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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第九章 漠然とした思い
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Ⅳ.皇子からの招待①


 士官学校入学から半月が過ぎようとしていた。


 アルフレートは足しげくユリウスの元へと通っている。

 無理に時間を作ってでもいるのか、時に疲れた表情を見せることもあったが、ユリウスの姿を見つけると途端に笑顔になる。嬉しそうな、それ以上に安心したような顔をするものだから、無理をしないようにと注意するのが躊躇(ためら)われた。


 今ではアルフレートが素直に感情を見せることも多い。


 ただ、依然としてアルフレートを構うのはユリウス一人だけ。普段は会話を交わすことが多いカミルでさえも、皇子の姿があるときは決してこちらに近づいてこない。

 アルフレートの孤独感が日増しに浮き彫りになっているように見えて、ユリウスの懸念は大きくなる一方だった。


 まだ幼さが垣間見(かいまみ)える年若い皇子。その孤独を何とか(やわ)らげられないかと苦心するユリウスに、アルフレートはこの日、初めてわがままを口にした。


「剣術、ですか?」

「そうだ。私も剣が使えるようになりたい。ユリウスに指導してもらいたいのだ」


 アルフレートからの無邪気な要望に、ユリウスは即答できなかった。


 皇子が武術を身につけようとすること自体は稀有(けう)なことでもない。威厳を見せつけるために(いくさ)に赴く皇族も歴史上にはたくさん存在する。だから皇子本人が望むのであれば、そこに異論はない。


 だが、その指導をユリウスが行うのは問題がある。だから二つ返事で了承することはできなかった。


「それでしたら、専属の指導官をお付けになるのがよろしいかと……私はまだ半人前の身ですから、人に教えられるほどの力量は有しておりません」


 そう説明してやんわり断ろうとしたのだが、皇子は納得してくれない。


「私はユリウスのような剣(さば)きができるようになりたいのだ。だからユリウスに教わりたい」


 熱心に力説するその気持ちは嬉しくもあるが、やはりそれだけで情に流されるわけにはいかない。万が一にでも訓練中に怪我をさせるようなことがあれば、その責任の所在について、自分ひとりの問題ではすまないのだ。


 父親のエーリッヒが責任を問われるのは勿論、最悪の場合は士官学校にまで飛び火しかねない。そうなれば、アルフレートがよりいっそう(うと)まれることにもなるだろう。

 軽々しく引き受けて良い事案ではないのだ。


 ユリウスが返答に迷っていると、アルフレートが寂しそうに(うつむ)いた。


「私の提案は迷惑だったろうか……?」


 他の士官学校生に避けられる理由を、この小さな皇子はよく分かっている。


 貴族社会に身を置く者たちは皆、アルフレートの()()を警戒していた。触らぬ神に祟りなしとばかりに第一皇子を避けたがるのは当然のことだろう。

 それが理解できてしまうからこそ、アルフレートは(わきま)えざるを得ず、こうして遠慮してしまうのだ。


 それはユリウスの身を案じるが故のもので、本当は優しい皇子なのだと痛感する。

 その姿に罪悪感が湧きあがったユリウスは、自分も最低限の誠意は見せるべきだろう、と思い直した。


「一度、父に相談したいので、返事は少しお待ちいただいてよろしいでしょうか?」

「良いのか?」


 予想外に前向きな返答があったことに驚いて、アルフレートはぽかんとユリウスを見上げた。


 下手に期待を煽りすぎないよう慎重に言葉を選んで、ユリウスは答える。


「殿下のお力になりたいと思っております。ですが、この件に関しては、私の一存だけで決められるものではございませんので」

「それがそなたに可能な最大限の譲歩なのだな」


 聡い皇子はすぐにそう納得してくれた。


「ならば私も期待せずに返事を待つとしよう」


 嬉しそうな感情を隠せずに笑うアルフレートを琥珀(こはく)双眸(そうぼう)に映して、もしかしたら却って残酷なことをしているのかもしれない、ともユリウスは思う。


 でもだからこそ、この皇子のためにできる限りのことをしなければ、と強く決意が固まるのである。

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