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Take On Me 3  作者: マン太
11/49

11.モデル

 岳の手伝いができることで、俺は鼻歌でも歌い出しそうな勢いで、いそいそ手伝っていた。

 カメラレンズの換えも、レフ板も様々用意する。

 今日は屋外の撮影と言う事で、とある邸宅の庭園に来ていた。

 通常は特定の期間しか一般公開しない施設で、今回は撮影の為、特別に許可をもらい撮影に使わせて貰う。

 作られ過ぎていない日本庭園──とは言っても、そう見せかけているだけで、実はかなり精緻に考えて作られているらしいのだが──で、早速撮影に入った。

 モデルの男は──いや、初めて画像を見た時は、男性とは思えなかった。

 これは初めて岳の元恋人、モデルの紗月(さつき)を見た時と一緒だ。どうして、このモデルという人種は性別を感じさせないのだろう。

 いや、それも人によるのだろうが。

 ファッションモデルとして、ランウェイを歩く様なモデルは、ものにもよるのだろうが、男女限らず中性的な人物が多いらしい。

 まあ、あまり胸毛ぼうぼうで筋肉ムキムキの男がのしのし歩いても──そういう人物を求めるショーもあるのだろうが──服との相性は良くないのだろう。

 今、目の前にいるラルフ・海斗(かいと)は、上半身は肌を晒し、下は緩い裾を引きずる位の白いパンツを履いていた。足は素足。

 正直、上半身を晒さなければ女性で通った。プラチナブロンドに、緑の瞳。目の力が矢鱈強い。

 背中の中程まである長い髪は、片方の肩に寄せられ緩く垂れている。日に焼けてはまずいため、モデル専属のアシスタントがかなり大振りの日傘を掲げていた。


 こんな日本人離れした容姿で、日本庭園に合うのか? 


 俺は内心首をかしげつつも、岳の指示を受け、カメラのレンズを用意しながらその様子を見守った。

 岳とマネージャー、モデルが額を突き合わせ、位置やポーズを決めている。裸体となった上半身には透けるほど薄い白い布がかけられていた。


 あれだな、日本昔話に出てくる、天の羽衣だな。


 今の子どもは知らないだろう。と言う俺も日本◯話はリアルでは見ていない。偶然、昔住んでいたアパートの住人の部屋で、その家主の子どもらと一緒に見たのが初めてだった。

 味のある絵に、いいナレーション。思わずのめり込みながら見ていたそれに、確かそんな話があった気がする。

 とある男が水浴びする天女たちをみつけ、近くに彼女らが脱いで置いてあった羽衣を家に持ち帰ってしまうのだ。

 すると、後から羽衣を返してくれと天女がやってくる。ひと目で天女に惚れた男は、返してほしければ妻になれと言う。

 男と天女は数年を過ごすが、ある日、天女が男の留守に羽衣を偶然みつけ、迷ったものの、それを身に着け天に戻ってしまうと言うお話だ。


 天の──羽衣かぁ。


 確かに、今、目の前にいるモデルは人離れした容姿に、天女と見紛うばかり。

 撮影が始まる前、段取りを終えたモデルが綺麗に刈り込んだ芝生にある敷石に足を乗せた。

 ふわり、と空気が動き、肩に羽織った布が煽られる。

 本当に薄くて軽いそれは、いとも簡単に宙に舞った。ブロンドの髪が日を受け、金に輝き風に揺れる。


 綺麗だな。


 思わず見とれてしまう。それは一枚の絵の様で。

 と、そのモデルがこちらに顔を向け、ふっと吹き出した。そこで魔法が切れる。一気に現実の人間味のある表情に戻った。


「…そこの君。顔、へん」


「は?」


 おいおい。初めての人間に向かってそれはないだろう。


 いや、さっき岳とともに挨拶には行った。そこではこちらに目もくれず、岳と話し込んでいたが。


 それを今気づいて、しかも、けなすって、どういうことだ?


