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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十章 新たな決意
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Ⅰ.最高のプレゼント①


 夕刻が近づき、第一皇子アルフレートの生誕を祝うパーティーが始まった。


 政務長官を務めるシュテルンベルク公爵が開幕を宣言し、祝いの言葉とともに主役の入場を促した。


 アルフレートが母親のカザリンに伴われて会場に姿を見せると、出席者たちから一斉に歓声が上がり、祝福の声が飛ぶ。だが、この場にいる誰もが茶番だと分かっていた。ただ一人――皇后カザリンを除いては……。


「聞こえますか、この歓声が? 多くの者たちがあなたを敬い、声を上げているのです」


 朗々と歌うような声を彼女は響かせる。

 愚かな母だとアルフレートは内心で呆れていた。


 この場に集まった者たちにとって、アルフレートは腫れ物だ。敬うふりをしなければ、権力という祟りに見舞われることを皆わかっている。だから表面のみとり(つくろ)って内心では嘲笑しているのだ。


 悪意の刺が、アルフレートの心を急速に冷やしていった。


(ユリウスはいつ来るだろうか……)


 ただそれだけを待ちわびながら、(おも)だった賓客(ひんきゃく)に挨拶をして回る母のあとに仕方なくつき従う。


 やがて会場に音楽が流れ始めて、アルフレートはようやく母から解放された。

 皇帝が会場に到着し、ダンスが始まったからだ。


 まずは皇帝と皇后が一曲踊る。そのあと他の皇族が続くのが基本ルールだが、この日のパーティーに他の皇族は参加しておらず、皇帝と皇后のダンスが終わればあとは自由。身分の高低に関係なく、人々が入り乱れてのダンスが始まるはずだ。


 カザリンが自分のそばから離れてすぐに、アルフレートは社交場に背を向けて移動した。


 第一皇子を口実に集った者たちだが、当の皇子本人を気にする者はいない。アルフレートが場を離れようとしても誰にも声をかけられずに済むのは、かえって気が楽で良かった。


 小宮殿にある中庭に出ると、外はすでに暗くなっていた。


 夜会はいつも憂鬱で落ち着かない気分になる。

 だが、今日のように浮わついた気持ちになるのは初めてだった。


 ユリウスの到着を待ちわびながら夜空をぼうっと眺めていると、壮年の男が一人、歩み寄ってきた。

 白地に青い龍の刺繍を(ほどこ)した軍服に青色のマント。皇軍騎士の制服を着たその男は、アルフレートの前で片膝をつき、頭を下げる。


「第一皇子殿下に拝謁(はいえつ)いたします」


(おもて)を上げよ」


 アルフレートの許しを得て顔を上げた男は、暗緑色(あんりょくしょく)の髪と琥珀(こはく)の瞳をもつ皇帝の近衛騎士だった。その顔立ちは、ユリウスとよく似ている。


「このような人気(ひとけ)のない場所に何用だ、ベルツ伯爵? こう閑散としていては、ダンスの相手も見つからぬだろうに」


 冗談めかした声をかけると、ベルツ伯エーリッヒはくすりと笑う。ユリウスが見せる笑い方にとてもよく似ていた。


「外へと出ていかれる殿下をお見かけして、ついてきてしまいました。供もなくお一人では危険ですので」

「そうか。それは軽率なことをしたな。余計な気を遣わせて悪かった」


 一人で行動したことを反省すると、エーリッヒは柔和(にゅうわ)な笑顔で首を振る。


「実はあのような華やかな場所は苦手でして、抜けだす口実を探しておりました。殿下のおかげで、穏やかな空気のなか、心を落ち着けることができます」


 本気か冗談か判断のつかない口調で笑うエーリッヒを前に、自然とアルフレートの表情が緩む。


「そなたは暖かいのだな……他の者はうわべで機嫌をとろうとするだけで、私のことなど気にもかけていないというのに」


 冷えた心が(ほぐ)れていくのが分かる。

 エーリッヒがこうして話し相手になってくれるだけで、アルフレートは不思議と安心できていた。


 ユリウスについ気を許してしまうのは、これと同じ暖かさを感じるからだ。しかしその一方で、微かな不安がどうしても拭えず、アルフレートは本心からユリウスの好意を信じられずにいた。


「ユリウスが殿下のことをとても気にかけておりました」


 アルフレートの心情を見透かしたようなタイミングで、エーリッヒが息子の名前を口にする。


「ユリウスは私を(うと)むことなく、優しく接してくれる。だが、それは本当に本心なのだろうか……?」


 これまで、周囲から数多くの憎悪と、それと同じだけのおべっかを向けられて、アルフレートは他人を信じられなくなっていた。


 人は表に出した顔の裏に必ず相反する感情を隠している。それを思い知らされてこの歳まできた。


 だから今、ユリウスに期待してしまっている自分が怖い。裏切られたとき、自分の心が崩れ落ちてしまうのではないかという漠然とした恐怖がある。


「信じたい」と思う一方で「信じてはいけない」という相反する声が自分の胸中で警鐘を鳴らしているのだ。


 願望と現実の狭間で、アルフレートの心は(まよ)い子のように立ちすくんでいた。

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