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朽ちた鉄路にくすぶる紫煙~廃線マニアのヘビースモーカー女子は悪戯っ子な年下彼氏に素直になれない~

序盤の部分は早口で喋ってそうなお姉さん。

 鉄道マニアと呼ばれる人々がいる。


 私もその中の一人だ。

 先に言っておくが、鉄オタという呼び方はどうか勘弁してほしい。私個人としてはあの呼称はあまり気分のいいものじゃないので。


 で、どんなタイプがいるかだが、電車に乗ることが主目的な者もいれば、車内から車窓の風景を、あるいは力強く疾走する電車そのものの雄姿を撮影することを生きがいにする者もいる。

 秘境駅を巡ることに喜びを感じる者、時刻表を網羅することに心血を注ぐ者、本物ではなくジオラマの制作に取り憑かれた者──実に様々だ。

 かつては背中に大きな荷物を背負い、綿密に練られたスケジュールに従って夜行列車などで旅を楽しんでいた、バックパッカーという人種も存在したのだという。専門家ではないので詳しくは知らないがね。

 近年は節度を見失って周囲に迷惑をかける馬鹿者がかなり増えたせいで、あまり人前で言える趣味ではなくなってきたのが悩みの種だ。

 なんでそんな奴らのために、肩身の狭い思いをしないといけないのだろうね……


 えっ?

 あなたはどのタイプなんだって?


 私はまあ、あえて言うなら……電車ではなく、線路……それも、打ち捨てられた廃線がどうにも好きなんだよね。

 なので廃墟マニアの亜種と言えるのかもしれないが、分類上どちらなのかは、別に私にとってどうでもいいことかな。明確な区分などあってないようなものだから。





 今日もこうして、雑草が伸びている砂利に敷かれっぱなしの枕木と、赤茶色に錆びたレールを眺め、どこかあっさりとした、後に引かない寂しさを目で味わう。

 電車という、近代に生み出された交通方法。その残骸をこうして眺めていると、この世の終わりの光景をお手軽に目にしている気分にさせてくれる。

 できれば、薄汚れた車両のひとつふたつでも残しておいてくれたらより刹那的なノスタルジーに浸れて助かるのだが、そういう滅びの美学は一般人には理解できないものらしく、車両があったとしても、記念碑代わりに駅の跡地にご大層に屋根付きで保管されているのが常である。

 自然の手によってゆるやかに蝕まれ、取り込まれていく文明の美しさというものを、わかってほしい……とまでは言わないが、おせっかいな整理整頓は慎んでほしいものだ。つまらない合理的なお役所仕事程、興が冷めるものはない。


 ……いささか感情的になったが、話を廃線に戻そう。

 主役は私ではなくこちらだ。


 この路線なのだが、十五年ほど前に廃線となったばかりの──まあ、ばかりと言ったが私がまだ幼稚園に通っていたくらい昔なのだけれど、この業界ではそこそこ前くらいの──新参である。

 少子化の煽りをうけ、利用者がじわじわ減ったことで採算が合わなくなっていったというお決まりのパターンで、埋め合わせる方策もろくに思いつかず、止む無くこの路線の放棄が決まった。バスがあるし、まあ潰しても問題ないだろうというのも、お決まりの結論だ。

 どこまで切っても大丈夫なのか。

 ここは残さないと死活問題だ。

 景気の良さに促されてどんぶり勘定で伸ばしておいて、その景気が悪化したら不要と判断された部位を次々切り捨てられるというのも、当の路線からしたらたまったものではないだろう。

 

「ふー……」


 残されたというよりは、撤去するのも金がかかるからそのままにしたという風情のホームで、私は思ったより汚れていない椅子に腰を下ろし、唇をとがらせて紫煙を吹いていた。

 やはり、こうした場所で吸うのが煙草を一番うまく感じる。食事の後の一服も格別だが、人気のない路線跡でしんみりとした雰囲気の中、肺にニコチンを流し込むのはやめられない。

