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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十章 新たな決意
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Ⅰ.最高のプレゼント②


 他人の心情と自分の思い。その双方に怯える小さな皇子に、エーリッヒは同情を禁じ得ない。しかし、それを表情には出さず、代わりに一見関わりのなさそうな話題を口にした。

「先日、ユリウスに『迷惑をかけるかもしれないけど頼みがある』と言われました」

 唐突な話にアルフレートはきょとんとエーリッヒを見上げる。

 不思議そうに首を傾げる皇子に、ユリウスの父親は小さく笑いかけた。

「私はそれが、とても嬉しかったのです」

「迷惑をかけられるかもしれないのにか?」

「ユリウスは昔から聞き分けの良すぎる子で、自分より他人の気持ちを優先する癖があります。それは親の私に対しても同様で……」

 ため息にも似た口調で話すエーリッヒは、どこか呆れるような眼差しで空に浮かぶ月を見上げる。

「あの子がわがままを言ったのは、幼い頃にたった一度だけでした。親としては誇らしい反面、寂しくもあります」

 水臭い、と言わんばかりにため息を落としたあと、エーリッヒは皇子に視線を戻した。

「今回が二度目なのですよ。貴重ではありませんか?」

 イタズラめいて首を傾げる騎士の姿に、アルフレートはそれが自分に関連することなのだと悟る。

 そうと分かった瞬間、聞かずにはいられなかった。

「ユリウスはそなたに何を頼んだのだ?」

 しかしエーリッヒは直接答えず、視線をアルフレートの後方へと移動させる。

「答えは、本人からお聞きください」

 エーリッヒの言葉と視線につられてアルフレートが振り返ると、こちらに近づいてくる人影が見えた。待ちわびていた少年が、ようやく到着したのである。

 アルフレートが弾かれたように駆けだしてユリウスのそばまで移動すると、長身の少年は片膝をついて頭を下げた。

「皇子殿下に拝謁いたします」

「堅苦しい挨拶など良い。そなたが来るのを待っていた」

 声を弾ませる皇子に、ユリウスは優しく微笑んでから、片手に抱えていた包みを差しだした。

「お誕生日おめでとうございます」

 ぱっ、とアルフレートの表情が華やいだ。

「開けても良いか?」

「はい、ぜひ」

 もらったプレゼントをその場で開けるのは親愛の証とされている。

 アルフレートは立場上、数多くの贈り物をもらう身だが、これまで贈られた物はご機嫌とりの賄賂としか思えず、自分で品を確認したことがなかった。それ故に、これは画期的なことだった。

 期待に胸を躍らせながら包みを開けると、中には小振りな木剣(ぼっけん)が納まっていた。柄の部分を握るとしっくりと手に馴染み、振りやすそうな大きさをしているのが分かる。すぐにアルフレートの体格に合わせて作られたものだと想像がついた。

 驚いて顔を跳ねあげるアルフレートに、ユリウスは説明する。

「父に頼み込んで、殿下の剣術稽古の許可を皇帝陛下より頂きました。明日から正式に指導をして差しあげられます」

 先ほどエーリッヒが言っていた「二度目のわがまま」とはこの事だったのだと分かって、アルフレートは呆然とユリウスを見上げた。

「私のために、か……?」

 無理をさせたのではないか……その懸念が頭をよぎって後ろめたい思いに囚われる皇子に、ユリウスは首を振る。

「いいえ。私自身のためです。私がそうしたいと願いました。私は貴方の喜ぶ顔が見たいのです」

 まっすぐ向けられる琥珀の双眸(そうぼう)が、揺るぎなくアルフレートの瞳を捉える。それが真実だと語るように……。

「初めて会った日も、そなたは私の笑顔を喜んでくれたな」

 だからアルフレートは、ユリウスの言葉を信じることにした。

 そして自分の本心も隠したくなかった。

「私もユリウスに笑いかけてもらえるのが嬉しい」

 つい本音が転がり落ちてしまったのはそのせいだ。

「そなたが私の騎士だったなら心強いのだろうな……」

 口に出してから、余計なことを言ってしまったと後悔する。

 またユリウスを困らせるな、と反省した皇子に、彼は顔を綻ばせて言った。

「私でよろしいのですか?」

 嬉しそうに微笑むその表情は、期待に満ちているように見えた。

 ほっとしたアルフレートの声が自然と弾む。

「他の誰でもなく、ユリウスが良いのだ」

「では、貴方の騎士として相応しい男になれるよう、精進(しょうじん)せねばなりませんね」

 ユリウスは優しいから、これが本心なのかは分からない。

 でもアルフレートにはそれで十分だった。

 たった一人で歩いてきた道行きに、ほんのわずかでも灯りが(とも)ったような気が、確かにしたからである。

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