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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十章 新たな決意
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Ⅲ.騎士の朝帰り①


 玉座を奪う――あまりに強いその言葉は、瞬間的に室内の空気を凍らせた。

 何よりも重要なのは、「自分が即位する場合、正当な継承にはなり得ない」とアルフレートが思っている事実だ。そしてそれは、反逆行為を示唆する宣言ですらある。

 どんな意図をもって言ったものか、すぐには判断できず、ユリウスは反応し損ねた。

 その様子を観察するように一瞥(いちべつ)して、アルフレートは続ける。

「言葉を飾るのはやめてはっきり言おう。噂されている通り、俺は皇帝陛下の血を継いでいない可能性が極めて高い。言いたいことは分かるな?」

 ユリウスは首肯(しゅこう)して返答する。

「皇后陛下の不貞がただの噂ではなく、事実であると思っておられるのですね。そして仮にそうであれば、貴方に皇位継承権はないことになる」

「事実であれば、母上は姦通罪(かんつうざい)で死を(たまわ)ることとなろう。俺も良くて流刑(るけい)、悪ければ処刑だな」

 その口調はさらりとしていて、まるで他人事のようだった。

「だが、それでは困るんだ。五年前に誓った通り、俺は腐敗した貴族社会を是正するつもりでいる。それには権力(ちから)が必要だ」

 流刑であれ処刑であれ、権力に手の届かぬ範囲に追いやられてしまうと、理想の実現は叶わなくなってしまう。

 もしも皇后の不貞が事実であると証明された場合、アルフレートは力ずくで玉座を簒奪(さんだつ)でもしない限り、皇帝となる手段がない。

 だからこそ、より強い覚悟が必要だった。

「事と次第によっては、俺は大逆(たいぎゃく)の罪を背負うことになるだろう。そうと知って(なお)、お前は変わらぬ忠誠を誓えるか?」

 簒奪者(さんだつしゃ)の汚名を着ること自体は、アルフレートにとってどうということもない。だが卑怯者になるのだけは嫌だった。だから胸のうちをすべて正直にさらけ出してアルフレートは問うのだ。

 答えるユリウスの表情は険しい。

「現在の我が国では、貴族に(しいた)げられ、貧しい生活を強いられる民が大勢います――ヴァルテンベルク領の実情は氷山の一角に過ぎません。国の統治そのものに問題があるからです。現状のままでは、力のない民が権力者によって死に追い込まれる状況も生まれかねません……あるいは無下に殺されるようなことさえ考えられます」

 そう前置きした上で、ユリウスもまた決定的な言葉を口の()に乗せるのだった。

「民を救うことのできる者であれば、誰が王でも私は構わないと考えております」

 大胆すぎる危険な発言が二人の間を往復する。

 当然ながら、アルフレートの私室という密室で交わされる会話だから許されるものだ。

 このやりとりを他者に聞かれただけでも、二人は反逆罪に問われかねない。それだけの危険性を(はら)んでいる。そしてだからこそ、お互いに本音で語っていると信じられるのだった。

「私は貴方の信念と覚悟を信じております。故に異論はございません。貴方はご自分が信じた道をお進みください。その行き先が地獄でも、私は最後までお供致します」

 己の全てを懸けるとするユリウスの宣誓に、だがアルフレートは表情を変えない。厳しい眼光で自らの騎士を見据える。

「俺という一個人に対する忠誠とならぬことを、切に願っている」

 ユリウスの掲げる忠誠心は皇国の民に対して捧げられるべきもので、アルフレートの信望者になることでは決してない。それはレオンハルトとの問答でユリウス自身が語ったことでもある。その決意を忘れてはならない、とするこれは(いまし)めの言葉だ。

「貴方が民に憎まれる存在とならぬよう最善を尽くします」

 唯々諾々(いいだくだく)と従うことが忠誠ではない、とユリウスも承知している。

 (あるじ)が間違った道へ進もうとしたときには(いさ)める覚悟を持ち、思考停止に陥らないよう己をも戒める。

 その決意をユリウスは示した。

 アルフレートは今度こそ満足げに笑った。

「互いの意思を確認できたところで、もう一つ明確にしておきたいことがある」

 場を仕切り直すようにアルフレートは口調を変える。先刻までと比べて、ずい分と柔和(にゅうわ)声音(こわね)だ。

「俺はお前のことを信頼の置ける臣下だと思っているが、一方で大切な友人とも認識している」

「五年前のあの日、殿下に友人だと言って頂いてから、私も同様の思いを抱いております」

 ユリウスは同意するが、何故かアルフレートの表情は渋い。

「そう思っているなら、二人でいる時くらい、その堅苦しい物言いをやめろ」

 ユリウスは虚をつかれて目を見開いた。

 アルフレートは膨れっ面を顔面に張りつけて言い募る。

「それともお前は、友人に対してもその口調を崩さないのか?」

 不服そうに睨まれたユリウスの脳裏に、数日前のハインリヒの姿が浮かんだ。

 執事兼友人である彼が、隠し事をするユリウスへの当てつけで他人行儀に振る舞っていたとき、友人の存在を遠くに感じて寂しかったものだ。

 その時の心境を思いだして、子供っぽく膨れるアルフレートの気持ちが分かったのである。

「友人だと思っていたのは俺だけだったのかと、今とても落胆している」

 アルフレートから恨みがましげな視線を向けられて、ユリウスは思わず笑う。

「そうだな。悪かった」

 砕けた口調と表情で応じると、アルフレートは年齢相応といえる少年の顔で破顔した。

 五年の時を経て、ようやく本当の意味での友人になれた気がする――それは二人にとって、とても大きくて大切な一歩だった。

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