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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第九章 漠然とした思い
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Ⅳ.皇子からの招待③


 九月二十一日は第一皇子アルフレート・ハイムの誕生日である。この日は盛大なパーティーが開かれ、多くの上級貴族が出席する予定となっていた。


 高官までもが朝から準備に奔走する一大イベントではあるが、士官学校では変わらず通常の訓練がある。とはいえ、士官学校内でもどこか浮かれた空気が流れていた。


 パーティーは夕方近くに始まる予定だが、ユリウスが顔を出せるのは夜七時以降になるだろう。


「どうにも締まらない雰囲気が漂ってますねえ」


 座学で軍事論の講義を終えたユリウスが食堂で昼食をとっているところに、カミルが話しかけてきた。


 手にしたプレートをテーブルに置いて、ユリウスの正面に座る。

 メニューはパンが二つに、スープ、サラダ、そして鶏肉を軽く味付けして焼いたものが五切ればかり乗っている。ユリウスの昼食メニューと明らかな差があった。


 伯爵家嫡男のユリウスと男爵家三男で庶子のカミルでは、対応が違うのも仕方のないことだろう。貴族社会ではごく当たり前のことだ。


 カミルは別段気にするでもなく、パンのひとつを手でちぎって食べ始める。


「皆、一位殿下の誕生パーティーが気になるようだ」


 若干の皮肉を込めてユリウスが答えると、カミルはにやりと笑った。


「日頃から悪口を囁いてはいても、こういう日には『めでたい』と声高(こわだか)に叫びたくなるお人が多いようです」


 ユリウスが言葉の裏側に隠したことを堂々と口にするのがカミルの人柄である。


「そういえば、アウエルンハイマー公爵家のコンラート(きょう)もパーティーに出席されるらしいですね」


「そうなのか?」


 ユリウスは会話の合間に、切り分けたステーキ肉の一切れをカミルの皿に移し、代わりに鶏肉を一切れ拾い上げる。


「昨日から至るところで自慢げにお話しされているみたいです」


 カミルの言葉を聞きながら、今度は澄ましバターでソテーした野菜のいくつかを、カミルのサラダと交換する。


「その数日前には、お飾り皇子がどうのとかいう噂話に、楽しそうに参加していた気がするんですがね」


 刺のあるぼやきに苦笑しながら、ユリウスは自分の皿にある焼きたてパンのひとつをカミルのものと取り換えた。


 身分差で違いを見せるメニュー。それに興味を持ったユリウスの希望によって物々交換は始まった。今ではすっかり恒例と化しており、カミルも気にせずそれを受け入れている。


「俺も殿下から招待状をもらったよ」


 作り置きのパンと焼きたてパンの味比べをしながらユリウスが言うと、二歳年長の同期生はきょとんとした表情を浮かべた。


「それはまた、物好きな……」


 忌憚(きたん)のない感想を洩らしながら、カミルはステーキ肉を口に運び、幸せそうに頬を緩める。


「殿下ご本人から招待を受けたのは、どうやら俺だけらしい」

「誰のためのパーティーなのかを如実に表しているような、醜悪な事実ですねえ」


 口元についたソースを行儀悪く舐めとりながら、カミルは軽口のように毒を吐く。小気味のいいテンポで話すため、陰気さとは無縁な雰囲気を匂わせていた。


 しかし次の瞬間には、際どい話題を振って空気を一変させるところがいかにもカミルである。


「貴方はもっと慎重なタイプだと思っていました」


 何気ない口調とは裏腹にユリウスの反応を楽しむような表情が、性質(たち)の悪さを(にじ)ませていた。


 ユリウスがただのお人好しではないことをカミルは承知している。十分に計算して行動できる人物。だから友人づきあいを続けているのだ。


 ただ、(わきま)えているはずの友人が、いわくつきの皇子と積極的に関わろうとする気持ちが理解できないようだった。


 そんな疑問をぶつけたくなるほどに、アルフレート皇子は危険な存在なのだと彼は言いたいのだろう。

 ユリウスにもそれは分かっている。


「少し危険な領域に踏み込もうとしている自覚はあるよ」

「少し、ですか……」

「予防線は張っているから、致命的な事態にまではならないだろう」


 交換してもらった鶏肉を一口大に切り分けながらユリウスは続ける。


「父上に迷惑をかけずに済むなら、それに越したことはないけどね」

「なるほど。予防線……」


 ユリウスの言いたいことを即座に諒解して、カミルは一応の納得を見せた。


 素朴な味付けの鶏肉が思いのほか美味しくて「もう一切れ交換してもらおうかな」なんて考えているところに、カミルの訝しげな質問が飛んでくる。


「そんな予防線を用意してまで、あの皇子様を助けたいんですか?」


 その言い草は無遠慮な上に無礼極まりないものであったが、こうした本心を隠さない態度のほうが、ユリウスには気楽だった。


 士官学校生の中には、日頃アルフレートを避けているくせに、皇子を構うユリウスに対しては「媚を売っている」と陰口を叩く者もいる。

 貴族社会の常道とはいえ、本音と建前が裏腹すぎるのは見ていて気持ちのいいものではない。


 その反動というわけではないが、カミルには本音を吐露(とろ)することが多かった。


「あの方には味方がいない。日々、心細くて辛いのではないかと、見ていて心配になるんだ」


 ユリウスの発言を数秒間だけ脳内で咀嚼(そしゃく)して、カミルは身も蓋もなく言葉を返す。


父君(ふくん)に劣らず、あなたも相当なお人好しのようですね。貴族社会では生きづらそうだ」


 肩を竦めてみせるカミルは「まあ、だから信頼できるんですけどねぇ」とフォローなのかただの感想なのか判別のつかない呟きを洩らして、ふた切れ目のステーキ肉を頬張った。


「父上がどう考えているかは分からないけど、少なくとも俺は、殿下に同情しているわけではないんだよ」


 ユリウスは婉曲(えんきょく)ながらもカミルの認識を訂正する。


「俺はただ、あの方が好きなだけなんだ。大切に思う相手を助けたいと考えるのは、当たり前のことなんじゃないかな」


 自分でも判然としない気持ちを説明するのは難しい。それでもユリウスは、素直に思った通りのことを口にする。


「大切に……家族のように、ってことですか?」


 カミルがぽつりともらした質問にユリウスは虚をつかれて、一瞬だけ目を見開いた。


 あの皇子を何故あんなにも放っておけないと思うのか、ユリウス自身も不思議に感じていた部分があった。しかし『家族』という言い回しに、しっくりくる回答をもらえた気がする。


「そうだな……俺には家族同然の友人が一人いるんだが、殿下はかつての彼と同じ()をしているように思えたんだ」


 だからこれほどまでに気にかかるのだと分かって、ユリウスは視界のひとつが開けたような気がした。

【第九章 漠然とした思い】終了です。

ユリウスとアルフレートの過去編に突入。

シルヴァーベルヒ家の出番はないかと思っていたら、ちゃっかりステファンだけ出てきました。相も変わらず嫌味走ってますね。

ちなみに予定外に登場させたカミルですが、書いてみたら楽しかったので出番が増えました(*゜ー゜)

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