「大和、レンズ、取ってくれ」


「あ、おう」


 メイクスタッフがすぐにモデルの元に向かい、日傘を翳しメイクを整える。その間もモデルは笑いながら。


「君、今日が初めてだよね? …岳さん所のスタッフ?」


 すると岳がちらとこちらに目を向けた後、口を開いた。


「他のスタッフが出払っていて。今日は俺のパートナーに手伝いに来てもらいました」


「パートナー…。ああ、そう言うこと…」


 モデルの視線が俺の左手に向けられた気がした。そこには、岳とお揃いのプラチナのリングがあった。

 シンプルなそれは早々目にはつかないと思っていたが、モデルは目ざとく見つけていたらしい。


「それ、岳さんと同じデザインだったものね。おっかしいなぁとは思ったんだけど、なら納得」


 外見は外国人なのに、流暢に日本語を話す。彫の深い容姿から洩れる日本語は、ギャップがあった。長い髪を跳ね上げると上半身が露になる。


 うーん、なんか、直視できない…。


 顔だけ見るとどう見ても女性だ。そのまま視線を下げると──男性だと分かる。


 てか、そんなにアホ面してたのか? 俺。


「君、名前は?」


 俺は岳を見た後、


「宮本…大和です」


「ヤマト、ね。岳さんとは付き合い長いの?」


「三年目です…」


「三年? まだまだだねぇ…。ふーん」


 意味深に視線が向けられ、俺は居心地の悪さを感じた。言われたレンズをすぐ使えるように準備し、脇に控える。その会話の後、すぐに撮影本番が始まった。

 カメラの連写の音。相変わらず風に舞う羽衣と金の髪。妖艶な眼差し。

 本番になるとまったく雰囲気が変わる。岳の背中ごしに見える景色はこれまで見たことのないもので。


「…大和?」


「え?」


「レフ板、そっちで持っててくれるか?」


「あ、了解!」


 大ぶりな半透明のそれを抱え、モデルの脇に掲げて立つ。日差しはキツイのに、モデルは汗一つかいていないようで。


「あ…、久々に日を浴びてる…」


 そう呟いて眩しそうに手を翳していた。俺の方からは横顔と背中しか見えない。


 いや、てか背中もきれーだなぁ。絶対、女性にしか見えないって。


 シミもでき物もない。まっさらで日に焼けたこともないようだった。


 てか、岳の背中も──綺麗だよな?


 岳だってモデル並みだ。

 綺麗に筋肉がついていて、動くとその筋肉も流れるように動いて。二の腕も、脇腹も腹も見惚れるほどだ。

 けれど、これでもかっと見せる筋肉ではなく。鍛え上げた身体を想像し、昨晩の岳を思い起こし、ドキリとしてしまう。


 いかん、いかん。こんな所で欲情してどうする?


 やはり思うのは、相手が岳だから好意の対象として見るが、他の人間にはそれを感じない、という事だ。

 このモデルは確かに綺麗で中性的で。人の目を奪うけれど、そういう対象にはならない。


 岳じゃないんだから、それもそうだよな。


 綺麗なだけでは好意を持てないのだ。

 深く知りあって、興味を持って、それが好意に変わって。岳とはそうやって付き合ってきた。だから、気に入れば誰でも──というわけにはいかない。


「君、かわいいね…」


 このモデルのように。


「……」


 俺は額に汗を浮かべてにこりと笑って見せた。

 営業スマイルだ。仮にも岳の仕事相手に嫌な態度は取れない。

 ふと見ると、向こうでカメラを構えていたはずの岳が顔を上げてこちらを注視していた。囁くようにつぶやいたそれは聞こえてはいないはずだが。


「大和、もうそこはいい。こっちでレンズの交換を手伝ってくれ」


「り、了解!」


 いそいそとスマイルを張り付かせたまま、軽く会釈して岳のもとへすっ飛んで帰った。


 な、なにがかわいいんだ? どこにそんな要素があった?


