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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十章 新たな決意
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Ⅱ.二人の約束②


 パーティーの翌日。士官学校の講義を終えたユリウスは、ひとり訓練場に佇んでいた。

 狩猟の時期を迎えた九月の空は、やはり夏に比べると陽の陰りが早い。赤く染まる頭上の景色を眺めつつ、ユリウスは待ち人の姿を思い浮かべる。


 ――私が愚かだったのだ。


 あの時、年若い皇子の感情が消えていくのが分かった。すべてを諦めて再び心を閉ざそうとするアルフレートを前に、ぞわりとした焦燥感に襲われたのだ。

 ようやく人並みに笑うようになった皇子が、今また感情を失えば、とり返しがつかなくなる――そんな不安に駆られて、反射的に声をかけていた。

 ここで待っていると言うだけでは、あの皇子は来ないかもしれない。だから『何時間でも』とつけ足した。

 アルフレートの耳には脅しめいて聞こえたことだろう。平気で何時間も人を待ちぼうけさせられるほど、あの皇子は冷淡ではない。必ず来るはずだ。

 辛辣(しんらつ)な計算のもとにユリウスはああ言ったのである。それが一層アルフレートを苦しめると分かっていても、諦めたくはなかった。

 現実から目を(そむ)けて皇后の傀儡(かいらい)人形となるか、抗って自分の意思で生きるのか――その二者択一を暗黙のうちに突きつけた形なのだ。それもまだ若干十二歳の少年にである。

 それでも、あの場で優しい言葉をかけるのはアルフレートを突き放す行為にしかならないことを、ユリウスは肌で感じとっていた。

 だからあえて厳しい選択を小さな皇子に迫ったのだ。

 ユリウスの予想通り、アルフレートは一時間もしないうちに姿を見せた。

 こちらへと近づいてくるアルフレートの手に、昨夜プレゼントした木剣はない。軽い落胆がユリウスの胸中に広がるが、それも数舜のことだった。

 (すみれ)色の瞳が、真っ直ぐにこちらを見据えていたからだ。

「昨夜、母上と約束をした」

 アルフレートは開口一番にそう切りだした。

「今後、独り立ちするまでの間、私は母上の意向に従う。その代わり、成人したあとは私の意思を尊重する。そう約束を交わした」

 ユリウスは驚いた。

 何かしらの決意を固めてきたことは、その表情から(うかが)うことができたが、そのための交渉をすでに皇后と行なってきたなどとは思ってもみなかったからだ。

 十二歳の皇子が見せた決断と行動の速さに感心する。

 しかし同時に、懸念事項もあった。

「大きな決断をなさいました。そのお覚悟はご立派です。しかし、皇后陛下は約束を守ってくださるのでしょうか」

 親子間の口約束に過ぎないことが気にかかる。何かしらの理由をつけて約束を反故(ほご)にされる可能性は否めない。

 だが十二歳の皇子は事もなげにとんでもない告白をする。

「尤もな心配だが、杞憂であろう。約束が守られなかった場合、自らの命を断つと明言したら、さすがの母上も驚きを隠せずにいたようだ」

 自身の命を盾にとった交渉――その事実をアルフレートは皮肉げに吐きだした。

「そのお言葉を皇后陛下はお信じになられたのでしょうか?」

 ユリウスはなおも食い下がる。

 このしつこさがアルフレートを安心させる。本心から自分を心配してくれるのだと伝わってくるからだ。

 その信頼がアルフレートの恐怖心をとり除いてくれる。そして母親に反抗すると決意した瞬間、アルフレートは自分の中に眠っていた残虐性を自覚した。

「信じただろう。この喉に……」

 アルフレートは自身の首をそっと手で撫でる。そこには真っ白な包帯が巻かれていた。

「この喉にナイフを突きつけてみせたら青ざめていたからな。実際に血が出るところを目にすれば、口だけだと笑い飛ばすことは出来まい」

 言葉の通り、皮膚の表面を少しだけ傷つけた。十二歳の少年が体を張ってみせたのだから、その覚悟を疑うのは難しいはずだ。

 アルフレートの説明に、ユリウスは瞠目(どうもく)した。

 自らの未来を選びとるために、皇子が捨て身になったことは理解した。そうすることで、これまでは隠れていた気性の激しさが顔を出すとは、さすがのユリウスも想像していなかった。

 そして、それ故に感じる恐怖――ユリウスは自分自身にも大きな覚悟が必要になるのではないかと思えた。

「あと二年だ、ユリウス」

 皇子は覚悟を決めた瞳で未来の騎士を見上げる。

「二年経って成人すれば、自分の意思における行動が叶う。そうなれば、まず始めにお前を近衛騎士に任じるつもりだ」

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