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6.高飛車令嬢と朴念仁の、その後

 一方馬を飛ばして港に着いたセドリックは、周囲をキョロキョロと見回していた。

 オーウェンの使節団が帰国の挨拶をして、王城を去って行ったのは昨日。自国が用意した大型船で帰るので、一人乗客が増えても当然問題はないだろう。

 ベアトリス王女は、シャロンと意気投合し驚くほど彼女のことを気に入って、必ずオーウェンに招待することを約束していた。

 それがまさか、こんなに早いとは。


 いや、だがあの闊達な王女殿下ならあり得る、とセドリックは唇を噛む。

 シャロンの方も、婚約解消のほとぼりが冷めるまでは大人しくしておくべきだと分かってはいるだろうが、あのじゃじゃ馬が大人しくしている筈がない。

 王女の招待にこれ幸いと、羽を伸ばす為にあっさりと外国行きを決める姿が目に浮かぶようだった。


 焦ったセドリックは行き交う水夫の一人を掴まえて、オーウェンの船はどこに停泊しているか尋ねた。

「え? もうかなり前に出航しましたよ」

 無情な言葉に、ここが自室ならば膝をついていただろう。

 水夫に礼を言って、セドリックはふらふらと波止場までたどり着く。水平線が遠くに見え、オーウェンの船は当然影も形もない。

 天気の良い日で、活気のある港の喧噪が耳に届く。

 オーウェンまでは船旅で何日だっただろうか。滞在期間は? 王女の望む滞在が終わっても、シャロンはそのまま真っ直ぐこの国に帰ってくるだろうか?

 腕のい商人で今や外交官を務めるコフィ子爵の娘、元々語学は堪能だし何より狭い世界に収まって満足するような大人しい気性の女ではない。


 馬上試合で頬を紅潮させてはしゃいでいた姿、眉を顰めて落馬事故を真剣に心配していた表情。

 青いドレスのきらめくような姿、とろりとした白いドレスに家宝のネックレスを付けた時のあの美しさ。ふとした時に見せる屈託のない笑顔や、セドリックに全幅の信頼をおいて甘えて我儘を言う唇の形。

 悪魔のように狡猾で、知恵が回って、いつも偉そうな、

 可愛い女。

「シャロン……いつか帰ってきてくれる時を、待つことは許されるだろうか」

 ぽつりとセドリックが呟くと、背後から盛大に呆れた様子の声が響いた。


「そこは普通、お職を辞してでも追いかけてくるシーンではありませんの?」


「!?」

 慌ててセドリックが振り向くと、そこには外出着を身に纏った女性が立っていた。頭の先から靴の先まで、見間違う筈もないほど完璧に美しい、シャロンだ。ただ旅に出るような恰好ではなく、ごく普通の外出着だ。

「シャロン!」

「まったく、あなたにはガッカリですわ。今頃のこのこやってきて、一人波止場で黄昏るなんて……っきゃ!」

 いつものように口上を述べようとした彼女の足元に、膝が汚れるのも構わずセドリックは勢いよく跪く。

「シャロン」

「……何ですの」

 驚きと期待、そして確信の滲む彼女の青い瞳を見て、セドリックは観念する。自分はずっと彼女の掌の上、彼女の用意した舞台の上で彼女の望み通りに踊っていたのだ。

 だとしたら、これもシャロンの予定通り。


「愛している。俺と結婚してくれ」

 セドリックの告白に瞳を輝かせたシャロンは、赤い唇を吊り上げる。

「っ……証文を書いていただこうかしら」

「必要ない、これを書いてきた」

 腕を引かれたので彼は立ち上がり、コフィ子爵邸を訪れた時から持っていた“あるもの”をシャロンに差し出す。真新しく、固い感触の紙だ。

 それを見た彼女は満足げに溜息をつき、二つ折りのそれを丁寧に開いた。

 中身は婚約証書で、既にセドリックの分は記入されていた。彼の父親の署名もある。

 正式な、求婚だった。


「まぁ、セディ」

「俺は自他ともに認める朴念仁だ。洒落たことは出来ないし、搦め手で来られても自分で気付ける自信はない」

 いつもならばここで余計な茶々をいれてくるシャロンだが、彼女はセドリックを真っ直ぐに見つめている。そのことに照れ臭くなり耳を真っ赤にしながら、セドリックは最後まで告げるべく腹に力を入れた。