 自分の行動を顧みるが、思い当たる節はない。けれど、モデルの視線は興味深げに俺を追ってきていた。すると、岳がひとつ咳払いして見せ。


「休憩を入れよう。十五分後にまた始める」


「はーい」


 モデル、ラルフ海斗はのんびりと返事をした。


+++


「やっぱり、連れてくるべきじゃなかった…」


 屋敷の縁側に座り、撮れた画像を確認していると思った岳がそう呟いた。

 パッドに映された画像を一枚一枚、熱心に送っていたはずの、その手が止まっている。傍らに座っていた俺は焦りつつ。


「大丈夫だって。あんなの、単なるお世辞だって。からかって楽しんでるだけだよ。俺がへんな顔したからさ」


「…見惚れてただろ?」


 口先がとがっている。拗ねてる。かわいい。


「そりゃあ、誰だって、ゲージュツ作品を見ればそうだろ? 俺にとっては綺麗な景色を見てるのと一緒でさ。だからって、好きになるとかないぞ? そんな単純じゃないって」


「分かってる…。けどな──目の前で自分のパートナーが口説かれてて、落ち着いてられる奴なんていると思うか?」


 岳は一旦、手にしていた端末を脇に置くと、縁側についていた俺の右手に自分の左手を重ねる。


「…大丈夫だって」


 頬が熱くなる。岳の大きな手のひらが心地いい温もりを伝えてきた。


「あいつがいる仕事は今日だけにする。スタッフはなんとかするから」


「そんなに心配か?」


「ああ。目の前に俺がいてもああやって声かけてくるんだ。できるだけ、側には置きたくない」


 俺は笑うと。


「大丈夫。心配性の岳。なんかあったら、吹っ飛ばすから──」


「大和、それはだめだ。奴ら身体が資本の仕事だからな?」


「あ…、そっか…」


 『奴』ことラルフはモデルだった。流石に痣はつけられない。でも、足払いくらいなら──って、転んで擦り傷でも負ったら一大事か…。


 これでは俺の奥の手は封印されたようなものだ。それしか取りえがないってのに。

 岳は肩をすくめた後。


「まあいい。分かった。二人きりにはさせないようにする。と言うか、そんな事になるような仕事運びにはならないけどな」


「だろ? 心配すんなって。俺も気を付ける」


 笑顔で岳を見やったのが、その数時間前。

 今、なぜか俺の目の前には覆いかぶさる奴が──ラルフ海斗がいた。ブロンドの髪が頬をくすぐる。


 どうしてこうなった? 


+++


「ふふ、かわいい。顔がって訳じゃないよ? 反応がね?」


 なぜこうなったのか。

 それは突然の雨の所為だった。今どきよくある、ゲリラ豪雨。それが突然、撮影現場を襲ったのだ。ぽつり、と来た次の瞬間には大雨で。


「大和、全部中に入れてくれ!」


「おう!」


 すでにぽつりの、ぽの時点でカメラ関係はガードした。それらをすぐに軒下へ運び縁側から室内に放り込む。ラルフ海斗もマネージャーらとともに軒下に入った。

 俺はすぐに雨の中、片付けに大わらわの岳を手伝う。全て縁側へ置いた頃には本降りになった。

 岳は今後の予定を確認するため、一旦、屋敷の管理人へ会いに向う。敷地内に自宅兼、事務所があるのだ。撮影が延期になればまた借りなければならない。


 どうすんのかな?


 雨はすぐに止みそうになかった。雨脚は激しく、既に地面は軽く川が出来ている。

 ラルフ・海斗のマネージャーは、事務所に連絡を入れると言い、端末片手にネット接続の良い玄関先へ姿を消した。ここは若干谷の様な山あいになっていて、繋がりが悪いのだ。

 それまでラルフの身体を拭いていたメイクスタッフは、タオルが足りなくなった様で、乾いたタオルを取ってくると姿を消す。

 気が付けば二人きり。

 そこでラルフがクシュンとくしゃみをひとつした。使っていたタオルは全て濡れて使い物にならないのだ。ガウン一枚の姿で寒そうに二の腕をさすっている。


 って、風邪ひいたら──。


 一大事だ。万が一熱でも出されたら岳の仕事に影響する。俺は邪魔になるからと、脱いでいたジャケットを掴み差し出した。


「あの、良ければ肩にかけてください。サイズが小さいから着れませんけど…」


 一応、敬語を口にすれば、


「ふふ、可愛い上に優しいね。ありがとう、遠慮なく使わせてもらうよ」


 笑うとやはり人間臭い顔になる。なんとなく気安さを感じてほっとした。


「横、座りなよ。別に襲ったりしないから。岳さんから聞いてるだろうけど。大丈夫。君はタイプじゃない。かわいいとは思うけど」


「あ、そでしたか…」


 さらにほっと息をつき、傍らに座る。

 縁側に並んで座るとは。


 俺ならまだしも、向こうから見たらどんな図になっているんだろう? 


