Ⅱ.異端児との出会い③
士官学校の訓練初日となる九月一日。
ユリウスは首席合格者として注目を集めていた。ただし、好意的な視線は少ない。
「試験官として受験者たちの対戦相手を務めたのがエーリッヒ・フォン・ベルツの友人である」という話がどこからか広がったらしく、不正を疑う声が一部で囁かれているからだ。
「父親が皇帝陛下の近衛騎士様だもんな。融通してもらえる奴は得だよなぁ。羨ましいことだ」
これ見よがしに囁かれる噂の声を、ユリウスは無視していた。
どうせすぐに実力を知る機会が訪れるのだから、過剰に反応してやる必要もない。
そうやって黙殺しているところに、反論する声が聞こえた。
「文句を言ってる連中は試験官との一戦を見てなかったんですかねえ。あれを見ていれば、イカサマだなんて非難はできないと思うんだけどなぁ……自分の目が節穴だと吹聴するようなもんですから」
わざと大きな声でユリウスに話しかけてきた士官学校生は、からかうような口調を響かせた。
浅葱色の頭髪と薄灰色の瞳をもつ少年。ユリウスと同じくらいの背丈で、顔立ちはまだ若いくせに、妙なふてぶてしさを漂わせている。
彼の容姿には覚えがあった。
試験当日に噂されていた一人。魔術学校の首席卒業生でエイナー男爵家の三男坊だ。この年に十六歳を迎える、ユリウスに次ぐ年少の士官学校生である。
カミル・フォン・エイナーという名だったな、とユリウスは自分の記憶を確認した。
陰口を叩いていた数人が、カミルの言葉で気まずそうに顔を逸らして散っていく。それに皮肉げな視線を投じてから、彼はユリウスに向き直った。
「そう思いません?」
明るい口調で問いかけられて、ユリウスが苦笑する。
「どうかな? あの試合では俺も結局負けたから、あまり偉そうなことも言えない」
「おやま……それ言われちゃったら、俺は余計に何も言えなくなっちゃいますね。完膚なきまでにボロ負けだったから」
肩を竦めて見せるカミルの言動には、周囲に対する手痛い皮肉が混ざっていた。
この場にいる誰もが、あの赤毛の騎士には惨敗しているのだから、愉快な気分になれる者などいるはずもない。
「それでもカミル卿は十分以上もったのだから、誇っていいのではないかな」
正直に感想をもらすと、カミルが意外そうに眉根を持ちあげた。
「俺の試合を覚えていらっしゃるとは、記憶力がいいんですね」
「他の試合はさして記憶に残らなかったが、カミル卿は興味深い動きをしていたから、印象に残った」
カミルが首を傾げる。
「それはひょっとして『喜ぶには早計』といった類いのものなんでしょうかね」
おどけるように問うカミルには、いたずらっ子のような印象がある。
ユリウスはくすりと笑ってから表情を引き締めた。
「実戦慣れしている動きに見えた。相手の変則的な動きにしっかり対応していたし、攻撃を受け流しながら隙を探ろうともしていただろう?」
「実際には探りきれずに、スタミナ切れで玉砕したわけですけどね」
カミルは褒め言葉に喜ぶでもなく、むしろ自分の未熟さを嘆くようにぼやく。そこに向上心の高さが窺えて、ユリウスは好感を覚えた。
「あの人を相手にして、考える余裕を持てるだけで、十分に実力者だと言えるさ」
そうフォローすると、カミルは別のところに興味を示した。
「そういえば、ご父君の友人という話でしたね。繋がりの強い者を対戦騎士として出せば、八百長が疑われることも予想できたでしょうに、なんであの人選にしたんですかね?」
純粋に疑問を持ったらしい。尤もな質問ではある。
「苦肉の策だったんだろうと思う。現役の騎士が受験者に負けるのは心証が悪いからな」
あくまで推測ではあるが、今年度の試験統括官であった父親の苦悩が、ユリウスには理解できた。
現役の騎士がまだ士官学校入りすら決まっていない一受験者に負ければ、威信に関わるのはもちろんのこと、入学者のモチベーションを下げかねない。
だから簡単にユリウスに勝たれては困るが、当然ながらユリウスには手を抜く理由も意思もなかった。
それが分かっていたエーリッヒは実力でユリウスを退ける手段を講じるしかなく、それを確実に実行できる人物を用意した。
しかし条件に該当しそうな現役の騎士はごくわずか。その中でもユリウスの剣術のくせを知っているのは二人だけ。
「つまり、貴方に勝たせないようにするためには、ベルツ伯爵本人が出るか、友人のシルヴァーベルヒ子爵が出るかの二択しかなかったというわけですか……確かに苦肉だ」
カミルは声を弾ませて楽しそうに笑う。
ユリウスの説明は、ともすれば自慢話にしか聞こえない内容だ。しかし、父とステファン以外が相手なら勝つ自信があったのは事実であり、他に説明のしようもない。
幸いカミルは素直に納得してくれた。
「貴方のことは好きになれそうだ。改めまして、カミル・フォン・エイナーといいます。とりあえず一年、よろしくお願いしたいものです」
カミルは握手を求めて右手を差しだす。
本来ならカミルの態度は無礼極まりなく、特権意識の強い貴族たちには嫌われるものだろう。
だがユリウスはそれが逆に気に入った。
「ユリウス・フォン・ベルツだ。貴方のような人が一緒で安心したよ。一年間、退屈せずにすみそうだ」
本心からそう答えて、ユリウスは相手の手を握り返した。




