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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第九章 漠然とした思い
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Ⅲ.孤独の皇子①


 士官学校初日の訓練に一段落がつき、休憩の時間になった。

 学生たちは思い思いに昼食をとりに向かう。食堂があるため、東棟(ひがしとう)の中へと入っていく者も多かった。


 試験会場にもなっていた訓練場から東棟への道すがら、ユリウスは柱の隅に隠れる人影に歩み寄って声をかける。


「今日もお一人で見学ですか?」


「何故そなたにはすぐに見つかってしまうのだ……」


 柱の影から顔を出して、アルフレートが拗ねるように口を尖らせた。子供らしいその仕種がなんだか微笑ましい。


 実をいえばユリウスだけが気づいているわけではなく、他の者たちは関わりあうのを避けたいが故に、見て見ぬふりをしているだけなのだが、あえてそれを言う必要はない。


「先日もでしたが、供はお付けにならないのですか?」

「一人のほうが身軽に動けるからな。心配せずとも迷子になったことはないぞ」


 少し的の外れた主張に、ユリウスはくすりと笑う。


「こちらで面白いものは見つかりそうですか?」


「面白いものならすでに見つけた。私はユリウスを見に来たのだからな」

「私を……ですか?」


「先日の試合で見せたそなたの戦いは見事であった。洗練された動きのなかに、時折ぞくりとするような鋭さがあり、とても興味を引かれた。あれをもう一度見たい」


 興奮ぎみにアルフレートが主張する。


「お褒めいただき恐縮です。殿下はこのあとも、見学していかれるのですか?」

「うむ。今日は訓練が終わるまで見ていくつもりだ」


 この日は初日ということもあり、訓練は早い時間に終わる予定だった。それを踏まえて、ユリウスは質問を重ねる。


「では、そのあとのご予定はあるのでしょうか?」

「今日は特に外せない用事はないな。だからこうしてここにいるのだ」

「でしたら、ひとつお願いがあるのですが」

「何だ?」

「私はまだ皇城に慣れておらず不安がございます。よろしければ、宮殿を案内していただけないでしょうか?」


 もちろんこれは口実だ。

『共に宮殿を散策しませんか』という遠回しな誘いに、アルフレートは(すみれ)色の瞳を輝かせた。


「宮殿のことならよく知っている。私に任せるがいい。そなた、よい人選をするな」


 想定通りの反応にほっとしつつ、ユリウスは頭を下げる。


「感謝申し上げます、殿下」


 その後、訓練が終わるとすぐに皇子が駆け寄ってきて、二人は宮殿巡りのために移動を開始した。先日とは違い、今回はアルフレートがユリウスの手を引いて歩く。


 本殿の前方に広がる中央庭園に、本殿の二階にある図書館など、アルフレートのお気に入りの場所を一通り教えてもらう。その途中で、魔術学校の教室を覗くと、そこにはカミルの姿があった。


 士官学校の逆側――本殿の西棟(にしとう)に魔術学校の教室は存在する。

 カミルはこの年の八月に魔術学校を卒業しているから、ここにいるのは不思議なことではない。この日は後輩たちの顔を見にきただけなのだが、来た早々に在校生たちに囲まれて質問攻めにあっていたらしい。


 首席卒業生としてカミルを尊敬している魔術学校生は多い。しかし、人だかりの後方には、面白くもなさそうな表情でカミルを見つめる生徒も数人いた。


 カミルが目敏(めざと)くユリウスの姿を見つける。


「おや、ユリウス様。こんな所に何用で?」


 彼らしく気さくに話しかけてきたが、直後に表情を少し引き締めたのは、アルフレートの存在に気づいたからだろう。


「こちらの方は?」


 やや緊張した面持ちで尋ねるカミルの全身を、警戒心の見えざる薄膜が(おお)っていた。


 あえてそれに気づかぬ素振りで、アルフレートが前に出る。


「第一皇子のアルフレートだ。ユリウスが宮殿にはまだ不慣れだというのでな。案内している」


 アルフレートが名乗ると、周囲の生徒たちがざわついた。

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