 こんな人間離れした容姿の奴と並ぶ俺。


 違和感しかないよな? コツメカワウソと、クジャク?


「僕ね、紗月から聞いてたんだ。君たちのこと、いろいろ」


「え…?」


 色々とはなんだろう?


 紗月とは、岳の元恋人だ。モデルなら知り合いでもおかしくはない。


「彼とは仕事仲間でね。時々会って遊ぶことはあったんだ」


「そう、なんですか…」


 それは知らなかった。というか、岳は知ってたのか? 


 まあ、知っていても、俺に話すことじゃないだろうしな。昔付き合っていた相手の友達事情など。


「岳さんがご執心の彼氏ができたって、情報。リングまで揃えてペアにしてるって」


「あ、はは…。すごい、良く知ってますね?」


「岳さんに会った時、色々問い詰めたみたい。その時に、もう紗月とはそういう関係になれないって断られたみたいで…」


「そうっすか…」


 だよな? 俺がいて、前みたいなことになったら、流石に──。


 俺が岳のもとを去った原因がそれだったのだから。冗談でもさせるつもりも、するつもりもないだろう。


「紗月にもその気はなかったみたいだけど。わざわざ言う所が真剣さが伝わって来るよね…」


「はぁ…」


 この男は何を言いたいのだろう。


「だからさ、紗月の友人として、ささやかなプレゼントを君たちへしようと思ってね?」


「…プレゼント?」


 首を傾げた俺の腕を唐突にラルフが掴んだ。あれよ、と言う間に俺は縁側に仰向けに転がる。その上にラルフが覆いかぶさった。

 そして今にいたる。


 殴れない。


 ひとつでも傷をつければ、岳の責任になる可能性がある。俺は今、岳の勤めるスタジオに雇われているスタッフの一人。額に汗が浮かんだ。でも、いま受けているのはセクハラだ。


 ここで少しくらい押し返しても──。


 藤に教わった技をいつでも実行できる態勢ではあったが、もし逆にやりすぎてしまったら、取り返しがつかないことにもなりかねない。


「抵抗しないの? しないと大変なことになるかも──」


 ぐっとラルフの顔が近づき、息使いが頬に触れる。片方の手が腕から離れ、着ていたTシャツの裾がまくり上げられた。そこから冷たい手が触れてくる。長いブロンドの髪が顔や頬にかかった。

 まさか、本気で何かをするわけじゃないだろう。じきに皆戻って来る。

 俺は自由になった手でラルフの胸元を軽く押すと。


「てか、冗談はやめてください。そのプレゼント、いりませんから」


「…いいじゃない。受け取ってよ。他の人間とやったことないんでしょ? いつもと違ってまた楽しいよ。君を引きずり出すため、色々手を使ったんだ。なかなか岳さん、君をつれて来ないからさ…」


「じゃ、わざとスタッフに手をだして?」


 ラルフは笑んで見せる。

 ぞっとした。理由は分からないが、かなりこじらせているのは事実だ。


「君に罪はないのかもしれない。けど──」


 ラルフは俺の腕を両手でしっかり掴むと床に押さえつける。雨の粒子に濡れた床は冷たい。

 そのまま、顔を下げると、なんと俺の露になった胸元にキスをしたのだ。

 いや、吸いついたのが正しいのだろう。

 生暖かい感触と、そのうち、ちりとした痛みを感じた。背筋にぞっとしたものが走る。


 襲われる──。岳…!


「っ! やめ──」


 思わず足蹴りを食そうとしたが、それを制する様にラルフは体重をかけてきた。身動きが取れない。


「──これ、暫く消えないから。僕と君の秘密。岳さんに言えばきっと、怒って仕事にならないと思うんだ。それはお互いにとって困るよね? このまま順調にお仕事すませたかったら、このことは内緒ね?」


 それで、すっとラルフは俺から離れた。俺は飛び去るように離れ、Tシャツをぐいと下ろす。

 そこへメイクの女性とマネージャーが揃って帰ってきた。十分程度の出来事だ。

 何事もなかったように涼しい顔をするラルフとは対照的に、俺の身体の震えが止まらなかった。



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