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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第九章 漠然とした思い
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Ⅲ.孤独の皇子②


 魔術学校の教室が騒然とした空気に包まれる。不意にやってきた子供が第一皇子を名乗ったのだから無理もない。


 誰もが驚きを見せるなかでただ一人、片眉を跳ね上げるにとどまったカミルは、即座に片膝をついて礼をした。


「知らぬこととはいえ、失礼致しました皇子殿下」


 魔術学校の後輩たちも慌ててカミルに(なら)って膝を折る。その中には不承不承といった雰囲気の者も多かった。


 アルフレートは無感動にそれを眺めやってから、カミルに声をかける。


「構わぬから(おもて)を上げよ。そなた、名はなんという?」


 カミルは表情にわずかながら煩雑(はんざつ)さを(たた)えて立ち上がり、重さを含んだ口調で答えた。


「カミル・フォン・エイナーと申します」

「聞き覚えのある名だな……」


 アルフレートは記憶を探るように首を傾げる。


「彼は先月、魔術学校を首席で卒業しております」


 ユリウスの説明に、アルフレートは合点がいった様子で頷いた。


「思いだした。魔術学校の卒業と同時に士官学校試験に優秀な成績で合格したという男爵家の三男だったな。宮中でも噂になっていた」

「それは……お耳汚しにて、恐縮いたします」


 どこか刺のあるカミルの返しに、アルフレートは含み笑った。


 まだ幼さの残る十一歳という年齢でありながら、カミルの心情を正確に見抜いているようだった。


「派手に目立つ者を叩かずにはいられない悪癖持ちが多いのが貴族社会だ。そなたのような者には苦労も多かろう」


 皮肉を込めた言葉が誰に対してのものか、判断は難しい。だがカミルはその言い草が気に入ったようで、眉間のしわを緩和(かんわ)させて、対話に応じた。


(おっしゃ)る通り、実力を示すだけでは、お認めくださらない方々が多いようです。矜持(きょうじ)を保ったまま実力を示せるほどの器用さを持ち合わせておらぬ故、気苦労が絶えません。自らの能力不足を嘆くばかりでございます」


「嘆いたところで己の出自は変えられん。諦めて相応の立場に甘んじるか、困難を承知で抗うか、選ぶしかなかろう。前者の選択が一般的であろうがな」


 大人びた意見を並べ立てる皇子に、カミルは感心するような視線を向けた。カミルが吐きだした皮肉を正しく理解していると分かったからだろう。


 興味深そうに目を細めて、彼はさらなる皮肉を重ねた。


「殿下はご聡明でいらっしゃいます。だからこそ、この国の先行きが不安でなりません」


「貴様! 不敬であろう!」


 カミルの発言で弾かれるように声をあげたのは、人だかりの後方で状況を見守っていた生徒の一人だった。


 とある伯爵家の嫡男で、カミルより幾分か年上の魔術学校生。無礼な士官学校生を睨みすえた彼は、異論を唱えるというよりも明確な攻撃の意思を秘めているように見えた。


 自分より爵位が劣る家柄である上に年若く、それでいて優秀な結果を残しているカミルが彼には目障りであるらしい。敵意()きだしの眼光には、平民の母を持つ庶子への(さげす)みが宿っていた。


(おそ)れ多くも殿下の御前で不安を煽るがごとき不穏当な発言をするなど――」

「私がいつ口上(こうじょう)を許したか!」


 いきり立つ伯爵家の長男坊を黙らせたのは、年若いアルフレートの一喝だった。


「皇族の許可も得ずに口を差し挟むそなたこそ不敬であろう」


 十一歳の皇子に睨まれて赤面した伯爵家の長男は、悔しそうに歯噛みして(うつむ)いた。


「申しわけ……御座いません」


 矜持を傷つけられて声を震わせる伯爵家令息の様子に、ユリウスは危惧を覚える。

 アルフレートの潔癖さが闇雲に多くの敵を作ることになりはしないかと、懸念を抱かずにはいられなかったからだ。


「私も軽口が過ぎました。お許しください」


 カミルが場をとり(つくろ)うように謝罪する。


 第一皇子がくすりと笑った。揶揄(やゆ)的なものではなく、どこか楽しげな雰囲気を(かも)している。


「確かに。最後の一言は軽率だったな。真意はどうあれ、不利益にしかならない発言は控えるべきだろう」

「ご忠言に感謝申し上げます」

「以後、気をつけるといい。せっかくの才能をつまらぬことで(つぶ)さぬようにな」


 アルフレートの忠告を聞いて、カミルは薄く笑みを浮かべる。挑戦的ではあるが敵意や(あざけ)りのない、どこか楽しそうな雰囲気があった。


 それを見て満足げに笑うと、アルフレートは(きびす)を返した。


「邪魔をしたな。ユリウス、次の場所にいくぞ」


 年若い皇子は場の萎縮した空気を察していた。そのため、執着を見せず、早々にこの場から立ち去ることにしたのである。

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