 口から吐き出される灰色の煙が、周囲のさびれた景色に溶け込んでいく。



 そうしていると、幼い子供の声らしき、はしゃぐ音が聞こえてきた。



 ここは、一応は駅舎も残されてはいるものの、これといって見所の無い、地元のなけなしの観光地もどきにすぎなかったはずだが……よく見渡すと、驚くことに見物客らしきスマホ片手の暇人が何人もいた。


 中年の夫婦らしき二人組が、周りの木々に目をやりながら散歩したり、眼鏡をかけたインドア派っぽいキノコヘアーの若い男性が、スマホで駅舎を真剣に撮影している。

 幼稚園児くらいの女の子とその母親が、草むらで戯れ、父親らしき人物がその二人にずっとスマホを向けている。妻と娘の楽しそうな様子を、記念に動画として残しているのだろう。

 位置としては、この場所は国道からさほど離れていないので、交通の便もそれなりにスムーズだ。ちょっと離れた場所にはコンビニもある。

 もしかしたら、お昼のニュース番組とか、オカルト話で食ってる胡散臭い芸能人にでもサラッと紹介されたのかもしれない。何がきっかけで流行るかわからないのが世の中というものだからね。

 そういえば、駅舎の前の立て看板に、絵馬がたくさん括り付けられていたような……


 ……まあ、そんな安っぽい願い事などどうでもいい。

 私は一本目の煙草を吸い終えると、他の連中のことなど無視して、二本目の燃焼に取り掛かる事にした。

 なんだか、レールの上を歩きながら煙を吐いていると、蒸気機関車の真似事みたいに思えてくるな。



「昔は、吸い終えたらそのまま線路にポイ、だったんだよな。大らかすぎる時代だ」


 塵も積もれば……ではないが、凄まじい量の吸い殻がホームの下にたまっていたのが当時の風物詩だったと、いつだったかテレビで見たことがあった。

 自分はそんな昭和の悪習を見習う気はないので、吸い終えた二本目を一本目と同様に、携帯灰皿にしまう。それがまともな煙草飲みのマナーというものだ。

 そして、廃線の上をゆっくりじっくりと、噛みしめるように散歩しながら三本目を吸い終えたところで、私は満足して帰ることに決めた。

 私の独壇場だろうと思われていた穴場が知る人ぞ知る人気スポットになりそうなことについては、どこか嬉しくもあり、しかしこのまま知られざるままでいてほしかったという秘匿めいた思いが裏切られたような、複雑な心境だった。


「……死んだ路線は誰のものでもなし、か」


 とは言え所有権は鉄道会社にあるのは当たり前なのだが、まあ気分の問題だ。

 私は振り返り、もと来たレールをさかのぼってホームまで向かうことにした。まだ太陽はその輝きを衰えさせていないが、勝手を知らない地域では余裕を持って行動するのが吉だ。

