第3章 第0節「救済」
——こどもが泣いていた。
10歳にも満たないような幼い子が、床に座り込んで泣いている。嗚咽ひとつ漏らさず、静かに、静かに泣いていた。声を上げれば殴られると思い込んでいる、そういう泣きかただった。
おれはそれを少し離れた場所からただ眺めている。寄り添ってやることも涙を拭ってやることもできず、途方に暮れて立ち尽くしている。名前を呼んでやりたかったけれど、躊躇った。責められるのならまだいい。お前のせいだと、お前さえいなければと憎んでくれたなら。ほんの少し胸が痛んでも、自業自得なのだからと受け入れて向き合うことができただろうに。この子からそんな純粋さはとうに失われていて。
誰かがそばに居ると気付けばきっとこの子は泣き止んで、無理矢理に口角を歪め笑ってみせるのだろう。そういう風に、教育されているのだから。
本当なら。
普通に親に愛されて、普通に兄弟に可愛がられて、ゆっくり大人になれるはずのこどもだった。あんなやつらが親でさえなければ。——おれみたいなやつが、兄でさえなければ。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
かみさま。おれはどれだけ不幸になったっていいから。惨めに打ち捨てられて構わないから。こんな命でよければ、どんな風にころしたって良いから。どうか。
弟だけは、どうか救ってください。
——あぁ、またあの子が泣いている。
おれはただ、それを見ている。