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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十章 新たな決意
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Ⅲ.騎士の朝帰り③


 宮殿の東門から入ってすぐの場所に、貴族専用の東厩舎がある。そこに停まった馬車の傍らに、ベルツ家の執事ハインリヒは立っていた。

 まだ一の鐘(午前六時の報)が鳴る前の早朝である。

 何故こんな時間にこんな場所にいるかといえば、昨夜屋敷に帰ってこなかった(あるじ)を迎えに来たためだった。

 昨日の夜。当主を迎えに行ったはずの御者が、手紙だけを持って一人で戻ってきた。

 手紙には「帰りは明日の早朝になる」とだけあり、詳細は書かれていなかった。常にはないことだった。これまでにも仕事の都合で帰りが翌日になることはあったが、必ず理由が明記されていた。ユリウスはそうした報告を怠らない人物だ。

 異常事態を感じたハインリヒは落ち着いて屋敷で待ってもいられず、こうして自ら(あるじ)を迎えに来た次第である。

 ぐずついた空に雨のにおいを感じながら、馬車の隣でそわそわと待つハインリヒの目に、年若い主人の姿が映った。こちらに向かって歩いてくる(あるじ)の表情は陰りを帯び、言い知れぬ疲れが(にじ)んでいるようにも見える。

 ふと視線を上げたユリウスが、ハインリヒの姿を見つけて驚いた顔を浮かべた。

「こんな所までどうしたんだ?」

 (あるじ)が無自覚な問いかけをするものだから、ハインリヒは不服そうに眉をつり上げる。

謹厳実直(きんげんじっちょく)で知られる自慢の(あるじ)が、詳細も告げぬまま朝帰りなどという常にない行為に及んだのです。憂倶(ゆうぐ)のあまり焦燥感に駆られるまま自ら足を運ぶことにどのような疑問が御座いましょうか」

「そんな大袈裟な」

 一息に言い募るハインリヒの主張がおかしくて思わず失笑したユリウスが、子供のような笑顔を見せる。だが、その直後にはふっと息を吐きだして、ハインリヒの肩に自分の頭を乗せた。

「来てくれて良かった。お前の顔を見たら、少し安心した」

 ハインリヒに対しては時に子供のように甘えを見せるユリウスだが、こんな風に寄りかかるような甘え方は珍しい。よほど神経をすり減らす事柄があったのだろうと想像できた。

 本来なら頭でも撫でて甘やかしてやりたいところではあるが、今この場所でそうする訳にはいかない。

「いつ人目につくとも知れません。頭をお上げください」

 そう注意を促すと、ユリウスは苦笑を洩らしてから、ゆっくりと頭を上げる。その顔はすでに大人の表情へと戻っていた。

 それに満足して、ハインリヒは兄の顔で笑う。

「結構。急いで屋敷に戻りましょう。まずはきちんと休息をとって頂かねば」

 顔色から、ユリウスがほとんど寝ていないだろうことを、ハインリヒは察していた。

「そうだな。そうしよう……」

 素直に頷いたあと、ユリウスはハインリヒの肩に手を置いて、その耳元に口を寄せる。

「あとで、相談したいことがある」

 そう小さく囁いたユリウスは、寝不足を感じさせない足どりで馬車へと乗り込んだ。

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