 夜道を一人歩いて帰路に着くのも、怖くはないが物悲しいからね。





「ねえ、お姉さん、ひとり?」


「暇なら俺たちとどっか行かない?」


 ……駅舎の前を歩いて国道へと向かっていた時、いかにも性欲旺盛という二人組の若い男たちに声をかけられた。


 下心を隠そうともしないニヤケ顔。先程までの後味のいいビターな気分が台無しだ。

 お姉さんなんて言っていたが、見たところ、自分と同じ大学生くらいではないだろうか。

 暇つぶしに車を走らせてそこらを無駄にフラフラして、ここで一休みしてたら私という獲物が偶然見つかったと、そんなところだろう。

 足元に散らばっている吸殻がそれを如実に物語っている。


「そういう気分じゃないんでね。他を当たって」


 ヒュウ、と金髪のほうが口笛を吹いた。

 クールそうな女もたまにはいいなあ、とか思っているのがバレバレの仕草だ。

 こういう手合いはとにかくしつこくて困る。


「まま、そう言わずに、こんな辛気臭い場所とっとと離れてさ、お酒でも飲めるトコ行こーよ。ねっ?」


 黒髪の優男がそんなことを言いながら肩を組もうとしてくるので、私はその礼儀知らずな振る舞いをスッとよけると、煙草を取り出して一服した。

 ここの良さがわからない軟派者と話す口はない。そういうことだ。


「いいね、その値踏みするような鋭い目。黒のロングヘアにまた似合っててすっげえゾクゾクするわー」


 もう交渉が詰んでいることもわからない金髪が、これはイケそうだな、という顔をしてこちらに舐めるような視線を向けはじめている。

 まあ暇だしとりあえずお前らに付き合ってやるかな、そんな意味合いの一服だと思っているのだろう。その後、どうやっていただこうかという思案でもしているに違いない。


 その甘い勘違いを正してやるべく──私は二人組に煙草の煙を吹きかけた。



「あふうっ」


「ふへっ」



 煙を吹きかけられて顔をしかめた直後、男たちの目の焦点がぼやけ、体がふらふらと左右に揺れる。

 そして、力が抜けたようにその場にへたり込んだ。

 意識を取り戻した時には、ここ数時間の記憶がポッカリなくなっていることだろう。


「全く……つまらない輩ってのは、虫ケラのようにどこにでも湧くな。本能的な欲求優先で動くところまで同じだ」


 私は(死ぬほどやりたくないが)下品な男たちの衣服のポケットをまさぐり、何度目かのチャレンジでお目当ての品──車の鍵を見つけた。

 彼氏でもない男にこんなことをするのは虫唾が走る。二度としたくない。


「これ、迷惑料代わりに借りるから。んじゃ」


 バスを待つ手間と時間が省けたのは喜ばしいことだった。災い転じて福となすというやつか。

 私は運転席に腰を下ろすとキーを回し、外で失神している男たちには目もくれず、帰路につくためとりあえず近場の大きな町へと向かうことにした。車は駅の駐車場にでも乗り捨てて、そこから地元方面への電車に乗ればいい。

