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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十章 新たな決意
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Ⅳ.意味深な二人②


 コツコツと規則正しい音を響かせて工房(アトリエ)へとやって来た足音の(ぬし)は、行儀よくノックしてから扉を開けた。

「おはようございます、ウィリアムさん」

 いつもより少し遠慮がちな挨拶とともに部屋に入ったウリカは、そこにいる人物の姿を目にとめて、きょとんとした表情で首を傾げる。

「やっぱり、お父様だったのね……」

 そう言ったのは、馬小屋に見慣れた馬が繋がれているのを見たからだろう。乗馬服を着ている彼女自身も馬に乗ってきたはずだから、ステファンの来訪を予想できたのは当然だ。

「おはよう、ウーリ。勉強熱心だね」

 足しげく錬金術師の家に通う娘に、ステファンが優しく笑いかける。

 しかしウリカからは冷ややかな反応が返された。

「朝から旦那様のお姿が見えない、とモーリッツが怒り心頭の様子だったわよ、お父様」

 娘から挨拶を返してもらえなかった子爵は、ふむ、と(あご)に手を添えて吐息する。

「相変わらず仕事熱心で困ったものだ」

 ウリカに対して「勉強熱心」と褒めた舌で、今度は執事の「仕事熱心」に文句を言うのか、と思いはしたが、それを口にしても無駄なことのように思えて、ウリカもウィリアムもそこには突っ込まなかった。

「モーリッツも、もっと気楽に構えていればいいものを……」

「当主が不真面目だと下で働く者の苦労が絶えない、がモーリッツの口癖らしいわよ」

「ほう……まさか毎日のように口にしているわけではないだろうな」

「日に三回は耳にする、とハイジが言っていたわ」

「当主が真面目なばかりでは、使用人たちも気が張り詰めて休めないだろう? だから私は――」

「当主が不真面目すぎて使用人たちの休む間がない、とモーリッツが言っていたらしいわ」

 ことごとく切り返されて、笑顔のまま動きを止めたステファンが、次はどう出るのか――興味深く見守る二人の前で彼が見せたのは、まさかの含み笑いだった。

「フフっ……」

(なぜ、そこで笑う……?)

 青年錬金術師と子爵令嬢がそろって抱いた疑問を二人の表情から読みとったステファンが、満足げに笑みを深める。

「そろそろモーリッツの怒りも頂点にきている頃だろうから、屋敷に戻るかな」

 よく分からない理屈とともに出ていこうとした子爵は、思い直したように足を止めて振り返った。

「ああ、そうだ……例の研究のほうはどうなっているかな?」

 ステファンにそう問われたウィリアムは、渋い表情を覗かせる。

「まだ何とも……症例(サンプル)がほとんどないのと、突破口として期待できる湖上花(こじょうばな)が手元にないもので、調合も実験もできないのが現状で……」

「そうか……症例(サンプル)のほうは時間の問題だと思うけどね」

 ステファンが何気なく呟くと、ウィリアムは眉根を寄せて不服顔を貼りつけた。

「それを待つわけにはいかないんです……滅多なことを言わないでください」

「私は事実を言っただけだよ」

 返す子爵の言葉はさらりとしている。

 二人がなんの話をしているのかウリカには分からない。ただ、ウィリアムの(まと)う空気が妙に重苦しいことだけは肌で感じとっていた。

 ステファンのほうは変わらぬ態度のまま会話を続ける。

「湖上花がある場所のことはよく覚えていないのだったね」

「はい。どうやってあそこまで行ったのか、正確な道順を思い出せなくて」

「一応こちらでも調べてみようとは思っているんだが、生憎(あいにく)これから領地の視察に行かなければならなくてね、数日王都から離れてしまうんだ。そのあとでも良ければ探してみるよ」

 ウィリアムが深いため息を落とす。

「呑気な人ですね……まあ、期待せずに待つことにします」

 二人のやりとりをウリカは不思議そうに眺めていた。

 ウィリアムが誰かに敬意を払って接している姿が新鮮に見えたからだ。改めて二人の関係が気になってしまう。

「それでは、私は戻るよ。ウーリ、あまり長居して迷惑をかけないようにね」

 自分のことを棚上げにして説教くさい言葉をかけてくる父親に、ウリカは可愛いげなく言い返す。

「お父様こそ、あまりモーリッツを困らせるものではないわよ」

「あの程度で参るほど、彼は脆弱(ぜいじゃく)ではないよ」

 不敵に笑いながら、ステファンは工房(アトリエ)から出ていった。

 その背中を見送りながら、奥方はこの人のどこを気に入ったのだろうか、と一人疑問に思うウィリアムだった。

「ウィリアムさん、湖上花って何ですか?」

 慣れているのか、ウリカは父親とのやりとりを気にした様子もなく、あっさりと話を切り替えてきた。

 今はなるべくステファンとの関係に触れてほしくないウィリアムとしても、そちらのほうが助かる。

「湖の上に咲く、神秘の花と呼ばれているものだ。その花弁は傷を癒し、蜜は病を治す薬になると言われている」

「薬を作るには重要なものなんですか?」

「湖上花がなくても作れる薬は数多くある。ただ、湖上花の蜜は使い方次第で、多様な病の特効薬となる可能性を秘めている」

 ウリカが感心した様子で目を輝かせた。好奇心旺盛な少女らしい無邪気さを感じさせる。

(これが曲者(くせもの)なんだよな……)

 と、ウィリアムは緩みかける心を引き締めた。

「原因の解明されていない病を治す薬も作れるのではないかと、昔から研究してはいたんだが、花の絶対数が少なくて、あまり経過は(かんば)しくない」

「ウィリアムさんは薬を(おも)に研究しているんですか?」

「いや、薬は需要が多いから作っているだけで、それを専門にするつもりはない」

 ならば何故こんなにも薬の研究に躍起(やっき)になっているのか、と疑問に思うウリカではあったが、淡々と話すウィリアムが「触れてくれるな」と主張しているように見えて、それ以上のことは聞けなかった。

 なんだかはぐらかされた気分になるが、深く追及する勇気が今のウリカにはない。

(恩と、恨みがある……)

 その言葉が胸につかえて、ウリカの心は消化不良を起こしたままだ。ウィリアムの本心に触れるのが、今はまだ怖い。

「それはそうと、買い物を頼まれてくれるか?」

 ふと思い出した、というようなウィリアムの言葉で話が逸れて、ウリカは少しほっとした。

「はい。何を買ってくればいいですか?」

「防具をひと揃えだ。軽い素材で作られたもの。それと頑丈な布地もついでに頼む」

 その指示に頷いて、ウリカは買い物に向かうことにした。

 今は考えていても仕方がない。とりあえずは目の前のことからこなしていこう――そう自分に言い聞かせながらも、ひどく寂しい思いに(とら)われる自身の感情に、彼女は戸惑っていた。

【第十章 新たな決意】終了です。

物語が始まる直前くらいにお亡くなりだったユリウスの父エーリッヒが書けて満足です(*゜▽゜)

あと、皇后カザリンの台詞を想像するのが楽しかった。ノリノリで書きました♪

……ユリウスをいじめたい訳じゃないんですよ?

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