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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十章 新たな決意
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Ⅱ.二人の約束①


「お()めください、母上! この者は私の大切な友人なのです!」

 慌てて駆けつけたアルフレートが、カザリンから庇うような格好でユリウスの前に立つ。

 友人だと言い放った皇子の小さな背中を見つめて、ユリウスは驚きを隠せずにいた。

「そこをお退()きなさい、アルフレート。その者は(おそ)れ多くも皇后であるわたくしに楯突いたのです」

「ユリウスは私の意思を尊重せんがために意見したのです。この者に罪があるというのなら、それは私自身が招いたもの。罰するというのであれば、まず私に罰をお与えください」

 主張するアルフレートの身体が小刻みに震えていることにユリウスは気づいた。

 皇后に溺愛されていると噂される皇子はしかし、母親を前に恐怖と戦っているように見えた。

「何を馬鹿なことを……あなたのためを思い、この者の(あやま)ちを正そうと、ただそれだけのことです。幼いあなたが口出しする必要はありません。そこをお退()きなさい」

 過剰に息子を心配する母。傍目(はため)にはそう見えないこともない。だがこれは違う、とユリウスの直感が告げていた。

 アルフレートが反抗的な姿勢で母親に反論する。

退()きません。真に私を思ってくださるなら、私の友人に恩情をくださいませ。そうしてくだされば、私もあなたを信じることができます」

 皇后が雷鳴に打たれたような表情を垣間見(かいまみ)せる。

「条件付きで信じてやる」とでも言いたげな皇子の態度に、深く大きなショックを受けていた。

 息子からこのような反抗を受けて、彼女の高いプライドが傷つかないわけがない。しかし同時に、我が子に嫌われることを恐怖する心情が、カザリンの胸のうちにはあった。

「いいでしょう。そこまで言うなら、あなたに免じてこの場は見逃しましょう」

 あくまで寛大さを見せつけるように居丈高な口調で、皇后は譲歩の言葉を口にする。だが、ただ引き下がるつもりもない。

「あとでわたくしの部屋にいらっしゃい、アルフレート。あなたの気持ちを聞かせてほしいわ」

 柔和(にゅうわ)な物言いは高圧的な雰囲気に相殺され、否とは言わせない空気が場には漂っている。

 アルフレートは素直に頷くしかなかった。

「はい……」

 息子の返事に満足して、ようやく皇后は立ち去った。

 皇后の背中が見えなくなってから、アルフレートはその場にぺたりとへたり込む。

「殿下っ」

 そのまま崩れ落ちそうになるアルフレートを慌ててユリウスが支えると、小さな皇子は蒼白な顔に笑みを浮かべた。

「間に合って良かった」

 青ざめたまま安堵する皇子の姿に、ユリウスは自戒する。

「私の思慮が足りなかったばかりに、殿下にこのようなご無理を強いてしまいました。申し訳ありません」

 この()に及んで恨み言ではなく謝罪を吐きだすのか、とアルフレートは失笑した。

「どこまでお人好(ひとよ)しなのだ、そなたは」

 だがその笑顔もすぐに消える。

「すべては欲を掻きすぎた私の失態だ。ユリウスの優しさに甘えて、自分の立場を見失っていた……私が愚かだったのだ」

 そんな反省とともに、自分の心が乾いていくのをアルフレートは感じていた。

 物心ついたときから心を閉じ、可能な限り感情を薄くして生きてきた。それは自分を守る盾であると同時に、諦めという逃避だった。始めから期待などしなければ落胆もない。

 だから他人との間に距離を置いて、感情の無い人形のように振る舞ってきたはずだ。それがどうしてユリウスに踏み込むことを許してしまったのか……。

 心を許すべきではなかった。喜びを知らずにいれば、それを失って苦しむこともないのだから。

 心を閉じて。感情を忘れて。無関心な自分に戻らなければ――そう言い聞かせて希望を捨てようとしたアルフレートだったが、ユリウスがそれを許してくれなかった。

「明日の夕刻、訓練場でお待ちしています」

「え?」

 不意をつかれたアルフレートが戸惑いの声をあげる。

 ユリウスは静かに笑った。

「明日から正式にご指導できる(むね)を、先刻申し上げました。士官学校の授業が終わったあとの夕刻から、剣術の稽古を行ないたいと思います」

 何事もない、日常の延長のような口調でそう告げたあと、ユリウスは表情を引き締める。

「ですから明日の夕刻、訓練場でお待ちしております。何時間でも」

 ユリウスは念を押すように最後の言葉に力を込めた。

 静かで柔らかい口調にもかかわらず、否定を許さない圧力を感じたアルフレートは、迂闊にも返事をし損ねてしまったのである。

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