 そのまま根城にしてるアパートまで直で行くのも足がつきそうで嫌だからね。



「おや」



 そう思っていたとき、車の前に一人の見知った少年が立ち塞がる。

 こちらと目が合うとパタパタ手を振って、そそくさと助手席に乗り込んできた。


「いやー、ギリギリだったね。火凛さん。危うく一手遅れですれ違いになるとこだったよ」


 シートベルトをつけながら少年が私の名を呼ぶ。


「九郎、キミもここに向かっていたのか」


「火凛さんの部屋の前で待ってようかと思ったんだけど、ここに行くって話をお隣さんから聞いてね。つい勢い余って飛んで来ちゃった」


「後先考えずに動く子だなキミは。誰かに見られなかっただろうね、全く……」


「消えてたから大丈夫だって。それより、今度からは二人一緒に行こうね」


 考えておこう、とだけ返し、私はナビの指示に従って車を走らせた。



「ねえ、火凛さん」


「なんだい」


「まさかとは思うけど、それはないと信じたいけどさ」


「回りくどいな。言いたいことがあるならハッキリ言いなさい、九郎。私がそういう煮え切らない態度が嫌いなのは、キミもよく知ってるだろう?」



「免許持ってた?」







「………………」


 私は黙り込んだ。それが答えだというかのように。





「動かし方や、交通ルールはだいたい把握している。心配はない」


「このご時世によくやるね……しかも自分の車じゃないでしょ、これ。借りたの?」


「借りたといえば借りたことになるな」


 それ以上は聞くなという雰囲気を私が醸し出すと、今度は九郎が黙り込んだ。


「……九郎、さっきの話だが」


 強引に話を切り替える。

 特急のように一方的な私のこういう性格を、九郎はどう思っているのだろうか。年上の彼女は強引で厄介だなぁと、内心で溜め息の一つや二つはついているのかもしれない。

 なら余裕をもって接したらいいだけの話なのだが、変なプライドがやたらと自分を急かしてきて、素直になれなくなってしまう。


「えっ?」


「隣の県に、炭鉱の閉鎖によって廃線になった線路があってね。そこに、今度の土曜にでも朝から行かないか? キミの予定が空いていればだが」


「ボクと二人だけで?」


「キミと二人だけだ。キミは目を離すと危なっかしくて仕方ない」


 人目につかない場所でこっそりデートしたいのだと、そう言えばいいだけなのに、またプライドが保護者めいた言い訳を喋らせる。これだから私という女は……


「やっぱり電車?」


「もちろん電車さ」


 仲良く並んでいる様は、傍目には中学生の可愛い弟と大学生の冷たそうな姉にしか見えないだろう。まさか歳の差カップルだとは夢にも思うまい。


「こうして乗り回してわかったが、やはり車はどうにも性に合わない。ガタガタと揺られながら、車窓から景色をのんびり眺めるのが一番だね」


 言ってて、もしかして自分には乗り鉄の気もあるのかなと思い、笑みがこぼれた。


「悪いね、遊園地や映画館みたいな、ありきたりな優しいお誘いじゃなくて。そういう明るい空間は居心地悪い性分でさ」


 暗さに映えるクール系だと周りによく言われるが、見た目で誤魔化してるだけで、本質はただの陰キャなんでね。


「う~ん……そこは問題ないかな。どこだろうと可愛い火凛さんが傍にいれば十分だから」




 思わずブレーキペダルを全力で踏んでしまった。




 後ろに車がいなかったのは不幸中の幸いだ。無免で衝突事故など起こした日には面倒極まりないことになる。

 無事に切り抜けるのに、何人の一般市民を文字通り煙に巻いて前後不覚に陥れればいいのか。考えただけで胃の痛くなってくる話だ。

 九郎に短絡的だと小言を言っておきながら自分はこれか。

 つくづく男に免疫がないな、私って。



「あっぶないなぁ……」


「き、急にからかうようなことを、言うな」


「本音だよ。掛け値なしの」


 いよいよ運転もままならなくなってきた。きっと私の顔は、今、びっくりするくらい紅潮しているに違いない。

 路肩に車を寄せ、両方のウィンカーを同時に点滅させるための、えっと……あの……あれのスイッチを押して停車する。


「いやぁ、前々からずっと思ってはいたんだけどね、年上相手にそんなこと言うのも、やっぱ生意気かなって。でも火凛さんが『回りくどいセリフは嫌いだ』って言うから、一歩踏み込んで素直に伝えてみようかと」


 勝ち誇ったように、にやりと笑ってこちらを伺う九郎。


「どうでした?」



「…………………………まいった」





 ──だが、ただ負けっぱなしも癪ではある。

 なので私は、おもむろにシートベルトを外すと、


「んむぅ!?」


 隣に座る九郎へと身を乗り出し、その唇を、いつものようなついばみ合いではなく酸欠になろうがお構いなしで、ただひたすら情熱的に貪って貪って貪りまくる。




「………………っふううぅ」


 いつまでもこうしていたいが、呼吸の限界が終わりを告げる。

 名残惜しいがここが潮時だと判断し、顔を離して新鮮な空気を肺へと送り込む。

 舌を絡め、互いの唾液を飲みあいながら、数分間、私と九郎は互いの唇をたっぷりと味わっていた。


「お返しにしては熱がこもってたね、火凛さん」


 あっさり落ち着きを取り戻した九郎が皮肉ってくる。ここまで念入りに『反撃』しなくてもいいんじゃないかと言いたいのだろう。


「そういう性分なんだ、私は」


「知ってる」


「好意であれ悪意であれ、何倍にもして返さないと気が済まない。面倒くさい女だろう?」


「面倒ではあるけど……そういうところもひっくるめて、大好きですよ。誰よりもね」


 太陽みたいなまばゆい笑顔で、九郎がそう言った。



 二回目の反撃に打って出る気力は、私には残されていなかった。

 馬鹿だなとか、物好きめとか、そんな悪態をハンドルにもたれてふにゃふにゃしながらほざくのが精一杯で、年上の余裕など煙のように散って消え去っていた。

ショタおねってこういうものなんでしょうか。う~む。

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