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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十章 新たな決意
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Ⅱ.二人の約束③


 思いもしない言葉を耳にして、ユリウスは驚きを隠せなかった。

 冗談めいた口約束とは違う。これは明確な誓約の宣言だ。同時に、アルフレートが何を覚悟したのか、それを明瞭に示すものでもあった。

「私は貴族社会の腐敗を是正したい。そのために、玉座を目指すと決めた。だからユリウスの力を借りたい。私を助けてくれるか?」

 問いかけというよりは確認作業に近い。ユリウスなら言葉のすべてを理解し、また同意してくれるだろうと、アルフレートは疑っていなかった。

 ユリウスへの信頼、などと呼べるような聞こえのいいものでは決してなく、ただの甘えであることは重々承知の上だ。だがアルフレートには他に拠り所がない。

 自分は途方もないことを言っているのだろうという自覚もちゃんとある。しかし、アルフレートが自分の意思を貫こうとするならば、それ以外に選択肢はない。

 アルフレートが期待した通り、ユリウスは皇子の心情をほぼ完璧に読みとっていた。それ故に葛藤が胸中を駆けめぐる。しかしそれもほんの一瞬のことだった。

 経緯や思惑はどうあれ、アルフレートをこの決断に追い込んだ原因の一端は自分にもある。そう自覚しているからだ。

 ここで逃げたら、ユリウスの行いはただの偽善で終わってしまう。自分の言動には責任を持たなくてはいけない。

 何よりも、カミルに話したように、ユリウスは純粋にこの皇子が好きなのだ。責任の有無に関係なく、力になりたいという思いが確かにある。

 突如目の前に掲げられたものの規模の大きさに戸惑っただけ。

 逡巡はしても、結論は変わらない。

 ユリウスはアルフレートの前に膝をついて頭を下げる。

「不肖の身ではございますが、アルフレート殿下の騎士として相応しい者となれるよう精進(しょうじん)し、時が来ました際には、全身全霊をもってお仕えすることをお約束致します」

 アルフレートが静かに頷く。

 その顔には、どこかほっとしたような表情が浮かんでいた。

「約束だ。私たち二人の――」

 この日を境に二人は顔を合わせることがなくなり、そのまま二年の歳月を過ごすこととなった。


  ◇◆◇◆◇


「あの頃の俺は、全てのことに絶望して、投げやりに生きていた……いや、生きながらにして死んでいた」

 アルフレートがしみじみと語る。

 どうせ自分の望むようには生きられないのだから、と冷めた思いで世間を斜めに見下ろし、一人で不貞腐れていた過去を思いだしながら。

「周囲への冷笑を、自分の人生から逃げる口実にしていた――そんなことにも気づいていない愚かな子供だった」

 昔の自分を自嘲気味に評して薄く笑う。

「現実から目を(そむ)けて、戦う前から諦めていたことに気づかせてくれたのはお前だ、ユリウス」

『何時間でも待つ』と言った、ユリウスの脅しめいた言葉が、アルフレートの心には叱責のように響いたのだ。

 そんな風にずっと逃げ続けるつもりなのか――そう言われた気がして、弱気になっている自分が情けなくなったのを覚えている。

 だがそれでも、あと一歩を踏みだす勇気が持てなかった。

 だからユリウスを巻き込んだ。

「俺に自覚を促したお前にも責任がある」

 アルフレートは複雑そうな表情を見せるユリウスに意地の悪い笑みを向けたあと、それを苦笑に変えた。

「それを、お前を巻き込む免罪符にしていた」

 そう告白して肩を竦める。

「それと自覚している免罪符ほど意味のないものはない。だからお前に対して常に後ろめたさがあった……馬鹿な話だ」

 アルフレートは自ら失笑を吐きだした。

 罪悪感とも呼べる思いがユリウスに対する遠慮を生み、結果として二人の間にぎこちない空気を作ってしまっていた。

 だが、そんな青臭い感情に振り回されている場合ではないと、レオンハルトとの問答で思い知らされたのである。

「人生の転換となる大事なきっかけをくれたユリウスには感謝している。だからこそ、お前に対して疑心暗鬼になることは避けたい。そのために、確認しておくことがある」

 アルフレートは笑みを消し、厳しい表情でユリウスを見据えた。

 そして決定的な言葉を口にする。

「たとえ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、俺はいずれ玉座を奪いとるつもりだ」

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