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前線都市  作者: AfterNotes
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第1章 第3節「同族殺し」

 初めて「外敵」が現れたとき、人間はそれらへの対抗策を持っていなかった。のちに「魔力」と呼称される未確認物質で形成されていた外敵には、一切の軍事兵器が通用せず。絶望的な戦力差を前に、それでも人間たちは抗うことを諦めなかった。奇跡的に採取できた外敵のサンプルから解析と研究、開発を積み重ね、あらゆる方法を模索し。


 そうして作り出されたのが、「魔術師」という名の生体兵器である。


 まだ未成熟な子どもの脳に高度な演算能力を有する魔力管制デバイスを埋め込むことで、外敵同様に魔力を扱えるよう人体改造を行い。そして汎用化、強化、個別化と人々は進歩を積み重ね――いつしか人間は、外敵の侵攻を前線都市の内部へ押し留めるに至ったのだ。

 けれど、当然次の問題が発生する。強力になった魔術師たちを、如何にして制御し支配下におくか、という問題である。全魔術師の魔力管制デバイスにセーフティを導入するのはコストがかかり過ぎる。しかしいまや外敵に匹敵する力を有す魔術師たちを放置するのはリスクが大きい。警邏用ロボットを配置したとしても抑止力にはなり得ないだろう。そこで人間は、魔術師対策に特化した魔術師の作成を開始した。つまりは、「同族殺し」の兵器。規律に反した魔術師や、反乱分子を処分。そして前線都市全体を結界で覆い、外部への逃亡を防ぐもの。

 その特殊な魔術師は、代々同じ名で呼称される。

――重峰イノリ、と。


 前線都市西部3番地区。無数の配管やタンクに囲まれた工業区域の狭い通路を歩きながら、イノリはぐるりと周囲を見渡した。背後では地面からわずかに浮いたままのミコトがつまらなそうに腕を組んでいる。

 「通報はこの辺り、かな」

 「……サーチャーに反応あり。近くにいる」

 「ん。なら少し探してみようか」

 「その必要はない。魔力の急速な接近を感知。向こうから仕掛けてくる」

 言うが早いか、ミコトは音もなく距離を詰めるとイノリの左側に回り、手のひらを物陰に向けて突き出した。瞬間、圧縮された空気の塊が魔力を帯びて襲い掛かってくる。ミコトが手のひらの前に構築した防御の魔方陣により、突風は二人を避けるようにして吹き荒れた。

 轟音が止み、土煙が晴れる。その先には、真っ青な顔に大粒の汗を浮かべた大男と、怯えた顔で男にしがみ付く女の姿があった。肩で息をする二人に柔らかい笑みを浮かべて、イノリがミコトの背後から歩み出る。

 「No.38645とNo.24875……ええと、山岡ミズチさんと水車町カノコさんですね?」

 「っ、お、おまえが、『同族殺し』か……!」

 「はい。――その口ぶりからして、規律違反の自覚はあるようですね」

 話が早くてなによりです、と。つとめて穏やかにイノリは答えた。その態度になんらかの希望を感じ取ったのか、女が切羽詰まった様子で身を乗り出した。

 「お願い!見逃してっ!……私たちはただ、二人で静かに暮らしたかっただけなの。反抗しようなんて考えてないっ!これからだってちゃんと、ちゃんと外敵討伐に参加するから、だから、」

 「残念ですけれど」

 女の懇願を遮って、イノリは片手を差し出す。ミコトが黙ってその手に指先を重ねると、彼の体は足元から静かに“ほどけ”始めた。白銀の光を帯びた粒子は一度散った後に再び収束し、別の姿を形作る。最後にぱきんと音を立てて、真白の薙刀がイノリの手に収まった。

それを手慣れた仕草でくるりと回し、彼は小さく首を傾けてみせる。

 「あなた方には既に処分命令が下されています。であれば、それに従うのみ。おれに命乞いをしても意味はありません――まぁ、ご存じだとは思いますが」

 「人間の犬め……!そうまでして奴らの機嫌を取りたいのか!このひとでなしが!」

 「否定はしませんよ。けれど、」

 イノリが言い切るのを待たず、男は右腕に魔力を集めると力強く振りかぶった。“身体強化”の魔術を渾身の力で発動したのだろう。周辺の空気が渦を巻いて、男の拳にまとわりついている。小さく悲鳴を飲み込んだ女が一歩下がり、男が地面を蹴って駆け出した。


 応じるように、イノリの薙刀が空を裂く。


ひゅ、と軽い音とともに一閃された刃が、あっさりと、しかし的確に男の首を刎ねる。そのまま回転の勢いを殺さずに振り抜かれ、続けて踊るように女の胴を両断した。ぽかんと開かれた二人の口は一言の悲鳴も漏らさず、力の抜けた体が重力に従って血に落ちる。

 思い出したかのように間を置いて広がり始める鮮血を冷めきった目で見下ろしながら、誰に聞かせるでもなく、イノリは呟いた。

 「魔術師にされた時から――ひとでなしは、お互い様でしょうに」



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