に紗月が到着していた。紗月の座るカウンター席の隣に座ると、最近はあまり口にしなくなったアルコールを注文する。

 互いに近況を報告したのち、ラルフへと話題を移した。実際、大和にあった事は隠す。


「仕事相手としては申し分ないが、少し気にかかる事があってな。最近、変わった様子はなかったか?」


 紗月はグラスを傾けながら首をかしげた。


「ラルフとはこの前、久しぶりに会って話したけど、別に変わった様子はなかったよ」


「何か、おかしな事を言っていなかったか?」


「何も。何かあったの?」


「…スタッフにちょっかいを出してな。なにかストレスでも抱えているのかと思ったんだ。それとも、もともとそういった性格なのか…」


「ラルフって、仕事中は結構あっさりしてるけどね? ほかのモデルはお気に入りのスタッフやカメラマン見つけて絡んでるけど、ラルフは知らん顔してるし…」


「そうか…」


 それなら、今回は特異と言う事か。


 岳はグラスに口をつける。琥珀色の液体の中に浮かぶ氷が、ライトの光を受けてキラリと光った。紗月は少し考えるようにした後。


「ああ、でも酔った時に言ってたな…。なんか、やっと機会が巡って来たって。仕事の話じゃないかな?」


「機会が巡って…?」


 岳はテーブルに置かれたグラスに目を向けた。グラスの中の液体がユラユラと煙の様に揺れている。アルコール成分が溶けた氷と共に踊っているのだ。


「何か思い出したら連絡するよ。…ね」


 紗月の白くほっそりした手がテーブルについた岳の腕に置かれた。薄いピンクベージュにネイルを施された爪が艶めいている。


「なんだ…?」


「その時は…また、会える? 結局、まだ特定の相手はいないんだ。前、付き合ってた人とも別れちゃって。ヤマト君だっけ? …黙ってれば分からないよ。たまには、他で楽しんでもいいんじゃない?」


 心の内でため息をつく。


 だから嫌だったんだ──。


 岳は無言でその手を取ると、テーブルの上に戻した。


「端末にメッセージを入れてくれればいい」


「ケチ。前なら乗ってくれたクセに」


「お前も本気で人を好きになれば分かる。相手を思えば、裏切ろうとは思わない」


「岳のこと、結構、本気だったんけど…」


「終わった話しだ。真剣に相手を探せ」


 そう言うと席を立つ。


「もう行くの?」


 紗月も腰を浮かしかけるが。


「要件は済んだ。お前の事は良くわかってる。しおらしいフリをしても、俺が次を見つけるまでの繋ぎだって事をな」


「お見通し、…だね」


 あーあと大きなため息をついて、イスに座り直した紗月を置いて、そこを後にした。

 

「機会が巡ってきた、か…」


 いったい、なんの機会なのか。


 その言葉が引っかかった。

 周囲は夜を愉しむ人々であふれている。眩しいネオン、アルコール臭に喧騒。

 昔はこの景色が当たり前だったが、今は違う。大和との生活が岳の日常だ。誰にも乱されたくないものだった。


+++


「なあ、こいつの顔に見覚えはないか?」


 真琴が夕食後、事務所で作業をしていた岳のもとにやってきて、ひとつの画像を見せる。

 大和は山小屋に行っていていない日だった。

 画像は証明写真らしく、色白で目の大きな青年の顔が写っていた。かなりの美形だが線の細さが画像からも見て取れた。

 覚えのある顔。


「…あるな。以前、付き合っていた奴だ。…これが?」


「俺も覚えていた。当時のタケにしては、まともそうな相手だったからな。ラルフ・海斗を探っていたら、こいつがラルフの弟だと分かったんだ」


「ラルフの?」


「そうだ。名前は──」


慧斗(けいと)だ」


「良く覚えていたな。俺は忘れてたぞ」


「そいつは…少し、印象に残ってた。それで?」


「この慧斗だが、タケと別れた後、亡くなっている。自死だ。知っていたか?」


「…いや。が──その兆候はあったかもしれないな…」


 岳は過去を思い返し、視線を遠くへと向ける。


「原因を知っているのか?」


「ああ…。けど、それと今回の件と何がつながる? まさか、その死因の原因が俺だと思っているとでも?」


 真琴は肩をすくめてみせると。


「ラルフは仲のいい友人に、時折漏らしていたようだ。アルコールを飲んだ時だけだったようだが。ある男が弟を振って、それが弟を死に追いやったと…」


「それが俺だと?」


「どうやら、奴はそう思い込んでいたらしい。タケが知っている、慧斗が抱えていた問題はなんだったんだ?」


「…こんな風に影響してくるとはな」


 岳は苦笑すると、過去の話を真琴に語った。



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