「だから俺はこうして前に進むしか出来ない。シャロン、愛している。どうか返事を聞かせてくれ」

 言い切ると、セドリックの方も真摯に彼女の瞳を見つめる。

 黒に近い深い緑の瞳に見つめられて頬を紅潮させたシャロンは、爪先立って高い位置にあるセドリックの唇に音をたててキスをした。

「可愛い方。わたくしも、あなたを愛しておりますわ」

「シャロン!」

 セドリックは思わずぐい、と彼女の細い腰を抱き寄せる。白い頬に掌をあてると、今度は自分が屈んでシャロンにキスを返した。


 *


 その直後の話である。

 シャロンが乗ってきた馬車に、セドリックは彼女と仲良く並んで子爵邸へと戻っていた。当然子爵に結婚の許しをもらう為だ。

 直情的なセドリックは勿論、この機を逃すつもりのないシャロンの双方の意見の一致だった。

 逞しいセドリックにぴったりとくっついているシャロンは、ご機嫌だ。彼の大きな手を握ったり、軽く抓ったりと子猫のじゃれ合いのようなことをしてくる姿も、晴れて恋人となった今、セドリックには愛らしい行動に見える。

 待て、ひょっとして以前手を抓られたのはこの延長だったのか? あんなにしっかり痛かったのに。

「どうかなさいまして?」

「……オーウェンに行くというのは、嘘だったんだな」

「あら? 人聞きの悪い。嘘なんてついておりませんわ」

 フフッとシャロンは笑う。可愛く見えてしまうのが、困りものだ。

「だが」

「誰かが、ハッキリと、わたくしはオーウェンに向かったと言いまして?」

 にっこりと彼女は笑う。いつものように、悪魔のように。

 セドリックは記憶を辿り、がっくりと項垂れた。隣に座るシャロンはころころと笑っている。

「メイドと執事もグルか……!」

「んもぅ、本当に人聞きの悪い方ね。嘘なんて言ってませんでしょう? 朝早く、オーウェンの王女に呼ばれて、港に行ったのは真実ですもの」

 ただの見送りに、ですけれどね。

 そこでまた、フフッとシャロンは笑う。

「…………本当に、まんまと踊らされていたわけか、俺は」

「あら、わたくしだって打てる手はすべて打ってきましたのよ? 興味のない剣術のお稽古の見学に行ったりだとか」

「え」

「でも幼い頃から朴念仁のあなたったら、こんなに魅力的なわたくしにちっとも見向きもしないんですもの。自信なくしちゃいますわ」

「え……シャロン、君、一体いつから」

 恐る恐るセドリックが訊ねると、彼女はとびきり美しく、にっこりと笑った。

「王女様にも渡さないし、勿論逃してなんてあげませんからね。わたくしの可愛いセディ!」



 こうして戻った子爵邸には万事支度の整った子爵が待ち構えていて、婚約証書にすぐにサインが追加された。

 セドリックとシャロンの正式な婚約は再び瞬く間に王都中を駆け巡り、その社交シーズンの翌年に二人は結婚した。


 二人は仲睦まじい夫婦として有名で末永く幸せに暮らしたが、シャロンがちょっとしたことですぐに要求するものだから、セドリックはその後もせっせと証文を書き続けることとなる。





 おしまい!




この後、オズワルドに「いやーどんなに美人でもあんなに苛烈な女はごめんだわー」とか言われてもセドリックは「確かに性格はすこぶる悪いのですが、可愛いところもあるんですよ」とか言って惚気ます。王太子は性格悪いとかまで言ってないのに!



一日、お付き合いありがとうございました!実は今日はなろうさんに投稿し始めて丸二年だったので、こういった投稿をしてみました!三年生も頑張ります!

読んでいただいて、ありがとうございました。皆さんのおかげで今までも、これからも続けていけます!!

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